野の花は君に 




りんは花を摘む。何が面白いのか。
邪見は見慣れた光景にいつも思った。
器用に編んだり特別な葉を探したり。
しかし当のりんにもわからないらしい。

「なんでかなぁ?う〜ん・・でもりんは花が好き。」

一度尋ねた時はそう言って、首を傾げて微笑んだ。
なんだそれはと呆れはしたが邪見は相槌を打った。
主人である殺生丸の留守を預かるという大任を担い
最早仕事の大半になりつつあるりんのお守りに慣れ、
機嫌よく過ごしてくれるありがたい習慣が花摘みだった。

たまに望みもしない花冠を戴せられることにも
いつしか抵抗を感じなくなるほどには通っていた。
何せその怖ろしさで正気を失う妖怪すら存在するという
殺生丸にまでも、戴冠させようとしたのだ、この人の娘は。
当然だが最初の瞬間は邪見も覚悟を決めたものだった。

運が良ければ花を引き裂く程度、悪ければ死、そう予想した。
・・のであったが、しみじみと懐かしむその過去の一場面には
にこにこと満面を花咲かせたように笑うりんしかいなかった。
あまりのことに邪見はずっと忘れることができないでいる。

「わあっ!やっぱり似合うよ、殺生丸さま。素適!」

何度胸の内で”あ、死んだな!”と目を閉じかけただろう。
果たしてそんな結末は何度繰り返しても起きることはなかった。
りんに対してのみ、妖怪は独特の反応を見せ、悉く予想を覆す。
小汚い小娘、それも人の子。屠る価値すら見出せないのか、と
思い巡らせるもどうやらその考えも見当違いであるらしかった。
驚き果てたのはあの時。数年経ってりんを村へと預ける少し前だ。

懐かしい思い出に浸っていると、邪見にりんが話しかけた。

「はい、邪見様。久しぶりだね、作ってあげるの。」

言う通り久方ぶりに来た花摘みにりんは昔のようにはしゃいだ。
そして懐かしむように花を編み、邪見の元へと掲げてきたのだ。
あの頃に比べて随分背丈も伸び、女らしい体つきになりはしたが
変わらない笑顔で小首を傾げ、りんは邪見に嬉しげに微笑んでいる。

「・・・あまり変わらんのう?りん」
「変わったと思ってたの?邪見さま」
「変わらぬから・・こうしておるのかの。」
「そうだよ。りんは何も変わってないよ。」
「いつじゃったか、殺生丸さまが言っておったのう・・」
「なぁに?昔のことを思い出してたの?」
「覚えとるか?『ここのお花ぜんぶ殺生丸さまにあげたいの。』と・・」

美しく咲き誇る春の野辺でりんは小さな体を目一杯広げ手を伸ばした。
見たことも無いほど綺麗な場所に瞳をきらきらと輝かせたりんは言う。
妖怪に全て差し出したいと、美しさも感動も何もかもをと言わんばかりに。
殺生丸はいつもと変わりない面だがほんの僅か目を細めたようにも見えた。

そして「いらぬ」とただ一言。

りんが落胆するのではと一瞬哀れんだことも覚えている。
しかしりんは少しもめげることなく、なおも言い募った。

「そんなこと言わずに見て、殺生丸さま。綺麗でしょ!?」

しつこく言えば機嫌を損ねる。たちまち不安が邪見を襲う。
普段は我侭を控え、従順なりんにしては不思議な位頑固だった。

「あのね、りんは綺麗でとても嬉しいの。だから殺生丸さま・・」

本人もよくわからないのか、うまく表現できずにもどかしそうだ。
多分に感動を伝えたいのだろう、しかしそれを殺生丸にわかれとは
些か見当違いでもあり、無茶だと思えてやきもきしつつ見守った。
ところが邪見は主の発した言葉に大きな目玉を飛び零しそうになった。

「ならばりん、お前に預ける。この野の花はこれよりお前のものだ。」

それはりんが伝えたかった想いを汲んでの答としか考えられないもの。
りんはぱあっと全身を輝かせんばかりに喜び、「ありがとう、殺生丸さま!」
と礼を述べると嬉しさを抑えきれずに駆け出した。ところが俄かに足がもつれ
転びそうになる。と、そこへ一陣の風。殺生丸であった。
刹那、妖怪は幼いりんの帯を掴んでいて、ぶらんと両脚が揺れていた。


「・・落ち着け。野も花も逃げはせん。」
「うん・・・ありがとう、殺生丸さま。」

ぶら下がったままりんは答えた。幸せに笑顔は溢れていた。

「そんなこともあったねぇ・・」
「驚いたのなんのってまぁ・・今でも忘れんわ。」
「そうかな?・・殺生丸さまはいつも優しいよ。」
「おぬしはもうあの頃から・・いや、はじめっから特別じゃったの。」
「・・・そうだね。りんはその頃はわかってなかったけど。」

りんが呟くように花の咲く野辺を眺めている横顔は
美しく、大人びていて邪見は何故か胸がずきりと痛んだ。

「これからも特別じゃろうがなあ。」
「ありがとう、邪見さま・・あっ!?」

りんが突然大きな声で宙を見上げた。主が彼らの処へ帰ってきたのだ。
「おかえりなさい」と花冠を手にりんは近付いていった。
するとりんが手渡す前に奪い、殺生丸は頭に冠を載せてやっていた。

「殺生丸さまのなのに。」とりんは子供のように口を尖らせている。
「ならば好きにしてよかろう。」と主は言っているようだ。

「睦まじいことで・・・わし相変わらずまるっきり無視じゃもんねー」
ぼやいてみたが、邪見は直ぐ気を取り直した。夫婦円満は何よりだ。
いつもどんなときも互いを想い、喜びを与えようとする彼らに
妖怪だの人だのという隔たりはない。元より野花は誰のものでもない。
それも承知しているのだ。りんも殺生丸もあの時と全く同じことだ。

あの時、殺生丸はりんを下ろさずに腕のなかへと抱きかかえた。
りんは間近に迫った琥珀色の瞳を無遠慮に覗きこむ。目を瞠った。
僅かな距離で見詰め合う二人に目は奪われ釘付け。そうしていると

「殺生丸さまの目もとっても綺麗だね。」
「そうか、ならばこの目もくれてやる。」
「え!?だめだめ、りん欲しくないよ。」
「拒むつもりか、この私を。」
「怒ったの?ううん、そうじゃないの。」
「いらぬのだろう?」
「ん〜と、じゃあお預けします。それでいい?」
りんは先ほどの主に習い、そう告げた。するとあろうことか
面白そうに殺生丸は笑ったのだ。ほんの少しではあるが確かに。

「ついでにりんのことも全部あげるからね、殺生丸さま。」
「預かろう」
口から泡を吹いたあれが思い起こせば最初の求婚であっただろうか。
事も無げに告げあう大妖と人の娘は落ちなんとする夕陽を見ていた。


”心はとうに結ばれておったということか・・・”


邪見はいつまでこうしていられるかと、彼らを見守る役目を慮る。
人の一生は短い。共に生きてゆこうとする主君夫妻を見届けるため、
どこまでもついていくのだと小さな身に改めて大任の責を刻んだ。





バレンタインにほとんど関係ないな・・と思いつつ記念にと。
ですが兄が最高潮にデレているんですよ!?これでも!(苦笑)
そして邪見もりんを護ろうとしてるという・・これ邪→りんか!?