TOKIMEKI 


しばらく会えないことになって、ほんの数ヶ月。
たったそれだけ会わなかっただけだというのに、
再会したとき随分大人びたと感じた。途惑う程に。

少女の成長を見逃したという意味では、数ヶ月は長かったのだ。
話し方も笑顔も、子どもっぽい仕草も以前と同じようでありながら
確かに少女は変わっていた。どこからどう見ても・・子どもに見えないのだ。

「も〜・・長かったよ。一体何しておったのかね、ちみは〜!?」
「・・・色々だ。」
「浮気とかしてなかっただろうね!?」
「浮気ってなんだ。オレは遊びに行ってたんじゃねぇぞ。」
「ちなみにね、ほのかはびっくりするほどもてておったのだよ。何回も告られたりして。」
「そのうちの誰かと付き合い出した・・とか言うんじゃない・・だろうな?」
「まさか。ほのかにはなっちがいるでしょうが。」
「・・・オレとオマエって・・そういうんじゃなかっただろう・・?」
「はは・・そうだった。けど皆お断りしちゃったよ。」
「まぁ・・話をしてみりゃ中身の方はたいして変わってないな、オマエ。」
「えっほのか見た目変わった!?時々言われるようになったけどよくわかんない。」
「・・・少しだけな。(いや実際はかなりだが)」
「そうかぁ・・妙だねぇ?まぁいいや。それより帰ってきてくれて嬉しいよ。」
「・・・オレの代りに誰か・・他の誰かにわがまま言ったりしてなかったか?」
「そうなんだよ、わがまま言えなくて困ったさ。遊びに行くのも不自由だし。」
「不自由?」
「お父さんがダメだってばっか言うし、たまにOKでも一人だとナンパされるしさ。」
「なっ・・どこでそんなことされてんだ!?」
「えっ・・だから出かけた先で声掛けられたり・・逃げたよ、全部。」
「驚かせんなよ・・もう一人でどこも行くな。オレが連れてってやるから。」
「おお・・助かります、お兄様。」
「オレは兄じゃねぇ。それもやめろ。」
「?・・ウン、わかった。」

ほのかは大きな目に長い睫で数度まばたきをした。不思議そうに小首を傾げながら。
急に口やかましい父親みたいなことを言ったからだろう。しかし・・心配になったのだ。
俄かにほのかの父親に同朋意識のようなものが芽生えた。年頃の娘なんて心配だらけだ。
子供にしか見えなかったからこれまではそれほどそっちの面で気遣いをしていなかった。
しかしもう安閑としてはいられない。誰がどう見てもほのかは・・子供には見えないのだから。
そう確信した途端不安がもたげる。オレはこれまでどおりに振舞えるのだろうか。

「なっちぃ、早く帰ってオセロしようよ!久しぶりにさ。」
「あ、ああ・・」

ほのかがそう言ってよくするようにオレの腕に自分のを絡ませた。
そんなことはしょっちゅうで、慣れていたはずだったが動揺した。
図らずも以前より数段柔らかさを増した部分まで体感してしまった。
振りほどきたかった。しかしそれではほのかが驚く、というより訝るだろう。
説明を求められても困る。耐えるべきかどうかオレの中で葛藤があった。

「ほのか、少し・・離れてくれ。歩きにくい。」
「え?なんで?!」
「少しでいいから。頼む。」
「・・??・・変なの。まぁいいけど・・」

眉を顰めてはいたが、ほのかは素直に押し付けていた体をふっと浮かせてくれた。
顔には出さずに済んだ。しかし慣れた帰り道が気が遠くなりそうなくらい長く感じた。
ようやくたどり着いてからもそんな日常に潜んでいた様々な場面で焦らされてしまう。
その晩は寝付けなくて苦労した。昼間のほのかがでしゃばって気が散って仕方なかった。

運の悪さか翌日は休日だった。つい以前と同じようにほのかと出かける約束をしてしまった。
意を決して待ち合わせた場所にほのかが来るなり、オレを苛立たせる事態を引き連れていた。

