Trick or treat? その5


ナツに掛けられていた魔法は解けた。・・のであるが・・
またしても魔女ホノカの魔法で簡単に猫にされてしまった。
ニイジマの魔法から脱してやれやれと思ったのも束の間のこと、
当然のことながらナツは憤慨し、ホノカにその説明を要求した。


「だって・・猫の方がカワイイじゃないか。」

けろりとした顔で告げられた答えにナツはがっくりと肩を落とした。

「それに弟子修行の途中なんだからもうちょっとここにいてくれないと!」

ホノカは決まり悪そうに小さく付け加えた。ナツは思わず顔が弛んだ。
弟子の契約がなければ、元に戻ったナツにここに留まる理由がない。
つまりはホノカはナツを引き留めたがっているということなのだ。

”んだよ・・寂しいんじゃねぇか、やっぱ。しょうがねぇなぁ・・!”

それは子供が保護を求めているに過ぎないのかもしれないが、それでも
自分にいて欲しいとホノカに思われたことが単純に嬉しいナツだった。

「弟子の修行といっても・・ほとんど家事手伝いだったじゃねぇか。」
「だって・・本気で魔法使いになる気はないんでしょ?」
「まぁな。必要だと思ったこともねぇし。それに普通の人間も魔法使いになれるのか?」
「修行次第だね。でも元から魔力があるわけじゃないからたいしたことはできないよ。」
「だろうな。・・とにかく一度戻りたい。用を済ませたら戻ってくるから。」
「・・わかったよ。じゃあお別れにご馳走でも作ってぱーっとやろうか!?」

一旦戻るとなると膳は急げで、ナツは翌日の朝に出立することになった。
昼間は陽気にはしゃいでいたホノカだったが、時間が経つと共にしゅんとなっていった。
そんな様子にナツも後ろ髪が引かれる。ナツ自身もホノカと別れ難いと感じていた。
釣られてしんみりとするナツに向かって、突然ホノカが大きな声で告げた。

「ホノカ疲れたからもう寝るね!ナッツン、じゃっおやすみっ!」

大きくて明るい声でそう言ったかと思うとくるりと踵を返して逃げるように走り出す。
ナツは思わずその背に「待てよ!」と声を掛け、ホノカの片腕を掴んで引き留めた。

「わっ・・放せ!ホノカ眠たいんだから・・・」

その声で全てわかった。ホノカは泣いているのを見られたくなかったのだ。
ナツは少し強引に腕を引くと、ホノカを自分の懐に背中から抱き寄せた。
驚いてホノカは身を捩るが、ナツにすっぱりと抱きしめられた格好で動けない。

「なななな・・ナッツン!放しなさい。師匠になにすんの!?」
「今日は一緒に寝ないのか?明日からしばらく一人なんだぜ?」
「今までだって一人でいたもん。ホノカ平気だよ、そんなの!」
「・・オレは・・ちょっと寂しい。だから一緒にいてくれよ。」
「大きいなりして困った子だねぇ!」
「それよりさっきから泣いてるみたいな声が聞こえるんだが。」
「気のせいだよっ!耳が悪いんじゃないのかね、ちみはっ・・」
「じゃあ顔こっちに向けてみろよ。」
「ヤダ!」
「泣いてないんだろ?!」
「ヤだったら・・ハナセ〜!」

暴れるホノカをあっさりと・・・ナツは胸に顔を押し付けるようにして抱きなおした。
そうされると泣き顔は見えない。当たり前のことを残念そうにナツは囁く。

「こうしたら顔が見えないな。失敗した。」
「・・・うぬぬ・・どういうつもりなの?」
「泣いてる子を宥めてやろうかと思って。」
「見えてないんでしょ!泣いてないよっ!」
「ハイハイ、そういうことにしとく。」
「ちみって・・いい性格なのだね・・」
「オマエほどじゃないけどな。」
「どういう意味だいっ!?」
「・・ありがとう、ホノカ。」
「!?」
「元に戻れて嬉しい。オマエのおかげだ。」
「ぅ・・ん・・どういたしまして・・なのだ。」
「しばらくの間だから、もう泣いてるなよ?」
「ばかにするなっていうのだよ!ホノカは・・」
「そりゃ立派な魔女なんだろうが・・」
「ナッツンがいなくたって・・だいじょぶだもん。」
「そっか・・・」
「なんでがっかりしてんの?」
「オレだけかと思って。寂しいのは。」

