「うさぎの写真」 


「なっちー!はやくはやく。」
「・・その呼び方やめろ。」

やけに目立つイイ男と小さな女の子が歩いて来た。
兄妹にしては似ていない。呼び方からして違うようだ。
明るく屈託の無い女の子の鈴の音のような声が耳に心地良い。
連れの男はそんな声に無愛想な返事を短く返すだけだ。
そんな態度を見るとやはり兄妹なのだろうかと思い直した。
この公園は特にこの季節限定であちこちに装飾がされている。
LEDライトが施されて夕刻から夜にかけてキラキラと華やかだ。
こんな場所に妹連れで面白くないのは兄ならば道理だろう。
時間も夕刻とあってここに来るのはほとんどがカップルだ。
男の歩調はゆっくりだが、表情は明らかに退屈そうに見えた。

「ねぇねぇ、そんでさー・・ああっ!?」

女の子がこちらを向き、嬉しさを顔いっぱいに綻ばせた。
天使のような笑顔だ。こんなに可愛い子はめったに見ない。
年齢がよくわからない。化粧っ気がないので子供かと思ったが
もしかすると思ったより子供ではないかも、とか考えていると
無邪気な笑顔のまま女の子は近付いてきて俺にしがみついた。

「カワイイーっ!うさぎのサンタさんだーっ!!」

うっかり声が漏れそうになった。口を利いてはならないというのに。
そうなのだ、この公園でバイト中の俺はうさぎの着ぐるみ姿だった。
近過ぎて顔が良く見えなかったのだが、すっと顔を上げてくれた。
近くで見るとやはり中々の美少女だ!メイク無しでも充分に可愛い。
人懐こい笑顔でしがみつかれ、ちょっとイイ気分だ。いいバイトだ!と
この時初めて思った。悲しいことに普段こんな美少女とは縁がないからだ。
少なく見積もって15歳くらいかなと俺はこっそり目星を付けてみた。
そうしていると後方から咎めるような刺々しい男の声が掛けられた。

「恥ずかしい真似をするんじゃない。オマエいくつになった?!」
「いいじゃないか、歳なんか関係ないよ!」
「とっとと離れろ!仕事の邪魔すんなよ、迷惑だ。」

俺は別に迷惑でもなかったが、女の子は渋々といった感で離れた。
とはいえ離れてくれたおかげで可愛い顔が良く見えてラッキーだ。

「うさぎさん、ティッシュとチラシちょうだい。」

どうぞどうぞと差し出された手に乗せる。くれと言われるのも初めてだ。
受け取らなかったり、受け取ってすぐに捨てる奴も多いというのに。
何もかも全部が可愛い子じゃないかと感心し、俺はしばし見惚れていた。
すると男も近付いてきた。びっくりするくらい怖い顔になって。

”そんなに目くじら立てるほどのことか!?心の狭い兄キだな!”

俺はすっかりその女の子が気に入ってしまい、男を兄と決めてしまった。
そして乱暴なことをするなら女の子を助けてやらねばと勝手な使命感を抱いた。
女の子を救って感謝されるというベタだがちょっと憧れのパターンを想像する。
こんなバイトをしてはいるが、俺は多少腕に覚えがある。空手をやっていたのだ。
男はアイドル並みの優男だ。コイツになら簡単に勝てるような気になった。
すっかり気分はヒーローになって兄らしき男と睨みあった。すると女の子が

「なっち、うさぎさんをいじめちゃダメだよ?!」と庇うように言ってくれた。

そして険しい顔をした男に女の子は「そうだ、写メ撮って!」と言い出した。

「ほのかの携帯にうさぎさんとほのかの2ショット!ねっ?!」

「ねぇ、一緒に写真撮ってもいい?」と女の子は俺にそう尋ねた。
わかるように大げさに頷いて見せると女の子はまたにっこりと笑った。

「・・仕事中にいいのか?あんた。」

近付いて男にそう囁かれた。顔が整っているせいか結構な迫力だ。
仕事といってもあと数分。それも交代ではなく上がりだし、次の予定もない。
俺はもう一度頷いて、構わないという意思表示をした。すると舌打ちされた。
・・驚いた。綺麗な顔してるくせにこの男・・・柄の悪い奴だなと俺は思った。
困った兄だと思うと余計に女の子が不憫に感じる。大事にしろよな、妹を。
実は俺にも妹がいるが自分のことは棚に上げて、そんなことを心に呟いた。
まぁ大体の兄が妹に対してはそんな扱いだということをわかっているクセにだ。
一つだけ違うとするならば、俺の妹はこんなに美少女ではないという点だろう。
この子が妹だったら、俺ならものすごく大事にするのになぁ!などと同情もした。

男は時計を確認すると、女の子に向かって「遅れてもいいのか?」と言った。
えっと意外そうな女の子。「まだ時間あるって言ってなかった!?」と返すと
「あれからあっちこっち寄り道してただろ?!ほとんど時間残ってないぞ。」
「ええ〜!?」女の子は残念そうにすると、「じゃあ急いで撮って!」と促した。
仕方ないと溜息を吐いた男が携帯を預かると、女の子は俺に再び抱きついた。
着ぐるみのせいでよくわからないのだが、俺の顔はうさぎの中でにやついていた。

