ヤドリギの下は  


「もうっ!・・なんでなのさあ〜〜っ!?」

ほのかは谷本家の庭でやつ当たるように地団太を踏んだ。
昨年のクリスマスの日に『ヤドリギ』に関する知識を得た。
夏の家の庭を捜索したのがその翌日、そして見つけて喜んだ。
来年のクリスマスには飾る約束をした。ところが今年になり、
庭は庭師によってか、幾つも様変わりしており昨年の場所には
ヤドリギは寄生していなかった。それが冒頭の台詞の背景だ。

「まさかなっちの陰謀!?ほのか諦めないんだからね〜!」

独り言をぶつぶつと呟き、ほのかは庭の捜索を打ち切った。
今年こそはの意気込みはそれくらいで萎んだりはしないのだ。
ほのかは気合たっぷりに心の中で叫ぶ。何度目かは定かではない。

”ちゅーする!今年こそはコイビト同士のを!絶対!なのだー!”

一人ガッツポーズをしているほのかの様子は実は夏に丸見えだった。
そもそも夏の自宅の庭であるし、目当ての木は昨年一緒に捜索した。
”庭に行ってくる!”なんて正直に飛び出すほのかもほのかなのだ。
可愛い愚かな恋人にキスしたくない男なんてものは世に存在しない。
ところが夏の場合、それに全面的に当てはまらない部分があるのだ。

”どうしたもんかな・・”

二階の窓辺で夏は腕を組み、頭を抱えて思案する。したいのだがしたくない。
この二律背反に常に悩んでいるといっても過言ではないかもしれないのだ。
そもそもの始まりはというと、ほのか自身の成長と自覚を待つところからだ。
なんとそれまでに3年くらいは経ってしまった。そして待ちに待った春が訪れ、
ほのかが告白して二人は一気に関係が・・実際には変わったりはしなかった。

「なっち〜!ただいまあ!!ねえ、おかしいよあの木がなくなってる!」
「・・・知ってる。正確には宿り木だけ撤去されたんだよ、庭師にな。」
「ええ!?なんでそんなことするのさ、部屋中に飾ろうと思ったのに。」
「そんなことしてどうすんだ?部屋んなかで常に襲うつもりなのか?!」
「・・・だって・・・なっちは・・ちっともしてくれないじゃん・・!」

唇を尖らせ破壊的に可愛いことをのたまう恋人に夏は身震いしてしまう。
遠慮は確かにあった。しかしそのうちほのかがして欲しそうにする様子が
あんまり可愛くてそれを見たさに・・・夏は実にヒトの悪いことに逃げたのだ。
あの手この手を見つけてくるのも楽しかったし、何よりもいざとなった段の
ほのかの緊張感が間近に迫ると前後不覚になるくらい可愛くて身悶えてしまう。
罪悪感は勿論だがある。かわいそうで自分の悪さに毎回土下座したいくらいだ。
だがこんな前段階で死にそうになっているのに、キスしてしまったら・・・
夏は怖かったのだ。後には引けないしほのかを大事に大事に見守ってもいたい。
そんな自分が一番危険な存在なのだ。何をしてしまうか想像するのも怖ろしい。
しかしもう限界なのだろう。互いの目線が絡むだけで甘い期待を抱いてしまう。

「ちゃんと室内用にって庭師が細工して届けるとさ、クリスマスまでにな。」
「なっなんですと!?」

いじけモードだったほのかの顔がぱあっと光り輝いた。思わず夏は目を細め、
飛び上がって喜ぶ様を確認してほっと胸を撫で下ろす。ネタバレは成功らしい。

「覚悟するのだ!なっち!その飾りに実はちゃんと付いておるだろうね!?」
「ああ、そりゃ大丈夫だろ。」
「コホン・・なっちも・・ほのかを狙ってきてよいのだよ?!わかってる?」

解りやすく頷いて見せるとほのかは頬をあからさまに染める。とことん可愛い。
何度も心の中で繰り返すフレーズが夏を攻める。”コイツ・・殺す気か!?”
想いで人が殺せるものならほのかに数千回は殺されていると認識する夏だった。

そんな期待と不安の詰まったクリスマス当日、ほのかの様子が違っていた。

「・・具合悪いんじゃないのか?・・ほのか。」
「えっ・・ううん!元気だよ!?・・なんもないさ。」
「この俺じゃなくたって通用しねえぞ、お前の嘘は。」
「ウソじゃないもん!やだ、さわんないで!」

言ってからほのかもはっとしたがそれ以上に夏が途惑い身を硬くしてしまった。
まさかの拒絶。いつもはほのかから過剰なほどスキンシップしてくるのだが
妙によそよそしいとは思っていた。不安の大きさが膨らんで期待が霞みそうになる。
夏は何かしでかしたかと最近の行動を回顧して反省を試みるが思い当たる節がない。
ほのか自身も不本意なのか持ち前の明るさが重い空気に押されてしまっていた。

