月夜の約束 



ホノカはせっせと両手を忙しなく動かしハロウィンの準備中だ。
バスケットには見る間に色鮮やかなお菓子が詰め込まれていく。
イタズラかお菓子かをねだる子供達に配る甘いご褒美の数々だ。
魔女は参加できないものなのだが、ここ数年ホノカは参加している。
魔力は失っていないものの、ホノカは魔女を無期休業中なのである。

早いものでナツとホノカが知り合ってから5年になろうとしていた。

「色んなことがあったなぁ・・!ふふふ〜v」

うっかり声に出したことに気付かないホノカは鼻歌を歌い出した。
二つのバスケットに一杯の菓子を詰め終えると満足そうな吐息も出た。
魔法を使わない生活にすっかり慣れ、くるくると大忙しな日々を送る。
さてと立ち上がろうとしたところでドアが開き、お茶の香りが漂った。

「終わったのか?お茶がはいったぞ。」
「あ、ナイスタイミング!今終わったんだよ、ナッチ!」

大きな城でありながら使用人の少ない、というよりいない城主のナツ。
城主自らがお茶を淹れるという珍しいシュチュエーションもここでは
ごく有り触れた光景である。彼も慣れた様子でテーブルに盆を置いた。

城下の恒例行事の打ち合わせを交えつつ、二人はのんびりお茶を啜る。
城の中には明るい日差しが溢れ、以前のような手入れの足りない感はない。
寧ろあちらこちらに二人の生活を窺い知るものが散らばり彩られている。
5年も二人は一緒に暮らしているのだから当然とも言えることなのだが。

「あ、そういえばさ夜はニイジマのお城でパーティがあるでしょ?」
「あの馬鹿騒ぎに今年も参加するつもりなのか!?俺は嫌だぞ!」
「でも今年は例のお知らせも兼ねて行くって言っちゃったんだけど」
「む・・あいつらに態々知らせなくても良くないか・・?どうせ、」
「そりゃ知られてはいるんだけどね。いいじゃない、ちょっとだけ」
「しょうがねぇなぁ・・すぐ帰るからな。」
「ちゃんと真夜中のお散歩だって忘れてないからね?」
「寧ろそっちがメインだろうが。忘れるなってんだよ。」
「ふふ〜っvお空を飛ぶのも一年振りだと思うと腕が鳴るようー!」
「箒は手入れしてやってんだろ?」
「もっちろん!うずうずしてるみたいだし。」
「箒は大丈夫だろうが問題はお前だ。俺を振り落としたりするなよ?」
「それは約束できないなぁ!どうだろうね!?」
「落とす気満々かよ」


そうしてあっという間に夕刻。ハロウィンで城下は賑やかだった。
ナツとホノカはバスケットを携えて扮装した子供たちに菓子を配る。
その様子に目を細め、ホノカはお決まりの台詞をナツにそっと囁く。

「菓子はあるが・・イタズラがいいんだろ?後でな。」
「お菓子も欲しいんですけど、城主様。」
「これでも食っておけ。」

ホノカの眼の前でくるっと包み紙から飛び出した飴玉が甘い香りを立てる。
見る間にそれを口に放りこんだナツがホノカを引き寄せると飴を口渡す。
飴玉がナツの口からホノカの口へと移動した瞬間、悲鳴があがった。

「っ・・ナニこれっ!?おいしくないよ、カラーい!!」
「そうか?俺は結構好きなんだが。」
「意地悪。それともこれもイタズラ?!よーしお返ししてやる・・」
「ああ、せいぜい頑張れ。期待しといてやる。」
「にくたらしい人だね、まったく。」

空になったバスケットを揺らして二人は居城へと腕を組みながら帰る。
今日は賑やかなお祭りだからというわけでもなく、誰も二人を見咎めない。
彼らの様子など、お茶の時間のように城下でもごく当たり前のことなのだ。
そんな二人が身支度を整え、招待された街はずれの不気味な城へと出掛けると
腕に覚えのある魔法使い達を従えた城主からおざなりの歓待の挨拶を受けた。

「よーう、相変わらず!一応祝いの品を用意しといたぜ。」
「なんていい加減な挨拶!?魔法で変身するかい?!ニイジマ。」
「祝いを用意してやったと言ってるだろ。馬鹿馬鹿しい話だがな」
「ホノカ、魔力がもったいないから放っておけよ。」
「お前も言うようになったなぁ・・ハーミット・・」

そんな調子ではあったが、お抱えの魔法使いジークやトール、そして
タケダやウキタなどの顔馴染みの輩たちも無礼講とわいわい集まってくる。
ホノカの師匠のシグレも何故か以前ホノカを誘拐したケンセイことオガタ、
おまけに隣町のホノカの兄、ケンイチにその妻のミウなど見知った顔がずらり。
すっかり出来上がっている者もいて、手にはグラスを持ったままだったりする。
そして口々に「おめでとう」と彼らに告げる。照れて頭をかくホノカにナツは

