「キミがターゲット」 


「スキありっ!」
「・・・」 ”作ってやってんだよ・・ったく;”

夏の肩にぴょいと飛びついて張り付いているのは
新学期で中3になろうとしている女の子であるが、
飛びつかれた高3にならんとする男と一緒にいると
まるで親子・・は言いすぎだが年の離れた兄と妹だ。

それほど大柄ではないが、高めの身長と体格の良い夏に、
しがみつく猫の子のようなほのかではそう見えて仕方ない。
そして飼い猫よろしく、ほのかはよく夏に引っ付いている。

「はぁ〜!ちみの肩は落ち着くよ。」
「・・ちっともオレは落ち着かん。」

一応の文句を試みる夏だが、乗っているほのかは知らぬ顔。
本人にそれほど腕力があるわけではなく、実はほのかは支えられている。
つまり夏がほのかのしたいことを仕方なく叶えて乗せてやっているのだ。

初めに飛び乗られたときは怒ったが、ほのかの理屈というのが

「ちみも武道家ならそんくらいどうでもいいくらいでいたまえよ!」

であった。腕を組んでも何をしても抵抗しないくせにおかしいとも。
結局夏が折れた。その後『締め技』を教えるに至ったのはそこからだ。
外面を気にした夏が人前での言訳のために考えたことは秘密であるが。

”どうせじゃれてるとしか見えない・・とは思うが・・しかし・・”

そう、ほのかの幼い外見のおかげで微笑ましいで済むのが幸いだ。
だが夏にとっては実害があった。彼女も少しずつ成長しているわけで。
柔らかさを増す体に遠慮なく擦り寄られて無心でいられるほどは
彼の修行も追いつかない。寧ろそっちの修行はしてきていない。
なので今日も渋々の表情も顕に、夏は内心と葛藤する羽目に陥る。

”猫、猫みたいなもん。ガキ。バカガキ!いつか思い知らせ・・いやいや!”

「ねぇねぇ、なっち〜!」
「!?顔をすり寄せるな!びっくりする。」
「なんで?」
「くすぐったいんだよ、おまえの髪とか・・」
「慣れなさい。んでね、なっちぃ・・」
「人の話を聞かないくせしてオレには聞けと?」

得てしてそうなのだが、ほのかはおしゃべりだ。たまに大人しい。
好き勝手に話して、気が済むと黙る。気付くと寝ていることもある。
正に気まぐれな猫だ。夏が困るのは何も擦り寄られることばかりでない。
ふとほのかが黙ったとき訪れる沈黙が心地良いと感じたりするとき、
彼は動揺する。ふと言われた通り慣れた体を落ちないよう気遣ったりする。
そんなとき、夏はこそばゆい想いで胸が塞がれる。愛しさに目が眩む。

「・・おい、眠いなら下りて寝ろ。」
「ん〜・・眠くないもん。寝ないよー!」
「子供か。おまえは・・下ろしてやるから。」
「いーや!なっちの上がいいんだい。」
「アホ・・」

駄々っ子のようなほのかに勘違いしそうになる。この娘はオレのじゃない。
保護者でも兄でも恋人でもなんでもない。はずなのに・・・
いつまでもこうしていたくなる。望むままで、ずっとそう望んで欲しいと
などと・・バカな考えに取り付かれることが嬉しいのか悲しいのか、
わからなくなるのだ。彼が困惑させられる最たる原因だった。

するりと下りてしまうときもある。ほんの少し・・いやかなり寂しい。
こんな風に甘えて離れないときを、自分は幸せだと感じていないか?
許されることだろうか?いつまで。今この瞬間さえも在っていいのか?
途惑いは困惑を深め、彼を動けなくする。抱きしめてしまいたくもなって。

「・・15分したら起こしてやるから、ほのか。」
「うん・・約束だよ〜!」
「あぁ、わかった。」

ソファに横たえると即座に寝息が聞えた。既に夢の中からの返事だったのか。
髪を整える振りをして夏はその前髪越しに口付けをする。何も知らないほのか。
寝顔を見ながら罪状確認をした。隠し事の罪は重なってゆき重みを増すばかりだ。

