Timing  


それはそもそも好きな女限定の話だったのだ。
嫌われたり引かれたり、要するに外したくない。
だがバカ正直に宣言するのもどうかってこと。
気付くとそれは武道に通じるところがあった。

ほのかは普段単純でコドモな様相を呈しているが
いざ付き合ってみれば意外にコドモではなかった。
寧ろ年上にもかかわらず俺の方が振り回されている。
問い質すのは気が引けるのだが、本当に無意識なのか?


ぱたぱたとやってきては唐突に「ちゅーして」とくる。
どうもほのかなりのきっかけがあっての要求らしい。
気が済めばいいらしいので軽く触れる。大抵それでいい。
偶に難しい顔をして「ちゅーしたいから屈んで」とくる。
言い出したらきかないので何かしている最中でも屈んでやる。
しかし、するからね?と確かめて一、二の、三はどうなのか。
気合を入れてくれるのはいいが、それは込めるべきことか?
どちらかというと、嫌なことを手早く済ます場合じゃないか。
と、俺は少々ほのかの意図に疑いを持っていた。

「なっちはほのかにされるのってキライ?」
「お前こそなんでいつも一二の三なんだ?」
「緊張するんだもん。なっちはしないの?」
「しなくはないが・・お前のはなんか嫌そうだぞ。」
「嫌ならするわけないじゃんか。ヒドイ誤解だよ。」
「そうか・・ならいいが・・」
「なっちはいつしたくなるのかわかんない。」
「へ・?・・そういうお前はどうなんだよ。」
「・・・ほのかいつでもしたい。ガマンできなくなるから・・」
「くるのか。なるほど・・・なら今からしていいか?俺から。」

こういうことは経験値がものをいうと一般人は思い勝ちだが
そうでもない。武道のセンスと似ていてこれは個性の問題だ。
例えば虚実でいう虚を使えないほのかの兄なんか下手だろう。
行為そのものの技巧のことではなく、タイミングの話だが。

女だって空気の読めるヤツとそうでないヤツはいるはずだ。
ほのかはというと意外と読めそうだがそこは経験の無さで
試行錯誤してるんだろう。努力というかその辺りは健気だ。
一方で俺はというと、間を取るのも外すのも実は得意分野だ。
武道においてそれは生死にも関わる重要なファクターでもある。
そういう意味では緊張する。慣れの問題であるほのかと違って。

俺からすると言われたほのかはちょっと驚いて頬を染めた。
この時点でかなりウレシイのだが、怖ろしいことに俺は顔に出ない。
善悪はともかくほのかと逆で感情表気を抑えることが染み付いている。
嬉しそうに上向いて目蓋を下ろすほのかの必殺的な可愛さにも平静だ。
まぁ、心中はかなりメーター上がっているのは事実なんだがな。

「お前に倣って一、二の三、でするぞ、いいか?」
「えっ?!うん、いいよ!どーぞっ!?」

ほのかの額に人差し指を押し当て、少し顔の角度を修正する。
素直だと何をしても疑わずに身を任せるからキケンだなと思いつつ
それも自分の為だけだと思えば満足となる。男は身勝手な生き物だ。
ほのかは促されるまま上向いたので僅かに唇の緊張が解れた。
顔を近付けながら小さな声で「いち・・」とだけ声にして数える。
当然だがその後のカウントはしない。二で唇を重ねてしまうから。

身構えていた体がびくっと反応する。呆気なくほのかは弛緩した。
予想を覆すと一瞬だが緊張は解けるものだ。誰でもそうだが、
ほのかも驚いて思わず口元も弛んでいるので舌を入れやすい。
解けた緊張はまた再び襲うので、勿論その前に体を固定してやる。
抱きすくめるとほのかの喉がきゅっと音を立てる。堪らなく可愛い。
しがみつく手と睫の震えを視界に収め、名残惜しくも目を閉じる。
閉じて堪能する。目を閉じた方がその他の感覚が増す。全身が目となる。
こんな風に簡単にタイミングが計れたら苦労はないのにと思ってしまう。

ほのかのようにガマンの限界で求めるという素直な行動ができたら、
重ねるのはこんなにも簡単で、なのに触れるのに躊躇してしまうんだ。
理由を探してしまうのかもしれない。欲していることを誤魔化したい。
したいと言ってくれるほのかに甘えて、自らに言い訳してるってこと。
済まない。不甲斐無い。俺はお前にどれだけよく思われたいんだろう。
愛しさに身を任せてしまえるなら、閉じ込めて終日こうしていたいのに。

”教えてくれよ、素直になるには どんなタイミングが必要だ?”