すぐに撮影は終わりがっかりしていると、女の子はぎゅっとまだしがみついている。
「あー・・安らぐー!うさぎさん、ありがとう!」なんて言ってくれる。
可愛い!俺は勢いで抱き返してしまった。もちろんほんの少しだけ。だがしかし、
驚いた女の子がわっと悲鳴を上げた。リアクションがくると思わなかったのだ。

「おいっ!」と男の声がしたときにはもう俺から女の子は剥がされていた。
よろけて倒れそうになったが踏ん張った。気付くと男に睨みつけられていた。
俺はまるきり悪者にされてしまった。立場が逆転して兄が妹を抱き寄せていた。
ものすごく腹を立てているように見える兄(らしき男)は殴りかからんばかりで・・

”・・・・・・・あれ?”

その瞬間、俺は何か勘違いしていたのかとようやく思い至った。

「なっち!そんな怒ることないでしょっ!うさぎさん、ごめんね!?」
「オマエは黙ってろ!おい、オマエ何してんだよ!?」

俺はこの格好の間は口を利いたり、着ぐるみを脱がないことが条件になっている。
慌ててはいたがなんとかそのことを思い出し、ぺこりと頭を下げてみた。

「ほのかのことヨシヨシってしてくれただけじゃないか!」
「そうじゃない。わからなかったのか!?コイツオマエのこと・・」
「もう時間ないんでしょ!?行こうよ。うさぎさん、ありがとう!バイバイ!」

女の子は俺に手を振り、男を引っ張るようにしてその場を去ろうとした。
今にも殴られそうな勢いだったが、なんとか回避できて俺は内心ほっとしていた。
ほんの数秒の間のことなのだが・・・殺気・・を感じてしまったのだ。
二人が数メートル離れたところでブルッと震えがきた。・・これは・・
軟弱そうだと顔だけで判断してしまったが、あの男も心得があるに違いない。
それも相当な腕かもしれない。なんだこの震え!在り得ない恐怖を感じたぞ!?

離れていった二人の方を見ると、男が女の子の頬を抓っているようだった。
さっきのことがなかったら、また妹を虐めて悪い兄キだなぁなんて思っただろう。
けれど今はそれまでの俺の判断がことごとく誤りだったのだとわかっていた。
俺はまだまだだ。見事に騙された。あの二人・・普通にカップルだったんだ。
それも男の方があの女の子にベタぼれしてるに違いない。これだけは確信した。

あの女の子の携帯の写真は保存されるかどうかわからないなと思った。
それはそれで仕方ない。あんなにヤキモチ妬きな彼なら消去されそうだ。
せっかく俺が女の子と撮ったツーショット写真だというのに・・嗚呼!
うさぎの姿だったのだからノーカウントかもしれないが、惜しいことだ。
できれば消される前に俺にくれと言ってみればよかった。記念にしたのに。

”可愛い子だったなぁ・・・くっそ〜・・・!写真・・もったいねぇ!”

俺は時計を確認して仕事場を後にしようとした。すると天使が走ってきた。
ぱたぱたと走って俺の元へと。おいおい、本当に天使かな、この子は!?

「うさぎさん!忘れ物。ホラ、これうさぎさんのでしょう?!」

差し出されたのはサンタ服に付いていた白いボタンのような丸い飾りだった。
何かの予定に遅れそうだったのに、態々このために戻ってきてくれたのだ。
なんて優しくてイイ子なんだ!?と俺は感動で胸が熱くなってしまった。
着ぐるみを脱いでお礼をしようと思った。だがすぐ後ろから視線を感じた。
兄ではなく、この子のことを大事にしているのであろう彼氏だ。俺は考えた。
それで着ぐるみを脱ぐのを止めた。彼がいなかったら脱いでいただろうな。
ほんの行きずりだけどそれだけでも魅力的な女の子だとわかって嬉しいよ。
だからこれ以上彼氏を刺激してはこの子に気の毒だ。なので直接礼は言わずに
ヨシヨシとその頭を撫でた。子供にするように。そしてぺこりと頭を下げた。
おかげでもう一度その天使のような笑顔を間近で見れた。さっきできなかったから
バイバイと手を振り返しながら別れた。「またね、うさぎさん!」と言ってくれた。

”ありがとう。もう逢わないかもしれないけど・・彼氏と仲良くね!”

俺は心の中でほのかちゃんにそう祈った。俺もがんばって彼女を見つけるよ。
見てるだけで心のあったまる、君みたいな女の子がいいなと思うけど・・無理かな?
去っていく二人は腕を組んでいて、どこから見てもカップルにしか見えない。
それも幸せそうな。俺はなんとなくさっきの写真は消されないのではないかと思った。
彼女はあれを保存しておいて、彼との思い出の小さなエピソードにしてくれるような。
彼らがいつか幸せな思い出を語るとき、俺がそこにちょっといるってのも悪くない。
俺もなんだかいい思い出をおすそ分けしてもらったような、そんな気がした。







珍しく全くの他人目線で描いてみました。