TRAP〜夏side〜 


待ち合わせには絶対に遅れるわけにはいかない。
人待ち顔でそわそわして無駄にキラキラした顔して
着飾る必要ないものをわざわざ浴衣なんぞに着替えて
あいつは早めにやってくると見越して更に早く。

幸い間に合ったようで手を振るほのかは独りだ。
袖から覗く腕の白さがやけに目立って腹立たしい。
なんの暴力かと思う。近寄るほのかは笑顔は元より
いつもと異なる香りを纏っていると気付きくらりとする。
何もかも顔に出るヤツだから俺を期待を込めて見つめた。

”褒めろってか・・浴衣を?香りを?ひっくるめてか。”

可哀想だが言わない。(言えない)誰がどの口で告げるのか。
夏祭りの夜はあちこちでこんな光景を見かける。鬱陶しい。
しかし祭りに同伴する約束だ。番犬のごとく付き従わねば。
俺が無反応だったことに気落ちしていたほのかだったが
すぐに周囲の賑やかさに反応して瞳の輝きを取り戻した。
そうなれば今度はフラフラと危なっかしく、つい舌を打つ。
やむを得ない。空いている片手を取ると驚き見上げられた。

「なっちー?」
「ちょろちょろすんな。」
「してないよ!?」

目を丸くしているが抵抗はない。どころか途端に笑顔だ。
そんな嬉しそうに男に笑いかけるなというのだ。付け上がる。
俺はこの程度で陥落しやしないが、大抵の男に有効だろう。
ほのかはとうとう我慢できずに俺に答えを求めてきた。

「ねー浴衣新しいんだよ?」
「そうみたいだな。」
「似合うでしょ!?」
「まぁな。」

去年より確実に育ったほのかが首を傾げるとまたあの香り。
どうしてそう・・莫迦なんだ。俺にどうしろというんだ。
繋いだ手を視界から遠ざけた。ほのかの人待ち顔からもだ。
可愛いとか言ってどうするんだ。そんなあからさまなことを。
ったく冗談じゃねえ。こんな誘いに乗ってたまるか。

「あっ!あれとって!?ねえなっちー!?」
「どれだ?」
「あれあれ!にゃんこのだよ!決まってるじゃないか?!」
「・・知るかよ、そんな決まり。」

気がそれたことにほっとする。なんでもかんでも欲しがらない。
意外に考えてから要求する。その辺はよく躾けられているのだ。

「ほのかちゃん!」
「あっ・・おにいちゃん、たち。」

分かっていたが兼一と風林寺だ。避けることもできたが
成り行きに任せた。しかし気付かれる前に手はそっと離した。
相変わらずブラコンのほのかは兼一とその隣の女に釘付けだ。
ほのかの表情がどんどん曇る。風林寺は確かに上等な女だろうが
俺にはなんの魅力も感じられない。心に闇を抱えた武人という点で
似通った部分があるからだろう。だがほのかは嫉妬を含めた羨望を
明らかに奴に抱いていて、そのことで劣等感を刺激され自虐に陥る。

「痛・・」
「歩きなれないもんで急ぐからだ。」
「痛いよう、なっちぃ。」

甘えた声は涙混じりで溜息も出るってもんだ。いい加減兄から卒業して
ほかに目を向ければいい、と言いたいところだがそうもいかない。
ほのかをすくい上げると人並みから外れ、境内の端へと移動した。

「なっちぃ、おろして。絆創膏持ってるから貼るよ。」
「用意がいいじゃねえか。」
「お母さんが持ってけって。」

母親の言うことをきいたのは正解だ。このまま連れ去らる懼れを少しも
感じていないのが大問題だが。勿論俺はそんなことはしない、けれど。

「自分で出来るのか?」
「う、帯が邪魔で屈み難い上に暗い!」
「・・貸せ、俺がやる。」

ほのかの素足は夜目でも白く眩しい。跪いて見えないのをいいことに
片足を手で包む。小さくて片手で包めるそれの赤い擦り傷にも触れた。

「一応貼ったが・・歩けるのか?」
「うん、ありがと!大丈夫だよ。」

応急処置など一瞬で済んだ。立ち上がるときほのかの足元から舐めるように
見ると、ほのかは釣られて俺を見上げた。無防備で単純で当に、愚かだ。

「・・なんか付けてるのか?」
「へ・・あ、うん!わかった!?」
「止めろ、それ。」
「え?え!?いい匂いじゃない?」

驚くのも当然だろう。俺の一方的な八つ当たりと理解できずにほのかは
期待とは逆の反応にしゅんと萎れる。泣きそうなのを堪え唇を尖らせた。
どうしてわからないんだ。子供だからか?ならどうして香りなぞ付ける。
顎を乱暴にすくい上げて顔を上げさせた。俯かせたのは俺だというのに。

