ちいさな恋人  


「う〜ん・・」

わりと思考と行動がストレートにリンクしているほのかが
何やら頭を悩ませている風であることには当然気付いていた。
だが藪を突きたくない夏は素知らぬ顔で読書に耽ってみせる。
放っておいたところでそのうち悩むのに飽きると承知してもいる。
そう観察していた夏の目の前で突然パンとほのかが両手を鳴らした。
こちらへと移動してくる間、夏は不動だった。読書中なのが建前だ。
ほのかは無遠慮に夏の手にある本の開いた背へ人差し指を入れると
ぐいっと手前に引っ張った。夏の視界から本は下方へスライドして
ほのかの顔が前面に現れる。強引な方法で読書は中断させられた。
その程度は予想の範疇である夏は黙ったまま次の行動を待った。

「なっちー、お買い物に連れてって。」

ほのかが言い出したことは特に珍しくも困惑することでもないが、
どこに行きたいんだと尋ねてみると少し意外な返答が返ってきた。

「ホームセンター・・か大きめの家具屋さん。」

訝って何しに行くと問えば間抜けなことを訊くものだと嘆息された。

「そんなの買いたいものがあるからに決まってるじゃないか!」

問答を諦めた夏は本に栞を挟んで立ち上がると車のキーを取る。
何も言わずに居間を出て行こうとする夏にほのかは機嫌良く従った。

欧州家具の大型販売店へやってきたほのかの目的は椅子、らしかった。
それも腰掛けるのではなく踏み台として使用するのだとほのかは言う。
そんなものを態々買わずとも夏の家には脚立も存在すると知っているはず。
なのにほのかはこれでもない、こっちはどうだと品定めに余念がない。
好きにさせておくのが一番波風が立たない。夏はほとんど亭主の心境だ。
ただ他の女はいざ知らず、ほのかは比較的買い物は手早い方だと夏は思う。
目的達成までさほど長引かず、今回も付き合うのに苦痛ではなかった。

「よっし!これ。これに決めた。なっちー、これ買ってくれる?」
「構わんが・・俺が買うのが当然って態度はお前にしちゃ珍しいな。」
「あ、うん。悪いけどこれはなっちの家に必要なものだからさ、ね?」
「ああ。そんでこれ、俺の家の一体どこに置くんだ。」
「一番必要なのは居間かな・・台所は代用品があるからね。」

台所にある椅子は高い棚からほのかが台所用品を取り出す際に使う。
但し本来の目的にはめったに使われない。夏がいれば不要だからだ。
なのでその椅子は夏が料理するのを横で監督(?)するのに用いられる。
そんなことを思い浮かべながら夏は次に居間の様子へと想像を移してみる。
高い位置にある調度類はほのかもめったに手を伸ばすことはない。なので
現在は壊されたくないものが置かれている。ソファに肘掛け椅子、足置き。
特に踏み台を必要とする場所がなく、ほのかの意図に思い当たらない。
結局帰宅しても疑問は解けず仕舞いだった。

「どれ、具合を確かめようかなっと・・」

夏の自宅に舞い戻り、早々に包装を解くとほのかはそこに足を乗せた。
ポンとほのかの体全体も続けて乗っかると、手を振って夏を呼び寄せる。
夏と対面したほのかは当ての外れた顔を浮かべ、おかしいなと首を傾げる。

「おやぁ・・?・・なっちぃ、もしやまた背が伸びた?!」
「さぁ、わからん。」
「むう・・外で確かめるわけにもいかなかったしなぁ・・」
「何がしたいんだかそろそろ教えろよ。」

ちょっと不機嫌になった夏の首にほのかがスルッと両腕を伸ばした。
いつもとより近くでほのかがにっこりと微笑むと夏はふと思いつく。
もしやそういうことかと見当付けると笑顔が至近距離で綻んだ。

「わーい!!なっちが近くていい感じ〜!」

可愛らしい顔を摺り寄せるほのかの腰に手を廻し、夏は両腕で掻き抱く。
少しはにかみながらほのかは目を閉じた。どうやら”当り”らしい。
夏に差し出された桃色の唇に唇を重ねる。甘い溜息が隙間から漏れ落ちた。
押し付けあった唇はくっついては離れ、離れてはまたと何度も繰り返す。
ちゅっと音を立てた長めの接触を区切りにようやく通常の距離へと戻った。

「・・・こんなものなくたって抱き上げてやるぞ?」
「そうじゃなくてほのかからしたいときに困るの。」
「・・?」

すんなり飲み込めない夏にしょうがないなぁと溜息交じりで返される。

「ほのかからちゅーしたいときにさりげなくできないでしょ!?」
「・・椅子持ってうろうろするつもりなのか?全くさりげなくねえが。」
「ソファとかあればそこに乗っかる。問題は外、外でしたいときだね。」
「はぁ・・」