「頭をかくな!舌も出すんじゃない。お前幾つになったんだよ!」と窘められる。
「あい・・変わらず・・だねぇ・・?」「ほんになぁ!?わっはっはっ」
「いやいや変わらないのが何よりです、ホノカ。止めるなら今のうちですよ?」
「まーだ諦めてなかったのか〜い!?しつこい男はもてないよねぇ!?ホノカ」
「それにしてもその格好なんだい!?さすがに歳を考えろよ、兄としては・・」
「今晩は満月ですわね。お二人お気をつけていってらっしゃいまし!ですわ。」
「聞いてくれよホノカ!俺も今度キサラとデ、デートするんだぜ!?」

それぞれに思い思いの言葉で彼らを取り囲んだ。ニイジマもアホらしいと言いつつ
旧交を温めることに異論はないようで、彼らの盛り上がりに水を指すことはない。
宴も終盤を迎えようとしている頃、ナツとホノカは退席をニイジマに告げた。
名残惜しげにそれぞれに別れの挨拶をして、城の大きな窓辺へと二人進んでいく。

「じゃあね!皆。今度は結婚式で会おうね!?」

最後にそう言うとホノカの小柄な体を長いマントを広げたナツが後ろから抱えた。
ひょいと無造作に石作りの窓枠へと飛び上がる。そして大空へとマントを広げる。
皆がほんの一瞬息を飲んだが、彼等は魔法使いなのだ。なんの心配もいらない。
息を飲んだのはまるで落ちていったように見えたからだ。直に彼らは浮かび上がり
満月を背景に飛び去って行った。ほうと感心する声やひゅーっと口笛を吹く者色々だ。

「そういえばナツくんはもう弟子じゃないんですか?シグレさん。」
「いいや・・弟子・だ。だがもう・・見習いじゃない。一人前の・・魔法使い・・だ。」
「お空も一人で飛べるようになったのですわね。素適ですわ・・!」
「面倒になったってんだ。すっかり独自の魔法で俺様の言うこと聞きやがらない。」
「いやそれは・・・」「当然のことじゃな〜い!?」

ケンイチは妻のうっとりする様に焦って、ニイジマの図々しい台詞に皆は苦笑する。
そして微笑ましい婚前の二人の噂話や、結婚式についてなどに話題は変わっていった。



「良い月!・・・そうだ、ナッチどうしよ、箒が拗ねちゃってる。」
「・・じゃあ離すから箒出せよ。」
「そうすると今度はナツが拗ねるのか!・・どうすればいいの!?」
「拗ねたりしてない。とっとと長いこと放ってた箒を満足させてやればいいだろ。」
「拗ねてるじゃないか〜;うもう・・じゃあちょっとだけね。エイ☆」

久方の仕事に箒は感激し、震えると勢い良く夜空へ舞い上がる。勿論ホノカとだ。
そんな様子をナツは多少むくれながら見守っている。箒のはしゃぎぶりも心配そうに

「ホノカも調子ん乗って落っこちるなよ!?おいっ、聞いてるか!?」
「はぁ〜い!わかってまぁーす!!」
「ったく・・ちっとも変わりないな。俺の趣味が疑われるってんだよ。」

ぼやきつつも満更不満でもないあたり、周囲にしてみれば馬鹿馬鹿しい話だ。
もうすぐホノカとナツは永遠の誓いを立てる。魔法はやはり一年に一度だけ。
それも出会ったときと同じ満月の晩だけだ。残りは一般人と同じ生活を続ける。
修行をして魔法使いになったナツだが、体の鍛錬も修行も続けている。それでも
ホノカと過ごす時魔法は封印している。どちらも楽しむというのがホノカの持論で
ホノカの弟子であるナツもその意向に順じているというわけだ。

「ナッチー!イタズラはぁ!?いつ仕掛けてくるかって待ちくたびれたよ。」
「いつがいいかと俺も悩んだんだよ。」
「うんうん、それで?いつ!?」

箒に乗ったホノカがすいっとナツの傍らに飛んできて留まるとそんなことを
尋ねた。ナツは空中に浮かんだまま思案している。やがて一つ思いついたらしく

「イタズラは保留して競争しないか?」
「いいね!ゴールはどこにする?!」
「そうだな、城の天辺とか。」
「眺めの良いあそこね、決まり。」
「じゃあそういうことで、」
「わっちょっ・・ずるい!」

空を滑空する男とそれを追い掛ける魔女。月夜の晩、年に一度の光景だ。
今年はものすごいスピードで飛び去ってしまって見逃した者も多いはず。
そして勝負はどうなったかというと

「やったね!?ホノカの勝ちー!」
「・・・・ズルイだろ、お前・・」
「戦略と言ってよ。」
「マントを魔法で外すとか・・・」
「無くたって飛べるでしょ!?」
「それはそうだが、今のイタズラか?」
「あたり。ホノカからのお・か・え・し」
「仕方ねぇな。俺の負けだから言うこと聞いてやる。」
「素直だね!何してもらおうか悩んで眠れないかも!」
「そうだな。眠らせない、という手があったなぁ!?」
「ゥえっ!?・・・まっまさか・・そんな・・ヒキョウな・・」
「違うぜ、戦略って言うんだ。奥さん。」
「奥さんじゃないもん、まだ。」
「そうだな、だが・・」
「そうだよ、恋人・だもん!」


城の高い屋根の上、その夜も魔女と魔法使いは微笑みとキスを交わした。









砂、砂吐く。グラニュー糖とも言う