「?・・なぁに?顔になんかついてる?」

こんな状況にさえ疑いを持たない。呆れて殊更に虐めたくなる。

「なんでそんなもん付ける気になった?」
「友達にもらったんだよ。気に入ったから・・そんなに変?!」
「いらつく。」
「ええ!?そこまで!?」
「肝心の兼一は気付いてなかったぜ。」
「お兄ちゃんは関係ないよ。・・会うと思ってなかったし。」
「うそをつくな。会うかもしれねえから付けてきたんだろ。」
「違うもん!なっちと来るのにそんなの意味ないじゃんか。」
「俺?俺を験すつもりだったのか!?」
「ためすとかそんなんじゃ・・何に怒ってんの、なっちー!」
「うるせえ。」
「いたーーっ!?」

痕が付くくらい頬を抓ったのだから悲鳴も上がる。目尻も潤んだ。
怒ればいい。何故だかわからないのなら、せめて痛みを覚えておけ。

「暴力反対!断固抗議する!なんたる理不尽!」
「フン!お前には10年早いんだよ、男を舐めんな。」
「なっ舐めてないし!ほのかなんにもしてないのに!」

     何もしてないわけがないだろう!?

赤い痛みに染まった頬と涙の溜まった瞳から逃れるように隠した。
覆いかぶさって包む。小さい。そうだまだこんな小さな子供のくせに、
女なのだ。香りも肌も目線も誰のものでもない全てを惜しげなく曝し、
こんなことをされても俺を逆に気遣い、挙句心配そうな声で・・呼ぶ。

「・・ふぅ・・びっくりした。なっち、だいじょうぶ?」
「・・・・・じゃねえ・・」

正直に大丈夫ではないと答えた。すると慌てたように背中を摩る。
母か姉のつもりなのかもしれない。優しく撫でて俺を包もうとする。

「わかったよ、もう付けない。だから安心して!?」

頷くと更にエスカレートして撫で摩られた。余程嬉しいのだろうか。
このまま強く抱きしめて口付けたい衝動に駆られた。しかし、しない。
それは未だ叶えるわけにはいかない。ほのかは選んでもいないのだから。
俺の誘惑にも罠にも気付かず、心の中にある暗い場所を探り当てては
癒してくれる。なんてヤツだろう。世界中でお前一人に違いない。
ようやく放すことに成功すると笑った。疚しさで胸がジクジクと痛む。

「そうだ!10年経ったらいい?それまで置いておくよ。」
「・・・そんなに置いておけるもんなのか?」
「だめになってたらそんときはそんときさ。」
「いいのか、そんなんで。」
「なっちが嫌ならしょうがない。歓んで欲しかったんだけど。」
「引っ掛からねえよ、そんなトラップ。」
「?!なにそれ?」
「10年後に教えてやる。」
「気の長い話だねえ!?」

幸せそうに先を語る。10年経とうと傍にいてくれるのか?本当に。
俺からは離れられそうにないから、そうしてくれたらどれだけ幸せか。
ずっと微笑んで俺を、俺だけを見ていてくれるならなんだってする。

「それはそれとして、浴衣は似合ってるって言ってよ。」
「まぁまぁだ。」
「なんだい、ケチな男だね。褒めてよ、ちょっとくらい。」
「お前さ、俺が褒めないからって他所の男にきくなよ?」
「わかんない子だね。なっちに褒めてほしいの!」
「・・・危ねぇ!・・ったく油断ならねぇな・・」
「聞いてる?!なんなんだろうね?この気持ち。」
「俺は・・言わないからな!・・まだ。」

何度も繰り返し踏み止まる。危うく手が出そうになったなんてことは
既に日常茶飯。送り狼になるまいと己を戒めておいて、俺は手を伸べる。
そしたらやっぱり恥ずかしそうにほのかも手を伸ばしてくれる。握ると
子供がするように振って歩き出した。夜空を見上げて星を数えたりして。
見上げる月は明るい。ほのかの笑顔には劣るが、照らす光は温かで染みる。
心の中で密かに願う。ほのか、俺は隣にいて欲しいんだ、ずっと、傍に。








夏くんサイド。ほのかサイドより一層甘いですねえ!?