「掴まえて?ダーリン!」 


「・・・ついてくんなって言ったはずだ・・・!」
背景に稲妻でもしょってそうなくらいの迫力で夏は凄んだ。
大抵の者ならば、その迫力に気圧されて後ずさってゆくだろう。
ましてや今彼の眼の前に居るかなり小さくて華奢な女の子であれば
普通怖がって泣かせてしまうかもしれないほどの気を発していた。
だが、彼はそんな女子供を脅すようなタイプの人間ではない。
それもこれも、彼がそこまでしてもびくともしない相手だったからだ。
「いややっぱりこのほのかちゃんが居た方が心強いって!なっつん。」
「遊びに行くんじゃねーって言ったのがわかんねーのか?」
「だからさ、聞き込みならほのか得意だし、二人の方が却って怪しまれないと・・」
「遊園地行くんでも、買い物すんでもないってんだよっ!!」
「ふーっ、やれやれ・・聞き分けの無い子だよ・・アイタっ!」
夏はもちろん手加減しているが、とうとう拳骨がほのかの頭に降って来た。


彼は自分の身の不運を今更のように感じた。
毎日彼の自宅を襲撃する少女を今日は退けたはずだったのに。
いつもなら来ない時間に出掛けた夏はばったりと出会ってしまったのだ。
この少女からはどうしても逃れられないのだろうかと夏は嘆息するしかない。
決して嫌っているわけではなく、寧ろ無自覚に少女に甘い夏ではあったが、毎日はキツイ。
「やかましくてわがままで図々しくてお節介でとんでもなく厄介な」少女の相手は疲れるのだ。
当然今日は付き合えない旨を伝えたにも関わらず、好奇心旺盛な少女は同行を強請ってきた。
彼は出会った時点で90%以上の確率で今日は用を済ませることは不可能だろうと悟った。
結局単なる「お出かけ」になって少女は彼の隣で機嫌よく街を闊歩していた。

「ややっ!前方になにやら危険な香りがするじょ!」
「あっ、待てコラ!余計な真似をするなよ!!・・・ったく・・」

彼女を一応止めるものの、そんな言葉で少女が止まった試しはない。
正義感満ち溢れる少女は彼と初めて出会ったときも数人の不良集団に突っ込んで来た。
あの場に居たのが彼でなかったとしたら、少女は酷い目にあっていただろう。
無鉄砲にも程があるといつも夏は思う。どうしてそう無防備なくせに無茶をするのか?
今はオレが居るから安心している、というのはあるだろう。それにしたって・・・
世直しなぞに興味のない彼には、ほのかの取る行動はいちいち余計なことのように映る。
数度目になるほのかの「天誅!」に夏の不機嫌な拳を喰らった者たちが退散した後、
とうとう夏はこのいつまで続くかわからない世直し旅に見切りを付けた。

「こら、もう帰るぞ!」
「ええっ!?なんで?まだ何にも収穫ないじょ?!」
「おまえは単に揉め事に首突っ込んでるだけだろうが。」
「そんなことないよ、なっつんが皆追い払っちゃうんじゃんかー!」
「・・オレのせいかよ・・?」「もう今日は止めだ。アホらしい。」
「なんだよ、諦めの早い。まだほのか役立つとこまでいってないってのにさ。」
「役に立たんでいい!(怒)」
「あっ、待ってよ、あそこ!」
ほのかはそう叫ぶと目の前の横断歩道を飛び出した。
信号は青であったが、向こうから勢いよく突っ込んでくる車が夏の眼に止まった。
「ちっ!」


ほのかは何が何だか一瞬の出来事でよくわからなかった。
車のクラクションと、叫び声、そして身体が宙に浮く感じだけが理解できた。
「あれ・・・?ほのかいつ横断歩道渡ったっけ・・?」
そういえば今さっき天地がひっくり返ったような気がする、とほのかが思ったとき、
夏の呆れた声が頭上から降ってきた。
「何言ってんだ。どっか打ったのか?」
信号はいつの間にか赤で、通りには車が行き交っている。
先ほどの車は影も形もなく、ほのかは夏の腕に横抱きになっていた。
「あれー?!なんだなんだ??」
「まったく・・今のはさっきの車が信号無視しやがったんだがおまえも悪いぞ!」
「ふえー、ほのか命拾いしたってわけかい?ありがとう、なっつん!」
「もう勘弁ならねー!帰るっつったら、帰る。」
夏は不機嫌を露にして、ほのかを横抱きにしたまま歩き出した。
「ちょっとちょっと、なっつん!下ろして。あっちで事件があったんだよ!」
「うるせぇ!おまえに付き合ってたら、寿命が縮むっつーんだよ。」
「いや、そんな大げさな。そんなに強い奴らと出会ってないでしょ?!」
「街のごろつきのことじゃねー!おまえのこと言ってんだよ!!」
「えー!?ほのかは別に・・」
「今日はもう諦めてウチで大人しくしてろ。わかったな!」
「ちぇ〜・・・わかったよ。なっつんて怒りんぼだなぁ・・」
「誰のせいだよ、だれの!」
「ほのか何にも悪いことしてないじょ?」
「してんだよ、オレに。」
「???」

