Venusの憂鬱  


全くの事故であった。夏にとってはそう云える出来事だ。
いつも子供子供した親しい少女の全裸を目撃するという
嫌悪する類の出来事ではなく、彼も不快だったわけではない。
ただ色々と支障があったのである。問題が明るみになった。
成長期にしては発育は遅い方だとひとり思い込んでいた。
まずその認識を覆された。思ったほど子供ではなかったのだ。
そして一般男子としては相当淡白を自認していた彼であるのに
予想を超えた衝撃を受けた。完全な思考停止に陥ったほどに。

”まいったな・・・まさかなぁ・・”

怖れていたが夢にまでみた。落ち込んで学校を休みたくなった。
まだ相手は中坊で、中身なんかからすると小学生にも負けそうな少女。
ほのかはまるきりそういった対象に・・・普通はならないはずだった。
悪友が幼女趣味とからかっても、鼻であしらっていた夏であったのに、
非常に由々しき事態になった。この認知の更新は書き換え不可能だ。
いくら子供だと言い聞かせても頭が勝手に否定してしまうのである。

”なんとか・・しないと・・マズイ!”

しかし彼の動揺と混乱による不具合な精神状態などお構いなしに
ほのかはやってきた。身の危険が増したことに少しも気付かずに。
そして夏の当惑とはまるきりあさっての方向に憂鬱を煩っていた。

「なっち・・やっぱりほのかダイエットすべきかな?」
「バカ言うな。オマエに痩せる必要は1%もないぞ。」
「・・・なっちってもしや太めが好みなの?!」
「普通男は痩せてガリガリは好きじゃないと思うが。」
「え〜っ・・けど限度ってものもあるでしょ?!」
「それは好みによる。オレは細いのは好きじゃない。」
「そうなんだ。・・でもそれだと・・おっぱいが足りない。」
「・・・足りないってなんだ?意味がわからん。」
「もっとこうババーンとおっきな方がいいってことでしょ?」
「そんなこと言っとらん。アホか。」
「違うの!?普通おっぱい大きいのがいいんじゃないの!?」
「まったくないよりは・・だが大きけりゃいいってもんじゃない。」
「結局あった方がいいんだ。ああどうすれば大きくなるんだろ!?」
「オマエはまだこれからだろ!?ほっとけ、そんなこと。」
「そんなこと言われても気になるんだもん。ほのかお年頃なのだよ〜!」
「・・年頃なら一人でオレん家に来る方が問題あるんじゃないか?」
「なっちはいいの。他にはいかないからいいでしょ!?」
「オレならいいって・・信頼か?それとも・・軽視か?」
「けいしって?・・・馬鹿にはしてないよ。」
「どーも。」
「なんでそんな浮かない顔してんの?それで余計落ち込むんだじょ!」
「誰がだ?・・オマエが?」
「そう。だって・・がっかり度数高かったのかと思うじゃんか。」
「昨日も言っただろ、がっかりなんかしてないって。」
「むー・・ならもうちょっと喜んだら?!」
「ちっ中坊のなにに喜べって!?」
「ほれ、やっぱそうなんじゃないか!むっかりきた!!」
「そっそうじゃ・・うぐ・・;」

夏はうっかりした。どうにかして自分を優位に保ちたかっただけなのに
ほのかにしてみれば心外だったろう。おそらく問題外とされて良くはない。
一応こんなでも女なわけで。それもしっかりそうだと見て確かめもした。
動揺を悟られたくなくていつものような顔を作ってはいたものの・・・
夏のそのときの状況は昨日に輪をかけて非常体勢へと転がっていった。

「あれっどうしたの!?顔真っ青だよ!?」
「い、いや・・ちょっとお茶淹れ直してくる。」
「ほのかがしてあげるよ。待ってて!」
「いい、いいって!」
「休んでなさい。熱ないかな・・?」