「・・アイツ・・」

見つけてすぐに近寄りほのかの手を取った。驚くほのかに構わず隣の男を睨みつけた。

「どこの誰で何の用だ。」

オレの一睨みで男は道を思い出したからと言って逃げていった。

「・・行っちゃった。あんなに道教えてってしつこかったのに。」
「バカかオマエは!?」
「ええっ!?藪から棒になんだい!?」
「あれもナンパだ。そんなこともわかんないで男引き連れて歩いてきたのか!」
「あ・そうなの?!ついさっきそこで道聞かれたんだけれどね。」
「オマエ・・・もうちょっとなんとかしろよ、その無警戒を。」
「でもあの人別に変な感じはしなかったよ?!」
「これからは家まで向かえに行く。いいな。」
「・・あのさ、なんで?昨日からなっちおかしいよ。」
「そうだな、オレもそう思うぜ。」
「心配・・してる?」
「ついでに言わせてもらうが、その服・・丸見えじゃねーか!」
「丸見え?何が?」
「目線がオレくらいの奴ならオマエの胸元が丸見えだと言ってんだ。」
「え、そお?・・まぁいいじゃん。ブラしてるしさ。」
「予定変更だ。家帰って着替えて来い。」
「そっそんなあっ!?わかったよ、上からニット羽織るから。」
「そういうもの持ってんなら家から着て来いよ。」
「これは映画館で寒いといけないからってお母さんが・・こんなとこで着たら暑いじゃないか!」
「・・・暑いくらい我慢しろ。」
「もう・・どうしちゃったのかな・・前より過保護になってない!?」

映画なんざ少しも内容を覚えていない。・・疲れた。ほのかの横顔ばっか見てた気がする。
怖い場面で手なんか握ってきやがるし・・・はぁ・・なんでこんな消耗してんだ、オレは。

「や〜面白かったね!?手に汗握る展開だったなぁ〜!!」
「・・よかったな。」

帰り道、ご機嫌なほのかはふわふわと漂うように歩いた。スカートの裾を揺らして。
思わず目がほのかを追っていたらしい。気になったのか、ほのかがオレに尋ねてきた。

「ほのかのことなんでそんなに見るの?」
「・・別に・・なんか変わったなと・・」
「なっちの方が変わったよ。どっちかっていうと目を反らしたりすることが多かったのに。」
「そうか・・?」
「手だって・・あんなに強く握ったことなかった。ちょっとびっくりした。」
「・・あれはオマエが怖がったから・・」
「映画のときもそうだし、人ごみでもなっちから掴んで引っ張ったりしたじゃない。」
「・・痛かったんならすまん。」
「・・ウン・・いいけどさ・・」

ほのかは俯いて少し頬を赤らめた。なんでそんな・・そんな顔も前はしてなかっただろう!?
どうしてだ。うんざりするくらい毎日顔を突き合わせて、それでも和ませてくれてはいた。
ほのかは大切な少女だった。以前からずっと。けどそれ以上に何かが変わってしまった。
大体オレのいない間になに成長してんだよ!?・・と勝手極まりない文句も出てきそうになる。
ほのかの言う通りオレも変わったのかもしれない。しかしそれはオマエのせいじゃないか。
こんな気持ちを抱いたことはなかったはずだ。なのに今は確かに・・感じている。

「あのさ・・でも今日はなんだか・・なっちのカノジョになれたみたいで・・ドキドキした。」

またそんな顔して。オレをどうするつもりだ。そしてオレはどうしてしまいそうになってんだ。
まだ隠しておきたかった。こんなにあからさまにオマエを独占したいと思う気持ちなんて。

「なっちとほのかは・・そんなんじゃないのにね!?」

その言葉が”そうなりたい”と聞こえてしまう。都合良く考えすぎているのだろうか。
嬉しさと間逆の想いの両方がオレを揺さぶる。オレがこのまま一歩踏み出せば関係は変わるのか?
どうしたいんだと昨日からずっと自分に問いかけてきた。回答はどちらもオレを誘惑した。
オレが迷っている間にほのかはすぐ目の前に来ていた。思わず抱きしめそうになって拳を握った。