大股で不機嫌さを表すようにずかずかと夏は歩いた。
強制的に荷物扱いで運ばれているほのかはというと・・
「あやー、可愛い赤ちゃんですね〜v ばいば〜い!」
などと暢気に通りすがりのベビーカーの小さな子供に手を振ったりしていた。
それを見て溜息を吐きながら、どんどんと彼は自宅へ向かって歩を進めた。
「こうやってんのってさぁ・・結構しんどいよ?なっつん。」
「そーかよ。我慢しろ。」
夏は小柄とはいえ、少女一人を鞄扱いで平気そうな顔であった。
「・・・なんで下ろしてくんないの?」
「またどっかへちょろちょろと厄介事探しに行くだろうが。」
「もう諦めたよ。だから下ろしていいよ。重くない?」
「別に。おまえごときどうってことねぇ。」
「ふーん・・・すごいねー!」
素直に感心しているのであろうが、夏は馬鹿にされたような気がした。
「帰ったら、お仕置きだな。」
「へっ!?待ってよ、何でほのかがお仕置きされるのさ!?」
「人を振り回した挙句に心配させたんだから十分だろ。」
「えーっ!?ほのかは普通に路を歩いていただけじゃんか、横暴だよ!」
「どこが普通だよ、死にかけたの忘れたのか?!」
「あれは・・・悪かったよ、見えてなくてさ。・・・ごめんよ?」
「ふん・・・もっと前後左右見てゆっくり歩けよ。鉄砲玉じゃねーんだから。」
「うん・・・わかったよ。心配させてごめん、なっつんが居てくれて助かったじょ。」
「・・・わかりゃいいんだよ・・」
夏は素直なほのかに少し戸惑うようにぼそっと付け足すようにそう言った。
大通りを抜けて、住宅の立ち並ぶ路に差し掛かると、夏はほのかを下ろしてやった。
じろりと少女の様子を見ると「どこもなんともないな?」と確認する。
その慎重さにほのかはつい笑顔になってしまい、「うん!」と元気よく答えた。
そして夏の眼前に、「はいっ!なっつん。」と勢い良く片手が差し出された。
「・・? 何だよ、この手は。」
「ほのかがまた飛び出さないように手を繋いでください!」
「!?・・・別に・・この辺は車も通らんし・・」
「じゃあ、いつもみたいに腕組む?あれだともっと安全かな?!」
「・・・・う・まぁ・・・いや、その・・」
にこにこと夏を見上げるほのかだったが、夏は墓穴を掘ったような思いに耐えていた。
「その・・・どっちでもいい。」
「んん?そお? んじゃあ、今日は手を繋いでよ。」
「・・・ああ」
ぼそりと返事はしたものの、夏は当然ながら気恥ずかしい気分をかみ殺した。
「なんか、おまえの思うツボってやつじゃねーのか・・?」
小さな小さな夏の呟きにほのかは思い切り笑顔で答えた。
「ツボかどーかしらないけど、ほのかはこれから堂々と手が繋げて嬉しいじょ!」
「・・・はぁ・・」
「そういや、お仕置きって何?何すればいいの?」
「あ、ああ。そうだな・・」
「肩揉んであげようか?お茶淹れる?そうだ、夕飯作ってあげよっか!?」」
「・・・どれもお仕置きされてるのオレじゃないのか、それって?」
「えーっ、何でさ?」
「・・・どれもしなくていい。そうだ、早く帰れ!送ってやるから。」
「何言ってんの? ほのかの命の恩人に恩返ししないと帰れないよ。」
「いや、そんなことはせんでいいから。」
「ほのかの夕飯が嫌ならウチ来る?お母さんの料理美味しいよ?」
「いい!やっぱ恩返しすんな。なっ?!」
「遠慮しないでいいよ。なんなら今すぐ連絡・」
「そっそれは今度、また今度な!今日は・・その・・肩でも揉んどくか・・?;」
「そんなんでいいの?なんなら全身マッサージしようか?」
「まっ!さっ・・し・しなくて良い!・・・殺す気か?!」
「失礼な!うまいんだよ、ほのか。お父さんにいつもしてるんだから。」
「・・ふーん・・って・いやオレはいいっていうかするな!いいな?」
「何してあげたらなっつんが喜ぶのかなぁ・・?難しいなぁ。」
「そんなこと悩むな。もう恩返しもお仕置きもなしだ。わかったか。」
「でもなんかしたいよ。何かないの?ホントに。」
「もう気持だけで十分だ。うん!」
夏は引き攣ったような笑顔を作ってほのかを納得させようと必死だった。
どうしてそれほど困っているのか理解しがたかったが、ほのかは聞き分けることにした。
「わかったよ、なっつん。だけど何かほのかにして欲しいことがあったら何でも言ってね?」
「わかった。考えておくから。」(ほっ)
「あれだね、恩返しっていったらさぁ、鶴のが有名だよね?」
「は・・?ああ、そうだな。」
「鶴みたいにお嫁さんになってあげるってのも有りかな?」
「・・・無し。それもなし!そうだ、とりあえず車に注意してろ。それでいい。」
「なっつんが居てくれれば大丈夫だよ。」
「一人のときとかオレの居ないときも気を付けろってんだよ。心配させるな。」
「そっか。うん、わかった!」
ほのかが嬉しそうに繋いだ手をぶんぶんと大きく振った。
夏は無意識に振りほどけないようほのかの小さな手を握り締めた。
”どうしてこう、こいつのペースになってしまうんだろう・・?”
そんな不思議な気分でご機嫌なほのかの様子を盗み見た。
”危なっかしい奴だぜまったく。・・天然だしな・・”
夏はほのかの説明文を心の中に新たに二項目ほど付け加えた。
そして”こんな奴、いつも見張ってないと心配でしょうがねぇ!”と思うのだった。







強制連行後、肩揉んでもらった夏くんですが、くすぐったくて5分と経たないうちに中断。
何をしてもらってもほのかの一人勝ちです。夏くんてふんだりけったり・・?!(ごめん)
マッサージしてもらえばいいのにね!?(^^)彼は気苦労するタイプだといつも思います!