Valentine Day  


ほのかに明るい告白をされたのは14日の2日前。
呆然と受け取ったその告白に夏は平静を取り繕った。
しかしそれを飲み込み消化するのにかなりの時間を費やした。
このオレが何を告白くらいで動揺するんだと言い聞かせても
今まで味わったことのない高揚は彼を翻弄するに充分だった。

夏のことが好きなんだと納得したほのかの方はというと、
やはり同じように浮き足だってはいたが、悩んではいなかった。
作らないと一旦宣言したことを取り消し、チョコ作りに燃えた。
今回は夏の手を借りず、自宅で母親と必死になって完成させた。
不器用ながらもラッピングもして、リボンをかけた後鑑賞すると
思った以上の出来栄えに自ら溜息を漏らし、こそばゆい感動に震えた。
このとき、ほのかは夏の返事についてはすっかり失念していた。
告白が真面目なものならば、彼は拒否する可能性もあるのだが、
初めて彼女に訪れた恋という春の眩しさに今は目が眩んでいる状態。
はたと気付いたのは、当日その完成品を渡そうとする直前だった。

”あり?もしかして・・『お断り』ってことも・・あるんだっけ?”

振られた経験も当然ない。話には聞いているが、想像したこともなく
もしや振られたら、この先どうすればいいのか?と一応は考えたものの
現状をどう変化させればいいかまでは想像できずに頭を捻ってしまう。
それでもせっかくの想いを込めたチョコを渡さないのも納得できず、
いいや、もう後のことは後で考える!とほのからしい結論に至った。

学校から直接行くとメールを受け取ってから夏の動揺はピークに達した。
彼の場合、見た目には特に変化はない。ただ内心が怖ろしくガタガタだ。
ほのかのことをガキだガキだと馬鹿にしておきながら、なんということか、
要するに彼も未経験という点ではほのかと同じ立場だったのである。

”あいつまだ・・いくつんなったんだっけな?・・高・・1・・か?”

普段なら働く脳がちっとも役に立たない。ふざけてると文句が出そうだ。
そこらのもてない男共がチョコごときに騒いでいるのを蔑んでいた自分が
これしきのことで慌てふためくという現実からして認めるのがキツイ。
情けない己に活を入れ、いつも通りを演技する夏は対面して更に驚いた。

その日のほのかが”いつも通り”ではなかったからだ。
もじもじと、落ち着かず頬を染めて少し不安気な・・・まるで違うのだ。
えらそうで上から目線で、子供っぽく命令口調のやんちゃな・・イメージが
今日は欠片も見当たらない。どこの誰だ!?と疑いたくなるほどに。
釣られて夏まで緊張してしまう。そう、ほのかはいつになく緊張している。
大丈夫か、と問いたいほどだがそれどころではない。自分も似たようなもの。
軽く考えようとしたのは間違いだった。ほのかはとんでもなく真剣なのだ。
おそるおそる夏の前にやってきたが、言葉が出ないらしく黙ったまま。
居た堪れなさで背中を冷たい汗が走ったことに夏は動揺で気付かなかった。

「あ・・あの・・なっちに・・あげるって約束したから・・はいっ!」
「・・っもらう・・っつったから・・な。ありがとう・・」
「?!ぷっ・・」
「なんだよっ!」
「なっちがおかしいんだもん。声ひっくり返りそうだったよ?」
「うっせえ!おまえこそなんでそんな緊張してんだよ、焦るだろ!」
「え・・そうか、それで落ち着かないのか。なっち焦ってたの?!」
「う・いや・・別に。」
「ほのかなんだかうっかり忘れててね。振られるかもってことをさ。」
「・・・それで緊張したのか。」
「そうみたい。あ、いいんだよ!今回は振られても。」
「へ?いいのか?」
「なっちがもらってくれれば。好きになれってなれるもんじゃないし。」
「昨日は・・なんでもするからそうなれって言ったじゃねえか。」
「うん!がんばる。だけどいきなり好きになれないでしょ?」
「・・・はぁ・・・」
「や〜緊張してたのか。やれやれ・・肩の荷が下りたってやつだじょ!」
「・・・そりゃよかった・・な・・」

