Touch & Go  


別段怖いとは思っていなかった。今もそうだ。
ほのかはベッドの上で膝を抱え思い出してみる。

少し焦るような顔。涼しそうな普段とは違う
驚くほど必死さの滲む表情だった。とはいえ、
自分も似たような形相だったのだろうと思う。
いっぱいいっぱいになって抵抗した事は確かだ。
それが一度ならずという事実がほのかを落ち込ませた。

その中でも心に響く理由がある。それは
結局最後まで至らずな結果にほっとしている夏だ。
その胸の内を推し量ろうとするが良い結果は出ない。
恥ずかしくて怒ったり泣いたりする自分を慰める彼の優しい手。
嫌がっているというよりその反対だときっとばれている。
そう思うと穴を掘って埋まりたいくらい恥ずかしい。

習慣のようにぬいぐるみをぎゅううと抱き締めた。
局面をどう打開するのかがわからない。なので落ち込む。
キスだけでも思い出すと体は熱くなってしまうのに
抵抗するのを止めてみようかと思ったがそれもうまくいかない。

”なっちのばか!へたれ!ほのかのこと・・欲しいくせして”

八つ当たりだ。わかっているから情けない。ほのかは唇を噛んだ。
そんなにいけないことだと思わない。けど・・まだ何か足りないのか。
夏の求めるものが神聖なものだとするなら自分は買いかぶられている。
そう思えてならず、ほのかはこのところどうにも胸の奥が苦しかった。



何ら問題はない。他人からすれば馬鹿馬鹿しい話だろう。
どうやら思うようにならないのが恋愛というものらしい。
夏は昼間抱き締めたほのかを思い出しながら長い溜息を吐いた。

少しも嫌がっていない。寧ろよろこんでいる。
抵抗は羞恥心がそうさせるのだろう。名ばかりで可愛いだけだ。
余裕を見せたいところなのだが、そうもいかず真に不甲斐無い。
どうして踏み止まってしまうのかということを突き詰めてみれば
怖いのだ。腕の中の小さな体を傷つけたり痛めたりすることが。
無論そうしないよう極力を注ぐ心算はある。あるのにそれでもまだ
欲深さを制御出来ない若い自分自身を思うと踏み止まってしまう。

もう約束していた誕生日も間近。しかしそんな堤防は単なる目印で
ほのか自身の成長を待つつもりでずっと見守ってきた。はずが・・
思いあがっていた。見守られていたのは己の方で、ほのかは予想を
凌駕してしまい、まだ未熟さを保ちながらも確かな成長を見せ付けた。
女ってのは怖ろしい。男がちっぽけに感じられるがそれでも魅かれる。
きっと一線を越してしまったら、歯止めが利かないに決まっている。
引かれる自信なら売りに出したいほどある。在庫に困っている有様だ。
つまりは無茶をしてしまうだろうという確信がストッパーになっていた。

”けど・・いい加減・・このままでは愛想尽かされそうだな・・”

夏はうんざりする程の欲求と己の至らなさが重く圧し掛かる頭を抱えた。
どうしたって越えねばならないのだ。覚悟が足りない、ただそれだけだと。


そんな風に二人が互いの距離に悩んでいた折、それは唐突に起こった。

母親は普段の冷静さを失い、日頃と逆に父親の方が気丈さを見せていた。
旅行先での事故の知らせを受け、夏は車を飛ばした。両親の心配は当然だが
ハンドルを握る夏も冷水を浴びたように体が冷えてゆき、見えない何かに
魂を握りつぶされそうになっていた。どうしても受け入れがたい現実に。
幸いなことにそれは誤報だった。旅行社の陳謝の前で母親はへたり込んだ。
元気そうなほのかと再会すると母親はしがみ付くように抱き締めて離さず、
父親と夏はただただ無事を喜び、感謝する他にすることがなかった。

