「手を繋いだあとは」 


なっちが帰ってこないとあんなに溜息吐いたりしょんぼりしてたのに
こんなに心も体も軽くなって浮き上がってしまうなんてびっくりだ。
手を繋いでとねだって、そうしてもらった日から、変わってしまった。

自分の部屋のベッドで仰向けになりながら手を伸ばして掌をかざしてみた。
指が短くてあんまり好きじゃなかった手だけれど、今は全然気にならない。
ぼんやりと思い浮かべるあのときのなっちの手。知ってたはずなのに・・
何故あんなに違うような感じがしたんだろう。ぎゅっと強く握ってくれた。
波打った胸と熱くなった頬。絡んだ指にふっと気が遠くなるみたいだった。

鮮明に思い出されて顔がまたカッと火が点いたようになって目を閉じた。
ゴロンとうつ伏せになって赤い顔を枕に押し付けた。そしたら別の場面が浮かんだ。

「あわわっ!!ぅ・きゃああああああああっ・・・・・!!!!!」

枕のおかげで声は大きく響かなかったけど、ベッドの上で足をバタバタしてしまう。
だってだって・・あんな・・あんななっちは初めてだったの。ぼけっとしてたら
いつの間にか距離が0になってた。”あれ!?”って思ったらもう離れていたの。

「やぁああああ・・うう・・ばかばかばか・・・」

そう、ばかなのはほのかの方。最初があんまりあっという間でよくわかんなくて
もう一回って言ったら笑われて。まぁそこまではいいとしてもだよ、うう・・・
嬉しがってもう一回なんて・・舞い上がってたんだよ!ドキドキも最高だったし。
だけど思い返してみるとなんてことしたんだろうっ!?って・・オマケに何度も何度も
勝手に頭がそんな場面をリピート再生するもんだから、恥ずかしくて死にそうになる!

握られた手の感触とか、間近で見た顔、重なった唇も・・その後少しだけ許した舌・・とか

「あううっ!もっもおおっ・・どうしたらいいんだよ、こんなのっ!」

誰にも言えない。言いたくない。だけど苦しい。うれしいはずなんだけどなんで!?
極めつけはなっちの幸せそうな顔。止まる!?って思うほど高鳴った鼓動はあれがトドメだった。
ねぇなっち、ほのか自信持っていい?もしかして、もしかするとすごく愛されてるって感じたよ。
今までだって抱きかかえられたことや、抱きついたりひっついたことなら山ほどあったのに、
よくよく思い返せば、なっちからあんな風に・・それもキス・・するためにとか、絶対無かった。

「うわわわわわっ・・ヤダヤダ!ほのかのばか!アホ!・・ほのかって・・ヤラシイ・・」

思い出してしまってじたばたしたら、だんだんと自分が情けなくなってきちゃう。
ほのかだってなっちのことダイスキなのに、なんだか負けたような気さえしてしまって・・
もっとなっちを安心させたい。ダイスキだって伝えたい。もらうばっかりじゃイヤなんだ。
でもどうしたらいいのかがわからなくて落ち込む。なっちがくれたドキドキの分をどうすれば?

それに今になってわかることもある。昔からほのかにそういうことするなと言われてたことは
なっちの困ることとしか思ってなかった。ちゃんと女の子だってわかっててくれてたんだね。
なのにほのかはそれこそ犬か猫みたいに自分のことを認識していて、甘えるばっかりだった。
距離を取ろうとしていたことに寂しさばかり感じていた。ごめんね、なっち!違ってたんだ。
離れていたのはほのかへの優しさの分だ。強く手を握ってもらった後でやっとそれに気付いた。
待っててくれてありがとう。ああホントに・・・すきだなぁ・・ものすごく幸せだ。

中々寝付けなくなった夜、なっちのことばっかり考えてる。どうしようもないね、ほのかって。
ああ、今度キスがしたくなったらどうすればいい?なっちがしたくなかったらどうするの?
すごく困るよ。キスしたいんだもん。あれからずっとしたいしたいって思っちゃってるんだから。
なっちみたいに距離を取るなんてことできるだろうか!?遠慮なんかしたことなかったしなぁ・・
でもほのかだけがしたいんじゃいけないよね。うん、それもなんか・・やだ。なっちも
したいって思ってくれるといい。じゃないとじゃないと・・辛いじゃないか!?

