「奪っちゃうよ?」 


ぬいぐるみをもらった。知らない人からじゃないしいいよね?
それは手を入れて動かせるマペットで、口をぱくぱくできる。
だからこれは是非とも、『アレ』してみなくては!と思った。
なわけで、ほのかは早速なっちーを襲うべく出掛けたわけで。

”あれれ?なっちーいないのかなぁ・・!?”

ピンポン連続アタックに返事がないので例の場所を探ってみた。
ところが律儀で古風ないつものなっちの置手紙も見当たらない。
仕方あるまいと最終手段に訴える。つまり合鍵を懐から取り出す。
お家の中は当然だけどもぬけの殻。なっちは修行場にもいなかった。

ほのかちゃんをほったらかしにして黙ってどこへ行ったのか!?
憤慨してみても虚しい。オヤツをいただいて帰るかと思い直した。
冷蔵庫になっちーお手製のパフェを発見して、その見事さに感嘆!
ところが、ちょびっとそれは大きすぎた。お腹一杯になってしまって
ついついなっちのお家でお昼寝してしまった。いつものことだけど。
慣れたソファとほのか専用のクッションでむにゃむにゃ・・心地良い。
しばしそんなこんなで・・・おやすみなさい・・・



「・・・コイツまた・・!」

すやすやとオレの家の居間で眠っているほのかを”また”発見した。
合鍵なんぞ持たせたせいで、益々ここの家はほのかの別荘と化した。
しかし一度門の前で眠りこけていたことがあって、流石に怒ったが、
待ちくたびれたからだと言って少しも反省しないほのかの安全のためだ。
今回もオヤツを食って腹が張って眠ったらしい。満足気なアホ面だ。
ふと気付くと床へぬいぐるみが落ちていた。拾い上げるとそれは
指人形のようなものだ。ほのかのものだろう。手にはめていたのを
眠ってしまって落としたのかもしれない。ソイツは間抜けな顔をしていた。

「・・何だコレ・・ネコ・・か?」

年齢査証を疑うくらいガキっぽいほのかの傍らにそのぬいぐるみを置く。
さて、もうしばらく放っておくかとその場を後にしかかったのだが・・・

「むふふ〜・・なっちぃの・・・うばっちゃう・・ん・・だぞ〜・・・!」

驚いて振り向いてしまった。寝言、らしい。ほのかはむにゃと寝返りした。

”誰がオレのなにを奪おうって!?”

何故かむかついたオレは思わずほのかの寝顔を覗き込むように身を屈めた。
寝返りを打って仰向けになったほのかだが相変わらずアホ面で呑気に眠っている。
鼻でも抓んで起こしてしまいたい気がした。さっきの寝言は夢の中限定なのか?
それともくだらない計画を立ててここへやってきたのかもしれないとも思った。

「オマエに奪われてたまるか。・・・”       ”」

後の台詞は意識して声に出さなかった。聞えている可能性を咄嗟に考えて。
しかししばらく観察していたが、どうやら狸ではないらしい。溜息を肩で一つ。
僅か数分のことで随分気疲れを感じたオレはやっとの想いでほのかの傍を離れた。


「うああああっ!!もうこんな時間!なっちはまだ帰ってないのかいっ!?」

「やっかましい!ぐうぐう寝てやがって何ほざいてんだ!もうとっくに帰ってるぞ。」
「あっ目標発見!早速行動に移すじょっ・・・って、アレは・・あっあった!」
「ナンなんだ寝起きでこのハイテンションは。ってやっぱそのぬいぐるみか!」

ほのかは傍らに置いてあったぬいぐるみを手に装着すると、夏目掛けて飛んだ。
飛ぶように近付いたのだ。身構えていた夏は当然その行動を抑止するつもりだった。
ところが寝起きで足がもつれたのか夏の眼の前でほのかはつんのめって転びかけた。
慌てた夏がほのかを支え、ぬいぐるみごとほのかは夏の腕に抱きとめられることに。