数日後、やっと母親から外出許可を得たほのかは夏に盛大に愚痴った。

「トイレにまでついてくる勢いだったんだよ!びっくりだよ、お母さんがさ!」
「わかってやれよ、そんくらい。俺だってそうしたい気持ちくらいわかるぞ?」
「ん・・そう・・だね、ごめんよ。なっちにも心配掛けたね。」
「ああ、もうあんな想いは御免だ。一人で遠出はさせんからな。」
「遠出って・・友達と一泊、それも国内だよ?」
「旅行社なんて止めろ。これからは俺が手配する。」
「・・・友達誘い辛いよ、そんなの・・・」
「ったく・・俺も鍵付きの部屋んでも監禁したいとこだぜ。」
「そんなに?・・へへ・・なっちってばずっと抱っこしてくれてるけど・・」
「しばらくこうしてろ。」
「あのさぁ・・しばらくじゃなくて明日の朝まで・・ってのはダメ?」
「!?そんなの母親が許可せんだろう!やっと外出が叶ったんだろ?」
「ほのかも今回のことで反省したの。」
「反省って・・それなら尚更外泊は拙くないか!?」
「このまま万が一なっちと離れ離れなんてことになるの絶対イヤだから」
「縁起でもないこと言うな。」
「だからとっととほのかのこと女にしてください。」
「っ!?・・おま・・直球・・すぎ・・ない・・か・・それ・・;」
「大真面目だよ。お母さんにも言ってきたから大丈夫。」
「ナニ!?・・よく許してもらえたな?!」
「まだだったの!?って呆れられたけど?」
「はあああああっ!?しかしっ・・まだ誕生日来てねぇし・・!」
「なっちはどうしてそんなにしたくないのかってずっと悩んでたんだ。」
「したくないわけじゃ・・その・・それはだな、つまり・・・・」
「もしかしてほのかと一緒かなって思ってみた。」
「へ?」
「ほのかね、恥ずかしかったの。ヤラシイ子ってばれたら嫌われないかなって。」
「・・・・・」
「なっちって心配症だからさ、似たような理由なんじゃないの!?ってさ・・?」
「・・・・・」
「その顔は当り?」
「・・・・・」
「黙ってるとそうだと思うヨ!?」
「当たってる。だが今はちょっと違う。」
「んん?!どこが?ナニが!?」
「そう思ってたのは事実だが、あの事故騒ぎの後はどうでもよくなった。」
「ええ!?」
「贅沢な悩みだろ!?おまえが生きてて俺の傍にいれば御の字じゃねぇか」
「・・・・なっちぃ」
「・・・なんだよ?」
「原因がわかった。なっちはねぇ・・ほのか病です!」
「は?なんだそれは。」
「恋の病の一種。面倒だなぁもう!絶対今晩泊まるから覚悟しなさいっ!!」
「・・・・・・ハイ」
「愛してるよ、なっち」
「知ってっけど・・」
「まだまだ。足りないね!わかっとらんよ、ちみは。」
「はぁ・・そうですか。」
「どんだけ愛されてるかわかるまで離さないんだから」
「おまえって・・・男前だな。実は男か?」
「惚れたかい?いいよいいよ、惚れ給え。」
「ああ、惚れた惚れた。惚れ直した。」
「・・ちょびっと複雑だな。なっち、男が好きってわけじゃないよね?」
「おまえが好きなんだ。男でも女でもどうでもいい。」
「・・・・素のなっちって・・・恥ずかしい・・かも」
「・・ホント恥ずかしいな・・俺もそう思うぜ・・;」

ほのかはふふっと悪戯っ子のように微笑むと夏に軽く口付けた。
夏もお返しにとほのかの首筋に唇を寄せ、吸った後舐め上げた。

「っぴぎゃっ!?・・・・びっくりするじゃないか!」
「すまん。今から謝っておくが素の俺に引くなよ?!」
「ん〜・・・引くかも。だけど嫌いにはならないよ。」

夏がほのかを抱く腕に力を込めた。くすぐったそうに身を縮めるほのかを
抱き抱えて夏は頭をほのかの肩に乗せた。甘える小さな子供のような格好だ。
そんな夏を小さな腕を一杯に伸ばして抱き締めるほのかは母親のようでもある。

「ねぇねぇ・・ほのか憧れの台詞が聞きたいな?」
「どんなのだ?おまえ臭い台詞とかは苦手じゃなかったか?」
「”今夜は帰さない”っての言ってみてよ、寒いかな!?」
「・・今夜だけか?もうこのままずっとここにいろ。ってのは?」
「うあ・・なっち・・それ本音なんじゃあ・・?」
「察しがいいな」
「さむ・・でも嬉しいからほのかも相当なっち病だね。」
「そうか・・ならもっと重症にしてやる。」
「あはは・・ガンバってねぇ!?」
「笑ってられんのも今の内だ!(って言うだけ言っておこう)」


思うようにいかなかったとしても、それはそれで楽しいものだ。
頭で考えてばかりでは答えの見つからないこともあるだろう。
素直なほのかはそのままで、怖がりな夏はほのかに負けないようにと
互いの距離を手探りで測り縮めていく。確かめ合うのは簡単なことだ。
二人の次のステージは眼の前に待ち構えている。手を伸ばしあと一歩。







「タッチ&ゴー」ってのは飛行機のアレです。好きな言葉でして。
というかテイクオフ(離陸)も好きですね。地上を離れる瞬間が。
などと無理矢理に予告してみる。次は「テイクオフ」書きますv