Teardrop Valentine


 下を向くとと足元にぽつんと在った石を蹴飛ばした。
それはころころと転がって目の前から遠ざかっていく。
もやもやとした気持ち、それをほのかはわかっている。

 「やな感じ・・なんだい・・かっこつけてさ。」

 豆まきをして家中を大豆だらけにしたのは節分である。
その片付けをしながら夏がほのかに告げたのは翌日のこと。

 「今年の14日は仕事で居ないからお前来るんじゃねえぞ。」

 毎年押しかけてはチョコレート(のようなもの)を持ってくるほのかに
痛烈な一言だった。びっくりしてほのかが押し黙ってしまうくらいには。
勝手知ったる谷本家であるから、合鍵などという手段も存在はしている。
しかし今度の不在は一日では済まないというのである。ほのかの落胆たるや
相当なもので。夏は煩いと突っぱねたが引き下がらないほのかに宣告した。

 「兄貴にでも食ってもらえばいいだろ!」

 ほのかはあまりの衝撃に罵詈雑言を投げつけ、夏の元を飛び出した。
その帰り道、途方に暮れ公園に寄り道すると鴉の声がやけに耳へと響いた。
見上げると仲間が居るらしい鴉達。しょんぼりと再び俯いてブランコを漕ぐ。
なんとなく蹴って歩いた石ころが足元にある。そのすぐ傍に水滴が落ちた。

 「なんでこんなにくやしいんだろ・・・ねえ、石ころ君!?」

 今年こそは美味しいと言わせるぞと張り切っていたバレンタイン。
いつの間にか兄や友達より夏に喜んでもらう行事になっていたのに。
どうしていらないなんて言うのか。やせ我慢だと思う。思いたいのだが、
頑固な拒否の仕方が引っかかった。もしや他に欲しいヒトが・・・!?

 ぶるぶると犬が水を弾くような勢いで首を振った。涙も飛び散る。
想像するのも辛くて否定してはまた浮かぶ最悪のシナリオ。それは『失恋』

 「ほのかなっちのことなんか・・・す・・すきじゃ・・・」

 好きではないと打ち消そうとしてこれで数度目か失敗に終わっている。
こんなに悲しいのはやっぱりそうだろうか。違うと思い込むことを試みた。
ところが好きではないとすら言えない自分。思い知る想いの深さに呆然だ。
涙が後押ししてくる。まったくもって深刻な状況にほのかは追い込まれた。

 世に云う「失恋」とか「片思い」なんて言葉はさっきまで他人事だった。
嘘にしてしまいたかったが痛みは現実だ。泣いたせいか頭までずきずきする。
家に帰ったら母親に何か訊かれそうで怖くて帰れない。どうすればいいのか
ほのかは思いつかずにまた足元の小石を転がした。ころころと心も揺れる。

 日が暮れてゆくのをぼんやり体感しながら、誰も居ない公園に独り佇んだ。
そうして帰宅を迫られた頃、決意をする。チョコはやはり製作するのだと。
同じ失恋を体験するならば思い切りするべきだ。未だちゃんと告白もしてない。
相手は告白なんて星の数ほど体験しているかもしれないがほのかは初めてだ。
この胸の痛みもやるせなさも全部夏にぶっつけてしまえ!と結論したのだった。

 夏が仕事で家を空ける予定の一日前、12日にほのかは決戦を挑むことにした。
気合も十分に前もって用意した諸々と共にいざ出陣!といった趣で出かけた。
出迎えた夏の方は、異様なまでの緊張感をまとったほのかに多少たじろいだ風。
そのことに少々ざまミロ感を得て、ほのかは勢いを増した。見せてくれんと
乙女心を総動員し差し出した。しかし勢いはここまでだった。目を閉じて差し出した
チョコの箱を持つ両手はぶるぶると震え、俯いた目は強固に閉じたまま開けられず。
付き返される言葉が怖くて耳栓を用意していたのにそれを忘れたと臍を噛んでいた。


 「・・・いらんと言っただろうが・・」

 びくりとほのかの体が揺らいだ。しかし泣くまいと堪える。まだ大丈夫だ。

 「義理チョコなんざうんざりなんだよ・・もういらねえし、受け取らねえ。」

 「・・・・・え!?」

 ほのかは閉じていた目を見開くと恐る恐る夏を窺った。すると夏は横を向いて
腕を組み、断固受け取らないという態度を取っている。待て待て、慌てるなと
持っていたチョコレート入りの箱と、震えの止まった手とを見比べて考えてみる。
夏はむすっとしている。目線を外しているのはひょっとして負けないためだろうか。

 「義理じゃなかったらいいってこと?!ねえ、そうなの!?」

 「毎年兄貴の実験台ってのもいい加減むかついてたんだよ!」
 「試作品だって言ったの最初のときじゃないか。ずっとそうだと思ってたの?」
 「?・・そうじゃないにしてもあれだろ、世話になった奴に配ってんだろ!?」
 「ああ・・そういうことも言ったかも。それは2回めかなあ?去年は違うよ。」
 「違うって何が違うんだよ!?」
 「ん〜〜・・その前は覚えてないけど・・まあいいや!今年は絶対違うから!」
 「はあ?」
 「本気。義理じゃない。ほのかなっちのこと好きなの!」

 わりと見ものだとほのかは思った。意外に余裕のある自分にも驚いたのだが
組んでいた腕がまず緩んだ。顔がびっくりしてこっちを向いた。そして見る間に
夏の顔が赤く茹で上がっていくのをじっと見ていた。瞬きもせず見守っていたのだ。
もしかして・・失恋したわけではなかったのかと、ほのかはぼんやりそう思った。