夏はその場から逃げたくて言ったことなのに更に悪化させる結果を招いた。
具合を悪くしたかにみえたほのかは夏を気遣って小さな手で額に触れ、
顔を覗きこむように夏に近づけた。長い睫から思いやりに充ちた瞳が飛び込む。

”想像するな”そう心の中で叫んだ。制服に隠された実体など

命令は間に合わない。目を閉じればより鮮明だ。
ほのかが眼の前でぽかんとした。目がくるんと丸くなる。
夏の手が自分の手を掴んだからだ。唐突に見合ってしまった。
しかし夏は固まったように動かない。怪訝になったほのかが
眉間を少し寄せて夏に声を掛けてみた。

「なっち・・?あの・・なぁに?」
「・・・・あ、あぁ・・!?」

珍しい表情だなとほのかは思った。うっかりしたように夏が手を離した。
まるで自らが手を伸ばしたことにすら気付いていなかったようだった。
手を掴まれたとき、ほのかも驚いた。しかしそうした本人の方が意外そうだ。
そんならしからぬ夏を見ていたほのかに「・・オレがいく。」と小さな声。
打ちひしがれたように俯く夏も珍しかった。顔を見られたくないのかと思った。
居間を出て行く夏を見送った後、ほのかはふと溜息を零した。

”あれ?ほのかもなんで溜息なんか・・緊張・・したのかな?”

ソファに座るとどうも胸もどきどきと妙に騒いでいる。おかしなことだ。
ほのかにはそう感じられた。特にどうということのない場面だったはずなのに。

”おかしい。なっちも・・ほのかもだ。なんなの、二人して。”

首を捻ったがそんな状況を飲み込むにはほのかは経験値が足りなかった。
ただ至近距離で向かい合ったとき、夏の視線はまるで占い師みたいだと思った。
ほのかの表面ではなく、中身を見透かしているかのようだったからだ。
ほんの少し怖いような気もした。気のせいだとすぐに打ち消したのだが。
手を離されたときほっとしたのもそのせいかもしれなかった。胸騒ぎ?のような。

ソファに座ってほのかは思案した。実はこんな胸騒ぎは経験済みだ。
どんなときだっただろうかと思い出してみる。夏といるとき、それはあってる。
けれどいないとき、一人眠る夜目を閉じたときにもよく起きる現象だ。
会いたいんだか、そうでないのだか・・よくわからない。なぜか胸が痛い。
しかし元来悩まないほのかは、寝たら直るといつも深く掘り下げることはない。
そしてその通りで、朝はいつも通りにやってくる。元気を取り戻す。

”なっちのこと考えるとよくこんなになるんだよなぁ・・”

手足が痺れるような気にもなる。浮き上がるような体と違う離れた部分。
心だろうか?そんな曖昧なものをどう捉えていいかわからない。
掴めたらいいのに。そう思いながらほのかは掌をぎゅっと握ってみた。

しばらくして戻ってきた夏はいつも通りに見えた。ほのかはほっとした。
お茶は違うフレーバーで新しく買ったものだったので、単純に喜んだ。

「これ買ってくれたの!?すごくいい香りだね!」
「なんか・・好きそうだなと思ったが当たりか。」
「なっちはほのかの好みがわかってるなぁ、エライ!」
「単に付き合いが長いからだろ。」
「長くたってお父さんなんかイマイチわかってないよ?」
「言ってやるな。傷つくぞ。」
「ふふ・・なっち優しいね。」
「優しいんじゃない。はぁ・・娘なんか持ちたくねぇな。」
「え!?ははっ!まだ若いのになんだいそれ。」
「大きくなったら誰かに取られちまうんだもんな。」
「ええっそんな老け込んで!?なっちってば?!」
「オマエもなるだけ大きくならずにいろよ。」
「無茶言うよ・・なっちがそうなって欲しくないの?」

