手と手の間 


 ”ちっせえなあ・・”  

 迂闊にじっと見ていた。突然胡乱な目付きに気付く。
すかさず仮面を被り、空とぼけた顔で非難に待ち構えた。


 「・・ちみね、失礼なこと考えておるであろ?」
 「いいや?」
 「ウソ吐き。ちみは顔に出るからわかるのだ。」
 「ウソ吐け。俺は顔に出さないのが得意だぞ。」
 「語るに落ちとる!何を見ておったのだい!?」
 「お前のことなんか見てねえ。」
 「だからそれが・・じゃあ”どこ”見てたの。」

 悪びれずほのかの握られた片手を持ち上げもてあそぶ。
試しに掌で包んでみるとすっぱりと覆われた。小さすぎ。
別に嘗め回したいとか、そこまでは考えてなかったんだが
触りたかったのは隠しようもなかった。開き直って握る。
ほのかは一瞬ぽかんとした後、カッと顔を赤らめた。

 「な・なに!?手がちっさいっていいたいの!?」
 「小さすぎねえか?よく字とか書けてるな?」
 「無礼者め。きちんと役立っておるのだじょ!!」
 「う〜ん・・にしてもちっせえな。」
 「おじさんが手を握る口実みたいだ。」
 「!・・誰から仕入れた?」
 「学校。友達がそんな話してた。」
 「最近の男は見境ないからな。気をつけろよ。」
 「はあ・・そうするけど、ちみはいいんだよね?」

 ほのかは俺に上目遣いで慎重に尋ねた。しばし沈思する。

 「・・・否・・いかんな。」

 手を広げほのかの手を離す。こんな世の中に例外はないと
教えねばなるまい。一番の危険は今ここに存在している。

 「なっちはいいんじゃないの?」
 「もうしねえ。俺も男の内だ。」
 「ええ〜〜〜?!なっちが〜?」
 「・・お前も無礼だぞ。」

 ほのかは唇を尖らせて不服そうだ。しかし直ぐに気を持ち直して
悪戯っ子の顔になると、拳を作って俺にポンポンと連打し始めた。
リズムも悪くないし、軽いが良いジャブだ。少し楽しくなってきた。
俺が両手を挙げて受け止めてやると機嫌を更に上げ繰り出してくる。

 「いいぞ、どうした?もう終わりか?」
 「なんの!ほのかちゃんの必殺ぱんちをお見舞いするじょ!」
 「生意気な。見せてみろよ、その必殺とやら。」
 「びっくりするがよいのだ!カクゴ!」
 「おもしれえ」

 ほのかは拙いフェイントの初手からすかさず後手を伸ばしてきた。
拳でなく脇をくすぐろうとしたのだ。。避けられるのも想定して。
隙はないかと腕をさ迷わせている。隙を作ってやろうかとも考えたが
困らせて反応が見たいという欲求が勝った。初手の拳は既に俺の片手に
捉えられて攻撃の範囲は極端に狭い。どうするかと見守っていると
ほのかはソファから立ち上がり間合いを詰めてきた。良い判断だ。
しかし面白がっている俺に気付くとほのかの眉がつり上がった。
むきになった顔も可愛い。顔には出さずに内心で微笑む。

 「ふ・・さて次はどうするつもりだ?」
 「その余裕の顔をなんとかするのだ!」

 なんと片脚を蹴り上げてきた。あのムエタイの達人の見様見真似か。
結構鋭かったがその脚もなんなく掴めてしまう。最早反撃は困難だろう。
警告の意味も兼ねてソファに押し倒した。少し懲りてくれればと思うが
あわよくばという想いもなきにしもあらずだった。

 「あっ!今日のぱんつは見られたらマズイんだったじょ!」
 「は?!」
 「すきありいっ!!」

 ほのかは俺の掴んでいた方の手首に噛み付いた。悪くない反撃だ。
しかし俺に通じるはずもなく、離そうとした体で逆に縫いとめると
もっと不埒な格好になってしまった。ほのかに僅かな怯えが浮かぶ。

 「さーてどうだ、そろそろ降参しねえか?」
 「しないもん!それよりなっち、ぱんつ・・見た?」
 「んな手に引っかかるかよ。見てねえし。」
 「ウソじゃないよ?見なかったならよかったのだ。」
 「・・・・どんなの穿いてんだ?」
 「えっち!セクハラ!教えないよーだ!!」
 「ふ〜ん・・そんなに見てほしいのか・・」
 「えっ!えっ?!やだなっち、やめて!?」

 更に体重を掛けると当然密着度が増す。ほのかもさすがに慌てて
仕方なくそこで終了だ。体を開放してやったのだが、なぜかほのかは
俺に飛びかかって抱きついてきた。

 「ほのか?」


  かぷ


 まだ試合は続いていたらしい。俺の首に噛り付かれてしまった。
諦めが悪いというのか、窮鼠猫を噛むってやつかと苦笑をもらす。
ほのからしい。俺は背中をあやすようにぽんぽんと叩いてやった。
敵意は端からないのだ。これ以上はしないという降参を示した。

