「手を繋いだら」 


いきなりそういう風に意識するようになったからといっても、
すぐに行動を変えるわけにもいくまい。というかできるものでもないだろう。
ただでさえ忙しいのに腑抜けたアホなことばかり考えてるわけにいかない。
しかしそんなときに限ってくだらないことでちょっかい掛けてくる輩もいる。

「夏くん、ちょっと相談したいことがあるんだ。少しだけ頼むよ!」

兼一のアホ話に付き合いたくはなかったが、必死の形相に5分だけ譲歩してやった。
話というのは奴の意中の女、風林寺とのことらしい。そもそも何でオレなのか・・

「他にこんなことで頼りになるような人物がいないんだよ!」

確かに梁山泊の面々は武道に関してはともかく、それ以外は当てになりそうではない。
学校では宇宙人を筆頭にズレたボクサーだの古風な柔道家などしか見当たらない。
それでオレに廻ってくるんだな・・とは理解するものの、オレだってそれほど女に関しては・・
実を言うとあまり女が好きじゃない。誤解を生むので口には出さないが。
だからこそ学校ではアイドルっぽい位置にいて、近くに踏み込ませないようにしてるのだ。

「あの・・手っ手手手をだね!?に、握ってしまったりした後とか・・どうすんの!?」
「・・・は?どうって・・どうしたいんだよ?」
「しっしたいってそんな君、あからさまな!?」
「ナニ考えてんだよ!?知るかオマエのしたいことなんぞ。」
「あっそう・・そうだよね。やだなぁ・・ははは・・で、どうすりゃいいのかな?」
「あのな、わかるように話せ。」

それなりに面白い見世物かもしれないが、オレは暇じゃない。イライラしつつ聞いてやると
風林寺といい雰囲気になれた場合(極稀らしい)見つめ合うとパニックになってそこからどうにもならん、
とかいう・・実にくだらない内容だった。それだけ理解するのにとっくに10分を超過して溜息が出た。

「・・・好きにしろ。時間だからオレは帰るぞ。」
「そそそんな!?何にも答えになってないよ、夏くぅん!」
「気色悪いからしがみつくな!んなこと人に尋ねることかよ!?」
「うう〜・・じゃあ君の場合を教えてよ!」
「生憎だがオレには相手もいないことなんでね。」
「えっそんなこと言ったらほのかが怒るっていうか・・僕もむかっとするなぁ。」
「なんでだよ!」
「まだ全然そんな感じじゃないんだね。そうか、それはそれで安心したかな。」
「これ以上オマエといたらむかついて殺さないわけにいかなくなるぞ?」
「っていうか君って片思いなの?未だに!?」

半殺しレベルで殴ってやったが治まらない。ホントにむかつく奴だぜ!!
あんなアホに付き合ったオレがバカだったんだ。ほのかの兄でなかったら殺してる。
誰が片思いだ!・・アイツはなぁ・・まだその・・そんな段階じゃないんだよ。
・・・イカン。マジでむかついてきた。長いこと片思いだったのはアイツの方じゃねーか!
オレとほのかはそんなんじゃなかった。付き合いはそれこそ長いが全く・・そんなんじゃ・・
しかしアイツも世間からは大幅に遅れつつも成長してきた。ようやくというべきか。
別にそういうことを期待して待ってたわけではないんだ。ただその・・オレの場合は
色気なくてにくたらしくて生意気だがコイツはこのまんまでいいか、みたいに思ってて。
傍にいてもゆるせる唯一の他人で、いつの間にか護りたいと思うようになっちまってて。
気がつけば惚れてたっつうか・・・いいじゃねぇかよ!んなことどうだって!!

頭の中で言い訳したり相当オレ自身もアホな具合になって自己嫌悪に浸って帰宅した。
手なんかアイツとは今までに何度も繋いできた。腕や足にしがみつくことだってある。
抱きかかえたりだって膝上に乗せたことも・・・おいおい・・・なんかあれだな、
まったくその気がなかった時代のことを思い返すとかなり馴れ馴れしく触れ合ってる。
それなのに・・・手を繋ぐだけで・・変になりそうだとか・・随分変わったのだと思う。
手を繋いで見つめ合ったりしたら、後どうするのかって・・・んなこと・・オレが訊きたい。
アイツが困ったり焦ったりする気持ちもわからなくはない。けど・・教えたりできるかよ。
第一兼一の相手は多少色気を出しても簡単に返り討ちだろう。そこらの女とは訳が違う。
よくあんなのに色気が出せるなと感心するくらいだ。理解し難いマゾ野郎だぜ、兼一の奴。


