ぬくもりの在処



初めて森で出逢ったとき、彼は既に隻腕であった
幼いりんをしてもその傷の酷さは即座に死を思わせた
しかしそこに居たものは人ではなく、死の気配は漂ってこず
りんの足をそこへ何度も通わせるだけの何かがあった
”りんの見つけたのはなぁに、物の怪?”
”りんが出会ったのはだぁれ、あやかし?”
”りんだけが知ってる、人ではない生き物”
”どきどきする 引っ張られてしまう”
口の利けないりんは心なかで色んなことを想像した
そのものとの出逢いは孤独なりんの生活を一変させた
りんはそれに引き寄せられ、予感のようなもので胸は鼓動を強めた
獣とひととを併せたような美しいものは、見るたびにりんを幸せにした
どこかへ忘れ去り、笑い方も覚えていないりんを再び微笑ませさえした
「死」に追いかけられかみ殺される瞬間までその姿を追い求めた
再びりんの目の前に現れたその姿をりんが一生忘れることはないだろう
りんにとってかけがえのない、新たな旅の始まりであった


どうしても寝付けないりんはその日もいつもするようにした
あれからずっと旅の道連れにしてもらえたその美しいものの傍へ向かうと
いつものように無言のお迎えがあったので喜んですぐ傍へ身を寄せた
初めの頃よりもりんはその妖怪に随分近づけた思いを抱いていた
置いていかれるかもしれないと思っていたのが嘘のようだ
寧ろ今では自分が危ない目にあったりしないよう気遣うまでになった
人の生活からは離れてしまったもののりんはいつも妖怪の傍で幸せだった
「殺生丸さま、りんここでやすんでいいですか?」
慣れているりんは答えがなくとも躊躇せず、佇む殺生丸の横へ腰を下ろした
ちらと気になる箇所へ視線をやってしまい、慌てて顔を戻す
「・・気になるか」
「えっ!う、うん・・・ほんとに腕、在るんですか?」
殺生丸はその日自身に眠っていた刀と共に失くした腕を取り戻した
ずっと風に靡かせていた袖にある腕に戸惑ってしまう
すいとりんの目の前に腕をかざして見せてもらうと思わず溜息が零れた
「わぁ・・ほんとだ・・よかったね、殺生丸さま。」
りんは妖怪に微笑むとほっとしたように足を両手に抱えた
「ずっと刀を探してたんでしょう?それなのに腕も見つかったなんてすごいね。りんも嬉しいです。」
殺生丸は無言のままりんを自身の正面へと抱き上げ、向かい合うように座らせた
りんは少し驚いた風であったが、初めてでもないのかすぐ落ち着きを取り戻した
「殺生丸さま、ありがとう。また眠るまでこうしててくれるの?」
やはり答えなどはないが、ほぅっと安堵の溜息を零してりんは妖怪の胸に顔を埋めた
するといつもと違うことが起きてりんは思わず閉じた目を開けて妖怪を見た
「殺生丸さま・・頭撫でてくれたの?」
言うなり嬉しさの込み上げる微笑みで妖怪を見つめなおした
「すごぉい!びっくりしたよ、りん。」
はしゃいだりんをまた生まれた新たな腕で引き寄せるように抱えた
じっとしていろとでもいうように腕に力が入るのに気付き、りんは大人しくなる
「あのね、りん片手の殺生丸さまも大好きだけど、両手のある殺生丸さまも好き。」
返事はないが、更に強い力で抱きしめられたりんはぎゅっとその広い胸にしがみつく
片手の妖怪に抱かれて眠るのも好きだったが、こんな風に抱きしめてもらえるのもまた悪くない
りんは猫の子のように満足そうに喉を鳴らし、顔を摺り寄せながらまた目を閉じる
ぬくもりはいつもと変らないが、強く妖怪の気持が感じられるような気がして嬉しかった
「殺生丸さま・・あったかい・・ね・・」
眠りが訪れようとするりんの身体は少し体温が上がり、妖怪は腕の力をそっと弱めてやった
りんの眠りに入る様子をじっと見入る妖怪は結局抱き上げてから一言も声を掛けることはなかった
それでも安らかな寝顔は穏やかさに包まれ、普段は適わない表情を妖怪に浮かべさせる
誰も知らない妖怪の微笑みは彼の両腕の中のぬくもりに向けられたものに違いなく
そのぬくもりの在処を抱きしめることのできる喜びを彼に十分なほど与えていた
その新たな腕は刀を振るうためだけに生まれたのではない
今までもそうであったようにこれからもこのぬくもりを護るため
離さないと誓うかのように妖怪の腕は朝までずっとりんを包み続けた
柔らかな月の灯りに照らされて、一つになった影までもが微笑んでいるかのようだった


りんは夢を見ていた あの頃の夢だ
”見つけた!りんだけが知ってる”
”あれはだぁれ?知らなかった生きもの”
”どきどきするよ、おっかぁ、おっとう、にいちゃん”
”りん、りんは・・あのいきもののこと知りたい”
”なんで、どうして?りんは知りたい”
暗い死の中から光りを捉えた 目を開けるとその在処に気付いた
息を深く吸って吐くと あのいきものがりんを見ていた
なんて綺麗だろう・・見たこともない想像したことすらない
だけどこの腕の温かさをりんは知っている
護られている りんを包み込んでくれる
幸せがここに在る この生きものがくれるのだ
りんはこの場所に生きるのだ きっとずっとずっといつまでも・・