と、そんなことを考えていたら、あっとまた思い出した。その逆も困るんだった!
子供みたいに素直にほのかに、なっちから甘えてひっついてくるなんて意外だった。
そういえばじっと見つめられるのも初めてで焦ったんだ。あーいうときはどうすればいいの!?
悩んで悩んで結局わからなかった。それでほのかはなっちに訊いてみることにした。


「ねぇなっち。キスしたいときってどうするもの?」
「・・・したいのか?」
「今じゃなくて、そう思ったときはどうすればいいものなの?」
「なんかオマエらってやっぱ兄妹だな。そういうことを遠慮もなく訊いてくるあたり。」
「お兄ちゃんもなっちによく訊くの?ふ〜ん・・」
「・・・罠はどこですか?とうさぎが狼に尋ねるようなもんだろ、オマエの場合は。」
「罠?そんなこと訊いてないよ。」
「自ら危険を増やすなって言ってんだよ。」
「なんで危ないの?訊いてるだけじゃん。」
「はぁ・・」

なっちは頭を抱えて重い溜息を吐き出した。説明・・させちゃいけないこと?
よくわからないって顔に書いてあったらしい。なっちは諦めたように首を振ると

「そんなことで悩むな。何もする必要ない。」
「えっどうしてさ?!」
「この前みたいに目を閉じて顔を近づけんのもアリだし。」
「あっそうか、そうだね。自分でもあのその・・大胆だったかな?」
「後になって思ったんだろ、それ。」
「なっちってよくわかるね。エスパーみたい。」
「誰でもわかる。っていうかな、基本オマエなんか隙だらけなんだからな!」
「えっ?!えっ?なんかお説教に突入しそうになってる!?」
「オマエなんかぽけっとしてたら男が寄ってくるし、あっというまだぞ、キスくらい。」
「そんなバカな!ほのかそんなのヤダし!」
「当たり前だ。オレだって冗談じゃねぇ。けど四六時中見張ってられんだろうが!」
「はぁ・・そりゃそうだね。」
「だからもうちょっとしっかりと護身してくれ。のこのこと男についていくなよ!」
「まさかぁ!そんなことしないよ。」
「んなこと・・オマエなんかコロッといくらでも騙せそうだぜ・・ああ胃が痛む。」
「む・・ちょっとそれはなっちの信用しなさすぎだと思う。」
「例えオレに対してだって何にも警戒してないと危ないってわかってるか?」
「なんでなっちに警戒する必要があるのさ?!」
「あぁそうだったな。だからキスしたくなったら?とか訊いてくるんだよな、計算なしに。」
「計算?何を計算しろっての!?ほのか自慢じゃないけど算数は嫌いだからね。」
「誰がそんな話してんだ、阿呆。」

「なっちはしたくならないの?したくなったらどうするの?!」
「・・人の話をききなさいよ、おじょうさん・・」
「わかんないんだもん!気持ち悪い口調やめて。」
「したくないわけあるかよ・・・何言わせんだ・・」
「そうか!よかった!!じゃあしたくなったら?」
「・・わざわざ危険な目に合いたいんだな、要するにオマエは。」
「まさか。どうも話がかみ合ってない気がするじょ?」
「やっと意見が一致したな。」

なっちは難しい言い方するんだもの。わからなくて悩んでいたら目の前になっちの顔。
また驚く間もないほどあっけなくキスされた。悔しい・・かもしれない!?