すっきり晴れ晴れとしたほのかの表情を見詰めながら、夏は戸惑う。
どこかから空気でも漏れたような、肩の荷でなく肩透かしを食らったようだ。
おかげで頭の方には多少冷静さが戻ってきたようだが、夏は気落ちを感じていた。
ほのかの言うことは自分にとって都合の良いものだ。それなのに何故こんな・・
期待していたのはほのかよりも自分の方が強かったらしい。かなり悔しいが。
ほのかにどう伝えていいかわからなくて悩んでいたのに、それも延期していいのか?
夏は困惑した。これでは元の木阿弥、今までと代わり映えしないではないかと。
一仕事達成した開放感を満喫したほのかは夏の浮かない様子にやっと気付いた。

「なっち?・・やっぱり食べるのしんどい?味は大丈夫、今年はがんばったよ!」
「っ・・そうか。コレ開けていいのか?」
「ちょびっとドキドキする。うん、いいよ!」

リボンを解くのを固唾を呑むように見守るほのかに少し夏の気が静まる。
可愛い奴、と素直に思う。丁寧に開けてみるとそれは意外に見た目も良かった。
どうやら自信作らしい。誇らしげにちらと夏を窺い、にこりと微笑んだ。

「へェ・・美味そうだな。」
「やたっ!でしょでしょ!?ほのかスゴイでしょっ!」

ぴょンぴょン跳ねて喜ぶ様子はまだ幼いけれどほのからしくていい。
一口齧ると、苦さはあるが胃薬の必要はないし、寧ろ夏の好みだった。

「普通に食える。えらく成長したな。」
「わーい!嬉しいっ!!ほのかエライ!もっと誉めて誉めてっ!?」
「落ち着け。・・母親に手伝ってもらったことは大目に見てやる。」
「えっ・・教えてもらったけど、作るのは全部ほのかがしたよ!?」
「そうか。なら合格にしといてやる。」
「ちぇ〜っ・・辛口じゃのう!もっと誉めてよ。」
「チョコの出来が目的じゃないだろうが・・」
「あっそうか・・そうだったね。なっち、ありがと。食べてくれて。」
「・・殊勝過ぎてどこをどう誉めりゃいいかわからねぇ。」
「ん〜・・・そお?ほのかイイ子すぎちゃった?」
「いつものおまえでいいぞ。そんなにがんばってくれなくてもいい。」
「・・・・・ぅん・・・」

夏の言葉にほのかは目を丸くし、途端に真っ赤になった。
急に大人しくなり、小さな声で返事をしたほのかに今度は夏が目を瞠った。

”え!?どうしたんだ急に。オレなんか・・ヤバイこと言ったか?”

さっきの緊張したほのかに似たそわそわとした雰囲気が戻って夏は焦った。
真っ赤になるような台詞だっただろうかと思わず頭で確かめてしまった。

「どうしたんだよ・・変だな、おまえ・・」
「なっちのせいだよ!べーっ・・」
「で、なんで次にそんな顔されるんだ。さっぱりわかんねぇ。」
「うるさいなっ!ちみはねぇ、たまにけしからんのだよ!うん。」
「何がだ。ころころと変わりやがって。このっ・・」

夏は気恥ずかしさを誤魔化そうとしてそれこそいつものようにしたのだ。
ほのかの頬を抓んで引っ張るという他愛ない・・はずの行動だった。
ところが触れた瞬間ほのかはまた鮮やかに頬を染め、夏を見詰めた。
大きな目が途惑いとそれ以外の何かを含んで彼を真直ぐに見抜いていた。
ほのかの様子に驚き引っ張るのを中途でやめた手がまだほのかに触れている。
そのせいで頬の熱さと柔らかさが強調される。離すきっかけもつかめない。
どうすればいい?ほのかから伝わってくる心音は、実は自分のでもある。
子供のほのかが引っ込んで、違った顔の女が顔を覗かせているのがわかる。
そしてそのことに悦び、もっと触れたいとはっきり望んでいることを自覚した。

夏の顔が近付いた!?と思った瞬間ほのかは後ずさっていた。
手はそのとき離れた。ほのかは胸を抑えるようにして当てて固まっていた。
夏も一時固まった。自分が何をしようとしていたかを知って愕然としながら。

