「二人のクリスマス〜聖夜〜」 


「雪積もるといいねぇ!?」
「そうだな。・・なんか飲むか?」
「ほのかが淹れてあげる。」
「・・・見てていいか?」
「だめ。一人でするから待ってて。」
「はぁ・・じゃあ任せた。」
「ウンっ!」

元気に台所へ向かうほのかを見送り、夏は部屋を暖めて待つことにした。
不安交じりだが、まな板の上に乗ったつもりで成り行きを見守るつもりだ。
程なくして居間にはいつもと違う香りを伴ってほのかが入ってきた。
夏は付き合いが長いのでほのかが酒に弱いということを知っている。
だからこんな強い香りは、もう既にほのかに影響を与えているとみた。

「・・・どんだけ入れた?ブランデーだろ、この香りは。」
「え、ほんのちょっとだよ。ほのかたくさんだと苦くて飲めないもん。」
「にしてはキツイぞ?!気分悪くないか?」
「えっと・・ちょびっと零したからかも。そんなに匂う?」
「気が付かない方がおかしいって程だぞ。」
「むむー、どうりでフラフラすると思った。」
「オマエ、いちゃいちゃしたいってんなら最初から違ってるぞ。」
「え?そおっ?!」
「めちゃ弱いんだから寝ちまうに決まってるだろ。断言してやる、飲んだら即だ!」
「そ、そうか。でもせっかくだからちょっと飲みたい・・おいしいはずだよ〜!?」
「オレは平気だから飲む。オマエはオレがいいと言うまで待ってろ。」
「むむー・・わかったよ・・どうぞ、飲んでみて?自信作なんだから。」

ちょっとキツク言い過ぎたかなと反省しつつ、カップを手に取った。
椅子に腰掛け一口飲むと、意外なほど・・うまかった。

「・・いけるな、これ・・」
「でしょでしょっ!?やったぁ!!ポットに淹れたからたくさん飲んでね!?」
「まさかと思うが、オレを酔わそうってのか?・・無理だぞ、こんくらいでは。」
「なっちって強いんだよね。ヒゲ師父の影響?!」
「オマエが異常なんだよ。弱すぎだ。」
「ねぇねぇ、ほのかも飲んでいい?飲みたいよう!」
「・・そうだな・・しかしオマエは一杯だけにしておけ。」
「ほのかの寝込みを襲うという手もあるのに・・・」
「誰がそんな真似・・まさかそれが作戦か?」
「ウウン、違うけどさ。それも候補の一つだった。」
「あっそ・・でもまぁ、これは美味いぞ。母親に教わったのか?」
「そうなんだー!お父さんも大好きなんだって。」
「オマエの母親料理も巧いしな。」
「だからほのかも見込みあるでしょ!?」
「う・・大分うまくなったよな。」
「むふふ・・修行のたまものなのだ。ウレシイ?!」
「あー・・そうだな。」
「えへへーvウレシイな、ほのかも。」

照れ笑いするほのかは、たった一杯のお茶のせいでか頬が赤い。
うれしさとこそばゆさとが手伝って、オレはすっかり気を良くした。
しばらくは他愛無い話をしていたほのかだったが、眠そうな顔になってきた。
これはもうすぐアウトだな、とオレは今夜の作戦終了を勝手に思い描いた。
少し残念・・いや実はかなり残念に思う気持ちがないわけではなかった。
しかし乗せられずにいられそうだということに事実ほっとしてもいた。

「・・ほのか?」

呼んでみたが、ほのかはすっかり眠ってしまったようだった。
傍に寄ってみたが狸寝入りしているのでもないと確かめてそっと抱き上げた。

”さてと・・どこに寝かせるかな・・”

まさか自分のベッドというわけにもいかないのでいつもの部屋を目指す。
そこは空いていた部屋の一つだが、何度かこんな事態に陥った際に使ってきた。
今ではすっかりほのかの部屋みたいになっている。私物もいっぱいだ。
ぬいぐるみやら、ゲームやら・・一見子供部屋みたいに誰もが思うだろう。
楓の使ってた部屋とはエライ違いだ。そこは昔から整然としていたから。
もっと昔、初めてほのかが”お泊り”するんだとゲームを抱えてきたとき、
楓の部屋ならいつも掃除してあるし、オレはほのかにその晩貸そうとした。
しかしほのかはそれを固辞したのだった。

「ここは楓ちゃんの部屋だもん。なっつんの部屋にしてよ。」
「オレんとこはやめとけ。いくらなんでもな。」
「別に寝ないからいいじゃん。ベッド取ったりしないよ?」
「そういうこと言ってんじゃねぇ。ちゃんと寝ろ、子供のくせして。」
「眠くなったら寝るけど、毛布でも一枚あったら大丈夫なんだけどな。」
「ダメだ。風邪引いたらどうする!?預かった以上はだな・・」
「わかったよ!じゃあ空いた部屋って他にないの!?」

ということで楓の隣の部屋になった。・・・オレとも隣だが。
もっと遠くても良かったのだが、あまり離れていても面倒だと思ったのだ。
今思えば隣はまずかったなと反省してる。今更なんだがな・・
そんな昔のことを思い出しながら、ほのかをベッドに横たえた。
まだ赤い頬にそっと口付けて、”こんくらいはいいだろ”と離れようとした。
しかし、ほのかがオレの服をしっかりと握っているのに気付いた。
少し驚いたが、以前にもないわけでもなく、その手をどけようとすると、

