雪遊び  


”・・・別世界・・って感じだな・・”

夏の息は白く空へ混ざり一面の銀世界の一部になった。
そこは都市圏であるのは間違いなく、数度訪ねた経験もある。
雪国からすれば微々たる積雪量なのだが、そこは都市の弱みで
ほんの数センチで呆気なく都内の学校を軒並み臨時休校とした。
一応覚悟はしていたのでほのかからの呼び出しに驚きはない。
ただ、指定された場所には正直気後れした。参加を拒否したい。
しかし断る理由を探している間にほのかはさっさと予定を組んで
夏の元へと数分でたどり着くと言う。肩を落とす以外になかった。

飼い犬の散歩のごとく転びそうな勢いを制してやってきたそこは
なるほど見事な雪景色で参加者達も思わず溜息を零すほどであった。

「やあ、夏くん!いらっしゃい。」

にこやかに応対したのはそこで内弟子をしているほのかの兄だ。
梁山泊などと物々しい豪傑の巣窟である鄙びた道場には広い庭があり、
温泉まで湧いているそうだが、つまりそこが雪遊び会場となったのだ。
雪見酒の師匠達や新白の面々までもが雪像を拵えたり転げまわったり
様々に楽しんでいる様子。ほのかはとりあえず兄に抱きつくために夏の
手を振りほどいた。転ばないよう気遣っていた夏は途端剣呑な顔となる。

「お兄ちゃん、呼んでくれてありがと!何して遊ぶ!?」

すっかり存在を忘れられたと感じたのか、夏は兄の兼一を睨んだまま

「妹は送り届けたぜ。じゃあな。」と吐き捨てて踵を返してしまった。
それでも一応ほのかは引き止めるであろうと、それでも振り切ってやると
密かに思っていた夏にほのかの掛けた言葉は彼を打ちのめした。

「なっち用事があったの?!送ってくれてありがとうね!?」
「・・あぁ・・じゃあな。」

”・・なんだ”と思ったことを悟られたくなくて夏は直ぐに顔を背けた。
兼一に抱きついたままのほのかを見ているのも正直面白くない夏だった。
一番驚いていたのは兼一で右往左往している風だ。その間にも距離は開く。
結局自分はほのかにとって兄の代用者、否代容品レベルなのかもしれない。
承知していたつもりだが物悲しい気持ちを持て余す夏に足音が付いてきた。
ほのかだとわかったが歩調を緩めることもせず、大人気ないかもしれないが
そのまま帰ろうとしていた。だがそんな夏にほのかは小走りして追いついた。

「なっちぃ!用事終わったら来てくれる?!」

飛びつかれた腕越しにほのかが顔を覗かせた。
その顔に先程とは違った寂しさが浮かんでいる。

「帰りなら兄貴に送ってもらえよ。何で俺が・・」
「だってなっちと遊べないなんてつまんないよ。」
「ここには師匠達とか知り合いも大勢いるだろ。」
「なっちがいないんじゃダメだよ、足りないの!」

腕を揺すぶられて少し気落ちから立ち直る。芝居っ気なしに思える。
帰るつもりだったのをこれしきで覆すのもどうだろうと夏は思案した。
ほのかは夏の腕を放す気配はない。夏は渋々、といった顔をしてみせた。
予定があるから早めにここを出ると告げてみると、ほのかは笑顔になる。

「じゃあなっちが帰るときほのかも帰る。」
「お前は残って遊んで行けばいいだろ!?」
「ううん、帰る。なっちと。」

夏は表情こそ変えなかったが、それですっかり気を取り直してしまった。
離れた位置から見ていた兄の元へと夏はほのかをぶら下げて戻ったのだ。

「話は着いたみたいだね。」
「ったく・・世話の焼ける奴だぜ。」
「ごめんね、嬉しそうだけどね?!」

睨みつけられても兼一は苦笑するばかり。3人でようやく門をくぐった。
大勢で賑やかなことには相変わらず慣れない夏だが、ほのかのおかげで
”世話をしている”のを装えるのはありがたかった。雪合戦の後には
温かい白玉入り善哉が風林寺美羽から振舞われて皆で舌鼓を打った。
兄の兼一を挟んだライバルと目されている彼女だが、このときばかりは
ほのかも甘味に負けてしまい、休戦だと言い訳付きで大いに喜んでいた。

休憩した後、誰が言い出したのか『雪中宝探し』なるものが始まった。
見つけた者にはこれも美羽の拵えた重箱入り和菓子詰め合わせが頂けると
あって、結構盛り上がりを見せた。岬越寺秋雨製作の文付き弓矢がお宝だ。
隠したのも同師匠らしく、難題で梁山泊の敷地内は一斉捜索状態となった。
中には早々に戦線離脱して観戦モードの者もいたが、当然ほのかはやる気で

「なっち、お宝は山分けだじょ!?約束ね!?」と夏との共同戦線を張った。

夢中になって探索するほのかをフォローする夏だが中々見つからない。
そうこうするうちに裏庭の樹木の茂った一帯に入り込んだ。まるでリスか
何かが木の実を探しているようだなと夏は後ろでほのかを見守っていた。

