「月夜のうさぎ」 


演奏会は滞りなく観客を楽しませ、今は皆その素晴しさを語り合ったりしていた。
「今宵も感動的な演奏でしたわね?」
「ええ、それにディナーも素適でしたわ。」
着飾った人々は口々に褒め称え、週末の贅沢な一時を満喫しているようであった。
どこか浮世離れしてはいるが、そこはれっきとした日本の都心の一角、九弦院家である。

「おお、ハーミット!私の演奏はいかがでしたか!?」
「知らん。そんなことより、アイツ見なかったか?」
「アイツとは・・・あぁ、あなたがエスコートされている方のことですね。」
「そんないいもんか。・・ったくこんなことに付き合わされて大迷惑だぜ。」
「お探しのお連れが興味を示されたのですから仕方ないでしょう。」
「アイツの居るときに話を振るからだろうが、オレは断ったはずだ!」
「たまたまご一緒でしたので。ホールで殿方に誘われ踊っておられるのでは?」
「あんなガキが!・・なわけネェだろ。ホールならさっき見たし・・」
「いやいや”まるで妖精のようだ”と何人もの方の口から耳にしましたよ。」
「けっ、調子のいい奴ばっかだな。・・・おい、大丈夫なのか、客の質は?」
「皆さん九弦院家のお馴染みばかり、下品な輩は招待しておりません。」
「フン、品が良くても中身はどうだか・・」
「心配なのはわかりますが落ち着きなさい、ハーミット。庭は探されましたか?」
「そんなんじゃねェ。・・庭はまだだな。」
「では貴方はそちらを。私はもう一度ホールの方を見て参りましょう。」
「・・・そうしろ。」
「あの方はあなたにとっても兼一氏のとっても大事な方、放ってはおけません。」
「オ、オレはアイツのお守りみたいなもんだ。カン違いすんな。」
「まぁいずれにしても何かあっては大変です。では後ほど・・」




「もう〜、なっつんてばどこ行ったんだろ?」
「お困りのようですが?お嬢さん。」
「一緒に来た人探してるの。」
「逸れたのですね、お庭は探されましたか?」
「お庭?ううん、まだ。ありがと、行ってみるね。」
「私がご案内いたしますよ、ティンカーベル。」
「ほのかだよ。なんなのここの人ってば皆して・・」
「そのお探しの方はやはりあなたのピーターパンですか?」
「違うよ。どうしてそっちへ振るのかな?」
「きっと心配されてますね、早く庭の方へ行ってみましょう。」
「・・付いてこなくていいよ。」
「あ、そこは足元にご注意。」
「大丈夫だよ。・・って聞いてないし・・」


九弦院家の庭は広大で、迷い込む可能性もあると先に庭に来ていた夏は思った。
「・・連れ込まれたらヤバくないか、ここ・・」
紳士に見えても男の考えることなんて同じだろうと不安に眉を顰めていると、
館のテラスから程ない場所に探していた人物、つまりほのかを発見した。
「あんの馬鹿・・・!!」


「居られませんね?」
「あのさ、ついて来なくていいってば。」
「貴女一人では危険ですよ、ここは暗いですし・・さぁ手を。」
「一人で歩けるよ。なんなのかなぁ、さっきから。」
「実は私、貴女の妖精の粉にかかって参ってしまったみたいで・・」
「はひ?何言ってんの?・・やだ、触んないでよ!」

「手ェ退けろ!殺すぞ。」
「あ・なっつん居たー!」

夏から発せられた気に当てられ、固まってしまった男は言葉もなく青褪めている。
その哀れな男に微笑みながら「探してた人見つかったよ。どーもありがと!」
暢気に礼を言うほのかに夏は呆れ、男はこくこくと頷くと後退っていった。
「変な人だよ、全く。でもってなっつん!どこ行ってたのさ!?」

「・・・それはこっちの台詞だっ!!」

「・・耳痛・・何怒ってんの・・?!」
「こんなとこにのこのこ男に付いて来るなんてなぁ・・オレが見つけてなかったら・・」
「いいって言ったけどあの人が強引に付いて来たんだよ!」
「阿呆っ!間抜けっ!くっそ〜、やっぱあの野郎ぶんなぐっとくんだった。」
「大げさだなぁ・・なっつんのこと一緒に探してくれてたんだよ?」
「あのなぁ、オマエ・・・」

少しも意に介していないほのかに夏は脱力し、顔を覆って溜息を吐いた。
「なっつん?・・ごめんよ、なんだか心配させたみたいで。」
「ハァ・・もいい。・・・帰るぞ。」
「えっ!?ちょっと待って、なっつん!」
「もうここに用なんぞねぇだろ?!」
「あのね、今日ほのか何回も”踊ってください”って言われたんだけどさ・・」
「へー・・物好きってのは多いんだな。」
「ほのか踊れないんだよね。だからなっつん教えてくれない?」
「踊りたかったのか?さっきみたいな男どもと!?」
「ううん。じゃなくて、もし踊れたらなっつんと踊ってみたいと思ったの。」
「・・・ワルツなら一応・・」
「やったー!教えて教えて〜!?」
「どうだったかな・・まずは手ぇよこせ。」
「ウン、でもって?」
「んで、こう・・」

ほのかの細い腰を引き寄せるとふわりとした身体の軽さに夏は驚いた。
「結構引っ付くんだね?ヒール高い靴履いててよかった!」
「このまま怖がらないでオレに合わせて動け。こっちの足からだ、いいか?」
「おっけー!おぉ、なんかわくわくするなぁ!?」

