「繋いだ手〜夏〜」 


こんなに泣いたのは生まれて初めてだった。
あとからあとから、とめどなく零れ落ちた。
いつも想いなら溢れてると知っていたのに
想いが形になると、こんな風なのかと驚いた。

ほのかの指を握り締めると、小さな爪が食い込んだ。
甘い痛み、縋るようにされればされるほど嬉しい。
”はなさないで”と声にならない分を訴えてくる。
それだけでも嬉しくて嬉しくてどうにもならなかった。
雨のように想いは降った。二人の間に涙となって。

ほのかは口付けの拙さをずっと気にしていたらしい。
喜ぶ以外に感じようがないと伝えると安堵したようだ。
そんな当たり前のことが意外に伝わっていないのだ。
オレは伝えるのが究極に下手らしい。もどかしくなる。
例えばほのかの身体の美しさとか、仕草の愛らしさとか、
どうにも言い表せなくてぐるぐると頭がショートしそうだ。
結局出てくるのはばかみたいに同じようなことばかりで、
落胆するのだが、ほのかはそんな僅かな言葉すら喜ぶのだ。
オマエはオレを喜ばす以外のことって・・・あるのか?
そう思った。初めての繋がりに傷ついたときでさえ


「・・ごめんね?痛い?」
「そんなわけないだろ!?アホかオマエは。」
「ん・・と・・傷そのものじゃなくって・・」
「それなら痛くていいんだ、じゃないとダメだ。」
「ふふ・・困ったちゃんだねぇ・・」
「忘れないから。」
「いいよ、そんなの忘れなよ。」
「オレだけの痛みだ。絶対に忘れない。」
「えへへ・・なんか・・恥ずかしいよ。」
「・・もう・・マシになったのか?」
「ウン。なっちってば慌てすぎだよ。おかしいの!」
「うるせぇ・・」
「あ、また泣きそう?」
「・・うっせ・・」

情けないのか、嬉しいのかもはやわからないが・・泣けた。
泣いたオレを慰めようと必死になって、どこまでバカなんだろう?
こんなバカ、絶対に他にはいない。だからどんなことがあっても
離さない。許しを請うように縋って頭を下げると困っていた。
優しいキスまでしてくれる。やっぱりオマエは・・

「・・おおばかだ・・」泣きながら抱きしめた。
そんなオレを撫でながら「だいすき」だなどとご褒美の嵐だ。

「・・ホントか・・?」
「もちろん。なっちは?がっかりした?!」
「怒るぞ!」
「じゃあ、嬉しかった?」
「当たり前だろ!?」
「えへへ・・幸せ。」
「ホントだな?」
「ウン、いっぱい名前呼んでくれたし、いっぱいぎゅうってしてもらったし・・」
「んなこと・・」
「見たことない顔見れたし。あ、ほのかも見られたんだった。」
「スマン・・・」
「え?何のこと?」
「こんなオレで。・・申し訳ない。」
「あれれ、じゃあこんなほのかでゴメン?」
「オマエがいい。オマエじゃなきゃダメだ。」
「ならおんなじ。あやまらなくっていいじゃない。」
「・・わかった。けど・・痛がってたのに・・止めなかった。」
「いいってば、もう・・恥ずかしいからもうそのこと流して!」

はにかむ姿に抱きしめずにはいられない。
名を呼ぶと胸が詰まって声がかすれた。

「まだ泣いてるの?」
「泣いてねぇ。けど・・苦しい・・」
「どうしたの?なんで!?」
「幸せすぎて・・目が回る。」
「うわー・・恥ずかしいなぁ・・」

信じられないくらい幸せそうに笑うんだからたまらない。
このままでいられないものかと抱きしめたまま真剣に考えた。
どうしたらいいのかと思い悩むオレを可愛い顔が覗き込んだ。
何を言うのかと思えば、とんでもない提案だった。

「ね、なんだか・・どきどきしてきた。」
「・・・あぁ。」
「あのさ、もうさっきみたく痛くないと思うんだよね。」
「・・・は?!まさか・・」
「もう一回挑戦しない?」
「だっダメだ!正気か!?さっきあんなに・・」
「ウン、はっきり言ってまだ痛いけどさ。なんとなく・・」
「マジで言ってんのか?」
「だって・・今度はもう少し気持ちいいといいなぁって・・」
「こっ壊れる。ダメだ!オレが無理だって。」
「壊れないよ、そんな簡単に。ダメかぁ・・」
「いや・・その・・オマエ本気で大丈夫なのか?」
「なんかほのかってものすごくヤラシイみたいだね?」
「んなこと・・」

そりゃあ痛いままではあんまりだ、かわいそう過ぎる。だけど・・
こんなに甘やかされてどうなんだとオレは途惑いが中々拭えない。
無理してオレのために言ってるんだと思えるから余計に辛い。

「だって・・痛いだけじゃヤダ。」
「そりゃ・・できたらそうしてやりたいけど・・」
「自信ないってこと?」
「オレには女の身体のことは・・わからねぇ・・・」
「私も初心者だからわかんないけど、きっと大丈夫だよ。」
「・・・強いな・・・知ってたが。」
「褒められちゃったv」
「・・・言えよ?辛かったら。」
「ウン。」


甘えて甘やかされて、こんな幸せもあるのだ。
ほのかは最初より随分力が抜けていて、オレに勇気をくれた。
少しでも傷つけた分を忘れさせてやれるなら、オレはなんでもできる。
まだ恥ずかしさで完全に我を忘れ得ないほのかの名を呼んだ。
自然と呼んでしまうんだ。嬉しそうに返事をしようとしてくれる。
しっかりと繋ぎなおした指先に力がこもる。また愛しい痛みが走る。
とうとう声を抑えるのを堪え切れなくなったほのかが一層愛しかった。
赦されるとは、こういうことなのかと思う。喜びに耐えることができない。
愛せることが、こんなにも素晴らしいことだったことに驚愕してしまう。
全てオマエのおかげだ。一生掛けたって返しきれない幸福だと感じた。





朝、目が覚めるとほのかが見つめていた。
陽の光りより輝いていて、眩しかった。
こんなに美しいなんて、卑怯じゃないか?
見惚れるだけ見惚れながら、心でぼやく。
だけどそんな綺麗なオマエはオレの腕の中。
腹の底から何もかもに感謝を抱いた。


”ありがとう、生まれてきてくれて”
”ありがとう、オレと出逢ってくれて”
”一緒にいてくれて、ありがとう”

心底感謝しか湧いてこなかったのだ。
言葉にすることもできないまま感謝を捧げた。
ふと気付くと、ほのかと繋いでいた手は
祈るように目の前にあった。ぎゅっと握られて
はっと我に返った。それでも視線は釘付けのまま。
もしかしたらみっともなく笑っていたかもしれない。
バカみたいに見惚れて、なんでそんな可愛いんだと思いながら。
無意識に顔を近づけていたらしい、ほのかの睫が揺れた。
ゆっくりと目蓋が閉じられ、長い睫は更に揺れた気がした。
オレも目を閉じてしまったから、後はその残影だけ。

二人で甘い夢を貪っているようだった。
言葉が足りなくてごめんな、だけど・・
少しずつでも伝えるから、オマエに。
感謝も愛しさもオマエにもらった全てに対して
返していこう。足りない分は深く想いを込めて。

どうしようか、また泣きそうだなんて思いながら、
繋いでいた手を握り直した。かけがえのない手を。