納得できるようなできないような、夏は困惑を隠さずに表情で示した。

「飛びつくのもバレバレだし・・どうすればさりげなく奪えるのかなあ・・」

どうやらほのかは夏の不意を突いて唇を奪いたいということらしい。
そしてそれは夏から普段されていることへの意趣返しでもあるのだ。
妙な対抗意識を持たれたものだが思わず頬を弛める程には可愛い真相だった。
夏の腕の中でどうしたものかとほのかは思案中。つまりこの踏み台ツールは
一つのお試し企画に過ぎず、完璧な解決策でもないことも夏は理解した。
苦笑が漏れてしまい、ほのかがそれを咎める目で見たので慌てて誤魔化す。

「どうせ”しょうもない”とか思ったんでしょ!?フンだ!」
「いや・・したいってことを俺が察すればいいんじゃないのか?」
「逆だよ!わかんないままでびっくりさせたいのさ!」
「しかし俺に気付かせないままってのは無理があると思うぞ。」
「だからあれこれ悩んでるんじゃないか。ちびの苦労を舐めるなあー!」
「俺が座ってるときを狙えば?」
「そんなのいつもしてるし面白くないよ。」
「そりゃあ・・・困ったな。」
「ね!?でしょでしょお!?」

夏までもが思案顔になり、うーむと首を傾げ出すとほのかは愉快そうに
頬を抓ってみたり耳を引っ張り始めた。夏はされるがままで無反応だ。

「あークヤシイのう!にくたらしいからいっぱいちゅーしちゃうぞ!」

ほのかが夏に再び唇を突き出すとそれを避けるようにして頬にリップ音。
自らは空振りした上に頬を奪われたとあってほのかは闘志を燃やした。
がぶりと首に噛み付いてみる。ところがやっぱり夏は涼しい顔のままで
お次は耳に噛み付いてみた。しかしこれもまた同様。しからばとほのかは
夏の顔をがっしりと両手で固定して今度こそ夏の唇目掛けて目的を達した。
勝ったとばかりに重なったほのかの唇が微笑みの形ににやりと歪む。

「ふふーんvこうなったら当分なっちからはさせずにほのかが奪うのだ。」
「それより俺の悩みの方も考えてみてくれないか。」
「え、なっちも何か困っていたの!?」
「ああ、そりゃもう相当困ってるぜ。」
「なんなの?言って言って、ほのかに打ち明けなさい、さあっ!?」
「最近何度もキスから先へのお伺いをスルーされていてだなぁ・・」
「へ・・?」
「俺はいつまでお前の誘惑に耐えて我慢してなきゃならない?」
「っいつさ!?いつお伺いなんて!?知らないよそんなの!!」
「このところキスする度にだ。」
「うそ!どこでどうやって!?」
「実践していいなら、するが?」
「うん、いいよ・・・って!?」

ほのかは夏に抱かれた状態のままだが一応踏み台の上に足は置いていた。
その踏み台を夏がコンと足で蹴り倒してしまい、ほのかの体は宙に浮く。
慌てずとも夏は落としたりはしない。ただ、そのままの状態で歩き出した。
ほのかはバタバタと足をばたつかせ、夏に待てと停止を願うが却下される。

「い・いやーな予感がするんだけどっ!・・ねぇなっちってば待って?!」
「嫌なのか、そうか・・それはそれでへこむがしょうがねえ。」
「イヤっていうかほら、あの・・その、下着がね、今日あんまり可愛くな」
「ふ〜ん・・一応見るがそれはどうでもいい。」
「なっちいいいっ!その笑顔がコワいんだよ!ねええっ!!?」
「心配するな、嫌なら無茶はしねえから。」
「うわあああっする!その顔はやる気満々だよ!?ちょっとへるぷみーっ!」

ほのかは大層慌てているが、勿論夏は怒っているのでもなんでもない。
単に可愛らしい真相と繰り返した口付けですっかりその気になっただけだ。
ここは一つじっくりと味わい尽くしたい。この際はっきりとしたお伺いを立て、
鈍い恋人にそろそろ待ってる立場も辛いのだと訴えてみるくらいはいいだろう。
最後までいただこうという不埒な期待はほんの少ししかない。ほんの少しだけ。
身の危険を感じて抵抗しているほのかにしても、実はこれっぽっちも期待してない
かというとおそらくすこーしくらいは期待がないといえなくもないという状況で。

まぁ小さな悩みを抱える恋人同士がその手の相談をし合うとなれば
大抵結果はこのような成り行きになる。要するにありがちなことだ。


「そうだ、いつでも不意を突いていいぞ?ここでなら。」
「そういうなっちだってそうするつもりでしょおっ!?」
「当然だろ。」
「ベッドの上なんてひきょーだよう〜!!」


わりと嬉しそうな声で叫ぶほのかに嬉しそうな夏の手始めのキス。
呆気ない幕切れ。代わりに充満するのは案の定お互いの吐息だった。








あほらしい話を・・書いてやったぜ!ええい恥ずかしいやつ等め!(><)