「なにやってんだ!危ねぇな!!」
「あやや・・ごめんよ〜!びっくりしたぁ・・ありがと。」

ほのかはバツの悪そうな顔で夏に向かって微笑んだ。夏はうっかり抱いたままの
小さな体を離そうとしたが、ほのかがしがみついてきたので少しばかりうろたえる。

「どうした、足でもくじいたか?」
「ううん、なっち、屈んで、屈んで!」
「・・・イヤだ。」
「なんで?屈んでくれないと届かないんだじょ。」
「屈んだら、奪う気か?」
「むっ!なぜそれを・・さてはなっちもあのCMを覚えていたのだね!」
「は?CM!?なんだそれは・・」
「あれ?違った。ほら、綺麗なおねいさんが『奪っちゃった〜!』てヤツ。」
「知らん。ぬいぐるみは・・ああ、そういうことか。」

ほのかは片手にはめたぬいぐるみの口をぱくぱくとさせていたので合点がいった。
なんだ、と夏は少々落胆した。だが待て、落胆してどうすると自分に突っ込んだ。
ほのかはそんな夏を他所にぴょんぴょんと跳ねて身長差を埋めようと躍起である。

「そんなに奪いたいのか?」
「ウンっ!奪いたいから奪わせて〜!?」
「生憎だがお断りだ。」
「ケチぃ!ぬいぐるみだからいいじゃんか。ほのかが直接奪うんじゃないんだよ?!」
「直接なら考えてやらんこともないが・・」
「ほへっ!?・・うぬぬ・・いきなりそんな・・なっちにしては大胆な提案だね!」
「いややっぱダメだな。オレは奪われるのは我慢ならん。不許可だ。」
「なんなの、それ!?」
「・・別に。わかんなきゃいい。」
「わかるように言ってよ。教えろー!」
「るせぇ!」

夏はぎゃあぎゃあとわめくほのかの手から、スポッとぬいぐるみを抜き取った。
驚いて返せと噛み付くほのかに、掴んだぬいぐるみをこれ見よがしに放り投げる。

「ああっなんでポイしちゃうのさ!?ヒドイじょ〜!」
「じゃあオマエ、ぬいぐるみに奪われるのとオレとどっちがいいんだ。」
「へ・・・?うば・・なっちが・・?」

きょとんとしてほのかは急に静かになった。口を閉じただけでエライ落差だ。
夏はえらそうに見下ろしている。ゆっくりとほのかの眉間に皺が寄っていく。
何か考えているらしい。しかしほのかはあっという間に思考を終了させた。

「わかった。なっちは奪われるのがイヤでー・・奪いたいってことか!?」
「ぬいぐるみに奪われるってのも御免だな。」
「あ、だから直接って言ったのか。なるほど。」
「で、どっちなんだ。オマエが選べ。」
「偉そうだなぁ、ちみは。直接・・でいいの?」
「あ?直接奪おうってのか!?ちゃんと聞いてるか、オレが・・って言ったんだ。」
「そんなら『ちゅーしたい』って言えばいいのにややこしいなぁ!」
「・・・・・・!」

夏は口を開いたが言葉は紡がれなかった。なにかしら思い当って途惑う表情になる。
さっき無意識に思ったのは確かにほのかの指摘したとおりで。おまけに呟いたりもした。

”オマエに奪われてたまるか。”・・・”       ”

そうだった。”奪うのはこっちだ”と。そううっかり声に出しそうになったのだった。
だが言われるまでもなく、ほのかが正しい。ぬいぐるみは勿論他は冗談じゃないと、
おまけに奪うってなんだ、それは役が違うだろうと・・・むかつきまで・・・した。
突然固まって青ざめて?いるようにも見える夏に、ほのかは怪訝な眼差しを向けた。

