ヤドリギの下で  


「てめぇ・・なんのつもりだ!?」

珍しくスーツなぞ着込んだ夏が凄んで見せると男は当然青ざめた。
きょとんとしたほのかもまた、日頃と懸け離れたドレス姿である。
短めのスカートからたっぷりとしたペチコートが広がり、光沢のある
白のストッキングに包まれた脚がそこからぷらんと下がり宙を浮く。
夏がほのかの両脇に後ろから手を挟み、ひょいと持ち上げた為である。
青ざめた青年はこそこそと撤退して行き、入れ替わるように人物が近づく。
持ち上げられたほのかはその人物に対して「やっほ〜!」と声を掛けた。

「ほのかさんどうされました?足元に何か落ちてましたか?」
「ううん。それは多分違うと思うけど・・わけわかんない。」

ぽんと足を地に下ろされたほのかはちらりと背後の夏を窺う。
不機嫌を絵に描いたような夏が声を掛けた人物を睨んでいる。

「何かお気に障ることでもありましたか?ハーミット。」
「・・・いや、もういい。帰るぞ、ほのか。」
「えっもう!?ダンスは!?」
「うるせぇ、もういいだろ。」
「楽しんでくださっていたと思いましたが・・残念ですね。」
「楽しいよ?!ジークの演奏も良かったし、ご馳走も美味しいし!」
「そうですか、それは嬉しいです。また来年もいらしてください。」

ジークこと九弦院響は自宅のクリスマスパーティの招待に応じた夏ではなく
同伴のほのかに恭しく参加への謝辞を告げた。よく事情を承知しているのだ。
ハーミットこと谷本夏がこんな招待に単独でやってくるなどは凡そ考え難い。
初回からちゃんと、”ほのかと一緒にいる”場で招待状を手渡しているのだ。
つまり計算ずくなのだが、そうと知っていてもやはり夏は従うのである。
何故なら彼は以前からずっとほのかに対してだけは形無しに弱い男なので。

「わかりましたよ、ほのかさん。不機嫌の理由はアレです。」
「アレ?・・あの飾り?あれがなんで!?」

ジークが思い当たりをほのかに耳打ちしようとしたのを横から阻止され、
今回は持ち上げられるまではいかないが、腕を引っ張られたほのかは不満気。
去り際に「ヤドリギですよ!」と声高にジークが言った言葉を反芻してみた。
その声掛けにちっと小さく舌打ちしたのは夏だ。ほのかは図星だと理解した。
帰宅といってもほのかの自宅ではなく、夏の自宅へと落ち着いたほのかは
帰るまでずっと質問を控えていた。しかしもう限界とばかりに口を開いたのは
夏が上着をソファに投げかけ、ネクタイを乱暴に弛め外しかけたときだった。

「ねー・・脱いじゃうの待って。もう一回くらいは踊ろうよ、お師匠さん!」
「向こうで一度踊ったじゃねえか。」
「ケチ!スパルタレッスン克服したのに・・じゃあ質問に答えてくれる?!」
「くだらねえことにはすぐ食いつきやがる。」
「”ヤドリギ”ってなに〜!?教えてよう、ドけち師匠ー!!」
「誰がドケチだっ!」
「あのもしゃっとして木の実の付いた葉っぱの束のことでしょ?」
「そうだ。あんな飾りが吊ってある場所と木の下を通るな。以上だ!」
「わかるかーあ!そんなの説明になってないじゃないかーっ!?」
「避けるもんだと覚えとけばいい。」
「・・・なっちの庭に生えてないか見てきていい・・?!」
「なんだとお〜!?」
「見たことあるかもだもん!もしゃっとして他の木に寄生するやつでしょ!」
「なんでそんな植物の知識だけはあるんだよ!?」
「思い出したの。お兄ちゃんが詳しいから・・そうだお兄ちゃんに聞こう!」