「お前がいやならなんもしねえから・・俺、なんかしたか?」

夏はほのかが心配でとうとう直接尋ねてしまった。ほのかがびくりと体を揺らす。
その顔がどんどん曇ってゆき、瞳が湿っていくのを目の当たりにして夏は焦った。

「ほのかっ・・」

そんな姿を見ていたくなかった。だから夏は両腕でほのかを覆い隠してしまった。
肩でほのかが息を呑むのがわかってかわいそうで堪らず、抱くには至らなかった。
ぴたりと触れる寸前で夏が止まったことに気付いたほのかはとうとう切れたらしい。
わあっと涙が決壊すると同時に夏に縋りついた。躊躇い勝ちに覆っていた腕を下ろし、
夏はそろそろとほのかの小さな肩と背中を引き寄せ、確かめるように少し力を込めた。

「・・・なんかあったのか・・?」
「なっち・・なっちい・・ごめ・・」
「・・・謝りたいことがあるのか。」
「ふ・・う・・っく;」
「落ち着け、急がなくていいから。」

ほのかの興奮が鎮まるのを待ってしばらくそうしていると夏に予感があった。
それは当たってしまったなら殺されるより厳しいものかもしれないと思い覚悟する。
これまでの幸せな月日が走馬灯となる。そういえば最初は別れを選んだのだった、
妹以外の幸せを初めて祈ったのはほのかだった。その未来に自分は存在しなかった。
それがどうだろう、もう4年近くなるのか。早いものだが長くて濃い年月だと思う。
ほのかが自分を変える指標だったかもしれない。思い出もくれた。何もかもほのかが
幸せを運んでくれた。ほのかの望みをいくつ叶えてやれただろう?もっとそうしたい。
だが・・・

「理由はどうでも誤るな。お前は悪くないから。」
「・・・なっちは・・ほのかを甘やかしすぎ・・」
「甘やかしてえんだよ・・お前が甘えるのが嬉しいから。」
「うう〜・・まだ泣かせるつもりなのお〜〜〜!?」
「何で泣いてんだ?俺が甘やかすからなのか!?」
「・・・ちゅうしたかったんだ。ずっとコイビトみたいなの・・」
「うん?色々がんばってたな。すまん、知ってた。」
「そうなんだ・・やっぱし。ほのかだって気付いたんだ・・なっちが・・」

ほのかはまた辛そうに眉を寄せる。見ていられないが夏はなんとか耐えた。

「したくないんだって思いたくなかったから思わないでいたの。」
「したくないってのとも違うんだが・・否、言い訳はやめとく。」
「それでもやっぱりしたくて。なっちが大好きだから。」
「ああ、ありがとう・・俺も・・好きだぞ。」
「でも違うんでしょ?なっちほのかのことやっぱり・・妹みたく」

涙で湿ったほのかの頬は冷たかった。嫌がらないのを良いことに涙を拭う。
話の途中を遮られてほのかが夏の顔を押し戻そうとした。顔が熱を帯びている。

「妹なわけねえだろ。そんなに不安にさせたのか?」
「・・あれ・・?ちがうの?・・わかんなくなっちゃった・・」
「俺は逆のこと考えてた。お前が俺を”友達”以上に思えないっていう・・」
「なんでさ・・あ・・うん、でもちょびっと当たりかも。」
「やっぱそうか。それでもいい、謝る必要はない。」
「ずっとずっと甘えてて・・なっちに。じゃあどうしてあげられるかなって」
「考えてもどれも全部ほのかが嬉しいことばっかりなんだ。何にもできないの。」

ほのかが泣きそうになっているというのに夏は一瞬呆けたように口を開け、
ぷっと吹き出したのでほのかの顔に不穏が宿る。少々憤慨したらしかった。

「哂う!?ほのか真剣に悩んだのにっ!わらうんだね、なっちは!」
「・・悪い!・・哂ったんじゃね・・あんまり・・お前ってほんと」
「バカだよ、バカだけど好きなんだよ!ウソじゃないよ、ほのかは」

また遮られてほのかの眉間に皺が寄る。怒りで結んだ拳を夏に叩こうとして
それは不発に終わった。覆い隠された唇が出口を求めているがどうしようもない。
苦しくなって不発だった拳をもう一度叩こうとしてみるのだがうまくいかない。
ほのかは焦りと息苦しさでパニック寸前だ。涙がまたポロリとこぼれて落ちた。

