「夜空から」 


楓が死んでから夜空が恋しくてならない時期があった。
そんなところに居はしないとわかっていても見上げる。
瞬けば楓が微笑んでいるかのように思えたからだ。
映画館のスクリーンのように夜空はオレだけの劇場だった。
思い出が次々と映し出され、オレを慰めてくれた。
自然と涙が零れた。誰も居ない夜だから構わずにいた。

そうだ、楓と星を眺めた夜もあったね?
手を繋ぎ寄り添って、息が白いから冬だった。

「お兄ちゃん、綺麗だね。」

溜息を吐く楓が可愛かった。相槌を打ちながら思った。
なんて鮮やかなんだろう、楓との思い出がこんなにも。
今ここは本当に映画館で、いつか終りのブザーが鳴り、
席を立って明るい外へ出て行かねばならないんだ。
どうしていつまでも席に座っていてはいけない?
余韻に浸りたい者だってあるに違いないだろうに。
けれど決まってオレを急かすのは楓なんだよね。

「お兄ちゃんダメよ、行かなくちゃ。」

そうだね、いつまでも浸ってちゃいけない。
だけどまだここが暗いうちはいいじゃないか。
嫌でもそのうちライトが照らし、現実に立ち戻るんだ。

「お兄ちゃんたら、寂しがりやさんね。」

だって、楓。楓が居るのが当たり前だったじゃないか。
どうして名残惜しんじゃダメなんだい?

「待っている人がいるからよ。」

次の上映を待つ人のこと?それとも・・・

「お兄ちゃんを待っている人が。」

楓、楓は?一緒に行こうよ、お兄ちゃんと。

「大丈夫、あえなくても傍に居るから。」

ホントウに?一人じゃない?

「お兄ちゃんがホントは甘えん坊さんだって知ってる人よ。」

甘えん坊なんかじゃないよ、楓のことが忘れられないんだ。

「覚えていてくれたらそれでいいの。さ、立って。」

楓、お兄ちゃん楓のこと忘れたりしないよ、きっと。

「うん、ありがとう。」

お兄ちゃん負けないから、見ていてね?

「ちゃんと見てるよ。」

約束だからね、絶対に負けないよ。
楓?・・・どこ・・・?





「なっつん、なっつん!」
「・・・?」

「だいじょうぶ?」
「あ、ああ・・・」

そこは椅子に違いはなかった。見慣れた自宅のソファだったが。
眠り込んで映画が終わってしまった観客席のような気がした。
オレを起こしたほのかがすぐ横で心配そうに顔を窺っていた。

「どれくらい寝てた?」
「10分くらい。」
「そうか・・・」
「・・起こさない方がよかった?」
「いや、いい。」

オレの頬にほのかがそっと唇を寄せると、冷たい感触。
それはいつの間にかオレが零した涙だったとわかった。
ほのかがそれを拭うように口付けたのだ、とても優しく。
何も言わず、唇を離すとほのかは微笑んで見せた。
みっともないところを見られたオレは苦笑で返す。
しかし、微笑みが切なく歪んだかと思うと飛び込んできた。
縋るようにオレの首に腕を巻きつけ、温かい息を感じた。

「どうしたんだよ、泣いてるのか?」

髪がゆらゆらと揺れた。否定をしているらしい。
片手でそっと髪を撫で、片方の腕でほのかを引き寄せた。

「大丈夫だ、夢を見ただけだ。」
「ウン・・起こしてごめんなさい・・」
「謝ることないだろ?」
「・・寂しかったの・・」
「オマエが?」
「・・なっつんはいつも一人のとき泣いてる?」
「・・いいや。昔はちょっとな。」
「ほのかも泣いていい?」
「なんだよ、それ。オマエが泣いてどうすんだ?!」
「だって寂しいなっつん見たら寂しい。」
「寂しくないし。それに・・それよりもな、楽しいときの方が・・」

オレがまたほのかに本音を漏らしそうになったときほのかが泣き出した。
ぼろぼろと、堪えていたらしく、堰を切ったようだった。
よしよしと小さな子供みたいなほのかを抱いて慰める。
失態だったなと思う。実はこれが初めてじゃない。
何故だかほのかには見られたり、悟られたり・・してしまう。
今度はオレがほのかの頬を拭う番になって、しばらくすると治まった。
気まずそうな顔をして、オレのことをちらちらと見るのが可笑しい。

「落ち着いたか?」
「・・ウン・・」
「言ってるだろ、別にどうってことないから心配するなって。」
「心配してるんじゃないよ、ほのかは・・」
「んじゃ何でいつもオマエが泣くんだ?」
「・・・だって・・・」
「しょうがねぇなぁ・・」
「そうだよ、しょうがないの。だからほっといて。」
「ほっとけねぇよ。」
「ほのかの勝手なの。」
「ならオレも勝手にする。」
「・・・いいよ、好きにしたら。」
「あぁ、そうするさ。」
「・・・・」

拗ねた顔のほのかをもう一度抱きしめて、抵抗するのを楽しむ。
オマエを慰めてるんじゃなくて、オレが甘えてるとわからないように。
照れて嫌がってもがくのが、嬉しいって知ってるかな、オマエは。
できればバレないでいるといい。気恥ずかしいだけだから。
楓が見たら笑われそうだな。”お兄ちゃんたら!”って。
楓、オレを待ってたヤツはとても変なヤツでさ、
オマエに逢いたかったと悔しがり、一緒に遊びたかったと泣くんだ。
オレの思い出に入り込みたいんだと。そうしてでも逢いたいそうだ。
夢の中にまで押しかける気かってんだ、冗談じゃねぇよ。
でもいつか、夢の中ででも、あの夜空のスクリーンに映し出せたら・・
やっぱり泣くだろうか、それとも嬉しがっていつまでも喜ぶだろうか。
夜空からオレが見えるか?このオレの相棒も見ていてくれ。
いつもコイツが居てくれるおかげでお兄ちゃんは寂しくないんだ。

「離してよう!なっつん!!」
「好きにしろって言ったじゃねーか。」
「うう・・!なっつんの甘えっコ!」
「なんだとう〜!」
「ごまかそうったってそうはいかないんだからね!」
「うっせぇよ、オマエこそ、だろ!?」
「ほのかは甘えたっていいんだい。」
「開き直りやがって。」
「ずーっと甘えちゃうんだから、なっつんに。」
「じゃあずーっと虐めてやる。」
「素直じゃない言い方!」
「口のへらねぇヤツだな。」
「べーっだ。減るわけないじょ〜!」
「減らしてやる、来い!」
「ぎゃあっ!?いやーだあ!!」

ほのかとじゃれついてると昔のことを思い出す。
楓もそうじゃないか?なんだか懐かしいだろ。
いつだって輝いていたオマエと過ごした日々。
忘れてなんかいないぞ、今もそしてこれからも。
夜空にはいつだって楽しかった二人の思い出。
そしてここから届けるのはオレとほのかの毎日。
これからもオレの幸せは全部、楓のものだよ。

夜空から昔の幸せを受け取り
今の賑やかな幸せは夜空へと贈る