四葉の君 


 細い指を汚し、額の汗に気付きもせず一心不乱に
探す小さな緑の一葉。見つけた君は全身を光輝かせ
それを大切に胸にしまう仕草をした。愛しき君の姿を
一生忘れることはない。君は永遠に幸福そのものだ。





 少々重い怪我に休暇を取り、一人になろうとしていたのだが
約束していたことを思い出してしまい、長い息を吐き戻した。
傷を包む包帯が見えないように慎重に服を選んだ。痣は仕方ない。
これくらいならば訓練中に作る程度のものだと鏡の前で確認する。
玄関を出ると同時に待ち合わせの相手は駆けつけてきていた。
呼び鈴を押す格好の指をぱっと開いてこちらにひらひらと振った。

「なっちー!時間ぴったりだね!?おはようだよ〜!」

 はち切れんばかりの笑顔から視線を斜めに逸らして門を開錠し
すぐさま施錠した俺の腕にほのかは捕まろうとして手を伸ばした。
とっさに振り向いて怪我のない方の腕に捕まらせた。セーフだ。
気付かなかったほのかは遠慮なく目指したのと反対の腕を捉えた。

「お天気でよかったね!行こうぜい!!」
「あぁ・・」

 ほのかはご機嫌で鼻歌交じりに歩いた。ゆっくりと歩調を合わす。
いつもしていることだが今日はそれで助かっている。無論顔には出さないが
意外に敏いほのかのことだ。一日気付かないなんてことはまあないだろう。
それでもあまり心配させないよう油断なく身を堅くして平常を装うべきだ。
昼飯前まではどうということはなかった。水族館は平日の為空いていて、
少々はしゃいで動き回っても咎められずに済んだ。目は主に水槽の中に向いて
俺自身からは逸らされているのが良かった。途中館内のベンチで休憩もできた。
おまけに暗い照明のせいで顔色も気取られない。実に都合の良い場所だった。

 昼飯は弁当持参だった。飲食可の無料スペースのテーブルを確保すると
ほのかはいそいそと弁当を広げる。出来栄えには至極満足しているようだった。

「ねえねえ、おいしい?!あれっなっち顔色良くないね。」
「・・気のせいだろ。これは今までで一番の出来じゃねえのか。」
「そうでしょっ!?えへへへ・・やったあ!ほのかも出世したよねえ・・!」
「出世ってなんだよ、馬ぁ鹿。」

 食後のお茶をすすっている向かい合って座っていたほのかが席を立ち
俺の横までやってくると耳打ちをした。トイレかと思いきや目を瞑れという。
怪訝な俺にプレゼントがあるから目を閉じて両手を差し出せというのだった。

「まだだよ、まだ目を瞑っててね!」

 ほのかはごそごそと鞄の中から何かを取り出しているようだ。小さな鞄で
大層なものではなかろうと思うものの、それ以上は何か想像が出来ずにいた。
やがて掌にふわりと落ちてきたのは羽のような軽さで、直ぐに予想がつかない。
俺がわからないことが楽しいとばかりにほのかは忍び笑いをしていた。そして

「もういいよ、目を開けてみて!?」

 促されるままゆっくりと瞼を開けると掌上には四葉のクローバーがあった。
何かに挟んでいたにしてもそれほど時間は経っていないらしく、厚みがある。
しかしくっきりと大きな四片の緑は昔妹が目を輝かせて見つけたそれと同じものだ。
大切に胸に仕舞った天使のような妹。今も忘れない美しい記憶が一緒に蘇ってくる。
俺がじっとそれを見つめている傍らで、ほのかもまた幸せそうな微笑で佇んでいた。

「なっちにそれあげる。プレゼント!」
「何で俺に?仕舞っておかないのか?」
「え?!どうして?あげるものでしょ、それって。」
「見つけた者が幸運だって話じゃなかったか・・?」
「そうだっけ?ほのかはいつも見つけたらお兄ちゃんにあげてたよ。」
「・・・お前もそうなのか?・・楓もそうしてくれたが・・・」

 うっかり妹の名を口にしてしまいしまったと思ったが後の祭りだ。
しかしほのかは気にもとめずに「そりゃ大好きな人にあげるほうがいいもん!」
といって楓のしたことに共感して納得の表情を浮かべた。そしてこうもいった。

「嬉しい顔してくれたらそれが自分のラッキーだと思うからだよ!」

「・・・それで今回は兄貴にやらなくていいのか?」
「え、えっとその・・うん・・お兄ちゃんにはもうたくさんあげたし・・」

 珍しくほのかは言い淀み、照れて頬を赤らめ視線をさ迷わせた。

「これからはなっちにあげる。ほのかの見つけたのは全部なっちのだじょ。」

 最後には開き直って胸を張っていった。だが目は俺から大分前方へ逸れている。
しかし俺が立ち上がった為、ふんぞり返ったほのかを俺が見下ろすことになった。
驚いて慌てたのは目が合ったからだ。そんなに慌てることもないのに滑稽なくらい
泡を食ったように口を動かし、目だけは逸らせずに体をまごまごとさせていた。

「遠慮なくもらっておく。さんきゅ、ほのか。」
「あ・ああう、うん!どうもなのだ。なっち。」

 しどろもどろだ。これもあまり見ない光景なので興味深く見つめた。あの日とは
多少、否ここからはまるで違っている。妹の楓は大事そうに捧げ持ったそれを俺に
差し出したのだが、俺はなんと残酷にも「それは楓が持っていて」といったのだ。
妹は落胆しただろう、思い出す度胸が痛む。勿論それは妹のことを想ってだった。

