「山の歩き方」 


「あの山まで行こう!」と言い出したのは当然オレじゃない。
「行くって・・・歩いてか?」指差す先は見た目より遠い場所だった。
「オマエ思いつきで物を言うのをなんとかしろ。」と窘めてみるが、
「思い立ったが吉日だよ、なっつん!」と相変わらず聞いてはいなかった。

ほのかは意気込んで出発したものの、思ったよりキツイ山道にぼやいた。
「あっつ〜い・・・喉渇いたじょ・・」
「引き返すなら今のうちだぞ。」
「いやいや、なんのこれしき。頂上を目指さねば。」
「別になんにもないぞ、ここの上。」
「そこはあれだよ、達成感というヤツがあるでしょ?」
「はぁ・・・」

幸いたいした山でもないし、ちゃんと林道も整ってるハイキングコースだ。
オレにはどうってことないが、コイツには少々危なっかしい。
それでも疲れるからか文句はそこそこに相棒はせっせと山道を歩いた。

「休憩すっか?」
「・・ウン・・ちょびっとね。」
山道に咲いていた花を鼻先に持っていってやると疲れた顔が少し笑った。
「わっ綺麗。摘んじゃっていいの?こういうの。」
「これはどこにでも咲いてる。」
「ふぅん・・・なんか元気出たじょ。」
いつもの笑顔が出たのでオレも内心ほっとする。
だがあと少しで頂上というところで相棒は小さな悲鳴をあげた。
「いたぁ・・!」
木の根に足を取られて捻ったらしい、休憩が足りなかったか・・
応急処置をして小柄な相棒を背中に乗せると文句がくる。
「大丈夫だよ、なっつん!もうちょっとだから上がろうよぅ・・」
「泣くな。だからおぶったんだろ。行ってやるから!」
「へ?下りるんじゃないの?・・おぶったままで?しんどくない?」
「オマエごとき荷物になるかよ、バカにすんな。」
「・・・ありがと。」
大人しくなったのはそのときだけだった。すぐに元気になって背中で跳ねた。
「ねぇねぇ、あそこに鳥が!可愛かったよ!!」
「そうかよ。」
「早いなー!なっつん、スゴイスゴイ!山道だと思えないじょ?!」
「うるせーよ。」
「あっあそこにも花咲いてるよ、綺麗だじょ〜v」
「・・ハイハイ・・」

すぐにたどり着いた頂上でもほのかは小さく見える地上に感嘆していた。
「わー・・・こんなに登ったんだねぇ〜!すごいじょーっ!!」
「満足したか?下りるぞ。」
「ごめんね、なっつん。背負ったまんまで・・ほのかもう大丈夫だよきっと。」
「登りより下る方が足に負担かかるからこのまま大人しく乗っかってろ。」
「うむぅ・・申し訳ないのだ・・」
「珍しくしおらしいな。痛むか?」
「ううん、そんなでもないよ。」
「まぁこの方がオレにはいい。後ろでハラハラしてるよりよっぽど楽だ。」
「なんか・・ちっと失礼な気がするけど・・?」
「行くぞ。」
「ウン!」

実際ほのかの体重なんぞたいしたことはなく、精神的負担も軽い。
初めからこうしてたらよかったかなんてことを思ったくらいだ。
しかしそれはほのかの納得するところじゃないだろうから仕方ない。
とにかく元気なのはいいが、向こう見ずでそそっかしいヤツだから心配が絶えない。
登りより早く麓に下りて来たが、もう空が少し赤味を射してきていた。

「なっつん、空が綺麗だよ。夕焼けになるかもだね!」
「・・そうだな。」
「青い空も好きだけど、夕焼けもなんであんなに綺麗なんだろうね?」
「知らん。それほどのもんか?」
「なんで!?あんまし思わない?」
「空とか景色とか・・そんな眺めねぇし・・」
「せっかくお山に登ったのに。あれこれ楽しくなかった!?」
「オマエそうやってあちこちフラフラ眺めてるから足元取られたんじゃねーか?」
「むぐ・・けど何にも見ないで歩くだけじゃつまんないじゃないか。」
「オマエとオレは両極端みたいだな、どうも。」
「じゃあさ、二人で登って正解だったね。」
「・・まぁそういうことにしといてもいいか。」
「何ややこしいこと言ってんの?」
「なんでもいいって言ってやってんだよ。」
「なんだ、そうか。なっつんありがとう。」

単純なほのかは納得すると背中から溜息を吐いて空を眺めていた。
空や星、鳥や花、ほのかはなんでもかんでも感動して声を上げる。
付き合いで一緒にそれらを眺めるようになって自分は少し変ったかもしれない。
単なる事象に過ぎないそれらが何故そんなに嬉しいんだろうと初めは思っていた。
だがある日、燃えるような夕焼けを前に声を失ったことがあった。
それはこんな風に二人で出かけた先で見たいつもの空であったはずなのに。
オレを黙らせたのはそんなどこにでもある空が赤々と染まり行く様だった。
あんなに眩しい光りに彩られた空を見たのは生まれて初めてだった。
気を取られ、眺めていると横に居たほのかはぼろぼろと涙を零していた。
ぎょっとしてどうしたか問うと「キレイだね・・」とぽつりと言った。
オレはそのとき胸に何か染みるような想いが湧き起こったのを覚えている。
忘れていたことを思い出したような、どこかで知っていたかのような郷愁。
ほのかの小さな手がオレの服を掴んでいて、思わずその手を握ってやった。
幼い頃妹が泣いたらそうしてやったのを思い出したのは後になってからだ。
涙を自分で拭うと、ほのかはオレに嬉しそうに笑顔を向けた。
胸が焼けるように熱かった。何故だかはわからないが空の赤に焼かれたようだった。

