Touch me tenderly.(前) 


あんなにもやもやしていた気持ちが軽くなるのを感じた。
でも落ち着いて考えたらどうしてあんな約束してくれたんだろう。
”私以外のコを好きにならない”なんて。・・いいのかなぁ・・?
でもそれは沈んでいた私を引き上げてくれる浮き輪みたいな言葉だった。
私が元気がないからそんなこと言ってくれたんだってことはわかる。
嬉しくて、こそばゆくて、なんだかなっつんに引っ付きたかった。
以前なら迷わずにそうしてた。躊躇する自分が腹立たしいくらいだ。

どうしてだろう?頼もしい腕に何度も何度ももたれてきたのに。
抱きついて、頬ずりして、よく頭を撫でてもらって・・犬か猫みたいに。
なっつんもよく頬を抓ったり、引っ張ったり、小突いたりしてくれた。
痛いことなかった。いつだって楽しくなれてイイ気分だった。
今だってそんな風にしてもらったら嬉しいに違いないのに。
どきどきするようになって、そう言ってからなっつんはほとんどしなくなった。
ほっとしたくせに、なんだか寂しい。物足りないような心元ないような・・
寂しくてふっとそうしたくなっても顔を見るとやっぱりできない。
なんとかしたいと思った。なっつんに甘えてばかりいるような気がして嫌だった。


「お兄ちゃん!帰ってたの!?おかえりっ!」
「ただいま、ほのか。」

なっつんに用があって家に行けずにがっかりして帰るとお兄ちゃんが居た。
嬉しくて飛びついた。お兄ちゃんは修行を始めてから随分逞しくなったんだ。
でもそんな変化がどうであってもダイスキな私のお兄ちゃんに変り無い。

「どうしたの?修行は今日お休みなの!?」
「いや取りに来たいものもがあったんで少し時間もらったんだ。」
「なんだぁ・・じゃあすぐに帰っちゃうの?」
「そんなに急いで帰らなくてもいいから、久しぶりに買い物でも行くか?」
「えっいいの!?わーいやったーっ!!」

お兄ちゃんの腕に掴まって街を歩くのは久しぶりだった。
なっつんともよくそうして歩いたけど最近してないから余計久しぶりな感じだった。

「今日は谷本くんちに行かなかったんだな。」
「ウン・・なんか用事できたんだって。なっつんて結構忙しいんだよ。」
「でもほとんど毎日のように会ってるんだろ?よく付き合ってくれるよなぁ、彼。」
「へへvすっごく優しいもん。お兄ちゃんよか甘いよ?」
「だからって甘えてばっかいていいのか?いつまで通うつもりなんだよ?」
「ぇ・・ダメかな?だって逢いたいんだもん・・・」
「・・・おまえさ、谷本くんのこと好きなのか?やっぱり。」
「?・・なんで?嫌いなわけないじゃん。」
「や、だからその・・そういう意味じゃなくてだな・・」
「・・・・」
「おまえももう子供じゃないんだからさ、べたべたしてたら谷本くんも困るかもしれないぞ。」
「・・・してないもん、この頃は。ほのかって迷惑掛けてるの・・?」
「仲が良いのはわかるけどちょっとおまえはその・・無警戒だから心配でさ。」
「なっつんになんで警戒しないといけないの?」
「谷本くんだから僕もそんなに心配してないけどやっぱその・・彼だって男だし・・」
「どういう意味?」
「んー・・少しも言ってることわからないか?」
「・・なんとなく・・だけど・・よくわかんない・・」
「取り越し苦労かなとも思うけどな。すまん、あんまり気にするなよ。」
「・・・ウン・・・」


なんだか嫌な気持ちだった。なっつんはお兄ちゃんの親友なのに・・・
それとも親友だから心配したのかな?・・「ほのか」に注意したんだもんね。
大人になるってまだまだ先のような気がするけど、そうじゃないのかな。
「男」とか「女」ってそういえばあまり考えたことなかった。
だって「なっつん」は「なっつん」でそりゃ男だけど・・そんな風に思ったことない。
時々どきっとするけど・・あんなときと関係あるのかな。
でもどうにも現実的な感じがしないのだ。なっつんはどちらかというと・・・
お兄ちゃんとは「違う」と思う。友達だと思ってた・・けどそれも何か「違う」。
抱き寄せられたときどうしてあんなに焦ったんだっけ?そうだ、あのとき。
頭が真っ白になって、とにかく身体は勝手に抵抗しようとしていた。
なっつんはあのときほのかをどうしようとしてたの・・?