 「そっ・・嘘吐け!お前なんか悪いもんでも食ったのか!?」
 「えっそんな食あたりとかしてないし。本気だったら本気だよ。」
 「あっ兄貴・・はどうした!?お前・・兄貴が世界一って・・・」
 「そりゃお兄ちゃんは好きだけど・・なっちはお兄ちゃんじゃないし。」
 「む・・結局兄貴の次ってんだろ!?」
 「いやいや・・待ってよ、お兄ちゃんに負けてるのが嫌なの?それとも」
 「嫌とか・・俺はそんなこと・・・」
 「言ってるじゃないか。言ってるとしか思えないけど・・・!?」

 慌てている夏だが、それこそ語るに落ちている。と思うのだがほのかの場合
確信にまでは至らないらしく、眉間に皺を寄せて夏に詰め寄るしかなかった。

 「よくわかんないからそれはいいや!とにかくなっちー!これ受け取って!?」
 「断るっ!?」
 「なんでっ!?義理じゃないならいいんでしょっ!?」
 「まっまさか・・マジかよ?お前・・いくつんなったっけ・・おいおい・・;」
 「慌て過ぎだよ。ほのか15だよ。なっち、嫁にもらえとは言ってないじょ。」
 「嫁なんてダメに決まってるだろ!?慌てんなよ、ガキのくせしてっ!?」
 「慌ててるのはどっちさ。歳がいくつだろうと好きになったら関係ないよっ!」
 「なっなくはない・・と思うが・・う・・しかし・・その・・・・未だお前は」
 「はっは〜ん・・・わかったのだ。ちみはほのかをなめておったのだろう!?」
 「!!?」

 「ほのかのことなめないでよね!人のこと言えないじょ、なっちってば子供!」
 「なんだとおっ!?」
 「失恋とかしたことある!?ほのかとどっこいどっこいに違いないのだじょ!」
 「っ・・てめっ・・生意気言いやがって・・!」
 「やだねえ、これだからもてもて男は。ほのかは今日失恋覚悟で来たのだぞ。」
 「・・・・」
 「ちみは覚悟があるかね!?骨は拾ってやるからぶちまけてみなさいじゃよ!」
 「・・・・お前なにを開き直ってんだよ・・・くそう・・・」
 「それとも何かね、負けるのが怖くて言えなかったとでも!?」
 「バカ言うんじゃねえ!誰が怖くて言わなかっただと!?そうじゃねえよ!」
 「だったらどうだっていうのさ!?」
 「ガキの遊びに付き合ってられねえと思ってだな・・その・・だから・・つまり」
 「つまり?」
 「うるせえっ!!」
 
 夏は目の前にあった箱を鷲掴むと乱暴にラッピングを剥がしチョコを取り出した。
現れた物体にがぶりと噛り付くとばりばりと音を立てて噛み砕き、飲み込んでいく。
味わってもいないようだがそこは見逃すと、ほのかは食べてくれた達成感に浸った。
それは夏が受け取ってくれたということにかわりないだろう。じわりと喜びを感じた。

 「なっち!ありがとうっ!!」
 
 感激して夏に飛びついたほのかに少々途惑いはしたものの、受け止める夏。
小さなほのかがしがみつくと両足共に浮いてしまうが、構わず夏を抱くほのか。

 「・・・ほんとに兄貴より俺なのか?」
 「こだわるね?うん、そうだよ。なっちの勝ちさ。」

 耳元で囁いてやると夏は嬉しそうに笑いかけ、途中で誤魔化して横を向いた。
それを横目で見てふっと涙腺が緩んだ。ぽろりと落ちた一粒が転がって落ちた。

 「素直になったと思ったのに・・なっちってばまだまだじゃのう!?」
 「なんのことだ。俺は喜んでなんかないぞ。アイツに勝ったからって」
 「え〜・・!?なっちぃ・・・なっちは好きって言ってくれてない!」
 「・・・・・きらいじゃねえよ。」
 「言いなよ!言えないのかい!?」
 「こっこんどな。そのうち・・?」
 「なんてせこい!ちみはそういうとこがいかんと思うよ!ケチ!!」
 「こんな状況で言わすんじゃねえよ。危ないだろうが、色々と・・」
 「危ないって何が?」
 「みっ耳元でしゃべるんじゃねえ。それと顔をこっちに向けんなよ!」
 「なんでなんでえ!?」
 
 じたばたとほのかは浮いている両足をばたつかせ、夏を揺さぶるが答えない。
しかし反らされた顔の端と夏の耳は真っ赤に染まっているのでほのかは理解した。

 「わかった!恥ずかしいんだね。かわいいね、なっちぃ!」
 
 ほのかはそう言いながら赤い頬の端にちゅっと唇をくっつけてみた。すると
夏がぎゅっと力強くほのかを抱いたので嬉しくてまた足をばたつかせてみせる。

 「わーい!ほのかなっちをげっとー!ダイスキ!!もーはなさないんだから!」 
 「言ったな!覚えとけよ、その言葉。(そっくり返してやるからな!いつか・;)」


 見事な失恋のはずが劇的サヨナラホームランを決めたようでほのかははしゃいだ。
そんなほのかを腕に抱きながら、夏は必死で耐えていた。このままどうやって離すかを。

 ”くそっ・・このカワイイ奴に何もしないでこのまま離すとかどうやったら可能だ!?”

 究極の選択に頭を悩ませている夏にほのかは悪魔のように囁く。甘い声で。

 「ほのかね、失恋すると思っていっぱい泣いたの。だからなっち・・」
 「悲しかった分もぎゅってしてね?!ほのかもするから。心配かけた分。」

 とりあえず抱き締めた。この後どうなるかは成り行きに任せて。実は任せる以外に
どうすることもできなかったのである。ほのかは知らず愛しい人にしがみついていた。








バレンタイン用なので甘〜いですのよvv(げほごほ)