都合よくバイオリンの音でワルツが何所からか流れて来て夏は妙に感じた。
しかし深く考えずにその曲に合わせて一歩を踏み出した。
離れた場所で九弦院響、即ちジークがやって来ていて演奏していたのだ。
「ここはハーミットにお詫びを兼ねてお役に立ちたい所存です。」とはジークの談。

そんなことは知らずに夏とほのかはしばし踊りに没頭していた。
簡単な指示だけで素直に付いて来るほのかに夏は内心感心していた。
要領の飲み込めてきたほのかがそれまで黙っていた口を開いた。
「・・ね、これで踊れてるの?ほのかもしかして上手?!」
「そうだな、思ったよりは・・。」
「そお?むふふ・・嬉しいのだー!」
目の前で笑うのはいつものほのかなのに、何故だか緊張を感じて夏は途惑った。
「調子に乗るなよ、オレのリードのお陰なんだからな。」
「ウン、なっつん上手なんだね〜!」
「忘れたかと思ってたが、意外と踊れるもんだな。」
「いつ覚えたの?」
「大分昔だ・・習っただけでまともに踊ったことなかった。」
「ふぅん・・そのわりにはちゃんと覚えてるんだね、すごーい。」
「別にこのくらい・・」
「また踊ってくれる?なっつん。」
「・・・気が向いたらな。」
「約束だよー!」
昔はステップを覚えるだけで精一杯だったが、こんな風に女を抱いて踊るもんだったのか。
夏は当時は興味もなく、なんとも感じなかったワルツのステップを踏みながらそう思った。
そりゃあ男は気に入った女と踊りたがるのも道理だな、と変な共感までしてしまう。
一曲が終わる間際にほのかの足がもつれてよろけたが、夏が支えたので転ぶのは免れた。
「あわわ、ごめん。なっつん、足もつれちゃった!」
「授業終わりだ、満足したら帰るぞ。」
「えぇ〜?もうちょっと。忘れないうちにもう一回!」
「足が疲れたからもつれたんだろ?また今度にしろ。」
「むぅ・・じゃあ明日。明日続きする。」
「しょうがねぇなぁ・・」
「いいの!?やたっ!」
夏は仕方ないと頷くと名残惜しいような気持ちを隠してほのかの身体を離した。
離れた途端、ほのかはぴょんと飛び上がり、夏に飛びつくように頬にキスをした。
「なっつんありがと!」どうやらそれはお礼のつもりらしかった。
「な!?」不覚にも熱くなった頬を誤魔化すように夏は「要らんことすんな!」と叫んだ。
「何をー!?せっかくほのかちゃんが妖精のごとくジャンプしてお礼したというのに。」
「何が妖精だ、おまえなんかせいぜい月で餅搗いてるうさぎぐらいだ。」
「うさぎ?!お月さんの?・・妖精よりいいかも!」
「阿呆・・」
ほのかは言われたことに気を良くし、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「何やってんだ!?」
「うさぎになったのだー!なっつん掴まえてみる?」
「うさぎなら捕まえて鍋だな・・」
「ええっ!食べるの!?ダメだよ、食べちゃあ!」
抗議するほのかの真剣な表情に夏は堪えきれずに顔を弛ませた。
「あ〜!?何ナニ?何ウケてんのさ。・・まぁいいけど。」
「ぷぷ・・ホラ、掴まえたぞ。」
「あやっ!?ヒキョウモノー!なんだよぅ〜!?」
緩く抱き寄せたほのかの身体が柔らかく抵抗している。
その心地良さに軽い衝撃を受けながら夏はほのかの耳元に囁いた。
「オマエはもう捕まったから、他の男と踊ったりするなよ?」
「!?・・・他の人と踊ったりしないよ。もう、なっつんも今日変じゃない?!」
そういうほのかの頬もいつもより熱い気がして、何故だか夏は離す気がしない。
「オマエだって、なんかいつもと違うぞ?」
「わかんない、でもなんか・・・やっぱり変かな?ほのかも。」
抵抗が止んで、ほのかは夏の胸に凭れるように身体の力を抜いた。
「やっぱ変・・・だよなぁ・・」
珍しく素直な台詞を吐く夏にほのかが不思議そうに顔を上げると頬にのせられた熱。
「さっきは不意をつかれたから・・・お返しだ。」
無性に触れたい衝動に勝てず、触れた頬への言い訳をする夏。
驚いた顔で夏を見ていたほのかはぼんやりと「ウン・・」とだけ答えた。
”ほのかが月のうさぎなら・・・なっつんがお月様かなぁ・・”そんなことを思いながら。
「・・何ぼけっとしてんだ、コラ。もう遅いから帰らないとダメだろ?」
「・・ウン・・じゃあ帰ろうか、なっつん。」

二人はゆっくりと身体を離すと、お互い気恥ずかしさに顔を反らしながら歩き出した。
そんな二人を離れた場所で見ていたジークがほっとしながら呟いた。
「BGMは効果あったのでしょうか?・・必要なかった気もしますが・・」

浮かんでいた月に照らされ、夏とほのかの影が庭に長く映し出された。
その影を見て思わず微笑んだのはジークだけではなかったかもしれない。
手と手が結ばれ、影は二人で一つになっていたからだった。








第三者視点で書いてみました。珍しいんです、ウチでは。(汗)
ジークが楽想記号とか言わないので変な感じがしますね。(滝汗)
またくさいものを書いてしまった・・・と月を仰ぎ見る管理人でした〜;