ホノカがおそるおそる顔を上げた。ナツがどんな顔をしているのか気になった。
からかっているのか、それとも聞えたとおり真剣にそう告げているのかということが。
涙で濡れたホノカの瞳は大きくてナツから見ると落っこちてしまいそうだ。
子供が寂しいと縋って泣いているというのに、ナツはその子供にキスがしたくて困った。

”血迷ったかな・・オレはコイツが可愛くて仕方ない・・”

呆けたように見上げているホノカの頬にそうっとキスをした。唇はわざと避けて。
猫になってしまうのをおそれたこともあるが、それ以上にホノカに嫌がられまいとして。
幸いホノカは抵抗もせず、嫌な素振りもなかった。それどころか「・・唇じゃないの?」
などと尋ねるのでナツはちょっと惜しいことをした気になった。

「ガキのくせに生意気な。猫に変える魔法以外にちゃんとした経験あるのか!?」
「ウウン、ない。だって・・魔力が取られちゃうもん。」
「へ・・?そんなの初耳だ。」
「ホノカの魔力欲しさに狙ってくるヤツをかわす方法とかを師匠から習ったよ。」
「師匠なんていたのか!・・え、オマエの魔力欲しさにって・・どこの誰に!?」

聞き捨てならない情報にナツはびっくりし、ホノカの涙も乾いていたので話を突っ込むと・・

「キスしたらね、魔女の力は取られちゃうんだよ。」
「猫にするときもそうなのか?」
「あれも対処法の一つ。魔力を取られないように逆にこっちから掛けるっていう。」
「師匠がオマエに?」
「師匠のシグレはものすごい美人だから若いときから苦労したんだって。」
「へぇ・・そんな苦労があるとはなぁ・・魔女も大変だな・・?」
「だけどね、ホノカが許す人だけ大丈夫なの。たった一人だけ。」
「え・・それってまさか・・・」
「ホノカが魔法が使えなくなってもいいって思うくらい好きな人ができたら」
「オマエさっき・・オレに・・してもよかったみたいな口ぶりだったぞ!?」
「なんでかな?ナッツンなら魔力取られてもいいかって・・思っちゃった。」
「おいおいおい・・・!?」
「ホノカ・・・ナッツンのこと好きになっちゃったのかなぁ・・?!」
「そっそれは・・;たよりねぇな・・初めてなんだろうけど・・」
「ウン、どうしよう。困ったじょ。」
「オレも困った・・オマエまだ・・14だったよな?!」
「弟子とそんな関係になったらいけないんだよね。」
「えっ・・何かマズイことになるのか!?」
「困ったねぇ・・」
「だからどうなるんだよ!?」
「わかんない。師匠に聞いてみる。」
「なんだそりゃ・・・!」

どうやらホノカの師匠はホノカが易々と男に騙されないようあれこれと対策したらしい。
弟子となったからには簡単にその契約は反故にできないというのもその辺に関係ありそうだ。
考えてみればこんな子供であるホノカまでをも魔力欲しさに狙う不届き者がいるということ。
思いも寄らなかった事実にナツの心配は度合いを深めた。とてもじゃないが一人にしておけない。

「帰るのが心配になってきた・・オマエ・・やっぱオレと一緒に暮らさないか?」
「どこで?ナッツンの街にはもう魔法使いがいたと思うよ?」
「就職先を紹介するって言ってたろ?それが隣街だとそれもダメなのか?」
「それって隣街なの?」
「・・・オレんち・・・で雇おうと思ったんだよ。」
「えっナッツン!?・・・弟子に雇われるのって・・アリなのかな?」
「そういう魔法使いたちのルールって誰が決めるんだ。罰則があるのかよ?」
「悪いことしたヤツは他の魔法使い複数で訴えて裁判するって聞いたけど。」
「へぇ・・独自の法があるってわけか。」

結局その晩は二人でそんな話をして夜が明けた。途中でホノカは寝つぶれてしまったが。
寝床には猫以外連れ込むなというのも師匠の言い付けだったらしい。ナツはその師に感謝した。
無邪気な寝顔を見てそう思った。ホノカには外見や年齢を越えた心惹かれる魅力がある。
そうしてくれなかったらこうしてホノカの傍で眠ったりすることなどできなかっただろうから。

