「伝わる」  



「わっ!なっち、力入れすぎ!」
「!?っとと・・」

いかん、ぼうっとしてた。力加減を間違えた。
というより、無意識に近づけたのだ。やばかった・・
ほのかは小柄なので、よくあれが見えないだのと文句を言う。
なので、持ち上げてやって少し高い所へ下ろすことがままある。

「どうしたのさ。びっくりするよ。」
「すまん。」
「もうちょっとでキスできたのに、惜しかったね?」
「!?んなこと、こんなとこでするか。アホ!」
「ちぇっ・・つまんないの!」
「つまらんってなんだよ!」
「ほのかばっかりしたがっててさぁ・・不満だよ。」
「こっこんなとこで何言い出すんだよ!?」
「・・誰も通ってないじゃん。」
「そもそもオマエが見えないっていうから・・」
「ああ、それは見えた。猫あっち行っちゃったよ。」
「そ、そうかよ。」

ほのかは不満を口にしておいて、すぐにまた元に戻った。
「あっ、あそこに可愛いわんこを発見!」と駆け寄って行く。
学校帰りに待ち合わせたり、待ち伏せされたりするとよくこうなる。
ほのかは遠回りになろうが、知らない道を行くのが好きなのだ。
特に急ぎでないときはそんな風にぶらぶらと二人で歩いて帰る。
買い食いしてみたり、犬猫にちょっかいかけたり、実に気ままに。
オレはそんなほのかの様子を見ながらゆっくりと歩いていく。
思い出したように戻ってきてオレの腕につかまることもある。
たまにオレの知り合い(女子)が声を掛けてくるときなんかそうだ。
バカみたいに睨んだりしてる。一々気にするなと言っても無理だそうだ。


ほのかは変わらないようでいて、見ていると毎日少しずつ違う。
それが不思議で、気付くと眺めている。ぼんやりしてしまうのだ。
夕日に染まる横顔。影法師ですら。ほのかはじっとしていない。
二つと同じ顔がないように思う。だからだろうか、目が離せない。

「なっちさ、ほのかがキスしようって言うとしてくれないよね?」
「またそんなことを・・歩きながら話すなよ!?」
「タイミングが合わないんだもん。なんでかなぁ・・?」
「そんなに困ることなのかよ・・」
「んー・・・なっちは?」
「オレは・・困ってない。」
「ふーん・・」

ほのかの言いたいことはなんとなくわかる。オレも似たような経験がある。
オレが意図して近づくときは、ほのかはそんなつもりの無いときなのだ。
なので自然と・・気付かせないままオレが引くことはわりと・・ある。
逆にほのかがあからさまに「しよう!」などと言ってくるときはしない。
何故かというと、それこそいきなりそうするタイミングを量りかねるのだ。
いつも嫌がると当然だが文句が出る。しかし大抵ほのかから切り替えてくれる。
そんなこんなで・・近頃その手の”すれ違い”が頻繁なのだ。
そういうことが言いたいんだろう。つまり同じようなこと感じてるってことか。
まだお互いに慣れてないから。それだけのようにも思えるんだが。

・・・まったくしてないってわけじゃないしなぁ・・・

ちらとほのかの顔を覗いた。気が付くときもあるからこっそりと。
タイミングだとか、そんなことはどうでもいい場合がある。
普段抑えてる自覚があるから、さっきみたいに無意識に引き寄せたときは
急いで自分にブレーキを掛ける。勢いというか衝動でしてしまわないように。
最初はそうだった。引っ込みが付かず、止めるきっかけも手立ても浮かばず、
泣かせた。あれが思えばトラウマみたいになってて、抑えてしまうのかな。
ほんの些細なきっかけ、オレを誘うものはそれくらい無数に散らばってる。
だから間違わないように、急かされないようにと、オレは見つめるんだ。
あんまりじろじろ見てるのもなんなので、こんな街中では気を配りつつ。

横でほのかが縁石の上を飛んで歩いている。そのうち飛びつくに違いない。
やっ!っと小さな気合とともに、跳ねた体がオレの腕に圧し掛かる。
すっかりほのかの重みを覚えてしまって、腕は自然に支えてしまう。
そういや抱き上げるときに近づけすぎたのは・・ワザとみたいなもんか。
いつも間近で見ていたいって意識が無意識下に影響を与えてる訳だな。

・・・すっかり・・まいってるなぁ・・オレも・・

「あー、なんか悔しい。」
「なんかあったのか?」
「今日もなっちが好きで困る。」
「!?だ・からそういうことをだなぁ・・;」
「言わずにいられないんだよう〜!」
「そうかよ!・・・・」