夏は無表情だったが、僅かに核心を突かれたようなスキを見せた。
ほのかは度々、人が遠慮するようなことをずばりと口にするときがある。
そのせいで、夏はほのかとその兄もなのだが多少苦手意識を持っている。
誰だって触れられたくない部分がある。遠慮のない礼儀知らず・・だが
憎めないのがこの兄妹の最大の特長であり、魅力なのかもしれない。

「・・なって欲しくないかもな。」
「おかしくない?だってなっちは奪う側じゃないか。」
「・・オマエ・・考えて言ってないだろ・・?」
「だってお父さんならわかるけどなっちは違うのに、変じゃない?」
「奪っていいってのか?」
「おっ・・おやぁ・・!?」
「どうした?」
「なんか・・今どきっとした。ふへへ・・?」
「・・安心しろ。まだまだオマエの場合先の話だ。」
「え、なんか逆に不安になったけど。」
「なんでだよ。」
「どんだけ待てば奪ってくれるの?」
「ぶっ!!」
「こら、もったいない。拭いて拭いて!」
「・・・自分でする。」
「あんまり待つのはいやだな、ほのか。」
「・・なんの話だ・・?」
「お嫁にくるときの話。」
「ほのかさん?」
「はい?」
「いや・・も・いい。」
「変なの。あのさぁ、なるだけ早めがいい。お父さんには悪いけど。」
「・・・いくつだった?オマエ。」
「エヘン!もうお嫁にいける16歳v」
「・・・・・・あと・・・4年くらい待て。」
「ものすごく具体的!」
「はぁ・・もうなんか・・諦めた。」
「諦めちゃイカンでしょ!?男なら。」
「オマエに限ってだ。抵抗するのを諦めた。だから安心しろ。」
「つまりぃ・・お嫁にもらってくれると?」
「オマエが望むなら。」
「めっちゃ素直!どうしちゃったの!?」
「父親に全部見せたこと言うなよ!失神するぞ。」
「え?あぁ、昨日のこと。ウン言ってないよ。」
「頭痛てぇ・・これから先のこと思うと・・はぁ・・」
「なんだよ、それぇ・・どうして喜べないかな、ちみは。」
「喜んでる。顔に出なくて悪かったな。」
「わかりにくいんだから。そこも可愛いけどねv」
「オマエさぁ・・長生きするぞ、絶対。」
「・・するけど。なんでそう思うの?」
「まだなんにもわかってないのに・・どうして結論がそこなんだ?」
「わかってない・・そおかな?・・まぁいいジャン細かいことは。」
「せめて見られて恥ずかしがるくらいになるまで耐えるしかねぇな。」
「え〜!?恥ずかしかったよ。太い脚みられてさあ!?」
「そういうこっちゃない。いいから冷める前に飲め。」
「ウン。これ美味しい。なっちが選んでくれたの大正解だね!」
「選ばれた女には違いないな。うん。」
「ほのか?・・でもってなっちもね。」
「逃がさないようにしないとな。」
「ふふ・・楽しい。ねぇ、ほのかいい女になれそう?」
「今からこれじゃあな。怖ろしいことになりそうだ。」
「よっしゃあ!なるぞ、いい女。でもってなっちを誘惑しまくりだー!」
「・・・負けるか!」
「そうそう、そうこなくっちゃ。」

ほのかは楽しくなった。けれど反対にまた胸騒ぎがした。
これはおそらく予感というものだ。ふとそう合点がいった。
きっとこれからわかってくる。色々なことが。楽しみでしょうがない。
間違っていない。直感はそういっていた。これから知る恋のことも。
眼の前で憮然としながらお茶を飲む男がきっと・・そうなのだと。
一方で、頑なで真面目すぎる男だからこれから苦労もするのだと思った。

”ああ・・タイヘンだろうなぁ・・けど・・責任取ってもらうんだ!”

ほのかが視線を前に投げると、目が合った。夏は反らさずにいた。
ゆっくりと口元を微笑みに象ると、夏も不敵に見える笑顔で投げ返した。







なっちもやられたまんまじゃいないってことでv