まだ挨拶程度しか教えていなかったキスを勢いで数段階進めてしまった。
すっ飛ばし過ぎだと俺自身に突っ込んだがもう遅い。溺れるように縋る。
きっと離したら気まずいだろう。泣かれるか、それこそ引かれてしまう?
それじゃあ何のための遠慮だったのかってこと。本末転倒も甚だしい。
恐る恐る、犬なら尻尾を挟んで項垂れてる格好を自覚して目を開けた。
ほのかは紅く染まった頬に目覚めたばかりのような蕩けた目をしていた。

「その・・調子に乗った。大丈夫・・か?」
「・・・・ぇ・・ぁ・・ぅ・・うん・・・」

力が抜けすぎてふにゃふにゃの体を抱えなおす。ヤバかったか!?
これでも押し倒しコースへ行く前で踏み止まったんだと言うべきか。
そうだよな、いきなりだ。俺が悪い。相手のことがわからないからって
探る方法は他にもあったはずだ。欲に負けたオオバカヤロウ確定だ。

「ほのか、許せ。もうしねぇから。」
「は・えっ!?なんでっ?!」
「?なんでって・・お前・・」
「ちからぬけたの・・ごめ・・へいきだし!」
「声まで力入ってないぞ!?」
「らって・・うう・・なんか恥ずかしくなってきた・・!」

言葉通りにほのかは顔中が更に紅くなり、身を捩って隠そうとする。
いや、お前それカワイイし、反省してんのに火に油みたいなアレで!
どうすべきか頭が白くなるというのはこういうことかと思い出す。
日頃の俺の行動からは想定され難い事態陥って混乱と動揺が襲う。
ああもう・・・女に惚れるってのはもしや究極の修行じゃないのか。
試されても何をされても転がっているのは外側から見ていた理性の皮。
知らなかった本質を曝け出されて、残る愛しさに立ち竦むばかり。

「なぁ・・ほのか・・顔見せろよ。」
「・・もうほのか数なんか数えない。なっちズルするんだもん!」
「ズルじゃねぇよ、あれは。・・常套手段っつうか、ごく普通・」
「どうせほのかは単純だよ!簡単なお子様だよ!なっちの意地悪〜!!」
「泣いてんのか怒ってんのか・・嬉しそうに見えるのって気のせいか?」
「なんか口惜しくて泣ける。怒ってないよ、なっちがすきだよおおお!」
「おっまえ・・・俺を殺す気だな!?」

もうタイミングがどうとかどうでもいい。引かれても怒っても・・
どうとでもなれ!・・なんてこと思ったのも初めてだぜ、バカヤロウ!

「既に致命傷で数回死んでておかしくねぇ、お前は責任取れ、畜生!」
「なんなの?ナニこれ逆ギレ?なっち、目が、目がコワいんですけど」

追い詰められたら誰でも防衛本能が働くものだ。生き残る為必須の。
だから今ほのかが怯えるのは無理からぬところだが、少々違う点は
俺も例外なく追い詰められてるってこと。必死だとわかっている。
眼の前の女を逃したくない想いと、俺だけのものにしたい欲望と
その他諸々が葛藤中で。・・・・・マズイ、この展開は良くないぞ?!
状況を打破しようとしても算段がつかない。冷静さが失われてるんだ。
こういうときは・・どうする、夏!?

「ほのか、俺を思いっきり殴ってくれないか・・?」
「なんで!?」
「じゃねぇとお前が危ないんだよ。わかれよ、そこは!」
「危ない・・ような気がするね、確かに。よーし、わかった。」

腹を括って再び目を閉じると、ほのかが一呼吸置いて「いーち、にーの・・」

三、で唇はまた柔らかな感触に包まれた。ほのかは殴らなかったのだ。
(殴るより殺傷能力は上だったかもしれない)俺は死ななかったが。

「まねっこしてみた。なっちー?目を開けてよ、まさか寝ちゃったの?」
「ここで眠れるヤツは男廃業だ。」
「・・・意味がわかんないよ!?」

効果はあった。絶大だ。俺は抜け殻のような体をそのまま後ろへ倒した。
確かソファがあったはずだ。おかげで後頭部強打は免れた。やれやれ。
ほのかは自らの攻撃で今度はぐったりと横になった俺に慌てる番だった。

「わーっ!どうしよう、どうしちゃった!?ほのかちゅってしただけだよ?」
「・・・やられた・・・も、立ち上がれねーかも・・・」
「そんな!ほのかに弱すぎじゃないかい!?なっち、起きて!」

俺を揺すって泣きそうな声。バカだな、どこまでもお前は俺を・・

「ねぇもう一回したら起きる?お姫様みたいにさ。」
「起きた。それだけは拒否する。」
「わっ!起きた。お姫様イヤなの?!きすがイヤ?」
「これでも”王子”なんでね。女役は御免蒙る。」
「王子はほのかすきじゃない・・それにさぁ、なっちは王子様じゃないよ。」
「あ、ああ。そうだったな。」
「ずるくてえっちで怖がりなひとがすきだよ、なっちぃ。」

ここにきてそんな大技というか必殺ワザを繰り出してくるんだからな。
お手上げだ。元より勝てるとは思ってないが一応の意趣返しはしておく。

「男前でバカみたいに俺のこと買ってるキスの下手な女が大好きだぞ、ほのか。」

ほのかが文句やら悲鳴やらを返したら、それで今回は良しとしよう。
負けるが勝ちってこういうことか?ほのかとの修行が楽しくて堪らない。








あめ〜っ!><・・・しょっぱいもの食べたくなる。