TRAP  


「あ、いい匂い!」
「ほのかにあげる。私飽きちゃったから。」
「えっいいの!?」
「こんな使いかけでいいならどうぞ。」

普段はそんなの付けないんだ。だからなんだか
大人になったみたいでどきどきわくわくした。
香水っていうほど大人向けのじゃないんだけど。
ちょうどお祭りに行くことになっていたので
浴衣姿に付けてみた。別に見た目は変わらない。
なのに気合いが入るみたい。なるほどそういう効果か。
連れてってくれるなっちの反応はどんなかな。
気になってそれもわくわくを大きくするみたいだった。

んだけども・・なんにも変わりないってどゆこと!?
夏祭りの当夜、期待ではちきれそうだったせいで逆に
どーんと盛り下がった気分でわたあめにかじりついた。
やっぱりもっとくっつかないとわかんないのかもね。
そう考えてちょっと気持ちを建て直していたら・・

「なっちー?」
「ちょろちょろすんな。」
「してないよ!?」

ものすごく珍しいことが起きた。これは効果あった!?
まー確かに人が多いからって理由が第一なんだろうけど。
それは置いといてにっこり。手を繋いでくれたのだ。
ウレシくてついニヤニヤ。飛び上がるのは我慢した。

「ねー浴衣新しいんだよ?」
「そうみたいだな。」
「似合うでしょ!?」
「まぁな。」

手を繋いでくれたのはいいけどなんでそっぽ向いてんの?
今年はちょびっと大人っぽいのにしたんだよ、なのにさ。
周囲を見回してみると、カップルって結構存在している。
手を繋いでるなっちとほのかもそう見えてるんだろうか。
そうかな?どうかな? そうだったら・・ウレシイかな。

「あっ!あれとって!?ねえなっちー!?」
「どれだ?」
「あれあれ!にゃんこのだよ!決まってるじゃないか?!」
「・・知るかよ、そんな決まり。」

こういうときなっちは頼もしい。射的だろうとゲームだろうと
いとも簡単にゲットしてくれるからね。むふふ・・実に重宝だ。

「ほのかちゃん!」
「あっ・・おにいちゃん、たち。」

会いたくない人にはばったりと会うって決まってるのかな。
お兄ちゃんは大好きな人と一緒って知っていたんだけれど。
その子はほのかにも優しくて可愛くて絵に描いたような美女だ。
横にいるほのかのお兄ちゃんはとっても幸せそう。それはもう・・
なっちの手を引っ張って逃げた。見てたら元気なくなるんだもん。
やだな、せっかくいい気分だったのに。ずんずん出鱈目に歩いたら
露天の並ぶ場所から遠ざかってた。行き過ぎちゃったらしい。

「痛・・」
「歩きなれないもんで急ぐからだ。」
「痛いよう、なっちぃ。」

下駄の鼻緒で切れた足の指。甘えた声を出したらなっちは溜息。
ひょいと膝裏に片手を添えて持ち上げられた。慌てて肩に手を置く。
小さな神社の賑わってない方は暗くてひっそりしてなんだか寂しい。

「なっちぃ、おろして。絆創膏持ってるから貼るよ。」
「用意がいいじゃねえか。」
「お母さんが持ってけって。」

少し遠くに聞こえるお祭りの囃子、飾ってある灯篭の明かり。
なんだかロマンテイストかもなんて思った。柄じゃないけど。

「自分で出来るのか?」
「う、帯が邪魔で屈み難い上に暗い!」
「・・貸せ、俺がやる。」

腰掛ける場所がないので足元に跪いてもらう。う、悪かったかな。
なんだかどきどきする。素足に触れるなっちの手がくすぐったかった。

「一応貼ったが・・歩けるのか?」
「うん、ありがと!大丈夫だよ。」

なっちが足元から立ち上がるとき一瞬だけど顔が近くを掠めて驚いた。
よくわからないまま目が後を追う。なっちは背が高いから自然と上向く。

「・・なんか付けてるのか?」
「へ・・あ、うん!わかった!?」
「止めろ、それ。」
「え?え!?いい匂いじゃない?」

不機嫌そうな顔はちっとも幸せそうではない。お兄ちゃんと大違いだ。
そりゃあね、相手が違うからね?でも・・がっかりしたっていいよね。
俯いて唇を尖らせた。不満な顔をなぜだか見られたくなかったから。
でもすぐに見られてしまった。顎がすくい上げられて目と目が合った。