「なっちー、お帰り。何ぶつぶつ言ってんの?気色悪いじょ・・」
「あぁ来たのか。オマエのアニキのせいだよ!悪かったな・・・」
「なっお兄ちゃん!?なんでなの?なにがあったの!?」
「ちっ・・ブラコンめ・・」

ほのかは重度のブラコンだ。・・オレも似たようなものだと主張されたがそれはさておき。
いつだってアニキが一番でないとほのかは気が済まない。オレはあくまで二番目の立場だ。
それについてはいつもむかついてた。惚れてなくたって日頃あれだけオレにまとわりついておいて。

「好きな女をどうすりゃいいかと相談されたんだよ。」
「えっ!?お兄ちゃんたら〜!んもおおっ!!」
「いい加減ゆるしてやれよ。ブラコンもそろそろ卒業しろ。」
「なんでそんなことなっちにきくの!?なっちはそんなに経験豊富じゃないよね!?」
「へ?!・・そこかよ?!・・なんだ。」
「ねぇっ!?どうなの。なっち、浮気はほのかゆるさないじょ!」
「・・・なんか・・(なんだこの幸せ?!)オマエ変わったな。」
「んもう!なっちって見た目もてそうだから気が気じゃないよ。」
「心配すんな。見た目だけだとオマエ知ってるだろう。」
「中身も可愛いって知ってるから余計心配じゃないか。」
「・・・・・・・」
「?・・どしたの?!」
「いや・・別に。」

なんだろう、この闇雲な可愛さは。おいおい・・いいのかこんな状況。まだ信じ難いな。
兼一め、どこが片思いだ!?見せてやりたいくらいだぜ、ほのかのこの成長っぷりを。
思わずほのかをじっと見ていたらしい。ほのかが怪訝な顔付きになってオレから後退った。

「なっち、だいじょうぶ?ぼけっとして。」

我に返ったオレは兼一の言ったことを思い出して、少し試してみることにした。
ほのかに手を出せと言うとバカみたいに素直に差し出す手を握ってみた。両方共に。
慌ててなにするんだと抵抗するが、顔は赤い。嫌がっていないことを慎重に確かめた。
両手を引き寄せて顔を近づけ、再び見つめてみた。今度は無意識にではなく、意識的にだ。
大きな目がさらに見開かれる。オレが映っていることに満足感を覚えつつ見つめ続けた。
さあ、どうする?!オレははっきり言って自分がどうしたいかよりもほのかのことが知りたい。
そう思って握る手に力を込めた。ほのかがどうしたいのか、そればかりが気になる。
オレが別段それ以上に何もしないことに気付くと、ほのかの緊張が解れていくのがわかった。

「何したいの?なっち。」
「・・どういう反応するかなと思って・・」
「感じ悪いじょ。離して。」
「感じ悪いか。」
「そうだよ、人を試すなんていけないんだから。」
「すまん。」

苦笑交じりでほのかから手を離す。本気で怒る前に謝ったせいか「まぁゆるしてあげる」と言った。
兼一の奴も怖かったのかもしれないと思った。好きな女に嫌われるのは痛いことだから。
ほのかは唇を少し尖らせてご機嫌斜めだ。どうやって機嫌を直そうかとあれこれ考えていると

「なっち、ちょっと屈んでよ。」と言われて反射的にそうした。
すると頬に柔らかな感触。ほのかの唇だと離れた後で気付いた。
ほのかは触れた後すぐにまた後ろへ体を反らすとべーっと舌を出した。顔は真っ赤だ。
恥ずかしさを誤魔化したのだろうか。あんまりその顔が可愛かったので口元が弛んだ。

「なんなんだよ、それは。」
「人を驚かせた罰に驚かせたかったのに・・ちっとも驚かないからむかっとしたの。」
「なんだ、それ。」

可愛いすぎる理由に笑った。オレが笑うと更に怒って「感じ悪いってば!」と叩きに来た。
「すまん」と言う言葉が掠れた。ツボにはまって笑いが堪えきれなくて。益々ほのかが赤くなる。

「んもーっ!!なっちってそんな奴だったのかい!ゆるしてあげないじょっ!?」
「・・謝って・・るじゃ・・ねぇ・・かよ。すまんって・・」
「なら笑うのをやめなさい!そんなにおかしいかい!?」