「・・つまりいつでも予告もなく不意打ちするってことなの!?」
「オマエに限って言うとだな・・説明してもムダだ。」
「むー!どうしてっ!?そんなにバカにすることないじゃん!」
「オマエが気付いてくれないから結果的に不意打ちみたいなことになるんだ。」
「・・・?え?!・・でも・・いつしたかったのかわかんなかった。」
「・・基本いつでもそうだ・・ってんだよ。」
「なんですと!?」
「けどいつもってわけにいかないから普段抑えてはいる。」
「じゃあ・・えーと、えーとつまり・・いつでもおっけーだから考える必要ないと?」

なっちはふーっとまた長い溜息を吐いて、小さな声で「正解」と呟くと顔を赤らめた。

「ったく・・なんでこんなこと説明しなきゃなんねーんだ!?」
「だってさぁ!タイミングとかあるのかなぁと・・思って・・」

なっちは不貞腐れたように「そうかよ」と言ってぷいと顔を背けてしまった。
怒らせたのかなとちょっと不安になったけど、さっきの顔は恥ずかしそうだった。
だから釣られてほのかも頬が熱くなった。なのでゴメンナサイのかわりに近づいて、
背中を向けたなっちのシャツを掴んで引っ張った。気付いたなっちがゆっくりと振り向く。
目が合うまでじっと恥ずかしいのを我慢した。それで目を見た瞬間に目蓋を下ろした。
心臓がばっくんばっくんと音を立てていて、耳がおかしかった。けどそれもガマンだ。
したいって心の中で念じた。ほのかが思っただけでわかるって言ったよね?なっち・・・
目を閉じたのはそれもお願いの意味になるらしいけど、そうではなくて恥ずかしかったから。
自分がそうしたいことを知られるのって恥ずかしいものだとわかった。そうか!?

”なっちも恥ずかしかったんだ”そう思ったとき唇は重なった。

長いこと重なっていたのでくらくらしてきた。そしたら背中を支えてくれた。
目を瞑ったまま抱き寄せられた。一度離れた唇だったけれど、また重なって・・
今度は強く押し付けられた。よろけそうになったけどならなかった。ほっとしたら力が抜けた。
なんだろう・・何かが前のキスと違う。ドキドキもすごいし、体全部がドクドクいってる。
止めていた息が苦しくなって呼吸しようするタイミングで唇はまた離れた。
離れたときに漏れて耳を打ったのはほのか自身の溜息だった。

また目の前になっちの顔があった。眩しくてさっき開けたばかりの目を細めた。

「あ、あのさ?・・わかった?」
「あぁ」
「へへ・・・恥ずかしいねぇ?」

ほのかが同意を求めてそう言うとコツンとおでこをくっつけた。なっちが笑ってる・・
やっぱりそうなんだってわかってあったかい気持ちになる。おんなじっていいよね。

「なんだろ、どうしてキスしたくなるんだろうね?」

今度の質問になっちは目を丸くしていた。変なこと訊いた?
けど少し考えるような表情をしてからなっちの方が逆に尋ねた。

「じゃあオマエは何故だと思う?」
「え、ほのか?・・・う〜ん・・」

「なっちにね、すきって伝わるみたいなの。言わなくてもさ。」
「なるほど。で、オレのは伝わってんのか?」
「あ!そっかぁ・・なっちは言うのが恥ずかしいからじゃないの!?」
「・・・まぁ・・それも・・ある、か。」
「やったぁ!正解。じゃあいつでもしていいよ。」
「そんないつでも食ってくれってのもなぁ・・」
「食べちゃダメ。キスの話。」
「それじゃあ当分は味見程度でガマンしろということだな・・」
「はい?・・なっち、何したいの?」
「訊くな。」
「恥ずかしいの?」
「かっこ悪い。」
「ぷっ・・変なの。カッコいいかなんて関係ある?!」
「うるせぇな。」
「かっこ悪くてもすきだよ。」
「知ってる。」
「む、じゃあ・・アイシテルよ!知ってるかい!?」
「わかってないって言うつもりか。」
「ウウン、キスしてるときわかるよ。だからしたくなるんだね。」
「・・・だな。」