”僕の幸せなら楓が持っていて。その方がいいよ、失くさないでね。”
”そうかあ・・わかった。楓大事に仕舞って置くから忘れないでね。”

 そしてその四葉は楓が当時綴っていた日記に挟み込まれた。妹が死んでから
それを見つけたとき、俺はどれだけ烈しく自分を呪っただろう。許せなかった。

 ぼんやりしていたらしい。ほのかが顔を曇らせて伺っていることに気付いた。

「そういやお前の兄貴はどうしたんだ、お前にもらった四葉を。」
「さあ?多分どっかの本に挟んでるんじゃないかな?でも忘れちゃったかもね。」
「それでいいのか?お前は。」
「別にいいよ、捨てたって失くしたってさ。忘れててもいいよ。」
「なんでだ?もし俺が・・これはいらないといったら?お前がもっていろとか。」

 自分で尋ねていながら答えが恐ろしくて身を硬くした。それでも聞かずにおれず
審判が下るのを待ち構えた。ほのかは少しだけ考えた後、俺に判決を言い渡した。

「そんときはほのかが持ってる。だけどどっちだっておんなじだよ!」
「なっ・違うだろ!どこがいっしょなんだよ!?」
「だって・・なっちはなっちでほのかが幸せだといいって思ったんでしょ?」
「あ・ああ・・そう・・だが・・」
「楓ちゃんだってわかってるよ。」

 疑う余地もないと微笑むほのかを抱きしめたかった。しかし掌の四葉に気付いて
それを握り潰さないように胸のポケットに入れた。それから安心して腕を伸ばした。
しかし抱きしめることは叶わなかった。そこがどこだったか失念していたのだが
水族館の館内にはちらほらと親子連れがいたのだ。平日なのは二人とも学校が休みで
後ろめたい理由は何もないのだが、不思議そうに見る子供と目が合ってしまったのだ。
慌てたように子供を引っ張って回れ右されては余計にどうしようもない気分にされた。

「なっちそんなとこ入れて洗濯しないでよ?!それは嫌かも。」
「そんな馬鹿な真似しねえよ!お前じゃあるまいし。」
「だといいんだけど。」

 幸いというか不幸というべきか、ほのかは何の事情も呑み込んではいなかった。
もう普段通りのペースになって弁当箱を包んだりしていた。赤らめた頬も跡形なしだ。
幸運を取り逃がしたとまではいい過ぎだとは思うのだがどうにもうら寂しいのだった。

 施設の半分を周った後に満足したほのかと家路を着くと、家まで送って行った。
帰り道、俺の家に行きたいとせがまれたがなんとか思い止まらせた。せっかくここまで
怪我のことを気取られずにきたのだからと俺が必死になっている間、ほのかは口を尖らせ
怪我をしていない方の腕を揺すってブーイングしていた。普段なら折れることも多いが
今日は体がキツイことに加えて自制が普段のように効くかどうか自信がないこともある。

「・・・じゃあ包帯自分で換えられるの?」

 思わず歩いていた足を止めた。ほのかの文句が一時途切れたと思ったらそれだった。
慎重に様子を窺うとほのかは上目遣いで俺を睨んでいた。その瞳は心配と訴えている。
してやられた感で一杯の気持ちをどうにか抑え込み、しらばっくれてみるが無駄だった。

「無理するからね、ちみは。幸運はもらってくれたけどほのかは欲しくないの?」
「無茶ってかお前はもらえねえだろ、さすがに。(そういう意味じゃなくても)」
「フンだ!意地っ張りめ。手当てさせなさいよ、ほのか一人で帰れるんだから。」
「お前を一人で帰らせるなんて絶対無理。それのがよっぽど体に堪えるぜ。」
「心配しなくてもまだそんなに遅くないよ。」
「遅かったら尚更だが、時間の問題じゃねえ。」
「む〜・・そんなに頑固だということは結構怪我の状態良くないのだね!?」
「そうじゃねえ!けど・・ほんと今日は勘弁しろ。いうこときかねえと襲うぞ。」

 要らんことを口走ってしまった。何度目だろう。俺は調子が良くないんだ、今日は・・
しかしほのかにはほとんど通じなかった。「襲ったって今日なら勝てる気がするじょ。」
ってなあ、お前。どういう意味だか全然わかんないっていくつですか、これも今更だが!

「お熱は?熱くないけど・・そっちの腕はどうなの、おばかさん。」
「うるせえうるせえ!誰が馬鹿だ馬鹿娘。黙らせるぞ、しまいに。」

 なんといってもここは誰もいない。つまりさっきのリベンジだってできるのだ。
ただ気配はないといってもほのかの家の近所で絶対に人目がないとは言い切れない。
探ったところ誰もいないが今日の俺は調子が良くない。運・・はあるはずだ。そう、
他ならぬほのかにもらった。だからこの際だ、幸せを腕に抱留めたっていいじゃないか。

 だからそうしたまでなんだ。ほのかが赤い顔して俺の頬を打っても成功といえる。

「ばかばかばか!こんなとこでっ!なっちの家まで行くっていってるのにいっ!」
「待ってられなかったんだよ。もう帰れ、いやならもう少しこのままでいろよ。」

 俺の腕の中で幸せが肯いた。赤い頬を隠して。だから包み込むように抱きしめた。







タイトルを無断借用してしまったので謝ります!><ごめんなさい、妹よ!