笑いながらもオレは困っていた。キスがしたくて。それが無理なら抱きしめたくて。
いきなりはまずいよな。ああ、さっき試したりするんじゃなかった。チャンスを逃した。
したいと思えばできるんだが、もっと怒らせそうな気もする。弱ったな・・;
困った状況をさらに悪化させるつもりなのか、ほのかがオレに抱きついてきた。

「笑うのやめなさい!やめないと噛むじょっ!」

ほのかだって困っていたのだろう。けどそれは間違ってる、火に油ってやつだ。

「そりゃタイヘンだ・・阻止しないとな。」
「!?」

まさか自分から口実を作ってくれるとは。ほのかの唇は柔らかくて存外にうまかった。
数秒間触れただけだったのだが、ほのかが怒ったかと離した後顔色を窺ってみると
ぽかんとしていた。間の抜けた顔だが、やっぱり可愛い。目に焼き付けておいた。

「笑うのやめたぞ?」

オレの言葉でようやく現実に戻ったらしい。しかし怒るか泣くかと身構えているオレの予想は覆った。

「あ・・あれ!?今のって現実?」
「はあっ!?」

今度こそほのかはリベンジに成功した。オレは驚いた。それこそがっくりするほど。

「オレも怒りたいぞ・・そうくるか!?」
「あっあっ・・やっぱりその・・だよね!?」
「なんならもう一回、わかるまでするか?!」
「ええっ!?・・じゃあ・・お願いします。」

吹き出してしまってキス出来なかった。もう一回とお願いされるのも予想を超えていたので。

「ちょっ・・自分から言っておいて!?どゆこと!!」
「・・・く・く・・・しかし・・まさか・・」
「なんだい!失礼な。ウケたからまだいいとしても、嫌いになったらゆるさないからね!」
「・・ならない。それだけは絶対にない。・・から・・笑わせんなよ!おい・・」
「失礼な人にはもうチューさせてあげない!好きなだけ笑ってればいいさ!」
「そんなこと言わずに・・たすけてくれ!くるしい・・」
「しょうがないなぁ・・絶対普通の女の子ならゆるしてないじょ!?ほのかは寛大なのだ。」
「申し訳ない。寛大なほのかさん、たすけてください。」
「むっ・・ちょびっと気持ちいいな。ならチューしてあげる。そしたら止まる?」

ほのかが目を瞑って顔を近づけた。あんまりありがたい提案だったので乗っかった。
オマケで抱き寄せて舌を入れかけたら叩かれた。

「ちょっ・・調子にのらないのっ!!」
「ダメか。」
「ダメ!!」
「ちぇっ!」
「なんて駄々っ子なんだい、ちみは。」
「知らなかったのかよ。」
「知らないよ!?」
「うん、オレもびっくりだ。」
「・・素直だね。ま、いいか。」
「あ、いいのか?」
「そっそうじゃ・・こらあっ・・もういい!もう止めっ・・ダメだったら!」

本気で嫌でもなさそうだったが、オレも本気じゃなくてからかっただけだ。
頬と目元と鼻に口付けて、嫌がるほのかを堪能した。嫌がってても可愛い。

「なっちがこんなに子供っぽいとは。びっくりだよ。」
「フン・・」
「ぷ・・可愛いね、なっち?」

そんなこと言うほのかの頬を抓ってやった。何を言うかだ、呆れるほど可愛いやつめ。

後日、兼一が幸せそうなボケ面しているのを見咎めた。何も訊いてないのに自ら話し出し、

「いや〜夏くん!困ったことがあったらいつでも訊いて?僕でも力になれるかもしれないし。」
「心の底からお断りだ。」
「そんなこと言わないで!訊いて、訊いてよ〜!?」
「惚気たいだけだろっ!?いらんっ!」

元から能天気な奴なのに可哀想なことだ。風林寺もどこがいいんだかな、こんな奴の。
どうせ馬鹿馬鹿しい話だから聞いてやる必要などどこにもない。それに・・
オレ自身もうっかり惚気が出てしまったら、どこで宇宙人に嗅ぎ付けられるかわからん。
なので極力春の来た兼一に近づかないことに決めた。身のためだ。危ない危ない・・

手と手を繋ぐだけで世界は変わるもんだとは知らなかった。不思議なもんだ。
実は浮かれてる兼一を見ていると、オレもそう見えていないかと心配になる。
似たようなもんだなんて、死んでもバラすわけにいかない。なんとしてでも。

「まっ・・幸せそうでよかったな。」

聞こえていない処から言ってやった。オマエには負けてねぇからな、とも付け加えておいた。







これってギャグ?!いやなんでもいいんですけどね☆