Trick or treat? その1


とある旧びた街の月夜の晩。夜空には大きな月が昇っている。
そこにとんがり帽子に箒、とくればその存在は定番だろう。
市街の屋根の上に居るのはその”お決まり”の『魔女』の姿・・のはず。
マントは着けていないのだが、それは彼女が小柄なせいだろうか。
『魔女』にしては童顔であどけない顔や身長でどう見ても子供の域を出ない。
くるんと大きな瞳にクセっ毛をしている。それでもどうやら本物らしい。
見た目に反して大きな態度と声で(近所迷惑な)独り言。

「うーん・・・いい夜だねぇ!こんな月夜には何かが起こるよ!?」

そう言った途端ぽんと屋根から飛び降りた。心臓の悪い人なら冷や汗もの。
しかし彼女は魔女なので、箒に跨り宙を飛び始めただけのことだった。
鼻歌交じりに街をすいすい漂っていく彼女はふと狭い路地に目を留めた。

「ややっ!?見慣れない黒猫さんはっけーん!これはご挨拶しなければダメだじょ!」

猫と魔女はお友達だったりお使いだったり、先生だなんてこともたまにある。
特に黒い猫は魔女と相性が良いのか、古くからとても縁が深い動物なのだ。
この街の猫は全部と顔見知りの小さな魔女は「新入り」さんか、「迷い猫」と思った。
飛んでいた高度をすいっと下げて降下すると、走っている猫に追いついた。

「やぁっ今晩は。良い晩だね!?・・ちみはどこから来たの?」

空からいきなり子供の顔がひょいと降ってきたので猫はたじろいだ。
彼女は帽子を片手で押さえてさかさまに箒にまたがったまま飛んでいる。
見た目よりずっと器用なのか、飛ぶ魔術が得意なのかどちらかだろう。
魔女には猫の言葉がわかる。だから気軽に声を掛けた。
しかし、あるまじき事態。猫は魔女を無視してぷいと方向転換して逃げようとした。
驚いてうっかり帽子を落としそうになるのを慌てて押さえて引き留めてみる。

「ちょっと、ちょっと!猫さん、ルール違反だよ!どこの猫だい、まったく!?」

猫は答える気がないらしい。走る速度を上げ、路地の切れ目へと入り込んだ。
魔女から逃げようとしたのはやはり事情を知らない証拠。この辺りは魔女の縄張り。
どこへ逃げ込もうともちゃんと行く先ならわかってしまう。おまけに彼女は魔法が使える。
猫は魔女を振り切ったと思った。後を追ってこられなかったから。広い噴水のある広場に出た。
ほっとして前を向くと、噴水の水は出ていなかったが、その真ん中の噴水口の上に魔女は立っていた。

「?!」
「ちっちっち・・この”ホノカ”ちゃんから逃げようなんて、甘いよ、ちみ?」

猫はそれでも諦めずに逃げようとするので、仕方なく魔女は魔法を使った。
何やら意味不明の呪文を唱えると黒猫はあっさりとその身を彼女の胸元へ。

「ハーイ、ご到着!ワタシは”ホノカ”だよ?ちみはなんていうの?」

動けない猫は哀れにも金色に光る目で魔女のホノカを睨みつけながら答えた。

「・・・ナツ・・」
「ナッちゃん?可愛いねぇっ・・って声からすると男の子か。じゃあナッツンだ。」
「変な呼び方するな!ナツだと言っただろう!?」
「いいからいいから。で、ちみはここらじゃ見かけないけどどっから・・・ってあれ?」
「オマエ、もしかして見かけよりも高位の魔女か?」
「見かけよりってなんだい!?ホノカはわりと腕はイイよ。ちみ魔法を掛けられてるんだね?」
「オレに掛けられた魔法がわかるんだな?!」
「うーん・・・ややこしい魔法だから・・・でもなんとかなるかもね。」
「ホントか!?なら魔法を解いてくれ、頼む。」
「ふぅん・・・じゃあそのかわりちみはホノカの弟子になるのだ。良いね?!」
「なっなんだと!?」
「等価交換だよ!ただでこんな面倒を見てあげられないよ?」
「オマエそんな子供のなりして黒いヤツだな!」
「何言ってんのさ。ちみに掛けられた魔法は解けたらきっと掛けた本人にわかるはず。」
「・・そうなのか?」
「魔法が解ければ、ホノカはそのとばっちりを受けちゃう。なのにちみが知らん顔じゃ割に合わないね。」
「・・・・しようがねぇ・・・で、その弟子ってのは何をするんだ?」
「そうだねぇ?別に難しいことは言わないよ。仲良くしよ?ナッツン!」
「仲良く!?・・・オマエって見た目子供だけど幾つくらいなんだよ?」
「レディに歳を尋ねるなんて!・・ちみは人間だよね?ちみよりはちょっと・・いやおんなじくらいだよ。」
「オレは17だぞ?そんな風に全く見えねぇけど魔女って歳取らないのか?」
「取るよ。そんなに外見に変り無いだけさぁ。・・・そんなに子供っぽいかな?ホノカって・・」
「ああ。」
「むぅ・・ちみってはっきりしてるんだね。気にしてるのに〜!」
「・・・ふーん・・・」

