指先から 


うっかり怪我をした。怖い顔で手当てをされる間
自分の手と処置してくれるその手とを見比べてみた。

”・・まぁ大抵ほのかより大きいんだけどもね・・”

身長と関係あるのかどうか、少々小さめのほのかの手。
器用に動くなっちの手は大きいけど繊細で綺麗だと思う。
武道の達人のおっちゃん達やお兄ちゃん達を思い出すと
中でも断トツに綺麗。男の子にしてはもったいないくらいに。
だけどやっぱり女の子とは違ってる。不思議だ・・見惚れる。

「なに妙な顔して手ぇ見てるんだよ?」

「うむ、不思議なのだ。なっちの手が気になる。」
「爪が少し長いぞ。ついでに切っとくか?」
「えっほのか短い方だよ。女の子の中では。」
「あぁ・・それはそうだな・・伸ばすなよ?」

ほのかの手をひょいと持ち上げ、なっちはそう呟いた。
爪の長いのが嫌いなのかなぁと考えていると目が合った。

「お前も部活とかすんだろ?危ないからな。」
「・・・なっちが長いの嫌なのかと思った。」

正直に思ったまま言うとふっと視線と手が同時に放された。

「ま、好きではねぇな。」
「ほら、やっぱりい!そんな気がしたんだ。」
「特にゴテゴテ飾ってるヤツ。・・無いな。」
「可愛いと思ってるんだよ、かわいそうに。」

なっちは肩を竦めた。男は大抵好きじゃないだろうって。

「とにかくお前はやめとけ。」
「心配だから?嫌いだから?」
「・・・・・・・・両方だ。」

薬箱を片付けながら、長い間の後で背中を向けて言った。
背中越しに言ったからなっちがどんな顔してたのかわからない。
でも両方と聞えたとき、ほのかの両手が熱くなった。指先から。
おっと驚いて指を見たくらいだ。ヘンなの、どうもなってない。
胸がこそばい。おかしいなぁ、このところほのか妙なんだよね。
こんな風に指先から熱くなったりどきどきしたり、よくするんだ。

「どうした?傷が痛むのか?」
「あ、ううん!痛くないよ。」

今度は自分の手をじっと見ていたらなっちが勘違いしたらしい。
にっこり笑って否定する。実はなっちは家族よりも心配症だ。
そんなに心配ばっかりして疲れないかとこっちが心配になる。
前に性分だとか言ってたけど肩が懲りそうだよね、それって。

「毎日消毒しろよ。雑用も俺が全部するからじっとしてろ。」
「過保護。ってまた言われるよ、お兄さん。」

お行儀の悪い舌打ちが聞えたけど許してあげた。困ったもんだ。
ほのかはよく「お節介」と言われるけどなっちの「過保護」も
相当だ。なんせうちのお母さんにまで言われちゃう始末だし。

「・・・なっちー、指先が急に熱くなるのって病気!?」
「なに?!・・いつどんなときになるんだ。最近か?!」

失敗だっただろうか。なっちはまた怒った顔に逆戻りした。
ほのかがドジなことをして怪我をしたり、そういうときの顔なの。
うっかりしたことができない。ずかずか近付いてくる顔は結構怖い。
モチロンほのかはこの顔が心配してるんだってわかってるけれども。

「さっき見たときは別にどこも・・困るほどなのか!?」
「う・う〜ん・・そうでもないけど、動悸もするんだ。」

「・・・妙なことを・・で、どんなときだって?」
「・・・さっきもなったの。でもって・・・今。」
「今!?・・さっきってのはいつだ。」

眼の前でなっちの声が少し大きくなった。おでこに触れた手が退くと
前髪がぱさりと落ちた。熱なんてないのに測るなっちってほんと・・

いつものことなのにドキンとして胸を抑えた。ほらやっぱり熱い。
なっちが顔を覗きこんだときからだ。おでこを触ったときもそう。

「あのね、さっきって・・心配と嫌いの両方って言われたとき。」

急いで質問に答えたのに、なっちはどうしてかヘンな顔になった。
驚いたときみたいに少し目を見開き、考え込む。怪しむみたいな?
ほのかは何かの病気なんだろうか。元気が取り得だというのに。
時々襲う症状のせいでちょっとだけ食欲も落ちてるなんて言ったら
きっとものすごくなっちは心配しちゃう。やっぱり言わないでおこう。
なんとか元気だってことをアピールしないと。ほのかが焦っていると
なっちはいつもの表情になって、だけどまた一歩前へと近付いた。
思わず顔を後ろへ反らしてしまった。だってなんか・・近くない!?
何も言わないまま、なっちの手が伸びてほのかの頬に指先が触れた。

「?!?!なっ・なに!?なんで?なんで触るのっ!?」
「・・・・あー・・・いや・・すまん。」

気のせいだろうか、触れた指は熱かった。逆に今熱いのは頬の方だ。
どういうわけか全身が熱い。体温が・・風邪引いてしまったのかな!?

