*警告* この作品には暴力的な表現が含まれております。
そういった表現に抵抗のある方は申し訳ありませんが、お戻りください。










慙愧 


ほのかが眠っている
安心したように 子供のままで
時どき わからなくなる
これは現実だろうか 
楓が帰って来たのだろうかと

違うに決まっている 楓は死んだのだ
非力な兄を責めもせず たったひとりで
莫迦な兄を恨みもせずに 笑って
引き裂かれて 半分オレは死んでいた
今も鏡に映る自分が死んでいるように見える
残されたオレはこのまま腐ってゆくのだろうか
時折そんな気もして 笑った

ほのかが示す信頼の情は妹に似ている
だから憎めない それでいて苛立つ
引き裂いてやりたくなる たまに
おまえは楓じゃないんだ なのに何故ここに居るんだと
傷つけて二度と来ないようにしてやりたい
信じるなんて愚かな行為を止めさせたい

眠るほのかの安らかな寝顔を覗く
思わず伸びた手は喉元へと降りる
細い喉 容易く息を止めることができるだろう
あまりに簡単過ぎて 指が震える
その目が見開かれるのが怖くて できない

そっと手を離すとほのかがすっと目を覚ました
何も気付いてはいない いつものほのかだった
オレを見つけて 嬉しそうに微笑んだ
邪気のない 笑顔 オレを慕う 眼差し
水面に落ちた水滴のように 広がる

「おはよ、なっつん。・・どしたの?」
「・・・今日はもう帰ってくれないか?」
「え、どうして?まだ暗くないよ?」
「用が出来たんだ。送ってやるから。」
「・・・嘘だね。また思い出してたの?」
「何言ってんだ?おまえ・・」
「顔に書いてあるもん。嫌なこと思い出したんでしょ。」
「知った風に言うな。おまえに何がわかる。」
「怖い顔になってるからわかるんだよ。」

そんなに顔に出ているのだろうか?
憎悪に満ちた目で見ていたというのか
それにしては怯える様子もないのに

「なっつん、あんまり辛いことは溜め込まない方がいいよ?」
「オレは何も・・・辛いことなんてない。」
「そんな辛そうな顔してるのに?・・・ほのかが・・そんなに憎い?」
「憎いと言ったら、どうする?逃げないのか?」
「逃げたりしない。辛いことならほのかにぶちまけていいよ。」
「へぇ?おまえに!?」
「うん。いいよ、なっつん。」
「オレの好きにしていいって?・・ちょっと早いんじゃねぇか?」
「・・?・・何が?」
「一応、おまえも女だけどな。・・でもまだガキだしなぁ・・」
「・・・うん、そうかもね。」
「言ってる意味、わかってないのか?」
「わかるよ。なんとなくだけど。」
「そうだよな。おまえ、怖い目になんかあったことねぇだろ?」
「・・・ないよ。」
「ちょっとばかり、覚えとくか?」

