「途惑う」 


顔に出さないのは得意中の得意、だ。
腐れ縁の輩にもほぼ隠せる自信はある。
ただ何事にも例外は存在するわけで。
色々と自覚した俺に綱渡りが始まった。
本物の綱渡りの方が余程気楽なのだが。

「なっち、これこれ。ここがわかんないんだ。」
「・・・・・・あぁ、これはなぁ・・いいか?」


ほのかは今のところ緊張もなくかなり普段が戻っている。
それはいい。あまり警戒されてはこっちもやりづらい。
しかし以前のように無闇に擦り寄られることは減っても
僅かな途惑いや羞恥をチラつかせるのは却って危険だ。
意識するなというのも無理な話、俺自身もそうなのだから。
かくして俺の演技力はほのかの前では大根芝居に等しく。


「あっわかった!そうか、こうだじょ!?さすがはなっち。」
「そうだ。わかればどうってことないだろ。」
「ウン!そだね。ありがとー!!なっちvv」


お互いの気持ちを確認し、所謂交際を始めるということを
白浜家の実権を握る母親に報告した。見た目は静かな女性だ。
ほのかに面差しが良く似た母親はすんなりと喜んでみせた。
達人に対峙するより緊張した。そして結果に安堵したのも束の間、
父親には話す機会を作るから待てと言われ、その通り従うことにした。

「それじゃあ家には・・今まで通りでいいんですか?」
「そうねぇ、自信がないようならうちにいらっしゃいな。」
「なっちはほのかよりずーっと真面目だよ、お母さん!?」
「あのね、心配なのはどちらかというとほのかの方よ?」

俺の横でむくれるほのかに母親は無闇に誘惑しないようにと
顔に似合わぬ辛辣な言葉で説教を始めた。・・居た堪れない。
娘に忠告している格好を取っているが、俺への警告なのだから。
何もかも見透かされているようで居心地は最悪だった。

今日ほのかは試験対策という大義名分を掲げてきている。
真面目なもので、サボりたがりのほのかにしては頑張っている。
危ないのは直接釘を刺されていない俺の方。残念ながら事実だ。
しかし垣根は高い方がいい。これしきで音を上げる程ヤワじゃない。
・・・つもりだが、知ってか知らずか誘惑はじわじわと加速する。

「・・・なっちさ、今日なんか変じゃない?」
「そうか?」
「なんでかな、目が合わないというか・・こっち向いてよ。」
「向いてるじゃねぇかよ。次はどれだ。休憩にはまだ早いぞ。」
「むぅ・・気のせいかなぁ・・なんだか寂しいんだじょ・・」

唇を尖らせて言うほのかに”正気か?!”と突っ込みたい。
あれほど母親に言われておきながら全く理解していないのだろうか。
とはいえ、嬉しくないはずもない。悔し紛れにほのかの顔を持ち上げた。
小さな顔だ。片手で顎からすくうと両頬までがホールドできてしまう。
ほのかは赤く染まってきた。動揺しているのだ。そう、それでいい。

「オモシれー顔だ。」
「なんですと!ちみね、可愛いほのかちゃんを掴まえてなんという・・」
「あー可愛い、可愛い。」
「可愛い言われてむかついたのは初めてだよ。あのねぇ・・!」
「もう忘れたのか?警告を。」
「ほのか何もしてないじょ。」

俺はほのかに顔をぐっと近づけた。掴んでいる顔が後ろへ引かれる。

「・・ホントに何もしなかったか?!」
「ひっついた?かもだけど・・大したこと・・」
「そんなに襲われたいのかよ。」

首を振ろうとしていたが俺が掴んでいるため思うようにならない。
否定されて少々傷つく。これは八つ当たりでほのかは無実なのに。
難癖を着けていることに気付かないバカは首を振るのを諦めると

「なんで顔、抑えてるの?」と素でわからない顔をして尋ねた。
「どうしてやろうかと思ってな。」”いじめてんだよ、ばか”
「ほのかの何がいけなかったのか教えて。」
「何もいけなくはないさ。ただ・・」

ほのかは真面目な顔で俺の言葉を待っている。邪気なくあどけなく。
幾つになっても・・そうかもしれない。可愛い。だが反面憎らしい。
俺は自分が二分されそうだった。護りたい、壊したい、その両極端に。
いつのまにこれほど参っていたんだ。気付かなかったのが不思議だ。

「なっち・・?」
「離して欲しいか?」
「えっと〜・・」
「母親の警告、肝に銘じたはずが・・逆効果だったかもしれんな。」
「なっちは何も言われてなかったじょ?ほのかばっかりだったよ。」

俺は抑えていた手を離す。ほのかは理解し難いといった顔を浮かべた。

「ほのかに何かしたい?ねぇねぇ?!」
「したい。けどしたくねぇ。」
「どっち!?」
「おまえも似たようなもんだろう?」

ほのかは驚いた顔をするもののすぐに表情を治める。語るに落ちた。
途惑っているのは見ていればわかる。俺も勿論そうなのだが。

「どうしたことかな、ほのかちゃんともあろう人が。」
「しょうがないだろ、何もかも初めてだ。・・俺もな。」
「あのさぁ・・ほのか結構悪い子なの。って知ってた?」
「悪いこと考えてんの?」
「そうなの。するなって言われるとしたくならない?!」
「そいつは悪いな。」
「なっちも今すごーく悪い顔したじょ。」
「俺はどっちかってぇと、こっちが素顔だ。」
「ふむふむ・・」
「知ってるだろ、それは。とっくの昔にな。」
「なっちの悪いとこなんてかわいいもんさ。」
「・・・その程度の認識か。そりゃまずいな・・」
「けどもっと悪い子だぞって見せてくれたらそれはそれで嬉しい。」
「へぇ、おまえそんなに俺のこと好きか?」
「ぬぬ・・まぁ・・それは・・いいでしょ!?」
「悪くない。意外に高度な誘い方でくるな。」
「さそ・・そうなの?ひっつかなくてもいいんだね。」
「中々のお手並みだ。」
「ふはは!なんか誉められてしまった。気分いいじょ。」