そんなわけでナツはホノカと魔女と弟子の契約を結んだ。もしも破ったら大変らしい。
ホノカの棲家に連れてこられたナツは簡単にこうなった経緯を話した。
ちなみにナツが意外に思うほどごく普通の民家だった。ただし街からは離れてぽつんと建っていた。
ナツはホノカの見た通り人間で、隣の街からの逃亡者だった。
なんでも質の悪い魔法使いに奴隷にされそうになったところを返り討ちにした。
何故ならナツは人間にしては並外れた強さを持った「武術の達人」だったので。
ところが返り討ちにあって格好悪い魔法使いにうっかり猫にされてしまったという。

「そりゃ災難だったねぇ・・あの街のアイツの話なら有名だよ。困ったことに王族の庇護付きなのさ。」
「詳しいんだな。で、いつオレを元の姿に戻してくれんだよ?」
「あー・・・それがね、思ったより強力な魔法でさ・・とりあえず一時的にでもいい?」
「一時的?」
「ホノカが全部の魔力を無効にする魔法を研究するからそれまで我慢してよ。」
「・・・仕方ねぇな。で、一時的ってどんくらいなんだよ?」
「それはわかんない。人それぞれなんだよ。だから一回目に猫に戻ったときまでの時間覚えてて。」
「いつ戻るかはわからんのか!?」
「ウン。そうだね、早くて一時間、遅くて一日くらいかなぁ?」
「えらく差があるんだな。」
「元の姿ってちみどれくらい?男の子だったよね。17歳とするとお兄ちゃんくらいか・・」
「兄キがいんのか。ちょっと待て、17で兄だったらオマエそれより年下だろ!?」
「あちゃっ!?ばれちった・・ゴメンよ、ホノカは14だよ・・」
「なんで誤魔化すんだ?そんなもんなら納得だ。」
「魔女は歳は多いほどイイのさ!歳端のいかないのは信用してもらえないんだもん。」
「なるほど、誰も雇おうと思わないからな。・・オマエが就職したいなら紹介してやってもいいが・・」
「え!?ホント!?魔女を探してるお屋敷を知ってるのかい!?」
「そうだな、オマエの腕次第だな。たいしたことないならこの話はチャラだ。」
「なーんにも問題なし!ホノカちゃんの腕は確かだからさぁっ!!」
「どうだかな・・・まずは一時でもいいからオレを元に戻してくれよ。」
「よっしゃ!カモンカモン!!」
「?・・・どうすんだよ。」

黒猫の姿のナツは椅子からテーブルの上に乗っかり、座っているホノカの傍へ行ってみた。
するとひょいと今度は魔法でなく、ホノカの手で抱き上げられて驚いて目を丸くした。
「綺麗な目だねぇ・・」とうっとりと囁いてホノカはちゅっと猫の口にキスをした。

”BOM!”

ちょっと間の抜けた音とともに猫だったナツが人間の姿に戻った。
抱きかかえられていたのでバランスを崩してホノカの上にすっころんだ格好だ。

「むっきゃああっ!おもーーーい!」
「す、すま・・・って、オマエマジでちっさいな!?」
「ナツってばお兄ちゃんよかおっきいじゃんか!退いてのいてーっ!」

慌てて起こしてやり、しげしげと眺めると、ナツは溜息を吐いた。

「どこをどう見てもガキじゃねーか・・・ホントに魔女なのかよ!?」
「なんだと!?そんなこというなら猫に戻すよっ!?」
「どうすんだよ、もう一回さっきみたいにするなら、無理だぜ?」
「むむ!ちみだって結構腹黒いじゃないか!・・・でもそうはいかないんだよーだ!」

元に戻ったナツは偉そうに上から見下ろした。自分も大男とまではいかないのにこの小ささ。
思い切り莫迦にしてしまったようで、ハナで笑って、「どうすんだよ?」と言った。
で、ナツだって莫迦にされるかもな話、魔法であっという間に元通り猫にされたのである。

「わー!?コラ、元に戻せーっ!!」
「冗談じゃないよ。ちみはホノカの弟子になったんだよ?逆らっていいと思ってんの!?」
「う、チクショウ・・・わかったよ・・・ってか今みたいに呪文で戻せないのかよ?」
「戻せないよ。戻りたかったら今度はちみからお願いしてキスしたまえ!」
「なっなんだと!?・・・オマエの方がよっぽど質がワリィじゃねーかよっ!」
「ホノカを莫迦にするからだよー!どうすんの?ホノカは猫の方が可愛いからそんでいいよ?」
「〜〜〜〜!?・・・わ、わーーーったよっ!お・・おねがい・・」
「え?なんですか!?」
「くそっ!・・・お願いします・・・」
「ふふふん、素直にしておいた方がいいよ〜?ナッツン。」

ナツは渋々ホノカの唇に触れてもう一回人間に。そうそう魔法で着ていた服も元通りなので念のため。
さてさてハロウィンも近い秋の夜。外には今も大きな月が微笑んでいる。
魔女のホノカとナツはこれからどうなるのでしょうか?ってことで・・・



☆☆☆ TUZUKU(続) ☆☆☆










「ハロウィンの魔女」第一弾です。そんなに長い話ではありません。
とっても短い予定です。ハロウィンに間に合うように・・頑張ってみますv