「ねぇ、お兄ちゃん?」
「ん?なんだい、ほのか。」
「お兄ちゃんは好きなんだよね?あのひとのこと・・」
「えっ!?・・・う、うん・・そうだけど。」
「それとほのかがなっつんを好きな気持ちって・・おんなじじゃないのかな?」
「・・そうか、おまえ考えたことなかったのか。うーん・・それは・・言っていいのかな・・」
「なっつんはね、『自分で気付け』って言ったよ。」
「!?・・そっか。ならお兄ちゃん言わないよ。でもそんなに考え込むなよ?そのうちわかるさ。」
「・・・なっつんはね、知ってるみたいだった。なんか悔しい・・お兄ちゃんもわかったんだ?」
「わかったっていうか・・ほのか、わからないからってそれが悪いってわけじゃないからな。」
「そうなの?・・・でも気になってしょうがないんだよ。」
「そうだな。けど大丈夫だよ、焦ることない。谷本くんならきっと・・待っててくれるよ。」
「・・それがわかるから、余計に・・気付きたいんだけど・・?」
「ふっなるほど。なんか色々わかっちゃったな。複雑だなぁ、兄としては・・」
「ほのかは何にも変ってないし、それじゃダメなのかな?」
「変ってなくはないさ。ちょっと初めてで途惑ってるだけだよ。」
「ふぅん・・お兄ちゃんもなっつんも・・もしかしてほのかのことすごく心配?」
「ははっそれは当りだ。でも信じてるよ、ほのかのこと。」
「ややこしいなぁ・・お兄ちゃんとなっつんて似てるかもしんない・・」
「そりゃあ・・どっちも「兄」だから。おまえが大切なのは一緒だよ。」
「?・・でもなっつんはお兄ちゃんとは違うよ?」
「そうみたいだな。」

お兄ちゃんは笑って誤魔化すようにしてそれ以上教えてくれなかった。
わかったことはもう「答え」を私自身もわかっているらしい、ということだ。
ただそれがはっきりと見えてないだけ、そんな感じだろうか?
私はもうあれこれ悩むのは止めようと思った。考えてわかることじゃないんだ。
私はなっつんが好きだ。それは他の人を好きなのと・・きっと違うんだろう。
やれやれ、慣れない頭使ってしまって・・あ、だから疲れたのかな!?
心配ばかり掛けるみたいだから、しばらく何も考えないでいようと結論付けた。


「なっつん、昨日ほのかイイことあったんだ。」
「そりゃよかったな。」
「ウン。たまには逢わない日もあっていいかもだね。」
「・・・昨日何があったんだ?」
「へへへー・・ナイショ。」
「・・・フン。あんなに一昨日はがっかりしてたくせに・・」
「こう見えて日々成長中ってことなのさ。」
「ほー・・・それはそれは・・・」
「あ、その顔は信じてないな!?」
「まぁ元気出たんならいいさ。」
「心配掛けてごめんよ?そうだ、なっつんにお願いがあるんだ!」
「なんだよ?いきなり」
「前みたいに触って?」
「・・・な・・;」
「ダメ?」
「・・前みたいってのは・・」
「どきどきするけど、嫌じゃないってわかったの。」
「・・・」
「なんでそんな困った顔するの・・?」
「・・・いやその・・今日はカンベンな。」
「?・・嫌になっちゃった・・?ほのかに触るの・・」
「そういうわけじゃ・・・」

なっつんがすごく困った顔をするので不安になった。イケナイことを言ったのだろうか。
どきどきするけど、以前のように髪を撫でたりして欲しかった。だから・・

「・・悪い・・」
「・・ウン・・」

私が”離して”と言ったとき、なっつんはこんなにショックだったんだろうか。
そうだとしたらどうしよう・・・一瞬殴られたみたいにくらっとした。
びっくりしたせいか涙が出た。それを見てなっつんが慌てているから止めないと。
急いで涙を拭って笑ってみせた。「大丈夫、心配しないで!」とちゃんと言えた。
なっつんは悪くない。ほのかがわがまま言ってるんだとわかるから。
辛そうな表情になったなっつんが頭を振った後、気を取り直すようにして私を見た。

「・・そんな顔すんな。今だけだ。」
「ごめんね・・ほのかまたわがまま言って・・」
「オマエは何も悪くねぇから!」
「ウウン・・なんかすごく勝手なこと言ってるし・・」
「・・・じゃなくて、その・・」
「なっつんを困らせたいんじゃないんだよ?ほのか・・なっつんのこと」
「言うな!違うんだ。今は・・オマエが嫌がっても抱きしめてしまいそうで・・」

苦しそうな視線が矢のように突き刺さって胸が音立てて烈しく鳴った。







「Touch me tenderly.」(後)へ続きます