携帯を取り出し電話しようとするのを夏が勢いよく取り上げ放り投げた。
勿論ほのかは逆上、夏に飛びついて叩いたり喚いたりの攻撃を開始した。

「お前の言う通り寄生植物だから”宿り木”っつうんだ!聞け、説明する!」

自棄になって夏が声を張り上げるとほのかは単純なのかぴたりと口を閉じた。
夏は大袈裟に肩を落としつつ息を吐き、ほのかを睨みつつ(?)説明を始めた。
起源から何からのご丁寧な解説の前半をほのかは聞いてはいたがほぼ流した。
段々詰まらなくなって眉間に皺が寄るのを夏は内心で舌出しつつ説明を続ける。
長々と続く単調な講義にほのかが飽きてきた頃合を見計らい、後半は急ぎ足で終わる。

「以上だ。」
「・・っ!?えっ終わり!?あれなんか最後の方よくわかんなかったよ!?」
「二度も説明はしねえ。聞き逃したんならお前が悪い。」
「そんなっ!?ずるいじょ、なんか誤魔化したでしょ!?」
「してねえ、お前がうっかりなんだ。」
「クヤシイ!よくわかんないむつかしい言葉ばっか使ってからに〜・・!」

ほのかは唇を尖らせたが夏は清々しい顔で時間も遅いので「送る」と提案した。

「なんでよ、今晩泊まるって言ったでしょ?」
「は・・?!聞いてねえよ。」
「そうだっけ?・・・携帯どこに・・ぁあっあんな遠くに飛んでる!?」

夏が放り投げた自身の携帯からとあるメールを開くとほのかはそれを見せた。
そこには母親からのメッセージがある。夏が嫌な予感と共に文面に目を通すと
父と母も出かけて遅くなる旨、夏の世話になるなら(実はお泊りは何度かしている)
きちんとお願いして許可が出たら返事の電話を入れる等がそこに記されていた。
驚きで目を瞠る夏に対し、横で楽しそうに鼻歌を歌うほのか。

「・・・お前今頃・・迎えが来るって話はどうなった!?」
「お兄ちゃんに頼むつもりだったんだけど、忘れてたの。」
「・・・とにかく電話するぞ・・・」
「してくれるの?!悪いねえ、ヨロシクねv」
「・・っきしょう!」

ほのかの母親と夏との、聞いているだけなら和やかな会話は間もなく終了した。
携帯を返す夏はもう諦めムードである。さすが順応が早いとほのかはご満悦。

「わーい!なっちんちにお泊り〜!ちゃんとグッズ持ってきてあるもんね。」
「・・パーティ用とか言うから荷物が多いってのに騙されたぜ!」
「なっつん2号は置いてきたよ。本ものを抱いて寝るからね!?」
「俺を?ふ〜ん・・・おもしろいこと言うよね、相変わらず・・」
「まずはお風呂に入ろうか!?なっちーお風呂のスイッチ入れていい!?」
「勝手知ったるお前が怖い;俺んちだ、ここは俺の家だよな!?」
「ここは何でもスイッチぽん!で面白いし便利なのだ。ほのかにお任せ!」
「そんでもあちこち壊すくせし・・待て!スーツは洗濯機に入れるなよ!」

ほのかに翻弄され続けて3年余り。兄と妹のようでいて、それだけで説明できない
関係性はそのままに、積み重なった月日は絆の解ける気配を二人から奪っていった。

「なっちー!じゃあん・・見てみて、可愛いでしょ!?」
「寒そうな寝巻きだな?」
「なんと!?それはボケているのかい?面白くないじょ!?」
「湯冷めする前にとっとと寝ろ。いいか、俺んとこきても入れないからな!」
「冷たい・・ほのかなっちに愛されてないのかい?!」
「冗談でも言っていいことと腹の立つこととあるよ、ほのかちゃん?」
「だからって殴るかな・・ホントに愛されてない気がするじょ・・!」

果たして結末はほのかの最終的勝利で幕が降りるのが定番となっている。
バカだと謗られれば認める程に、夏はほのかに只管弱いのである。(二度目)