ほのかの偉そうな態度と物言いに腹が立った
いつもと違うオレに多少戸惑うかと思いきや
挑戦的な目をしてオレに対峙した

いつも薄着なヤツだから簡単に剥がせた
驚いた顔は見せたものの悲鳴もあげやがらねぇ
声を出すのも忘れるほど恐怖したのかもしれないが
年のわりに小さな身体はやはり頼りないほど細かった
それでも妹の楓に比べたら肉付きはいい方だ
血色もいいから綺麗な肌色をしている
ソファに転がしてしまえば手も足も出ない
哀れすぎる光景だ むかつくほど
噛み付くように口を吐けて吸い上げるように舌を絡める
ほのかは痛みで顔を歪ませながらも目を反らさなかった
「痛くないのか?痛いだろ、そうしたんだからな。」
「・・痛いよ・・コレ何?」
「知らないのか、こんなことさえ。」
「・・・痛いのしかしたことないの?」
「うるせぇっ!少しは怯えたらどうなんだ!?」
「・・・なっつん、痛いのはなっつんでしょ?」
「なんだと?」
「さっきから辛そう・・そうか、わからないんだね、辛いときどうするのか。」
「へぇ・・・おまえがオレに教えてくれるのか?」
「教えてあげるよ。・・泣いちゃえばいいんだよ?」
「ははっ・・そりゃまた!」
「あのさ、ほのかみたいな『ガキ』をどうこうしても辛いのはなっつんでしょ?」
「・・・頭使うじゃねーか、止めさせたいのか?」
「何したって痛いのはなっつんの方だって言ってるの。今だって・・」
「いつもいつも偉そうに・・・おまえ何様だよ、図々しいクソガキが!」
「そりゃ・・なっつんの妹さんみたいに良い子じゃないかもだけど・・」
「楓のことをおまえが口にするなっ!マジで犯すぞ。」
「・・・ごめん。」
「そうさ、おまえよりずっとずっと楓は・・・」
「思い出させてごめんね、なっつん。」
「忘れるわけないだろう?!忘れられるわけねぇ・・」
「寂しいんだね・・・大丈夫だよ、なっつん。」
「ヤメろっ!母親かなんかみたいな口も利くな、忌々しい。」
「忘れなくていいんだよ、安心して。でもね、辛いときは泣けばいい・・」

煩い口を再び封じた 二度と利けないくらいに強く
苦しさでもがき オレにしがみついて爪を立てた
知りもしないくせに まるで女みたいなことをする
そうだ まだ何にも知らない子供なのに オレは何しようとしてる?
止めなければならないのは オレの方だ なのに
どうして泣かない? 怖がらない? 哀れむな 蔑むな

「つっ・・」
咥内に血の味が広がった ほのかが舌を噛んだのだ
押さえ込まれた獣も 抵抗くらいするだろう 
しかしそれは一度抑えかけた衝動を再び呼び起こす
「教育しがいのあるガキだな・・」
「なっつん、後悔するよ?やめて!」
「止めようかと思ったんだが・・・おまえが悪い・・」

絶望すればいいんだ おまえみたいなヤツ
裏切られ 傷付けばいい 昔のオレみたいに
そうだな 後悔するだろうな おまえみたいなのを
抱いたって どうしようもない 莫迦は・・オレだよ

抵抗を止めて大人しくなったほのかがオレを見ていた
その目をうっかり覗き込んでいた 深くて眩暈がした
驚くほどあっさりとオレは押さえつけていた腕を緩めた
ほのかが呆然としたまま固まっていたオレにしがみついた
”何やってるんだ?”と問いかけたかったが声にならなかった
ほのかが泣いている 涙がオレの膝に落ちたからわかった
とても静かに泣いていた 涙が落ちなければ気付かないほどに

「おまえが幸せそうにしてるのが・・・堪らない」
「うん・・ごめんね・・」
「オレが幸せにしたかったのは・・・おまえじゃ・・ない」
「うん・・わかってるよ」
「どうして・・オレの前で・・笑ってるんだ・・」
「なっつんに笑って欲しいから。なっつんに泣いて欲しいから。」
「なんで、おまえにそんなこと・・・しなきゃならない?」
「隠さないでほしいから。なっつんが・・好きだから」
「やめろっ!!」

ほのかを振りほどいた手が震えていた 滑稽なほど息が乱れた
オレはおまえに好きになって欲しいからこうしてるんじゃない
ただ妹が・・楓が帰ってきたような気がして・・・それが辛くて
辛かったのか? ほのかがそう言っていた オレが・・どうして・・
「辛いこともわからないくらい辛かったの?」
心を見透かしたような言葉に眉を顰めた おまえは・・誰だよ?
怖かった オレが抱こうとしていたのは誰だったかと思うと
楓だったら もうオレは生きている資格もない
じゃあほのかだったら・・よかったとでも? 
「どうしてオレなんか好きになるんだよ!」
「なっつん・・」
「オレはおまえなんか好きでもなんでもねぇんだよ!」
叫ぶように吐き出した言葉が重い頭にこだまするように響いた







すいませ・・・あまりにキツイのでやめようかなぁと大分悩みました。
もっと長い予定でしたが、短くすることにしたので次回で一区切りです。