「おーい、なっち〜?!・・ぼやっとしてたらほのか、うばっちゃうよー?」

あれま、何フリーズしてるのかなとほのかはぶつぶつ呟きながら夏に一層詰め寄る。
はっと我にかえって後ずさったが、ほのかはなんなくその距離をゼロにしてしまう。

「観念したまえ!ほのかちゃんが直接奪ってあげるから。」
「じょ、冗談じゃねぇ!誰が・・」

いつの間にか立場が入れ替わって奪われそうになっている夏は当然不本意なわけで。
とにもかくにもその状況を覆そうと反応した。修行は案外役に立ったらしく体は動いた。


数秒、いや一分近くの静寂が夏の見慣れた居間に訪れた。
咄嗟にほのかを引き寄せたのは夏。奪うというより阻止に近かったが何とか間に合い、
びっくりした顔のまま今回固まったのはほのかだ。幸い夏の理性は意外と強固だった。
唇をギリギリでかわして頬に口付けた。それより困ったのはその感触であり・・・

”・・・・やべ・・なんか・・これ・・”

予想を超えて心地良かったせいで、逆に夏のスイッチが入ったのだ。明確に感じた。
本気で奪いたいと思ったのだ。唇を、だ。阻止するために掴んでいた腕を更に引く。
するともっと事態を深刻にすることが眼の前に迫った。ほのかが頬を染めはにかんだ。
僅かに体を反らし、逃げるように身を捩った。それはごく自然な抵抗だっただろう。
しかしそんな”恥らう”ほのかを夏は見たことがない。想像をも軽く越えていた。
せっかく押し留めた衝動が悪化させられたと自覚する。このままでは宣言したとおり、
ほのかの唇を奪ってしまう。それを押し留める理性をその他が凌駕しそうになっている。

「・・このっ・・アホゥ!奪っていいのか!?」

触れるまであと一秒、いや刹那ほどの間で放ったほのかの抵抗を期待した台詞、だったのだが、
ほのかは目を閉じた。いっそ潔いくらい明確に「いい」と許可し、意思表示したのだ。
口惜しかった。夏はこのときようやくぐだぐだと文句ばかり連ねていた自分を恥じたのだ。

”ああそうだ。オレはしたかった。オマエに奪われるよりずっと・・こうしたかったんだ。”

ほのかは身構えていたのだが、意外なほど軽く優しい感触で肩に入っていた力が抜けた。
しかし目は瞑ったままだ。怖いのではないが、なんとなく開けられない。途惑う間は短く、
次に感じたのは確かに唇だ。それ以外ない。というか初めてなのにはっきり理解できる。

”なんだ・・・怖くないや・・なっちはやっぱりやさしいね・・”

居間に訪れた三度の静寂。三度目は微かに吐息交じりだ。二人してまるで酔うような。


そんな静けさと二人だけが知る息遣いをしばし堪能した後、口を開いたのはほのかだった。

「・・・これって奪ったのはどっちになるの?」
「・・・どうでもいい。もう、なんつうか・・悪かった。」
「あれ?!なっちってば珍しく素直だね!」
「いや奪われたのはこっちだな。かっこ悪いが・・オレの負けだ。」
「どうしてかっこ悪いの?」
「オマエのがよっぽど男らしいっつうか・・潔い。申し訳ない。」
「あのさぁ・・初ちゅーで感動してるのになんでほのか謝られてんの?」
「・・・・そうだな。つまりオレがしたかったし奪いたかったんだよ。」
「うん・・だから?なんにも悪くないじゃないか。」
「悪いだろ、ガキ扱いしておいてオレのがガキっぽかったってことだ。」
「なっちはさぁ・・ややこしいこと考えすぎなんだよ。おばかだねぇ・・」
「む・・悪かったな!」
「ねぇ、そんなことより・・・なっち、ちゅー・・もいっかい。」
「オマエ子供っぽいかと思ったら、こういうことは・・アレだな?」
「アレってなにさ!?」
「女っぽいな。知らねぇぞ、オレは奪うのが・・オマエに負けないくらいスキだから。」
「へへぇ・・ウレシイな。ほのかねぇ、知らなかったんだけど、奪われるのスキかも!」

赤い頬で無邪気に笑いながら、ほのかは夏に甘い声で囁いた。夏は降参といった表情だ。
夏の家の居間の床に転がったぬいぐるみが、夢中になった持ち主から忘れ去られていた。







ただちゅーしたかっただけの夏とほのか。ぬいぐるみは蚊帳の外ですv