「ほのか」

「はいっ!?ってあれっ!声がひっくり返っ・・あはは!へんなの。」

なっちは困り顔だ。言いたいことを躊躇ってるのか口だけが動いた。
ちらりとなっちは自分の指先を見詰め、そうしてからほのかを見た。
ものすごく言い難いことなのかまた考えて、いいのかなって感じで・・


「・・・・・俺のせいか?」


ほのかが返事をするより早く、どっくんと胸が鳴ってびっくりだ。
おかげで完全に返事をし損ねた。何て答えればいい?わからない。


「わ、わかんない。けど・・そう、かも。」

やっとの思いで搾り出した声は頼りなくてまるで自分じゃないみたいだ。
口惜しいやら恥ずかしいやらで俯いた。なんでこんなんなってんのさ?!
ほのか悪いことしてないし、なっちだって別になんにもしてないのに!?
居心地が悪くて座っているのに体が宙に浮んだみたいだ。落ち着こうよ!

「・・多分それ病気じゃねぇから。そんな心配すんな。」
「そうなの!?わかるの!?お医者さんでもないのにスゴイねっ!?」
「医者の世話にはなりたくないが、今回はそいつらも出番ねぇだろ。」
「ん?ああ、病気じゃないからか。ならなっちなんでわかったの?!」
「誰でもよくあることだ。俺も・・あるしな。」
「そうなんだ。って、なっちも!?大丈夫!?」
「だから心配ないって言ってる。」
「よかったあ!ほのかどうしようかと思ったよ!」

ほっとして顔を上げると、なっちが笑ってた。あ・これはダメだ。

見上げたままほのかは固まってしまった。なっちの笑顔にヤラレタ。
ドキドキが止まらない。息まで苦しくなってきたよ。困った・・!

固まった中身はタイヘンなほのかの頭をぽんぽんとなっちが撫でた。
優しい手にじわっとくる。悲しくもないのに涙が込み上げそうだった。

「どうした・・?ややこしいから考えるな。」
「どうして・・?ややこしいことなのかい?」
「そのうちわかる。なんも気に病むことねぇ。」
「なっちも自然とわかったの?ふ〜〜ん・・・」

もう一度自分の指先を見た。火に近づけたみたいに熱かったそこは
そのときもじんわりと痺れたように熱い。そういえば頬もおでこも。

「爪はな・・伸ばさないのがいい。その方が好きだ。」
「っ・・そっか!うん、わかった。ほのかそうする。」
「・・顔を赤くしてんじゃねぇよ!」
「え?う・うん、そうだね、なんで熱くなるんだろ?」

ホントに不思議で首を傾げたとき、ふと目に入ったのはなっちの頬。

”あれっ!?なっち・・も・赤い。”

けれど見たのは一瞬だった。残念なことになっちは離れていく。
そういえばなっちは理由を知っているのだ。歳が上だから?それとも
そんなこと関係ないのなら、ほのかにだってすぐわかるかもしれない。
わかりたい。けどなんだかわからなくてもいいか、とも思ってしまう。

ほのかはヘンだ。なっちも少しヘン。熱くなる理由はいつわかるの。
遠くなった背中を立ち上がって追いかけた。なっちが気付いて振り向く
その前に・・・腰に抱きついた。やった!成功だ。

「なっちどこいくの!逃げないでよ。」
「どこって・・どこも行かねぇから離せ!」
「ホントに?ねぇ今なっちは指熱くない?」

きいてみたらおでこをぺしんと軽く叩かれた。痛くは無い。けど
熱かった気がしてなんだか嬉しい。思わず頬を背中に擦り付けた。
そしたらなっちの手がほのかの手を掴んだんだ。やっぱり熱い。
けれどそれはほのかを離すつもりだったらしい。ぽいと外された。

「なんでさ、怒ってるの?なっち。」
「怒ってねぇよ。・・・・ガキめ。」

見上げたなっちの顔はどこか照れたように見えた。なあんだ・・
ふふふと笑いがこみ上げて、なっちに言ってみた。わかったよ。

「なっち、好きだよっ!」
「・・・・そうかよっ!」

あれれ?もしかして・・・なっちも・・?

指先の熱がちっとも冷めない。どうしたらいいかな、ねえ!








えっとこの後はなっちとほのかの照れ大会。(笑)