 「わかったわかった。お前の勝ち。」
 「・・・・ふぉんふぉ〜?!(ほんと?)」
 「ああ、だから離せ。ヨダレ付けんなよ。」
 「やったあ!ほのかの勝ちだじょー!」
 「すげえすげえ、まいったぜ。」
 「それ、ちっともまいってないじゃん・・」
 「参ったと宣言してるんだからいいだろ。」
 「まあ、ゆるしてつかわすじょ!」

 鼻を鳴らしてほのかは俺の膝上で飛び跳ねた。まるきり子供だ。
ヒラヒラと舞うスカートから太腿が見えるのもお構いなしなのだ。
ほのかの細い腰を掴んで退かせると急に不満顔になった。

 「勝ったからごほうびちょうだい。」
 「何も賭けてなかっただろ!?・・要求は?」
 「そうだなあ・・ここはむちゅーっとしてもらおうかのう?」
 「やなこった。」
 「ぱんつも見られそうだったんだからね。」
 「見てないって。お前のなんか見たってどうもこうもねえ。」
 「ええ〜・・そう言われるとがっかりなのだ・・」
 「がっかりだと!?」
 「今日のはすごくせくしーなの!ちょびっと見てほしかったりして。」
 「いらんいらん!ガキが何ほざいてるんだ。”誰の入れ知恵だ!?”」
 「初挑戦の大人可愛いぱんつなの!ねね、なっち見たくない?」
 「やめろ、見たくねえ!お前そういうことを男に言うとか・・」
 「なっちならいいかと思って。」
 「それどういう意味なんだよっ!さっきから馬鹿にしやがって。」
 「馬鹿にしてない。すごく可愛いんだよ。チラッと見ないかい?」
 「見せんな!アホ!それに子供は子供らしいの穿いとけ!」
 「そんなに子供じゃないもん。ねえってば、なっち〜!」
 「やーめーろっ!!」


 自ら撒いた種とはいえ、収めるのに相当疲弊した。
見たいか見たくないかってそんなこと答えは決まってるんだ。
俺の消耗を他所にほのかは平和な顔でオヤツをほおばっている。

 くっそお・・本人が言ってんだから見ときゃよかったぜ。

 「なっちは食べないの?どしてげっそりした顔になってんの?」
 「別に・・げっそりなんかしてねえよ。」
 「ウソだね。あ〜んしたげようか?ほれあ〜ん!」
 「せんでいいっ!」

 押し倒した際に浮かんだ怯えた様を思い浮かべ、人がせっかく
気持ちを鎮めたというのに、ほのかは身を摺り寄せてくる。
ああちきしょう!一体いつまで手をこまねいてなきゃならないんだ。
手に見とれてしまったのが間違いだった。どこだって同じことだが。
ああそうだ、見たいし、触れたい。俺はほのかとの距離を狭めたい。
だけどこの想いが一方通行という自覚もある。だから悩んでるんだ。


 「なっち!」 

 「なんだ?」

 目の前で円らな瞳の小動物が覗き込んでいた。
俺が不機嫌になったらだめだ。ほのかだって不安になる。 

 「怒ってねえ。腹が減ってないだけだ。」
 「そっかあ・・ならどうしたら元気になる?」
 「わざわざお前に元気にしてもらわんでもいい。」
 「あ、ごほうび!ちゅーは?させてよ、なっち!」
 「いやだと言った。何度も言わせんな。」
 「ぱんつはあきらめたんだからちゅーくらいいいじゃん。」
 「どっちもいらんといったらいらん。」
 「そんなに拒否されると傷付くじゃないか・・・」
 「察しろとは言わん。けど俺だって」
 「なっちも男のうちって?そんなのわかってるよ。」
 「だったらあんまり無防備にそういうことしてくんなよ。」 
 「つまんないの。」
 「っとに危ないやつだな。」
 「おっ危険な女っていい響きだじょ!?」
 「ならんでいい。これ以上は身が持たん・・」
 「ほのかすでに危険なのかい?」
 「そうそう、危険極まりない。」

 半分以上本音でぼやくと、ほのかは微笑みながら手を伸ばした。

 「じゃあ譲歩して手を繋いで。それならいいでしょ!?」
 「手を?理由もなしに?」
 「理由はあるじょ。ふたりの交流を深めるのだ。」
 「はあ・・」

 俺とほのかの間にどんな隔たりがあるにせよ、繋がりたい想いは
一方通行じゃない。そういうことを言ってくれてるのか。
伸ばしてくれた手を握ってみた。小さくたってちゃんと血が通う。
橋のように連なった双方の腕をほのかが揺すった。確かめるように。

 「わーい!なっちと繋がったじょ!ぶんぶ〜ん!」
 「ばかめ・・そんなに喜ぶようなことかよ・・?」

 出てきた言葉とは裏腹に俺は泣きそうなくらい嬉しかった。
素直じゃなくて申し訳ない。だけど本気だ。本気で思ってる。
この手と手の間に流れるものは、疚しい下心を飛び越している。
そう証明してくれているように思えた。ほのかの手によって。

 いつかではなく、ここから。明日へ繋いでいきたい。

 だからやっぱりもう少し大事にしていようなんて思った。







シーソーみたいなアップダウン後にゆるやかな安定へ向かうといいです。