「・・・・・」

口に出せない夏の想いが僅かに零れた。すっと身を引きほのかから離れた。
泣きそうになる。こんなちっぽけな温もりだけで生きていける気がする。
例え今だけだとしても。きっと忘れない。ほのかと過ごしたこんな時間を。

ほのかのいないときによくそう思う。離れれば離れるほど確かになる。
笑顔でいるか?泣いてないか?おれを待っててくれるか・・?なんてことも。
もう振り切って行けない。方向を間違え、戻れない道を選べなくなった。
連れて行きたい。どこまでもずっと。何もかもから許されたいと願って。
どうしてくれるんだ・・・もう・・消せなくなってるんだぞ、関わりすぎた。


ほのかが目を覚ますと、約束したはずの夏がいなかった。
むっとして掛けられていた毛布を跳ね除け、夏を探した。

「起こすって言ったくせに〜!ゆるさんぞ!」

一人のとき、彼は大抵体を鍛えている。ので、そこを目指した。
隙を見て飛びついてやる。そうだ、噛み付いてやろうとほのかは考えた。
ほのかちゃんをなめるなよ、などと息巻いてドアを開けると夏がいない。

「あれっ!?ここだと思ったのに・・どこ行ったんだろ?」

くるりと踵を返し走り出す。ほのかの眉は少し寂しさで下がっていた。

「なんで一人になりたがるんだろうねっ!?もおっ!・・」

そんな独り事の文句を呟くと涙が出そうになる。振り切るように駆けた。
私室にもいない。一体夏はどこへ?まさか急に出掛けてしまった!?
ほのかは焦り始めた。あの人はどこ!?一人はいやだとまるで迷子だ。
自分は子供だろうか?寂しいのは誰といないときでもない、夏がいないときだ。
好きで、なんでか気になって、会いたくて。会えないとダメだと思う。

「なっちーーーっ!どこぉ〜〜〜っ!?」

息を弾ませて広い邸を駆けていると、「アホゥ!何やってんだ!?」と声がした。
前方数メートル先にターゲットを見つけたほのかは弾丸のごとくダッシュした。
前方の夏の呆れた顔が変わった。ほのかが泣いていることに気付いたからだ。
立っていた夏もほのかに向かってくるのが見えた。ほのかはもう泣いていない。
駆け寄った勢いそのままにほのかはダイブした。夏の懐へと。受け入れはOKだ。
ちゃんと腕を広げるところを確認したからだ。安心して微笑みながら飛び込んだ。

「ほのか到着っ!!どこ行ってたんだよー!」
「どこって・・オヤツの準備してたんだよ・・夢でも見たのか?」
「15分って言ったのに、ダメじゃないか!」
「・・15分は過ぎたな、すまん。できたから今呼びに行こうと・・」
「・・ゆるしてあげる。へへっ・・おやつなあに!?」
「さぁて・・なんだか当ててみろよ。」
「くんくん・・このニオイは・・チョコレート!?」
「かなり正解だ。」
「わーい!なっち愛してるよっ!」
「シェフ並みの腕をな。」
「チガウよ、なっちをだよ!」
「へ〜・・そりゃどうも。」
「素直に喜んだらどうなの?」

眉を顰めるほのかのおでこをツンと夏が突いた。イタイと更に顔を顰める。

「さっさと来い。冷めちまう。」
「待ってよ、肩に乗るんだから。乗せてって!」
「はぁ〜?!・・しょうがねぇな・・ホラ・・」
「へへっ・・らじゃっ!」

幸せそうな笑顔のほのかを夏は軽々と肩へと担ぎ上げた。
頬すりするほのかにダメ出しをしながらも夏は笑顔を堪えきれず
誤魔化すように走り出した。勢いでほのかがしがみつくことも
楽しみながらだ。はしゃいで上がる歓声が夏の耳に心地良かった。

”ほのかはここ、ここが最高。なっちの傍がほのかの場所さ!”
”いつまでとかどうでもいい。ほのかが笑ってれば今はそれで”







知ってましたけど、私間を空けると甘くなるんですよね!?^^;