「・・だめぇ・・!」

弱弱しいが、ほのかの声がした。目がとろんとしているが起きたのだ。

「起こしちまったか・・もう寝ろよ、遅いしな。」
「だめ・・まだ・・」
「作戦ならまた今度にしろ。いつでもいいから、な?」
「ヤダあ・・!」

珍しく食い下がるほのかは身を起こしてしまい、少々焦る。
そしていきなりオレから手を離すと、自分の服を脱ぎ始めた。

「ちょっ・・オイ待て!コラ!!」
「せっかく・・だから・・見てくんないと・・って、ああっ!?」
「なっ!ど、どうしたっ!?」
「うわあああん!間違えたー!!」

「・・何を間違えたんだ?」
「これじゃないのにー!寒いから着替えて忘れてたようー!」
「は・・あ!?ぷっ、オマエあったかそうだな?それ・・」
「あ、ウン。これあったかいんだよ。ふさふさが付いててね・・って!」
「へー・・面白いな。」
「違うちがーう!そうじゃなくって、もっとスゴイの着てくるはずだったんだよ!」
「スゴイって・・何が?」
「なんていうかこう・・エロいというかね?」
「はぁ・・悪いがオレはあんまそういうのは・・」
「そうなのう〜?白のレースって候補もあったんだけど?」
「母親と楽しく買い物したんだな。どっちでも変わらんと思うぞ。」
「くすん・・でも今度着てくるから見てね!?せっかく買ったんだもん。」
「・・そういうもんか・・・?」
「今日は仕方ない。けどなっち、一緒に寝ようね?!」
「それはダメ。」
「一緒じゃなきゃ寝ないっ!クリスマスだよ!?お兄さん!!」
「お兄さんじゃねえっ!クリスマスは関係ねえだろうが?!」
「あっそういえば!!」
「やれやれ、次はなんだ?」
「ねぇ、なっちはちっとも見たくないの!?ほのかなんて見てもダメ?」
「そっちか。いや・・その・・」
「大人っぽくしてもダメなんだったらさ、どういうのがいいのっ!?」
「酔っ払いみたいだぞ、オマエ・・まだブランデー残ってんのか?」
「くやしい・・もうちょっとボリュームのある胸ならよかった・・」
「こだわるなよそこに。そんなのどうでもいいって前も言ったろ?」
「じゃあ何が足りないのさあっ!?」
「なんも足りなくなんかねぇよ!まっ・待てーーーっ!!」

むくれてヤケになったように、ほのかがぽいと服を脱ぎ捨てた。
んっとにもう・・・しょうがねえ〜〜〜!(涙)

ベッドの上にはりつけてやると、簡単にほのかは黙る。
わかってるよ、言ってることは。けど、怖いくせして・・
何にも知らないから怖いだけなんだろう?それも知ってる。
オレのことを想ってくれてるのはわかる。だからなおさら。
いつだってできるんだ、こんなこと。だから焦るなって、
どうすればわかってくれるのかな?こんなに震えてるくせに。
そっと触れた唇は乾いていて、緊張で息さえうまくできないじゃないか。

「・・おしまいだ。もう寝ろ。・・寝るまで居てやるから。」
「・・・なんで・・・おしまいじゃないでしょ!?」
「んな泣きそうな顔のヤツ、どうしようもねぇよ。」
「泣かない。今も泣いてないもん!怖くないもん!」
「オレは怖い。だからまたな、ずっとだなんて言わねぇから。」
「・・じゃあいつ・・?」
「オレにもわからん。明日だか、何年も後か・・」
「ちっともわかんないよ。何を待ってるの?」
「ホラ、酒だって寝かすだろ?飲み頃は状況で変わるんだよ。」
「・・?ほのかお酒じゃないし。」
「そうだな。しかし飲み頃はもうちょっと先だと思うぞ。」
「どういう基準なの?」
「とっておきだから、簡単だともったいないじゃねーかよ。」
「ふぅん・・なっちにはちゃんと飲み頃ってわかる?」
「ああ。・・楽しみだ。」
「でももしほのかが”もうなっちにはあげないよっ”ってなったらどうすんの?」
「そりゃあ・・がっかりだな。」
「まさかあきらめちゃうの!?」
「いや、それはない。」
「だってそんなのわかんないじゃない!?なのに?」
「わかるさ。オマエのこといつだって見てるから。」
「ほのかがすきじゃなくなりそうになったらわかる?」
「もちろん。」
「・・ほのかね・・キライになんかならないよ、ずっと。絶対。」
「勝てねぇなぁ・・」
「ん?ほのかに?!」
「オマエはそのまんまで・・どこの誰にも負けない。最強だ。」
「なっちの一番ってこと?!えへへ・・ウレシイな。」

そう言うと無邪気ないつもの顔になって、ほのかは笑ってくれた。
ちっとも眠くなくなったらしいほのかの手を握って長い夜を過ごした。
おかしな話で笑ったり、お互いがどんだけ好きだとかバカ言ってみたり。
なるほど今夜は”聖夜”かもしれない。こんなにも幸せで厳かな気持ちなら。
ようやく眠ったほのかは柔らかな頬をオレの手に摺り寄せていた。
だから結局そのまま一緒に同じ部屋で朝を迎えた。少しも眠くはなかった。
神にでもなんにでも感謝できる。世界一愛しい女と過ごせた夜を、ありがとう。