ほのかの怒って尖らせた唇を啄ばむと、驚いて突然静かになった。
誰も見てないかと一応周囲を確かめて、いないことにほっとした。

「・・道端でそういうことしないんじゃなかったの?」
「誰もいなかったからいいんだよ。」
「なんだ・・じゃあ、どうして好きって言っちゃダメなの?」
「そりゃ・・オレが聞いてるだろ?」
「当たり前じゃないか。なっちに言ってるのに!」
「だから・・いつもこういう状況とは限らないだろ!?」
「・・そんなに人目が気になるの・?」
「気にしなさすぎだ、オマエは。」
「・・だって・・したいと思ったらとめられないよ?」
「・・そりゃ・・」
「好きだって思ったときだって、今!言わなきゃっ!って思うんだもん。」
「それは・・そうかもな。」
「なっちは違う?」
「オレはどうせなら、誰も見てないとこで思う存分、したいな。」
「!?・・え〜〜〜っ!?」
「んだよ・・悪いか。」
「ほのかばっかりしたがってるのかと思ってた。」
「・・・逆もあるとか・・思わないのか?」
「逆?・・なっちが・・?ほのか・・気付かなかったりしたことあるの?」
「結構。」
「えーっ!?ウソだあ!」
「ウソってなんだよ!?」
「じゃあさ、何度か遠慮してしなかったってこと!?ありえないよ!」
「む・・オマエがその気でなかったらしょうがねぇだろ!?」
「なんてもったいない・・」
「もったいない!?」
「なっちは遠慮禁止!そんなでいっつも我慢してるなんてダメだよ!?」
「ダメとはなんだ!オマエが嫌がったらオレは傷つくんだよっ!」
「そうじゃなくて・・ほのかだっていっぱいガマンしてたの・・」
「・・へ・・?」
「そんなにしたがったら嫌われるかと思って・・・」
「・・・・タイミングじゃなかったのか?」
「ずれてたっていいじゃないかぁ・・教えてよ。気付いてなかったんならさ。」
「そ・・したら、それはそれで困る。」
「なんで!?」
「しょっちゅうそんなことばっかしてたら・・」
「飽きるって!?怒るよっ!」
「んなこと言ってねぇ!キスだけで足りなくなっ・・・」

つい大きな声になっちまった。向こうの通りにヒトが居た気がしたぞ、今!

「足りなかったら言ってよ。ねぇ、なっち?」
「と、とにかくこういう話を外でするのは止めろ。」
「・・キスして。今ここでもう一回!」
「はあっ!?なんでいきなりそんなこと!」
「誰に見られたっていいから。して!」
「オマエな・・」

なんでこんな怒られてるんだよ、オレ・・・どうしてなんだ!?
ほのかはオレを睨みつけるように顔を上げてオレの目を見ている。
何を言っても許してもらえそうもないって顔して。・・頑固者め。
意を決して触れた瞬間、通り過ぎた車から”ひゅ〜っ!!”と口笛が聞こえた。
しかしわかっていても開き直ってほのかの唇に数秒間、触れたままでいた。

”わんわんっ!!わんっ!”
「!?」

「きゃああっスイマセン!スイマセン!こらっポーちゃんたらダメよっ!」
「すっげー・・ほんものだぞっ!?おい、ちゃんと見たかオマエらっ!?」


結局見られた。車で通り過ぎたのが4人。犬の散歩中の女とその犬一匹。
近所の学校帰りの小学生3人・・・年配の男性とヘルパーらしき者1人。
はは・・・ああそうさ・・・気配はあったさ!くそーっ・・しかしだなぁ!!

「なっち!ありがとう!!大好きっ!」

ほのかは放心気味のオレにしがみついて喜んだ。そう、仕方なかったんだ・・
信頼を裏切る真似だけは・・するわけに・・というか試されたのか?オレは・・
いたたまれなくなって、ほのかの腕を掴んで走った。家まであと数十メートル。
横で走りながら、ほのかが笑っていた。息が苦しいと涙ぐみながらも。

「ごっごめっん・・ねっ!?なっち・・」
「笑うな。それに舌噛むから黙っとけ。でもって落とし前着けてやるからな!」
「あはっ・・はっ・・なあにっ!?どんなことっ?!」
「遠慮なしでいくらでもしてやるから覚悟しとけっ!」
「!?ぷぷっ・ははっ・・ウンっ!わかっ・たっ!!」

ほのかは半ばヤケになったオレの台詞にウケて腹を押さえていた。
少し速度を緩めてやった。そして家の手前で歩く速度まで落とした。
腕を放してやると、手を伸ばしてきたので握り返した。
繋いだまま、少しの間お互いの顔を見た。ほのかはまだおかしそうだ。

「なっちぃ・・怒ってる?」
「怒ってるように見えるのか?」
「ウン。だからお仕置きしてね?」
「ああ。いいんだな?!」
「ほのかってちょっとニブイのかもしんないから、伝えてね。」
「かもってなんだよ。鈍いくせして。」
「そんなにたくさん我慢してたの!?」
「数え切れるか、そんなもん・・!」
「あっあはっ・・・ごめんねっ!?」

思い切り怖い顔して睨みながら言ってやった。なのにほのかは笑った。
バカにされたわけでもなさそうだから、許してやるさ。
オレの間抜けなヤセ我慢はそれなりに報われたってことだ。
嬉しそうに頬を染めたほのかは今まで見たこと無いくらい・・綺麗だったからな。

・・・伝えるのは難しい。だが伝わるものは確かにある・・・









二人の近所に住みたいです!かなり本気でv(^^)