「なっつん、今日も綺麗な夕焼けになりそうだね。」
「あのときは・・すごかったな。」
「ウン、覚えてるよ。なっつんも黙って見惚れてたよね?!」
「あれは流石に・・初めて見たからな。」
「そうかぁ・・よかったね、なっつんと二人で見れて嬉しいよ。」
「・・・ふん・・」

妙に恥ずかしくて顔を背けた。空に焼かれたあのときのように頬が熱かった。
黙っているとほのかも大人しいなと窺うと、オレの背中で寝息を立てている。
帰り道、夕焼けに照らされながらオレとほのかの影が長く伸びていた。
きっと起きていたら嬉しそうにそのことをオレに報告しただろうなと思った。
よく妹をおぶって帰った道、ほのかを背負って下りた山道、どちらもなんだか懐かしい。
ついさっきのことのはずの山道ですらそんな風に感じるなんておかしな話だ。
背中に感じる僅かな重みと温かさはオレを安堵させてくれるからだろうか、
こんなオレに何もかも安心して預けてくれる命の優しさになのだろうか。
生きてゆく勇気をくれた妹、生きてゆく楽しさを教えてくれるほのか、
どちらもかけがえないと思えてしまって何故だか泣きたいように切なかった。

遅くなったのでこのままほのかの家まで送ろうとそのままおぶって歩いた。
家の近くまで来ると、背中でほのかが起きた気配がした。

「あっあれっ!?夕焼けは!?」
「そんなのとっくに終わったぞ。」
「えええっ!?そんな、寝てたのなら起こしてくれたらよかったのに!」
「別にいつでも見れるだろ、夕焼けなら。」
「なっつんと二人で見たかったんだよう・・」
「だから、また見ればいいだろ?!」
「・・・ウン、また見ようね、なっつん。」
「ああ、それよりもうすぐオマエん家に着くから足をちゃんと見て貰えよ?」
「・・・つまんない、もっとなっつんと居たかったじょ・・」
「ずっと一緒だったじゃねーか、阿呆。」
「今日そういえばずっとなっつんの背中でほのか赤ちゃんみたいだね?」
「起きてりゃぴーぴーウルサイしその通りだな。」
「いいんだもん。なっつんの背中はほのかのものなのだ。」
「何勝手に決めてんだ。」
「だって・・早い者勝ちだもんね。」
「何だとぅ!?」
「いいの、もう決まりなの!」
「へぇへぇ・・しょうがねぇな。」
「・・いいの?」
「良いも悪いもそう決まったんだろ?」
「ウン!!」

嬉しそうにほのかが笑い、背中は温かみを増した気がした。
家の前で下ろしてやるとほのかがまた礼を言った。

「なっつん、今度は気を付けて自分で最後まで歩くからね!」
「・・・ああ、わかった。景色ばっか見てないでな。」
「なっつんはもう少し見ないといけないんだよ!?」
「オマエばっか心配してたら見れないんだ。」
「心配し過ぎ!ほのかホントに赤ちゃんじゃないんだからね?」
「そうだったな。」
「でもまたおんぶもしてね?」
「図々しいな、相変わらず。」
「えへへ・・なっつんありがとう。」
「もういいって、何度も言わなくても。」
「だって他になんて言ったらいいかわかんないんだもん。」
「らしくねぇこと言おうとするからだろ。」
「そうかぁ・・じゃあなっつんまた明日ね。」
「足痛むようなら止めとけ。」
「ヤダ。そんときは迎えに来て。」
「なんだとぉ!?」
「ほのかの背中空いてるでしょ?」
「わがまま娘!仮病だったら承知しねぇからな。」
「ホントに迎えに来てくれるんだ!?」
「!?まさか。」
「いやいや、今かなり本気だったでしょ?!」
「生意気な。何故そう思うんだ?」
「ダメだって言わなかったじゃないか。」
「・・・」

オレがつい口籠もるとほのかが懐に飛び込んできた。

「なっなんだよ!?」
「一緒がいいんだもん。だから二人で決まりなの。」
「何を・・」
「山を歩くのも夕焼けを見るのも景色を見るのも全部。」
「!?」

どうしてこんなに嬉しいと感じるんだろうな?
しがみついたほのかの髪を撫でながら、オレは苦笑いした。
そうだな、また見たいなあんな景色を。・・・二人一緒に・・








ほのぼのと見せかけてやたら甘いものに!?う〜ん・・マジック☆
いやまだ恋愛要素入れてないんですよ、これでも。(主張!)