「The first position」 


「わぁっ!!たっかーい!!」

肩の上で上機嫌の少女が跳ねるのを危ぶむ。

「こらっ、暴れるなよ、落ちるぞ!」
「そんなにどんくさくないよ、ほのかちゃんは」
「こっちは脚しか持てないんだぞ。」
「もし落っこちてもちみが居るじゃん。大丈夫さ。」

忌々しい奴だ。いっそ振り落としてやろうか。
こいつは出逢ってから何度もオレに真っ向勝負を挑んできた。
腕力なら勝負にならないが、こいつはある天才を持っている。
特にオセロの腕といったら・・このオレに連敗記録を作りやがった。
オレの勝負へのこだわりもこいつの前では絶好の手段になってしまう。
逃げるのもましてや負けることはオレには出来ないことだからだ。
約束も信念もあざ笑うかのようにオレはこいつに負け続けてきた。
いつしかこいつのわがままや希望を叶えてやることが日課で。
そんなガキのわがままを叶えてやる日々は初めのうちは屈辱だった。
だが今は少し違う。諦めもあるのだが、それ以上のものに変ったのだ。
理由としてはいくつかある。一つはこいつに少なからず尊敬を抱いていること。
鮮やかに翻るオセロの盤上の白と黒を見ていると実は少し小気味良い。
絶対に言わないし、いつか勝つと誓いながらも心のどこかで、
小さな手が魔法のように黒いコマを白く変えてゆく様に見惚れていたりするのだ。
そんな心の底に隠した敬意など、示してやったりは決してしないが。
もう一つはこいつが妹とは違うってことだ。
いつの間にそんな風に思うようになったのかわからない。
オレに向けられる無邪気な顔も真直ぐな優しさも
何もかもすべてがオレに忘れていたことを思い出させてくれた。
オレよりずっと強くて美しい心を持っている。
無自覚に甘えてくる身体ごと全部包み込めたらと気が付くと願っていた。
何故だかとても自然に、まるで当たり前であるかのように。

「よく見えるよー!いやぁ〜、絶景、絶景!」

遠くの夜空は音立てて赤や緑の閃光が彩る。

「花火大会行けなくてもここから見られてよかったねぇ!」

暢気なもんだ。こいつの言動は普通よりかなり子供だと言わざるを得ない。

「・・・よかったな・・」
「わー、たーまやーっ!すごいねぇ、金色のが綺麗だねぇ!!」
「あんま動くなってつってんだろ、こら。」
「だって、高いし、綺麗だし、いい気分なんだもーん!」
「ハイハイ・・」

少しはオレの苦労もわかって欲しいものだと思うときがある。
たまに大人びた横顔を見ることはあるが、態度は昔と変らない。
オレのことを兄か何か都合のいい者だと思ってやがる。
高校生になってちょっとは女らしくなるかと思ったが空振りで。
「つっ、髪を引っ張るなよ!」
「あ、ごめん。興奮しちゃってさ。なっつんの髪って猫っ毛だねぇ。」
「それはおまえだろ、オレはそんなでもねぇ。」
「そっかな?やらかくて気持いいね。あっ、そんでよくほのかの頭撫でるの?!」
「・・・う、まぁ・・そんなに触ってるか・・?」
「絶対毎日何回かは触ってるよ、いいけどさ。」
「え、そんなに触ってるか?!・・・」
「なんだよ、無意識なの?ほのかお返しに今日はなっつんを撫でたげるね。」
「いらねぇよ!」
「よしよし。ナデナデ、でもってぎゅう〜っ!」
「やめっ!?・・・」
オレの頭を抱えやがった。眼の前がほのかの腕で遮られて何も見えない。
おまけに頭には柔らかい感触が押し付けられている。
「なっつん?・・あり?!固まった?」
「・・見えない、どけろ。」
「あ、そうか!ごめんごめん。」
ほのかの体温と感触が遠ざかり、ほっとすると同時に息を継ぐ。
「なっつん、だいじょぶ?何で深呼吸してんの?!」
「うるせー・・おまえはとにかくじっとしてろ。落とすぞ、しまいに。」
「んじゃ、落として。」
「へ!?」
「花火終わったみたい。思ったより短かったね。」
言うなり俺の肩にあった重心が上へと移動した。
「よっと!」
「うわ、おまえ、待て!」
ほのかは曲げていた脚を伸ばしてオレの頭をひょいと乗り越えた。
とっさに掴んでいた両脚を離して落ちてくる身体を掴む。
「ナイスキャッチー!!」
そのまますとんと下へ着地したのを確認して安心する。
「急に立ち上がるなよ、危ないだろ!」
「なんで?大丈夫だったじゃん。」
「まったく、おまえは・・」
「なっつんてば過保護。女の子だからって心配しすぎだよ。」
「おまえが心配しなさ過ぎなんだよ!普通肩車だってしないぞ。」
「そお?なっつんはしてくれるから好きー!」
「あのな・・」
「あー、楽しかった。なっつんもナデナデできたし。」
「おまえはときどき心臓に悪い。」
「なんかした?」
「いいよ、もう。」
「ん?もっとしたげようか?肩車は無理だけど。」
「いらん。さわんな!」
「なんでよ、ケチ。」
「ケチとはなんだよ、ちょっとは女らしくなれよな。」
「女らしく?ってどんなの?!」
「おまえオレのことなんだと思ってんだよ・・;」
「!?やだなぁ、恥ずかしいこと訊くよ、なっつんてば。」
「はぁ!?なにがだ?」
「特別じゃなきゃ危ないことも触らせたりもしないよ。決まってるじゃんか。」
またしても不覚を取った。オレはかなりみっともなく固まったかもしれない。
「わ!なっつん?!平気?」
「・・ホントに心臓に悪い・・」
「ぷぷーっ!そんなにびっくりした?!・・恥ずかしい?」
「うっさい、おまえが・・・その・・」
「なんだよう?」
「・・なんでもねぇ・・」
くそお、笑い転げてやがる、どうしてやろうか!からかいやがって。
「ああ、もう!なっつん大好き。」
「オレは好きじゃない。」
「ええ〜っ!?ひっどーい・・なっつんてばほのかをもてあそんだなぁ!」
「も!?人聞きの悪いこと言うな。ってかもてあぞぶってなんだよ!」
「なんども好きだって言ってきたのにわかってくれないしさぁ!?」
「へ?」
「大人しくすれば心配するし、そうじゃなきゃ大人しくしろって言うし。」
「う・・」
「女心をもてあそんだ罪は深いと思うな、うん。」
「なんでそうなるんだよ!?」
「じゃあなんでいつもほのかのことかまったり心配すんの?」
「や、それは・・だから・・」
「ほのかが見つめたら、目を反らすのは?なんで!?」
「いっつもはぐらかしてないできっちり説明してよう!」
「いっつもって・・おまえいつから・・?」
「?いつって・・もうずっと前だよ、忘れた。」
「ふーん・・」

この場合、適当に誤魔化す、説明する、不言実行という選択肢がある。
今回の怒りようからして誤魔化すのは難しいかもしれない。
説明なんて死ぬほど面倒くさい上にうまく説明する自信もない。
残る選択は・・・この子供っぽい恋人には・・どうなんだろうな?
チャンスなのか、ヤバイのか、オレにははっきり言ってどちらが正しいのかわからない。
ただ、こいつの真剣な瞳が迫ってくるので逃げられないし、負けるわけにもいかない。
挑んで負けてもこいつならいいかと思った時点で勝負はついてる。
ただし、勝っても負けても譲れないこともある。
新たな誓いでおまえを護り続ける約束だけは。