「なっちー大好きvあったか〜い!ぬくぬく・・」
「温いのは子供体温のそっちだろ。俺はぬいぐるみだから温くはない。」
「ちみはなっつん2号だったの!?本物といつ入れ替わったのだね!?」
「・・置いてかれると知ったときだな。」
「そうか・・ごめんよ、なっつん2号!じゃあおやすみのちゅーだね!」
「待て、まさか毎晩そんなことしてんのか!?」
「うん、ほのかのよだれまみれで申し訳ない。」
「・・・・ああ、抱いて寝てるって・・か・・」
「ぬいぐるみみたいに抱き心地良くないなあ!」
「出てけ、ここは俺のベッドだ。」
「いや!なっちと一緒。怖いから一人じゃ無理。」
「あぁ・・そお・・・」
「あっ思い出した!これ持って帰ってポケットに入れといたんだ。」
「・・?」
「帰りにね、あの”ヤドリギ”から一粒もいでみた。ホラ!?」
「・・・説明しただろ、それは男がするんだ。」
「そんなの知らなかったもん。これ一粒で一回いいんだよね?」
「お前説明・・よくわからなかったんじゃねえの?」
「うん、ほとんど覚えてない。忘れた。」
「なら何が一回だって?」
「えーと・・ちゅーしていいんだよね?なっちに。」
「違う・・」
「いいじゃん、ルールなんて変更しちゃえば!」
「んな・・」
「ね、ハイ、ちゅ〜・・・v」
「・・・・・・どおも・・・」
「ふふ・・なんか照れるー!」
「とっとと寝ろ。俺が眠れん。」
「どうして?」
「どうしても」
「なっちにもほのか2号いる?」
「遠慮させてもらう」
「本物の方がいい?」
「・・・・”当然だろうが!”」

夏の腕にちょこんと頭を乗せたほのかが微笑む。息の掛かる距離に
気が遠くなったのは夏だ。擦り寄られる身が柔らかくて溶けそうで
それを確かめたくておかしくなる。瞼を下ろすほのかの睫が長くて
ささやかな風圧を感じた。吸い寄せられ更に距離を縮めたのかもしれず
瞼の上は気付くだろうが、睫の先ならいけるだろうかと夏は考えてみた。
せっかくヤドリギの実がここにあるのなら、一度なら許されるはずなのだ。
本来なら唇に触れても。しかしそれは二人には範疇外のルールなので

「いい加減・・保護者やってんのつらいんですけど?」

夏が怖々と呟いた。ところがほのかは何の反応も示さない。それならと
名を囁いてみた。誰も聞くことのできない甘い響きをした声だった。
そんな特別な囁きも意を決した告白も知らず、ほのかは眠ってしまった。
もうこれ以上は夏にどうすることもできない。無力感で満たされてしまう。
眠れないまま、ほのかを起こさないようじっとしたままで夏は考えてみた。

”・・うちの庭の落葉樹にも宿木の寄生したのがあったかもしれねえなあ・・”
”俺とほのかのルールなら・・男女どちらでもいいってことになるのか・・?”
”・・ってどうせ・・ほっぺとかそんなんだよなあ・・さっきみたいに・・・”

ほのかが夏にした先程の口付けを思い返す。思い返すだけでも甘酸っぱい。
いつになったら思いだけでなく舌も唇も満足させてもらえるのだろうかと
夏はほのかの寝顔を見ながら思う。こんなに傍にいるのに、それが辛いはずなのに
穏やかな寝息も柔らかい体や髪も、体温も、ほのかの全てが夏を癒してしまう。

”まあ・・いいか・・まだ・・待てる・・さ・・”

自分も目を閉じてみる。眠れないが、眠るより幸福で夢心地とはこのこと。
ほんの少し抱き寄せてみる。ほのかは少しも嫌がることなく包み込まれて
時折小さな指先で夏に触れる。絡ませるのはアウトだろうか?せめてここまでと
境界が判ればいいのにと口惜しい。問題は朝なのだ。起きていた方がいいだろう。
寝呆けて貴重な”初めて”を済ませてはあまりにもったいないと思うからだ。

”ほのか 神に感謝を捧げる日ならば 今宵この時に メリークリスマス! ”


願わくばこの幸福をいつまでもかみ締めていられますようにと夏は祈った。








えっ!?終わったんですか!?クリスマス!!マジでか〜・・!?(++)
※12/27数箇所ですが改稿しました