指先



小さな小さなそれは
何か光りを宿しているかのようだ
どんな拳もその指先にはかなわない
握り締めてみれば思いの他冷たく
それが温まっていくさまを
その温度ごと覚えていく
捉れて握り締められたのは
胸の奥に潜む何か


殊勝にも手を合わせて拝むようにほのかは頼み込んだ。
テストの成績が悪かったせいで母親から塾通いを申し渡されたらしい。
それから逃れるために咄嗟に良い家庭教師が居るのだと報告した。
家庭教師というのは兄の親友で信頼できるとか学年でもトップの成績だとか吹き込んだ。
母親は随分あっけなくその言い分を信用し、それを承知したと言う。
成績のことはともかく、誰があいつの親友なんだと不快を露にした。
だが少しも気に留めずに学校から出された課題を目の前に突き付けた。
「こんなにいっぱいあるんだよ〜!お願い、助けて!!なっつん。」
やれやれだ。こいつのしつこさにはどうしたって負ける。
あの顔での「お願い!」に弱いことを読まれているような気もして不愉快極まりない。


あきらめて教えてみるとほのかはそれほど馬鹿でもなく飲み込みは悪く無かった。
「むー、なっつんてすごいじょ〜!教えるの上手いねー!?」
ややこしい問題を一つ解いた後、感心するように俺を見上げた。
肩ごしに覗き込んでいたせいで振り向いた拍子に顔がぶつかりそうになった。
「これ全然わかんなかったのにっ!なっつんて天才だじょ〜!!」
上気した頬は嬉しそうに緩んでいて、目の前に突然迫ったその表情に内心慌てた。
身長差のせいか、顔をこんな近くで見たことがなかった。
跳ねた髪が頬を撫で、大きな瞳に吸い込まれるかと思った。
「あれ、どうしたの、なっつん。顔赤くない?!」
「別に。なんでもねえ。」
「ふーん?」
「ほら、次。」
慌てて掴んだ頭をノートの方へ向けて抑えつけてしまった。
「いたたた、何すんの?!乱暴だな〜。」
「さっさとしないと日が暮れるだろうが。」
「わかったよ・・・んじゃ、次はこれ。」
ほっとして再び手元を覗きこむとちまちました字と指先が目に入る。
「・・・手もちっさいな。」ついぽろっと口から出た。
「む?!失礼な、ほのかに”小さい”とか言うと怒るじょ!」
「気にしてるのか?」少し愉快になってからかうように問う。
「”小さい”ゆわれて嬉しいもんかー!!」
ほのかは顔を赤くしてその小さな手で俺を叩き始めた。
痛くも痒くもないのでされるがままに怒った顔を眺める。
よく怒る奴だ。そのせいなのか一層幼く見える。
俺を打つ手を受けとめてみるとやはり小さくてすっぽりと俺の手に収まった。
「やっぱり小さいぞ。」ほんとうに握り潰してしまいそうだった。
「う、ちょびっとだけだもん・・・」
悔しそうな顔で目を潤ませるとほんとに小さな子供のようで可笑しくなった。
「何嬉しそうに笑ってるんだ、ちみは?!」
言われて少々焦る。俺は笑っていたのか。
「問題はどうした、次のはわかったのか?」誤魔化すように言った。
「・・数学嫌いだじょ・・・なっつんも嫌い!」
ほのかがぼそりと呟いた言葉にむっとした。
「なら、帰れ!」大人気無いことに口調がきつくなった。
「!?やだ、帰らないもん!!なっつんの意地悪。」
「誰が意地悪だ、無理矢理押しかけてこんなことまでさせて。」
「違うの、子供扱いするなっつんが嫌なの!」
「は?」意表を突かれて口をつぐんだ。
「そりゃほのかは小さいけどさァ・・」
拗ねた言葉も何もかも、少女が幼いのは事実だ。
だがそれがどうして「俺が嫌い」になるのかわからない。
「何を拗ねてるんだ?」
「もういいよ。手、離して・・痛いじょ。」
離すのを忘れて握っていた手を驚いて開いた。
「なっつんだって拗ねてるみたいだったよ、さっき。」
「何?」
「もしかして嫌いって言ったから?!」
「誰が!」
「ごめんね、なっつん。大好きだよ。」
「ばっ・・!?」
馬鹿言うなと言いかけて言葉に詰まった。
断じて拗ねてなどいない、好きだと言われたくらいで動揺したりもしない。
だがどういうわけか顔が熱い。急に大人びて見えた微笑に途惑った。
「・・・煩い!」
目を反らした時点で俺の負けだった。
この少女に感じる敗北感は他に例え様も無い。。
俺が知らぬ間に握り締めていた小さな手の指の形と温度が俺のなかに蘇る。
何事もなかったように数学の課題に向かい始めた少女に視線を戻した。
「なっつん、ここ、これもわかんないじょ!」
「・・・どれだ。」
再び肩ごしに覗きこんだ先にはあの指先があった。
数学なぞ公式を覚えて当てはめればいいだけだというのに
どんな式にも当てはまらない難解な課題を与えられた気分だった。
「これはこうして・・・」
教えながら傍に在る跳ねたクセっ毛と柔らかそうな頬に気を取られる。
俺の身体で隠れてしまいそうな小さな少女の存在を大きく感じる。
難しいと尖らせる唇と大きく真っ直ぐな瞳と、無邪気な声。
どこかアンバランスで複雑なその中身を推し量りかねた。
妹のようなものだと思っていた。
何が違うというのだろう、答は知りたくないと思った。
いつまでも残っている指先の細さ。
俺が好きだと言った声。
胸に感じる甘い痛み。
どれもしまっておく。
俺はただ子供の相手をしているだけだ。
そのうち飽きてここへも来なくなる。
だから、わからなくていいのだ。
手を離したく無かったわけも、
無邪気さに微笑んだわけも
知りたくはない。
知ればおそらく戻れない。







どうだかな〜;これ!(って、そんなこといわれてもねえ?!^^)
なっつんの家庭教師編を書きたかっただけなんですよ。
あいかわらず甘ったるいですが、需要が追いついてないのでは・・・
やー、困ってしまってさあ大変っす。まだ早いよね〜;(何が?!)