野に咲く花



里に来て数年、りんに女のしるしが下りた。
このときばかりは里に居てよかったと
口には出さずとも娘の表情は語っていた。
しかし強い娘である。驚けども少しも怖れなかった。
幼く小さな身体の奥に潜んでいる逞しさ。
それは育ちに関係なく、この娘が生来持つものであろう。
もしやその強かさにこそ妖怪は惹かれたのやもしれぬ。


「楓さま、りんもいつかおっかぁになれるんですね。」
「ああ、そうじゃ。おまえなら良い母になるじゃろう。」
「楓さまがそう言ってくださると、なんだかとても心強いです。」
「はっはっ、子を持たぬこんな婆に言われてもか?」
「楓さまはとても優しくて、りんのおっかぁみたいで大好きです。」
「それは嬉しいの。実はな、おまえを娘のように思っておるぞ。」
「わぁ嬉しい。死んだおっかぁもきっと喜んでます。」
「おまえはよく分かった子じゃ。死んだ親兄弟の分も幸せにおなり。」
「ありがとう、楓さま。りん楓さまやおっかぁみたいな女の人になりたい。」
「わしなどよりもっと良い娘になるぞ、それは間違いない。」

りんは人の気持ちを汲むことのできる娘だ。
わしもこの歳まで来て、母のような想いを体験しようとは
予想だにしなかったが、悪くない心地にありがたく思う。
預かりもののこの娘が巣立つ日まで少しでも親の代わりになればと願う。
もちろん実の母親や育ての妖怪ほどのことは出来はしまいが。
娘は遥か頭上を時折仰ぎ、その高みに居るものにいつも心を馳せる。
りんの強き魂が真にのぞむ未来がやがて訪れ幸多かれと祈るのは当然。


「おっかぁといえば、珊瑚さまも素適なお母様ですよね。」
「そうだな。しかしどの母も子にとっては良き母であろう。」
「そうか、そうですね・・・」
「じゃがそう急くな、りん。それとおぬしが母になるときは呼べば助けになるからな。」
「はい、楓さま。急いでなんかないですよ、だってまだりんは・・」
「おまえならばじきに嫁にもらいたい者が現れる。しかし慎重にな。」
「わたしを?まさかぁ、楓さま。りんはちっとも綺麗じゃないし。」
「何を言う。見てくれが例え泥に塗れていてもおまえをのぞむ者は少なくとも・・居るぞ。」
「わたしをお嫁に欲しいと思ってくださる方が!?・・・そうかなぁ・・・」
「えらく自信ないんじゃな。」
「・・・りんなんかまだまだです。楓さまにもっともっと教わって賢くならなきゃ。」
「そうじゃな。まだ教えたいこともある。ゆっくり考えれば良いのだぞ、りん。」
「はい、楓さま。」

そうとも、なるだけのことは覚えてお行き。
いくら強いとはいえ、人には与り知らぬ場所であれば苦労も多かろう。
りんを伴侶にするつもりの者には当然相応の苦労も覚悟してもらいたい。
物を貢いだくらいではいかん。聡いりんにはわかっていようが
真に大切なのは互いを想う心一つ。
いつの日か母となる覚悟を今からしているりんであることを
あやつもしっかりとわかっているかどうか確かめておかねばな。
わしの目の黒いうちは誤魔化せん。これでも巫女のはしくれなれば。
いつもりんだけを住まわせている深い瞳の妖怪の胸のうちに
花咲かせ、実を付け、枯れて朽ちるまで目を離さぬ覚悟があるかと。


皆それぞれに花咲かせるところがある。
野にある花も山にある花にも居場所があるように。
選ぶと云うのは簡単なことではない。
根付くかどうかは誰にもわからぬのだから。
遠くからやってきた姉の生まれ変わりが選んだように
縁あってこのわしの元にやってきた可愛い娘もまた
その愛くるしい瞳が曇ることのない明日を
叶えなくてなんとする、その者を愛するならば。
一仕事与えられた想いがする。死に土産に大仕事じゃ。
妖怪よ、そう易々とその腕に抱けると思うなよ。


「楓さま、お空を睨んでどうなさったの?」
「いや、ちょっとな。なんでもない。」
「あの・・また来られるみたいだから行って来て良いですか?」
「ああ、おまえは殺生丸の来る気配がわかるのだったな。」
「いつもの場所で待っていたいんです。」
「わかった。たまには挨拶しに来いと伝えておいてくれるか。」
「楓さまに?はい、わかりました。」
「そのときあやつがどんな反応したか後で教えておくれ。」
「・・・はい。楓さま・・殺生丸さまのこと、お嫌い・・ですか?」
「いいや。そんなことはないから心配するな、りん。」
「良かった。怖いと思われるのも辛いんですけど嫌われるのはもっと辛くて・・」
「もう村の誰もがあやつを嫌ってなどおらんよ。ははは・・」
「はいっ、殺生丸さまはとっても優しい方ですから。」
「行っておいで。よろしくな。」
「はい、行ってまいります。」


あのように幸せそうな顔して、まぁ・・・
いつも誰よりも来る前に気付いてりんは妖怪を待っている。
紅く染まる頬で、煌く瞳を湛え、野に咲く花のように日を仰ぎながら。
どれ、わしも不穏な真似などせんように離れて見護ることにするか。
りんが女のしるしを得たことを鼻の利くやつなら理解するだろうからね。
いきなり無体なことはするまいが、ちと警戒を強くせんとなぁ・・
そう簡単に花は手折らせんぞと心密かに警告しておく。
さてどんな手を拵えてやろうかの?






楓さま視点で一作書いてみました。すっかりりんの親代わりになってます。
もし私がりんを預かったなら、きっと娘のごとく心配しただろうと思いまして。
老婆心と言われようが、娘の幸せを願うのが母親でありますからね。
もちろん殺生丸と一緒に居るのが一番だとわかったうえでのことですが。^^