「約束」 


「いつか本当のキスをしようね。」


オマエは覚えているだろうか、昔交わしたその約束を。
二人とも子供で未だ漠然としか描いてはいない未来図の一部。
オレは今になってようやくその言葉の大切を知った。
そして付け加えたもう一つの約束の持つ意味も。
その話は数年前のいつもと変らない会話の途中から始まった。



「なっつんはキスしたことある?」

唐突な質問に眉を顰めながら「・・ある。」とオレは素っ気無く答えた。
さして意外そうな風でもなく、ほのかの質問は更に続いた。

「本当のキスだよ?」
「なんだそれは・・」

説明を聞いてやると、(というか勝手に説明し出したのを放置したのだが)
親兄妹などとする親愛を示すものは除外、不本意や事故的なものを除いてだそうだ。

そして「なっつんがスキな人としたくてしたってのが正解。」と付け加えられた。
あまり思い出したくない記憶を辿れば、該当する経験が無いように思えた。
黙っていると、ほのかはしたり顔で、「やっぱ無いんでしょお?」と憎らしげに言った。

「そういうオマエはあるっていうのか?」と悔し紛れに言うと、
「ほのかその人と真剣に結婚するつもりだったから失恋したとき泣いたよ。」ときた。
しかしそれはコイツの馬鹿兄キのことだとすぐにばれてよくわからないがほっとした。

「でもお兄ちゃんとしたときは本気だったもん。」
「あっそ・・」

それで何で先のような質問になったかという理由がやっと語られた。
昔兄とした思い出話を母親としていて、次にするときはよく考えろと諭されたらしい。
母親ってのも色々と気苦労しそうだ。妹が生きていたらオレもそうだったかもしれない。

「だからね、なっつんも本当にしたい人としないといけないよ。」

ほのかはそんな風に上から目線でオレに説教でもするように言った。
そのことを深く心に留めたわけでもなかったが、その後の言葉が印象に残った。

「そんときなっつんの顔が浮かんでね、言っておかないとって思ったんだ。」

オレがあまりそういうことを大事にしないような気がしたからだと言うのだ。
余計なお世話だとも感じたが、ほのかの心配事が的を得ているような気もした。
初めてのときなんてオレはまだ7つくらいで不愉快極まりない体験だ。
まだ施設に居た頃で相手は大人。人間不信に結構影響しているかもしれない。
その後もやはり思い出したくも無いことばかりなので記憶を辿るのは止めにした。

「そうだ、なっつん。約束しようよ、ちゃんと本当のキスをするって。」
「・・・なんでオマエとそんな・・」
「相手が誰でもほのかなっつんに報告するよ。だからなっつんもほのかに報告してね!」
「・・はぁ・・」
「約束だよっ!」

オレはそのかなり強引で在り得そうもない約束のため指きりまでさせられた。
つまり本気で好きになる相手が現れたらという話なんだろうが、ピンと来ない。

「要するにオマエは今そういうことしたい奴が居ないってことだよな?」
「今すぐって人は居ないけどできたらいいなって人なら居るよ。」
「誰だよそれ?」
「ほのかね、なっつんが好きだから、したくなったらなっつんとしたい。」
「・・・」
「でもなっつんもしたくないとダメだしさぁ・・いつかそうなんないかなぁって思ったの。」

少し照れたように微笑むほのかにオレは内心動揺していた。
大人になったコイツから『好きな人ができた』と報告されるのはピンと来なかったが、
『好きになったからキスしろ』ならいかにもコイツが言い出しそうだなと思ったのだ。

「どしたの?何笑ってんのさ。」
「・・へ?」

オレは思わず微笑んでいたらしい。慌てて口元を引き締めてみたが格好がつかない。
面白い顔だとか言いながら失礼にも人を指差しつつ、ほのかは笑っていた。
悔し紛れに2、3発軽い拳をお見舞いしたが、少しも効果の程は期待できなかった。

「じゃあもう一つ約束追加してやる。」
「え、何なに!?」
「このままオレが誰も本気になれる奴が現れなかったら、オマエにキスしてやる。」
「マジで!?やったー!ホントにィ〜?」
「もしも、だからな。」
「んー、それにほのかの気が変るかもだしね。やっぱなっつんじゃやだーって。」
「・・・そ、そんときは無効だ。」
「わかった!約束したよ。」