なっちがほのかに手を伸ばして髪をなでた。ぽんぽんと軽く叩いたり。
これは前からする仕草。子供にするみたいだなぁって思ってたけど・・

「なっちにもしたい。なでなでさせて!」

ほのかもなっちに倣って頭をなでた。ふふ・・大人しいなっちが可愛い。
好きだなぁ、ダイスキだなぁって思うと触れたくなるんだよね。簡単なことだ。
あんなに悩んだのにバカみたい。ほのかはもうとっくに知ってたよ、こんなこと。
幸福感に浸っていたら、なっちの頭がほのかの肩に乗った。おお、甘えっこだ!
ますます嬉しくなって頭を抱えて頬刷りした。可愛いなぁ・・なっちってば。

と、和んでいたのだけれど突然はっ!と気が付いたことがまたまた!!
そういえば以前もこんな風に頭抱えたことあるのはあるんだよね・・・
なのにどうして今までなんにも思わなかったんだろう!?ほのかってば、ほんとにバカ!?
気付いた途端動悸が烈しくなったのは間違いないから、なっちにも気付かれた・・はず。
でも今手を緩めて顔を見合すのはムリだ。だってだって・・わざとしたんじゃないんだよ。
なっち・・気付いてるよね!?っていうか今までだって気付いてないわけないよ、きっと。
ど、どうしよう・・押し付けたまだ予定ほど育っていない胸が痛いほど泣き喚いてる。
なんでこんなこと平気でしてたんだ。押し付けたのは自分でなっちの閉じられた目が嬉しくて
すっかりお姉さんかお母さん気分でいたの。だから・・今もそんなフリをしたいけど・・
できそうもない。さっきから体温が上がって確実に顔も赤いと思う。ああ神様助けてください!
パニックに陥りそうになっているとなっちが両手でほのかの腰を抑えて体を離してくれた。
体が離れたのはありがたい。けど、顔!顔を見られたくないよ!ほのかきっとヤラシイ顔してる。

「思った以上に真っ赤だな。大丈夫か?」

なっちに顔を見られちゃった!恥ずかしいなんてもんじゃ・・ああもうダメ・・
泣きそうになってなっちの目を閉じてしまいたくて、なのに動けないでいた。

「今頃気付いたのかよ、オマエらしいな。」

軽い吐息交じりだったけど、バカにしたような声じゃない、優しい言い方だった。

「ふっふえぇ・・」

とうとうガマンできなくて泣いちゃった。ものすごく子供っぽく顔をくしゃくしゃにして。
なっちはやんわりと囲むように抱いてくれた。顔を見ないようにしてくれたんだ。

「なっちぃ・・恥ずかしい。ほのか・・うう・・バカみたいだ!」
「オレを慰めようとか、安心させようとしてくれてたんだろ?わかってるさ。」
「昨日まではそうだった・・けどっ・・!」
「まだムリか?顔を見たいんだが・・」
「イヤっ!・・まだ・・ムリ・・」

困ったようになっちは「そうか」とだけ言ってずっと抱っこしててくれたの。
なっちのこと抱きしめたかったの。今でもそうだよ、だけど・・前とは違う。
そうじゃない気持ちもわかっちゃったの。なっちにはみんなばれちゃった・・

「またどうしていいかわかんないことが増えちゃった・・」そう言って拗ねたら、
「いいんじゃねぇの?恥ずかしくてもオレとオマエしかわかんないことだから。」

そう言ってくれたから、勇気を出して顔を上げてみた。なっちは嬉しそうだった。
だから好きって言うかわりに目を閉じた。もうタイミングとかどうでもいい。
ほのかだっていつでもしたいって伝えるために。きっとなっちならわかるでしょう?
初めて深いキスをした。ちっとも怖くなかったよ。まるで前からそうしたかったみたい。
腕を伸ばしてなっちの首に絡ませた。強く抱きしめられると胸がなっちの胸でつぶれたけど
いいんだ、もう。恥ずかしいけど・・・そうして欲しかったの。だから・・・
長いキスの後、ほのかが「うれしい」と漏らすと、「オレも」と小さく耳元に聞こえた。








いちゃいちゃしてますねぇ・・暑いのに・・^^;