翌朝、ナツは一度戻るがすぐ帰ると言ったのだがホノカは意外な返事をした。

「ホノカ師匠を探してちょいとわかんないこととか訊いてくるよ。」
「どこにいるんだ?オマエの師匠。オレの師匠は放浪癖があるんだが師匠ってそういうもんか?」
「はは・・魔女や魔法使いは居場所は秘密にするもんなんだよ。ナッツンの師匠も探してあげる。」
「オレんとこの師匠はオレが探すからいい。それよりどこまで行くんだよ?」
「場所はホノカもわかんない。魔法で呼んでみるんだ。それと魔力を探知してそこへ行ってみる。」
「・・・そうか。ついて行きたいが・・一人で大丈夫か・・?」
「大丈夫さ。ホノカの師匠もすごーい魔女なんだよ。今度紹介するね!?」
「わかった。じゃあオレは隣街の古城にいる。場所は・・・」
「古城って・・王様んとこみたいに広い敷地の大きなお城?」
「ああ、それだ。そりゃ知ってるよな、そんなことくらい。」
「あそこに一人で住んでるのっ!?あーんな広いとこに!?」
「使用人は全部解雇したからな。オレ一人だ。」
「それで荒れ放題の呪われた城とか言われてるんだね・・!」
「正解だな。呪われてるのかもしれないぜ?」
「なんでよ!?オバケが出るの・・?」
「魔女がオバケ怖いのか?・・いやオレは見たことないな。」
「ふ〜ん・・・じゃあ今度はホノカが行くから待っててね。」
「気を付けろよ。オマエ時々どんくさいしなぁ・・」
「師匠に向かって・・・ちみは生意気だよ!」

ナツは苦笑したが本気で心配していた。そしてその不安は現実となるのだった。
一週間ほど過ぎるとナツは音沙汰のないことが気になったので用を見つけて隣街へ行った。
ホノカの住処は空っぽでまだ帰っていないのは確かだった。次にホノカの兄を訪ねてみた。
人間の姿を知らなかったケンイチはナツに会って随分驚いていた。

「戻れて良かったね、ナツくん。それよりホノカはどうしてるか知らないかい?」
「師匠を訪ねるとしか聞いてない。アイツ家族には何も言ってなかったのか・・」
「以前ホノカを気に入った魔法使いがいてね、そいつがホノカを連れてったのかと心配で・・」
「そんなこと・・オレは聞いてない。詳しく教えてくれ!」

ホノカがまだ魔女になる前のことだったそうだ。その魔法使いはかなりの高位を持っていた。
ハロウィンの夜、ホノカが迷子になったところを見つけて家に送り届けてくれたそうだ。
大柄な男で、ホノカには大いなる魔力があると見抜き、魔女になるようにと告げていった。
ほどなくして師匠を得たホノカは魔女になったのだが、そのときの魔法使いが再びやってきた。

「私がホノカを預かり、魔力を増幅させて大魔女にしてやりたい」と言い出した。
そのときあっさりとホノカは断った。魔法使いは残念がったが無理強いはせずに帰った。
しかしそのときに師匠であった魔女に「いずれ・・・ホノカは頂きに参る・・」と告げた。
その後は全く何事もなく時は経ち、ホノカは修行を終えて独り家を出ることになった。
すっかりその魔法使いのことは忘れていたホノカだったが、師匠は釘を刺していったらしい。

「ホノカ・・自分の・・カンを信じ・・ろ。誰の者にもならないと・・強く念じる・・のだ。」

師匠である魔女はこの街を去り、弟子であるホノカに代わりに住むようにと家を譲っていった。

「まさかとは思いたいんだけど、そのことを思い出したら不安になってね・・!」
「アイツ・・そんなことどうして言わないんだ!・・・オレがなんとしても居所を探す。」
「ナツくん!頼めるかい!?」
「万が一のことがあっても絶対に取り戻してくる。」
「ありがとう!もし何か協力できることがあったら言って。ホノカを頼むよ!」

俄かには信じ難い話だった。無邪気で底抜けに明るいホノカの笑顔を思い返す。
そのホノカを魔法使いが魔力欲しさに連れ去ったかもしれないだなどと・・想像するのも不快だ。

”ホノカになんかしてやがったら・・・だだじゃおかねぇ!ぶっ殺してやる!!”