「ぷはっ!・・ふゅううう!!」
「・・息、止めてたのか・・?」
「苦しいっ!いきなりっ・・けほっ・・けほっ!」
「・・・・大丈夫か。」

心配顔で背中を摩る夏に今度はもっと剣呑な顔つきになってほのかが睨む。
夏は途惑いつつも、そうして責めてくれる方がどれほど楽だろうかと思った。

「一々お父さんぽくしなくていい!子供扱いが酷すぎなんだよ!」
「そうか・・?」
「もっとろまんちっくなのを期待してたのに。現実はキビシイのだね。」
「どんなのだよ?それってお応えできなかった俺が悪いってことだろ?」
「そうじゃなくて・・思ってたのとチガウかったんだい・・・」
「申し訳ない・・」
「謝らないでよ!」
「んな・・ら、どうすりゃ」

「もうっ!」と怒り出したほのかはよく見ると顔中、否首まで真っ赤だった。
恥ずかしくて堪らないらしく、夏の胸に顔を埋めてしまったが耳も赤かった。

「・・熱いな。」
「うるひゃい!」
「子供体温だと言ってんじゃねえぞ?」
「う〜・・・!」
「なに唸ってんだ?」
「黙れ!しらないっ!」
「・・・・はい・・」

ほのかを抱いたままふと目に入ったのは大きなリースになったヤドリギだった。
実もたくさん付いていてほのかの好きそうな大きく綺麗なリボンで結ばれている。
あの実の数だけ口付けを許されるというのは今日一日だけに限ってなのだろうか。
こんなに愛しい者を一日だけで手放すなど拷問は普通なら到底受け入れられないが
そんな報われない運命もあるのかもしれない。自分は幸せだと改めて認識してみる。

「ほのか」

呼んでみたが返事がない。ぴくりとはしたので聞いてはいるようだ。
なので返事は待たずに夏は告白を始めた。顔は見えない方がありがたい。

「ヤドリギの下でなくてもいいんだよな?ほんとはいつでもしたかったんだ。」
「ほのかもしたいと思ってくれるのを待ってた。そしたらそれが叶ったから、」
「嬉しくてもったいなくて何度も意地悪いがほのかを待ってた。幸せすぎて・・」
「バチが当たるかもしれないと思った。お前のことが好きで好きで死ぬかもって」

「死んでどうするよっ!?ばかなっち!!」

勢いよく跳ね上がったほのかの顔はまだどこもかしこも赤かった。

「いきなり恥ずかしいことばっかり言って!ばかみたいじゃないか、ほのか!」
「恥ずかしいのは認めるが。なあ、まだ実を一つももいでないんだが・・その」
「一個につき一回でしょ!だからまだ・・いっぱいあるじゃないか!ばかっ!」
「お前の怒りポイントがどうもよくわかんねえな・・??」
「ほのかだってわけわかんないよ!いいかい、ヤドリギの下なら一回ずつ!!」
「は、はい。それ以外は・・?」
「あっあとは〜〜・・えっとえーっと・・一回じゃなくても・・いいか・な?」
「わかった。ここは下じゃねえから何度でもOKってことだな。」
「はひっ・・言ってない、そんな・・こと」

下を向かれないように顎を捉えられたほのかが赤い顔で口をぱくぱくさせた。
触れそうになった瞬間にきゅっと口と目を瞑る。必死なのか汗ばんでいるようだ。
夏とて冷静なはずもない。解禁された今宵、夜はまだ入口なのだから焦ることもないが
既に何度も死にそうな想いを味わっているため、夏も必死にならざるを得ない訳で。
ロマンチックがどういうものかわからないまま、今度はゆっくりと唇を合わせてみた。
わななくそれが甘い息を吐くとき、夏の息も同様になっているのは間違いなかった。

「・・・なん・・かい・・するの・・?」
「さぁ・・数えてねえし・・わからん。」
「熱いよう・・」
「だな・・俺も」

熱いと夏が上着の襟元を弛めたのを見てほのかが慌てた。いつの間にだろう、
気が付くとソファの上に仰向けになっている自分と覆いかぶさっている夏がいる。

「なっち・・?ヤドリギの下は・・・」
「実はもいでねえから・・カウント外だろ?」
「ん・・ぅ・・んん・・なんか・・もう・・」
「俺もわからん・・後で謝る。」

聞き捨てならない台詞のはずだが、ほのかも夏もあまりに必死で会話は途切れた。
繰り返されるのは熱に浮かされた呼吸と触れ合う唇同士が立てる音。そして
合間に時折挟まれる二人の名前だ。それも途切れ勝ちでうわごとのようだった。









あまーい!(甘王っていちご思い出した。なつほのみたい!さがほのかって銘柄を
店頭で見かける度に「なつほのか」ってないのかなと思う私の脳内大ピンチ・・;)