「?・・なぁに?顔になんかついてる?」

何も言わないから不安になる。どうしたわけかまたどきどきするし。

「なんでそんなもん付ける気になった?」
「友達にもらったんだよ。気に入ったから・・そんなに変?!」
「いらつく。」
「ええ!?そこまで!?」
「肝心の兼一は気付いてなかったぜ。」
「お兄ちゃんは関係ないよ。・・会うと思ってなかったし。」
「うそをつくな。会うかもしれねえから付けてきたんだろ。」
「違うもん!なっちと来るのにそんなの意味ないじゃんか。」
「俺?俺を験すつもりだったのか!?」
「ためすとかそんなんじゃ・・何に怒ってんの、なっちー!」
「うるせえ。」
「いたーーっ!?」

おかしいよ、このひと!ほのかのほっぺ摘んで引っ張るとか!
ものすごく痛いんだけど!?絶対痕が付いたに違いないよ!?

「暴力反対!断固抗議する!なんたる理不尽!」
「フン!お前には10年早いんだよ、男を舐めんな。」
「なっ舐めてないし!ほのかなんにもしてないのに!」

     お・・おや・・?

いきなり視界が真っ暗になった。夜だけどそうじゃなくって
なっちが上から被さるようにするから。なんで?怖い子みたいだよ。
まるでほのかは隠されているようだ。なっちってやっぱり大きいね。
なんにも見えなくて少し苦しくて身動きしたらちょっとゆるんだ。

「・・ふぅ・・びっくりした。なっち、だいじょうぶ?」
「・・・・・じゃねえ・・」

まさか大丈夫じゃないと返ってくるとは思わなくて慌てて背中を摩る。
大きな子供だね、これじゃあ・・だけど、何かが怖くなったのかなあ。

「わかったよ、もう付けない。だから安心して!?」

そう言ってあげるとこくりと頷いた。なんだか可愛い・・わんこだ。
お姉さんになった気がしてなっちのことが愛しいよ。よしよし・・
不安だから機嫌の良くない顔をしてたんだね。わかったからもういい。
甘えるなっちを宥めているとふっと視界は広がって夜空と入れ替わった。
いい天気なのだろう、星がたくさん。なっちの顔はもう不機嫌じゃない。
嬉しくて微笑んだ。少しだけなっちの口元も綻んだみたいだった。

「そうだ!10年経ったらいい?それまで置いておくよ。」
「・・・そんなに置いておけるもんなのか?」
「だめになってたらそんときはそんときさ。」
「いいのか、そんなんで。」
「なっちが嫌ならしょうがない。歓んで欲しかったんだけど。」
「引っ掛からねえよ、そんなトラップ。」
「?!なにそれ?」
「10年後に教えてやる。」
「気の長い話だねえ!?」

おかしくなって笑うとなっちの表情はもっと優しくなった。
不思議だなあ、ほのかはなっちを放っておけない。いつだって
笑って欲しくて、気になって。お兄ちゃんとはぜんぜん違う。

「それはそれとして、浴衣は似合ってるって言ってよ。」
「まぁまぁだ。」
「なんだい、ケチな男だね。褒めてよ、ちょっとくらい。」
「お前さ、俺が褒めないからって他所の男にきくなよ?」
「わかんない子だね。なっちに褒めてほしいの!」
「・・・危ねぇ!・・ったく油断ならねぇな・・」
「聞いてる?!なんなんだろうね?この気持ち。」
「俺は・・言わないからな!・・まだ。」

なっちはまたそっぽ向いてしまった。変な人だよね?わかんない。
足が痛いから手を繋いでもらおうと思ったら差し出してくれた。
伝わったみたいで黙ったまま手を握る。ゆっくり帰ることにした。
並んで歩く夜道は星も綺麗でふわふわと少し落ち着かない。
お月さまに10年経ったらどうなってるかなって尋ねてみた。
お願いはひとつ。ほのかの隣にはかわらずになっちがいてくれますように。








この後、送っていった玄関先で抓った頬にちゅーする予定です。
(そこまで入れられなかったので・・;)