「あっ・・あのっ!」
「・・驚かせたな。」
「かっ勘違いしちゃった!えへへ・・ほのかってばヤダね〜っ!?」
「勘違いじゃねぇよ。おまえが引いてくれて良かった。スマン・・」
「えっ!?」

ほのかの驚いた顔は何度目だろう。そのときはそれまでとは異質の驚きだ。
夏の手が頬に触れてほのかは大きな鼓動を感じた後、体が動かなくなった。
縋るように見た夏の瞳が自分を見ているとわかると一層鼓動が烈しく聞えた。
どうしよう!?と半ばパニックを起こしかけていたほのかに夏が近付いて
ピンと張っていた糸のようなものが切れた。気付くと体は動いて逃げていた。
何故だろう、夏が近付いて嬉しいはずなのに体は怖がったとしか思えない。
びっくりしている夏の顔にほのかは自分のしたことが間違いのような気がした。
勘違いだと言ってみた。夏からもっと触れようとしていた気がしたことを
否定して欲しかったのだろうか。しかし夏はそうはせず、肯定したのだ。

「急に触って悪かった。驚いたんだろ?・・そんな怯えるなよ・・」
「うん・・・ごめん・・なっち。なっちそんな顔しないで!」
「そんなってどんな顔だ?オレはどうもしてないぞ。」
「ごめんごめん!ほのか・・なんで逃げたんだろ?!わかんない!」
「落ち着け!もうしない。それにおまえは何も悪くないから!」
「違うチガウ!そうじゃなくって・・・う・・うわああああんっ!」
「ほのか!」

動揺が大きすぎてほのかが泣き出してしまったことに夏は責任を感じた。
しかしどうやってこの混乱しているほのかを鎮めてやればいいのか、
イヤイヤと大きく首を振るのは更に良くない。夏は思い切ってほのかを抱き寄せた。
少し強いくらいの力で抱きしめる。ほのかが自分を治めるのを待つつもりで。
しばらくは抵抗があったが、やがて大人しくなると夏にしがみついてきた。
力を抜いて楽にしてやり、様子を窺うとほのかはもう泣いていなくてほっとする。
その安堵が伝わったのだろう、ほのかが夏を見て泣きべそ顔で呟いた。

「なっち・・よかった。もう悲しそうな顔しないで・・」
「そんな顔してたか?それこそ勘違いだ。悲しいことなんかない。」
「ほんと?ほのかが逃げてショックじゃなかった!?ほのかてっきり・・」
「驚かせて悪いって思ったからだろ?悲しんでんじゃねぇよ。」
「そうかぁ。う〜・・・恥ずかしい。ほのか勘違いばっかりする。」
「そうだな、オレもなんか・・変だもんな。おまえのこと言えない。」
「うん、そうだよ!なっちもヘンだ。ふへへ・・そう思ったらちょっとほっとした。」
「やっと笑ったな。やれやれ・・気疲れしたぜ。」
「あっ・・」
「・・・?」

夏が安心したように体を離したとき、ほのかは思わず小さな声を立てた。
離されて寂しかったのだとわかるとなんとなく照れくさくてほのかは俯いた。
落ち着かせるためにそうしたとはいえ、冷静になると夏も動揺が戻ってくる。
これ以上抱いているのはヤバイと離したのだ。幸せな役回りに申し訳なさも感じる。
二人の間に流れる空気がようやく和んだのも救いだった。

「お茶でも淹れるか。喉が渇いたぜ。」
「うんっ!ほのかも。カラカラだよ。」

ほのかはリラックスした表情で返事をしてくれて夏は嬉しかった。
そしてあのとき気落ちしたことを恥じた。ほのかに教えてもらったのだ。

”急ぐことない。ほのかも言ってたろ、好きになれってなるもんじゃない”

自分にそう言い聞かせながらお茶を淹れ、二人で寛いだ。いつものように。
ただ、ほのかはやっぱり一つ大きな勘違いをしているのだが、それは言わない。

”オレはもうとっくにおまえのことが好きになってたんだぞ・・”

結局、どう伝えるかという当初の問題に立ち返る。なんてことはない。
しかしもう少しほのかを驚かせないよううまくやらねばと夏は深呼吸して誓った。







前作、スイートバレンタインの続きでした☆
※2/13一部分改稿しました。