「う〜ん・・ないじょ・・この辺が怪しいとにらんだのに。」
「それよりそろそろ・・俺は帰りたいんだがな。」
「あっそうだった!待って待って!すぐに見つけるからね。」
「お前は残ってお宝でもなんでももらっていけばいいだろ。」
「ズルはしないじょ、ほのかのカンできっと見つかるのだ。」
「”カン”ね・・そりゃすげえ・・」

夏のやる気のない返事は耳に届かなかったらしいほのかが「あっ」と叫んだ。
わさわさと雪を除けると、そこには石造りの灯篭が顔を覗かせた。そこに
矢羽が刺さっているのが夏にも見えた。本当にほのかのカンが的中したのだ。

「やったあ!!ほのかすごい!天才!なっち見てみてーっ!?」

顔を真っ赤に紅潮させてほのかは夏に駆け寄った。嬉しそうなのは良いが
こういう場面で躓くというお約束率がほのかの場合90%を超えることを
経験上知っている夏は手を伸ばし、駆け寄るほのかに自らも身を乗り出した。
万歳の格好でほのかが夏の腕の中にすっぽりと収まったのがおよそ二秒後だ。
転ばせなかったことにほっとする夏の頬にほのかの唇が熱い息と共に触れた。

驚いて顔をほのかに向けるとあわや唇同士も触れそうになり、夏は慌てた。
寸でのところで顔を引いたので未遂に終わったが、間が良いのか悪いのか、

「ちょっと!なにしてんの!?きみたち!!」

兼一の声が離れた位置から飛んできた。傍にも数名集まってきている。
発見されないので岬越寺師匠よりヒントを得、皆で押し寄せてきたらしい。

「二人だけ皆と離れて怪しいと思ったのよね〜、おいちゃんも混ぜてv」
「アパチャイもほのかと遊びたいよ!いいな!いいなよ!」
「あー・・お邪魔してしまったのではないかね、皆ここは下がろうか?」
「おいおい、別にいちゃついてたんじゃ・・何!あいつらマジかよ!?」

ギャラリーが口々に思うまま発言するので先頭の兼一が黙っててくださいと
やや切れ気味に叫んでいるのを例によって新白や美羽によって宥められた。
さて、そんな渦中に置かれた当の夏とほのかはというと

「お兄ちゃんだけ怒ってるけど・・なんで?」
「知らん。アホばっかりだ・・・その戦利品見せれば収まるさ。」
「あ、うん。見てみてー!ほのかが取ったじょ〜〜〜〜!!?!」

ほのかの無邪気な勝利宣言で拍手を頂き、一人しつこく疑う目付きを除いて
『梁山泊雪中宝探し』は幕を閉じた。夏が帰ると言うので兼一が再び見送る。

「お前も帰るのか、ほのか。」
「うん、お宝もゲットしたしね。」
「・・夏くん、ほのかのことちゃんと送ってくれるんだよね?!」
「なんなんだよ、お前はさっきから・・送るに決まってるだろ。」
「うやむやになったけど・・さっきさあ・・しようとしたよね。」

兼一は言葉の後半は耳打ちするように声を落とし、夏にだけ訊いた。
それを聞いた夏は呆れ顔で「そんなわけねえだろ。」と素っ気ない。

「・・・ほんとかなあ〜・・・!?」
「しつこいぞ、ねえったら、ねえ!」
「なんの話してるの?お兄ちゃんとなっち。」
「お前は黙ってろ。」「ほのかは黙ってなさい。」
「二人してほのかをないがしろに!?いつの間にそんな仲良しに!?」
「なんでそうなる!?」「う〜ん・・違ったかなぁ・?」

その後、帰宅した夏は(架空の)用事を忘れてほのかにお茶を淹れたり、
兄、兼一の言う意味を教えろ攻撃に耐えたり、疲れて腹も膨れたほのかが
これまた高確率の昼寝モードになったりで、長いことほのかに拘束された。
いつものことだが不本意なような、それなりに楽しい気もするような一日。
複雑な想いでほのかの寝顔に見入る。因みに至福の表情を浮かべ夏の膝上だ。

”・・別にあんなこと・・しょっちゅうだ・・うん・・”
”うっかり触れるくらい事故のようなもんじゃねえかよ”

”否、事故じゃ兼一は納得しねえか・・そうかもな・・”
”けどいずれ・・否・・まだ早いな・・あと少し・・・”

ほんの少し後ろめたいような、それでいてどこか誇らしいような気持ち。
夏は暇に任せてほのかに付き合って別世界で遊んだ今日を振り返ってみた。
相変わらずのほのかとのやりとり。そのなかで兼一の邪推に関してだけは
はっきりと結論が出ていた。だが悟られるには至らずほっとしてもいる。

”雪のせいだ。別世界ではしゃいでるほのかが可愛かったから・・”
”本当は唇にも触れたかったことはほのかにもわかってねえし・・”

冷たい頬を暖めたほのかの息を思い出す夏の口元は誰知らず綻んでいた。







実は兼一の思った通りだったのでした〜v