ナツは二度と行くまいと思っていた場所へと走った。薄暗い雰囲気の漂う高い塔が聳えている。
ぎしりと派手に軋む音を立てて、ナツが到着するなり門が開いた。そこには見知った人物がいた。

「ハーミット・・そろそろ来る頃と魔王が申しておりました。」
「!?魔法使いってのは予知もするのか?案内しろ、ジーク!ニイジマのところにな。」
「承知。」

以前のことなど忘れたかのように不遜な態度で悪魔のような風貌の男は薄笑みを浮かべていた。
腹立たしいが、今心当たりといえばコイツしかいない。ナツは忌々しくもニイジマに切り出した。

「・・どこまで知っているかしらんが・・オレの質問に答えろ、ニイジマ。」
「ホノカの居場所ならわからんぞ。魔法でわからなくしてあるんだからな。」
「だがオマエには凡その見当が着いてるんだろ!?オレが来た目的もな。」
「俺様を見込んでくれた礼も含めて教えてやる。ホノカの魔力が掻き消えたのは一週間前。」
「・・・どこのどいつだ。どうすればソイツに会える。」
「居場所がわからんのだから訪ねるのは不可能だな。例え俺様でも。」
「なんだと!?なら他に何か考えろ!」
「焦るな。訪ねるのが無理なら・・あちらさんに来てもらえばいいじゃねぇか!ケケケ・・」
「どうやって!?」
「そうだなぁ・・ロリ魔法使いのアイツなら・・”ホノカの秘密が知りたいか?”とかな?」
「ソイツは・・ホノカの魔力が欲しいのか、それとも・・」
「俺様には理解できないが、両方らしい。アイツはホノカを嫁にでもしたいみてぇだな。」
「あんな子供をか!腐ってやがるんだな、ソイツは。」
「オマエにそんなこと言う権利あるのか?ホノカに惚れてるくせしてな?!」
「おっオレと一緒にするな、そんな変態野郎と!オレは魔力なんぞ欲しくねぇっ!」
「ケケッ・・ま、そんなことはどうでもいい。俺様には関係ないしなぁ・・」
「オマエはホノカに恩があるはずだ!知らんというなら、ここでオマエの息の根を止める。」
「怖い怖い・・この俺様をオマエだけでどうするっていうんだハーミット。笑わせるなよ!」

ニイジマが仰け反って笑おうとした瞬間、背後から羽交い絞めにされて笑い声は掻き消えた。

「この次の一瞬で首をへし折る。」ナツの腕に固定され、ニイジマはぴくりとも動けなかった。
凄みを帯びたナツの声は耳元で本気であることを如実に顕にし、気が揺らめき立ち昇っていた。

「・・さすがだな、ハーミット。しかし俺様を殺したら次はオマエだぞ?!」

ニイジマが陰に控えていたジークに向かって視線のみを動かした。だがジークはそこにいない。
焦ったニイジマが眼球を泳がせると、正面に忠臣であるジークが膝を着いて静かに見守っていた。

「なっ!?貴様そこでなにをしているんだ!?ジーク!」
「魔王の命をこんなことで奪われるのは許せることではございません・・」
「そっそうだろ!?だからコイツをさっさとなんとかしろ!」
「恩在るホノカ嬢のため、寛大な御心を見せるべきです、魔王よ。」
「えーい!恩なんぞないわっ!?ったく・・あの魔女め〜っ!わかったよ!」

解放され、どうやら初めから協力するつもりだったらしいニイジマは首を摩りながらぼやいた。

「くそぉ・・ハーミットの弱味を握って話を優位に持っていくはずが・・とほほ・・・」
「魔王にふさわしくない行動はお慎みください。美しく歌うようになさいませ〜っ!?」
「歌わんでいい。・・はぁ・・まだ苦しい気がする。とにかくだな、塔の天辺に上れ。」
「塔とはオマエんとこのあれか?前に壊したのより高いようだな。」
「あれは魔力の受信塔みたいなもんだ。あそこからならオマエの言葉が届くだろう。」
「わかった。」
「ソイツはかなりの魔力を持つ魔法使いだ。ホノカを見初めて目をつけていたが・・」
「!?ソイツが突然思い出したようにホノカを?」
「原因はオマエだよ、ハーミット。オマエと知り合ったことでヤバイと思ったんだろ?」
「ヤバイって・・オレとホノカは別に・・」
「しらばっくれんなよ・・横取りを怖れたに違いないだろ?痺れを切らしてな。」
「アイツはまだ14だぞ!オレはそんなつもりで・・」
「知るかよ・・それならホノカが惚れたんだろ!?魔力が手に入らなくなる前に奪ったのさ。」
「・・・・・」
「アホクサイことに巻き込むなよなぁ・・」呆然とするナツに向かってニイジマは溜息を吐いた。



☆☆☆ TUZUKU(続) ☆☆☆





「ハロウィンの魔女」お久しぶりです。管理人の趣味に走りまくってます☆
3話で終わらせる!・・つもりです。ご期待・・に応えられるといいな・・++;