あのとき何故そんな約束を取り付けたのかオレ自身わかっちゃいなかった。
何気なくほぼ無意識にオレはほのかを手元に引きとめようとしていたのだ。
その当時、まったくお互いにそんな風に意識などしてはいなかったはずだ。
散々ほのかを子供だと馬鹿にして言っていたオレも大差なかったと思う。
あれからほんの数年しか経っていないのに随分昔のことのように感じるからだ。
ほのかは成長したが、相変わらずオレを振り回している。
変ったのはやはり気持ちだと認める。漠然としたものが確かになったとも言える。
今思えばあんな約束、よくしたよなと恥ずかしい気がしてくる。

けれど、約束は約束だ。果たされる日を待っている。
臆病にもオレはオマエの方が待ちきれなくなることを期待し続けてきた。
結果的に長いこと待たされてしまい、そいつがちょっと悔しい。
『好きな人ができた』報告だけは避けたいところだが・・・


「なっつん居た。・・そこ座っていい?」
「何遠慮なんかしてんだ、気持ち悪りィな。・・何だよ?」
「ウン、あのね・・そのぅ・・・う、いざとなると言いにくいな。」

ソファにらしくなく遠慮がちに腰をかけ、ほのかが上目遣いに言い憎そうにしている。
らしくないとはいえ、最近たまにある。そしていつも言い出せずに誤魔化すのが決まりだ。

「あのさ・・お、覚えてるかどうかわかんないんだけどさぁ?」
「何のことだ?」
「あ、ほら随分前の話だしさ、その・・あれ?そういや指きりしたっけなあー?って・・」
「オマエとした約束なんてごまんとあるぞ。」
「あう!?そ・そーいやそうだよねぇ?!あはは・・そうだった・・」
「で、どの約束の話だよ。」
「・・いやいいよ・・ほのかの思い間違いさ・・」
「それはそうとオマエ報告はまだか?」
「はひ?何の報告?」
「『本当の』相手見つかったのか?」
「うえっ!?お、覚えてたのなっつん!?」
「オマエは最近思い出した口だ。そうだろうが?」
「なっつんて・・スゴイねぇ?何でわかったの!?」
「丸分かりだ、バカ。」
「そお?何でだろ?!・・あ、その報告ね?・・なっつんは未だ?」
「オレ?オレは相手ならとっくに見つかってるけど遠慮してたんだ、オマエの手前。」
「えっ!?なっつん好きな人・・・居る・・の・・?」
「こんだけ一緒に居て分からない方がどうかしてると思うが。」
「・・・そ、そうだよね・・ほのか・・どうか・・して・・」

ホントにバカな奴だと思う。涙が溢れてくる大きな瞳に呆れつつ見惚れる。

「じゃあもう約束を果たしていいんだな?」
「う、ウン・・ウウン!ダメ!!」
「・・どっちだよ、それ。」
「もうその人とキスしたの?待って、やっぱり聞きたくないっ!」
「まだだけど?そろそろ限界だな。」
「そ、そうなんだ・・けどいつから?ほのかになんで言ってくれなかったの?」
「オマエだって報告してこなかっただろ。」
「ほのかは昔っからなっつんが好きって言ってるじゃ・・」


「・・やっとだぜ。もうこれからは待たないからな?」
「・・・これって『本当』・・?」
「嘘だと言って欲しいのかよ。」
「言わないで・・・」


待たされた分はこれからゆっくりと取り返そうと思う。急がなくとも離さない。
腕の中で大人しくなったほのかに何度も『本当』のキスをした。
久しぶりという感覚は少しもしなかった。したくてした初めてのキスだったから。







趣が違うモノを書くと言いながらさほど変り無い結果になりました・・・(痛)
夏くんの過去体験に関しては捏造です!ごめんなさい〜・・・
夏くんって男女問わず悪い大人にされてそうなイメージが。申し訳ない!
あ、でも武道を始めてからはほぼ撃退してると思います。師匠クラスを除いて;