偉そうにふんぞり返るあたりがほのからしい。以前と違うのは
少々照れが入っている。よくわかってはいないがカンがいいので
俺が誘惑したい、されたい本音を言葉から感じ取ったのかもしれない。
相変わらず子羊のように無防備でありながら、侮れない獲物だ。
感心して眺めていると、ほのかがそわそわし始めた。
何事か見守っていると、突然俺に向って、いや唇めがけて突進する。
まるわかりだったが、拒む理由はないので当然俺は待ち構えた。
直前で躊躇い、速度ががくんと落ちた。しかし目的は微かに成功だ。

「ふふん!どーだい!?ほのかだってできるんだじょっ!?」

掠めただけだが、唇を奪ってやった並みの宣言をして勝ち誇っている。
可愛いヤツだ。真っ赤になっての勝利宣言はいいが、視線は明後日方向。
幼いアプローチなのだが、ほのかだからこそ効果は絶大だ。何せ俺は
このバカみたいに子供っぽい、俺なんかが好きなガキに惚れている。
反撃、もとい。勝利宣言に応えてやるべく俺もほのかにもう一度触れる。
さっきよりは明確に唇を揺らしてやった。まだまだ口付けの域ではない。
それでも充分ほのかにはパンチがあったらしい。固まり具合からすると。

「・・じょっ・・じょうずだ・ね。なっち・・まさか練習したりとか・・」
「練習か、いいアイデアだ。練習だってことでもう一回いいか?」
「ちょっ!?え?なにそのうまい言訳を思いついたみたいな嬉しそうな;」
「ほのか、おまえ中々やるな。こういうのなら悪い子は大歓迎だ。」
「ちゅーしたかったのは・・ほのかだからだよね?」
「そりゃそうだ。おまえじゃないと意味ないな。」
「ぐ・・言うね、ちみ。練習してないんだね?ほのかだけなんだよね!?」
「やけに拘るな?ああ、無いから安心しろ。おまえと練習したいぞ。」
「すんごく・・・開き直ってないかい?ちみ・・キャラ崩壊ってヤツでは。」
「そうだな。俺も驚いてる。で、するのか、しないのか?」
「しない。その嬉しそうな顔がめちゃめちゃコワいじょ。」
「するなと言われるとしたくなるっておまえ言ってなかったか?」
「ええっ!?う・・ん、言ったけどさぁ!」

俺が距離を詰めるとあからさまに怯えて後退しやがった。予想通りだ。
反応を面白がっている俺に気付かない。楽しいじゃないか、これって。
要するに俺は大抵性格が良くない。意地が悪いと承知している。なので

「逃げるなよ。・・そんなに嫌がると傷付くぞ。」
「だって・・うむ、それもそうだね。ごめんよ。」

素直に謝る必要はどこにもない。バカだ。バカで愛しくて変になりそうだ。
俺はきっとやに下がってみっともない顔をしている。芝居どころじゃない。
隠せなくて当たり前だったんだ。隠したいと思わないのだから。ほのかには。
しかし余計なプライドや、ほのかとは別の羞恥心が自己防衛しようとする。
つくづく自分が嫌になる。だがほのかは手放すことなどできない。

「嘘だ。すまんがからかったんだよ。あんまりおまえがバカだから。」
「ウソってどれがウソ?バカは酷いじょ。んん?じゃあ練習しないの?」
「そんなにおまえ期待したのか?」

まだ逃げ腰で俺と距離を保っているにも関わらず、ほのかは顔を赤く染めた。
期待してくれたらしい。どこまでも俺にとって嬉しい態度に胸が熱くなる。

「き、期待したって・・ほのか悪くないもん!・・たぶん。」

悔し紛れの台詞が泣かせる。可愛すぎるだろう?やっぱありえないバカだ。
俺はこのバカでどうしようもない生き物が愛しくて愛しくておかしくなりそうだ。

そうっと近付いたらやはりびくっとして怯えた。
けれど構わずに間合いを狭め、ほのかを間近で見詰める。

「なっち・・?」
「なんもしないから・・抱かせてくれ。」
「だっ・・ちゅうは?」
「していいならする。けどそれより抱き締めたい。」
「う・・ん、いいとも。」

ゆっくりと、これ以上できないほどゆっくりと抱きかかえた。
幸せで蕩けそうだと包み隠さずに。ほのかは俺を抱き返してくれる。
少し力を込めてもほのかは嫌がることもなく身を任せてくれた。

俺は今度こそ途惑う。釘は効果なしだ。あまりにも呆気ない敗北。
プライドなど砕け散った。ただの愚かな男に為り下がる。そして・・
そんな俺に「好きだよ」と囁いてくれる唇を優しく包んだ。







ブレーキ壊れたらしいですが、次からどうする!?って話。
また続くと思われます。(苦笑)「焦る」かな、次回は。