「なっち、ほのかは何にも変わってないよ。」
「・・そうかもしれんが、オレには変わって見えるんだ。」
「カノジョになりたいって思うけど、ならなくてもいい。」
「どっちなんだそれ!?」
「なっちもそうなのかなって思ったんだけど・・違うの?」
「オレとオマエとでは・・違う。」
「違っててもいいよ?」
「よくはねぇだろ。オマエは簡単に言うけどちゃんとわかってんのか?!」
「なっちは何にイライラしてて、何を怒ってるの?!」
「オマエのことを・・がんじがらめにしてしまいそうなんだよ。」
「そんなに心配!?・・ほのか信用されてないの!?」
「・・・・それは・・」
「ほのかね、なっちのこと世界一好きだと思うんだ。」
「?!」
「だからなっちはほのかじゃなきゃダメなんだって思いたい。」
「・・・」
「でね、なっちもほのかはなっちじゃなきゃダメだって思って欲しいんだ。」
「そんなこと・・・そのまんまじゃねぇか。・・今だって。」

ぽろりと本音が滑り落ちた。言っておいて急に恥ずかしさが込み上げた。
ほのかも似たような恥ずかしげな表情になったから余計顔が熱くなった気がした。

「なんだ・・じゃあどっちでもいいね!?」
「どっちでも・・いい?」
「変わっても変わらなくても。」

急に綺麗になって焦った。悔しかった。オレのものじゃないのに、そんな風に思っていたから。
大人になるならオレの眼の前でと望んでた。他の誰にも渡すつもりなんか・・全くなかった。

「なっち!手繋いで。」
「なんだいきなり。」
「腕組んだら嫌がるかと思って譲歩してみた。」
「・・・・」

ほのかが指し出した手を握った。小さくて柔らかくて温かくて優しい。
包み込むと照れたように笑って前を向いて歩き出した。釣られてオレも足を踏み出す。
格好悪いなと思った。こんな少女に引っ張られて、諭されて、夢中になってる自分が。
歩調はほのかに合わせてゆっくりだった。昨日の帰り道のように焦りは感じられない。
今日は緩やかなほのかの歩みが心地良い。昨日のオレは引き留めたかったのだと気付いた。
ほのかが他の女よりずっと子供っぽくて無邪気なことを密かに喜んでいたんだ。
それだけ長く一緒に居られる気がしていたのかもしれない。兄のような存在として。
いつかそれでは満足できなくなると・・わかっていたからだ。

「ほのか。」
「なぁに?」
「腕組んで歩いてた以前と今とじゃ、違うか?」
「え?・・えっと・・そうだなぁ・・ドキドキ感が増したかも。」
「そうか。」
「どうしてそんなこときくの?」
「オレだけが・・そう思ってんのかなと・・・」

ほのかが驚いて見せた顔は初めてみる表情だった。振り向いたと同時に足が止まった。

「やっぱりなっちの方が変わったんじゃないの!?ほのか・・どうしよ!」
「どうした!?」
「こんなドキドキするの生まれて初めて。胸が潰れそう・・」
「オレのいない間に変わるなよ。」
「・・どうして?」
「今まではオレがアニキの代りにオマエを護りたいって思ってた。」
「う・うん。・・うれしい。」
「昨日からオレはおかしいってオマエ言ってたな。その通りだ。」
「え?!変わっちゃった・・ってことなの?」
「アニキの代役になりたかったんじゃないって・・わかった。」
「!?・・・うん・・もっとうれしい。」

「それでもいいか?」
「もちろん。変わってもいいよ、それなら変わって欲しい。」
「なんでオマエにこんなこと思ったりしてんだって・・焦ってたみたいだ。」
「こんなことってなに?」
「やたら緊張したり動揺したり・・」
「そうなの!?わかんなかったよ。ほのかだけドキドキしてたのかと思ってた。」

オレが笑って手を強く握り締めると、ほのかがまた赤く染まった。
これまで通りになんて有り得ない。以前よりずっと・・・愛しいと感じる。

その後ほのかを家まで送って帰った。手を繋いだままで。
おしゃべりなはずのほのかは黙り勝ちで、時折オレの顔を覗く以外前ばかり見ていた。
オレもほのかも何も言わなかったが、二人共確かに変わったことを掌から感じていた。







恋人へと第一歩を踏み出しました。