「誘惑の達人」 


「ねぇ、どうしたらお色気って出るのかな?」
「・・出してどうするんだ、オマエがか?!」
「おっぱいの大きさとかじゃなくて、何か極意知らない?」
「極意って・・なんでオレに訊くんだよ・・?」
「なっつん学校でもてるんでしょ?なんか出てるって・・」
「オレが何出してるって?誰だよ、そんなこと言ってるのは。」
「お兄ちゃん。えーとなんだっけ・・?そうだ”ふぇろもん”ってやつさ!」
「あのヤロウ・・!あのなぁ、そんなもん出してねぇから!」
「そうなの?でもそれって雌を惹きつけるんだよね!?」
「だからそんなことしてない・・ってアイツ妹に何教えてんだ!!」
「それは中国のおいちゃん。うーむ・・じゃあどうしたらいいかなぁ?」
「オマエ結局何がしたいんだ!?」
「誘惑だよ。」
「誰を!?」
「なっつん。」
「・・・・」

にこやかに宣言する顔は無邪気そのもので、呆れて開いた口が塞がらなかった。
オレの呆れ顔にしばらくしてむっと顔を曇らせると、ほのかは懲りずに言った。

「・・そんなに変?ほのかじゃ無理とか思ってるの!?」
「や、その・・手段が仮りにそれとして、目的は?」
「目的?・・いきなり学校の勉強みたいだな・・誘惑するでしょ、それで・・」
「ちなみに一応成功した場合な、訊いてるのは。」
「なんなの!?なっつんエラソウだじょ。だからぁ・・あっそうだよ!」
「訊くのが怖い気もするな・・・いやいいぞ、覚悟した。」
「なっつんがほのかを好きになるのだよ!簡単じゃないか。」
「うん、オマエやっぱり基本的な部分を理解してないな。」
「ん?あれっ、違った!?」
「思うんだが、オマエって保健体育の時間ってほとんど寝てるだろ?」
「・・・寝てないよ・・・たまには。」
「結論から言うぞ?オマエには必要ないからそれは覚えなくていいんだ。」
「なんで必要ないのさ?!」
「オレに襲って欲しいのか、オマエ?」
「えっ!?いやそれは・・って、なっつんそんなことできんの!?」
「おい・・」
「想像できないじょ!ちょっと見てみたい気もするから襲ってみないかい!?」
「お断りだ。それと肝心なことはここからだ、よーく聞いてろよ!?」
「んん?大事なこと、ってこと?」
「そうだ。同じ質問を他の誰にもするな!いいか、言うこときかないと承知しねぇぞ!」
「なんだ、そんなことか。なっつん以外にはきかないよ、そりゃ。」
「あっさり言うなぁオマエ・・・意味・・いや、しないならいい。」
「あっそうか!?わかった。そういう意味なのか、”誘惑”って。」
「えっ・・」
「そうかぁ、なるほど。じゃあさ、なっつんに襲って欲しくなったら?」
「イヤなんじゃなかったのかよ!?」
「や、だから今じゃなくて、そうなったら。で、そんときは教えてくれるの?」
「・・・・いい加減疲れてきた・・・教えねぇよ。」
「えーっ!ケチなこと言わないで教えてくださいよ。」
「誰がケチだ。必要ないとさっき言っただろ。」
「それじゃあいつまでもほのか襲ってもらえないのかい!?」
「あー・・・それはその・・・そんときになりゃわかるさ。」
「??・・どんなとき?」
「頼むから説明させるな、これ以上は無理!」
「なっつん顔色が悪いじょ。そんなにややこしい説明なの?・・まぁいいよ。」
「・・素直で宜しい。」
「まぁね。なっつんよりエライ?」
「あーエライエライ。」
「そういうときは一回でいいんだよ?感じ悪いから。」
「オレはもう”誘惑”なんてたくさんなんだよ・・・」
「えっそんなにいっぱいされてるの!?まさか襲っちゃったことある!?」
「・・ねぇよ。」
「そっか、よかったぁ!」
「想像とかすんなよ、オマエ。」
「ウン。想像したくないよ、そんななっつん。」
「・・・・悪かったな。」
「?何が悪いの?」
「別に・・・」


あれはいつぐらいのことだったか。よく覚えていない。
ふと思い出したんだ。同じようなことを尋ねるからだ。
あのとき、なんとか他のことに気を反らしてくれて心底ホッとした。
短いやりとりだったが、あの会話でオレは色々なことがわかった。
ほのかとオレの見ている方向のズレ具合なんかについて。
信頼や行為を向けてくれているのを確かめたことは嬉しかった。
ただ、オレはほのかにとってはまだ”男”のうちに入ってない。
そのことは意外なほどがっくりときた。ああ、やっぱりなと思いながら。
いつの間にかオレはほのかをそんな風に見てたという事実も結構衝撃で。
懐かしく生々しい記憶だ。単純に嬉しいとか悲しいとかでは表せない。
そしてそのときオレが一番大切にしたかったのはそれらの事実ではなく、
今のこのときを壊したくない、そんな気持ちだった。
明るく曇りの無い瞳でいつまでこうして見ていてくれるのかと、
きっと思うよりずっと短いそのときを、そっとしておけるものなら。
そう願ってしまったのはオレの弱さだろうか、甘えだっただろうか。
オレをいつか選んでくれるかもしれないという思い上がった期待も。
全部飲み込んで知らない振りをした。打ち消すほど残るとも知らず。




「あぁ、そういえばそんなこと言ってたっけ。」
「へぇ、一応覚えてたのか。」
「ウン!エライでしょ?!」
「エライな〜・・!」
「・・・一回だけでもその言い方は褒めてない。」
「それで?」
「それでって・・教えてくれるんじゃなかった?」
「教える必要ない。」
「なんで!?」
「同じことを言わせるな、誘惑ならうんざりするほどされてる。」
「ほのかした覚えないけど。」
「そろそろ達人の域だよ、オマエは・・」
「えっそれってものすごいってことじゃ・・?」
「だからそう言ってるだろ・・アホ。」
「アホは余分です。・・えっとぉ、じゃ襲ってくれたらいいじゃない?」
「はぁ・・そうだな。オマエがそうして欲しいなら・・」
「ホント!?わぁ、なっつんてば素直だね!」
「エライだろ?」
「エライエライ!」
「一回でいいんじゃなかったのか。」
「あっそうだった。間違えちゃった。」
「間違えた、で済まないぞ?誘惑されたいなら。」
「なっつんが誘惑してくれるの?嬉しい・・」
「オマエからばかりじゃ・・不公平だしな。」
「ウン。でもさ、いつしたの?ほのか。」
「言っただろ?達人レベルだって。」
「・・・・まさか・・いつも、とか?」
「オレは参ったなんて言わないからな、師匠。」
「わかった。うんと誘惑してね?」
「ようし。」




今思えば、やはりあの頃が愛しいと思える。それは事実だ。
しかし、今がそれほどがっかりしているのかといえばそうじゃない。
杞憂だったんだな。今もあの頃も、いや今はそれ以上かもしれない。
勿論努力もした。苦労だって並大抵じゃなかった。だからこそだろうか。
あの頃は確かに今このときに繋がっていて、これからも離しはしない。
達人に翻弄されてた昔と違って、今はオレからも仕掛けられるしな。
どんな風に困らせてやろうか。思い知らせてやるとかも考える。
けど・・・結局のところオレの名を呼ばれるだけで負けそうになる。

「なっつん」「大好き」

お手上げってやつだ。さすがは”達人”ってことにしておく。







「負け」を認めたくないそうです。彼は負けられない人だから。(笑)