Please take your time. 


ほのかがその日オレに強請ったのは拳法の演舞だった。
それは畑違いだと断ったが、引いてくれずに渋々うなずいた。
おまけに衣装を着ろと言い張るので面倒なことに店開きになり、
本格的でなくてもいいだろうなどの押し問答の末、互いに妥協した。

「へぇ、半そでって本式じゃないんだ。」
「暑いからいいだろ。これで。」
「ウン、上着が長ければいい。」
「テレビと違うぞ?!いつものだからな。」
「わかった。なんでもいい。どうせわかんないし。」
「・・何が目当てなんだか・・・」

部屋を移動して簡単な準備運動をしただけでほのかが喜んだ。

「かっこいい!!惚れ直す!」
「アホ。これいつもやってるヤツだぞ?」
「着てるものが違うと違って見えるよ。」
「はぁ・・動きにくいんだがな、これ。」
「でもさ、普段着よりはマシじゃない?」
「・・・慣れたのが一番だな、やっぱ・・」
「そういやさ、あの長いフードの衣装って動きにくそうだけどね。」
「別にそんなことないぞ。」
「ねぇねぇ、こう?こんな感じ!?」
「ぷっ・・やってみたいのか?」

ほのかに少し教えてやると熱心に型を練習し始めた。覚えは悪くない。
スカートではなかったが、上に着ている服がひらひらと邪魔そうだった。

「オマエの方こそ、その服動きにくくないのか?」
「え?うーん・・ちょびっと。んじゃ脱ぐよ!」
「へ?」

ほのかはいきなりがばっと上に着ていた服を脱ぎ始めて慌てる。
止めようと手を差し出したが、手伝おうとしたと勘違いされた。

「あ、なっち脱がしてくれる?!ありがとね。」
「え?!脱がせろだと!?」
「裸になるわけじゃないからいいじゃん。ねぇ早くぅ!」

結局・・・万歳状態のほのかから服を剥ぎ取った。何してんだ、オレ。
ほのかはけろっとして「さんきゅ〜v」と下着のような姿で微笑む。

「オマエ・・それって・・・服か?」
「ブラトップだよ?下着代りなのさ。」
「・・それで・・するのか?」
「なんで!?変じゃないよ!」
「そんな格好、学校とか人目のあるとこでするなよ。」
「もっと暑くなってきたら結構このスタイルの人いるじゃない!?」
「オレもそんなの気にしたことなかったんだが・・」
「急にどうしたんだい?ほのかちょびっと『せくしぃ』になったとか!?」
「いや、それはない。」
「なんだとー!?」
「けどなんだ・・どうもその・・こんくらいオマエなら普通の露出度だよな?」
「そうだよ。タンクトップ一枚のときだってあるし・・今更何言ってんの!?」
「うーん・・なんだかなぁ・・?」
「なっちが脱がせたから?・・違うか。」

ほのかはもう面倒くさいとばかりに会話を終わらせ、練習を再開した。
オレはというと、ほのかが最後に言った言葉が引っかかって落ち着かない。

脱がせるとき見えた普段見えない箇所の素肌。実は結構動揺した。
だがほのかの言う通り、薄着のこいつはいつもこんな感じでいるじゃないか。
なのに・・なんでこんなに・・オレは焦ってるんだろうか・・・?

長いこと頑張って型はすっかり覚えてしまったとほのかは満足そうに笑った。
上気した頬と少し汗ばんだ姿で笑うほのかは健康的で何もいやらしい所などない。
そう思い込もうとしたり、休憩してさっきの服を着たほのかにほっとしたのもまた事実だった。

「はーっ・・いい感じに疲れた。なっち、お昼寝しよう。」
「・・寝るなら一人で寝ろ、オレは・・」
「忙しいんんだね!?それならば・・むふふ・・・」
「なんなんだよ、そのいやらしい笑い方は。」
「やらしくなんかないよ。そんなこと思うなっちがやらしいのさ。」
「・・・・違う・・・(と思う;)」

オレの途惑いなど他所事にほのかは座っているオレの傍へぴょんとやってきた。
そして飼い猫然とした態度でオレの膝に頭を乗せ、「おやすみ〜!」と言った。

「ちょっ・・!おいっ!!」

やられた・・・オレはほのかの昼寝に”また”巻き込まれたのだ。
仕方なくじっとしていると本当にすやすやと寝息が聞こえてくる。
オレは諦めてほのかの髪をそうっと撫でた。柔らかくて気持ちがいい。
しかしぼんやりと見つめているとさっきのことがまた気になり始めた。

”どうしてあんなに動揺したんだ?別に・・何も・・いや、”

いつもは見ない、あんなのは。上に上げられた両腕の内側は白過ぎた。
服で隠れた顔。否応無く目に入った胸元。白さがやけに目について胸が音を立てた。
上着を剥ぎ取った後の無防備な顔。うっかり手を伸ばしてしまいそうになったり。
・・ただあまり目にしない部分を見たから。ただそれだけだ。しかし・・

”ほのかも女なんだと思った。それに動揺したんだ。おそらく”

目の前で安らかな顔をして目蓋を下ろし、うずくまっているほのかに視線を落とす。
大人しくオレの膝の上で・・猫じゃなくて女の子がなんでこんな風に傍にいるのか。

”こんな顔してるくせして・・・”

「急ぐなよ。ゆっくりでいい。」

思わず呟いた言葉にオレ自身が驚いた。ほのかは眠っていて聞こえてはいない。
寝顔を確かめてほっとすると再びほのかの髪に触れた。なんだか少し照れくさかった。


「ふあぁ・・よく寝た〜!なっち、おはよお!」
「・・オマエ夢見てたか?」
「あ、ウン!なんでわかるの!?」
「眉間にしわ寄せたり笑ったりしてたぞ。」
「なんと!・・まぁそれはいいとして。なっちさ、ほのかに何か言った?」
「!?・・いや。」
「そお?んー・・なんか言ってたんだよ。でも眠くて起きられなかったのさ。」
「なんも言ってねぇ。」
「じゃああれも夢だったんだね。今度はお返事しようっと!うん。」
「・・・オレの夢なんか見てたのか?」
「ウン。よく覚えてないけどなっちがいた。でもって笑ってた。」
「オレが!?」
「そうだよ。でも途中で寂しそうな顔して何か言ったんだ。」
「へぇ・・」
「ほんとに何も言ってない!?」
「言ってない。」
「なんだったんだろ?気になるなぁ・・」
「そんなもの気にするな。」
「・・なっち、お腹減った。」
「っ!・・じゃあどけよ、お茶淹れる。」
「うんっ!!」

嬉しそうな顔で立ち上がったほのかは腰を浮かしかけていたオレに飛びついた。
慌てて支えたがそのままソファの上に座らされた格好だ。しがみつく体がやけに熱い。

「オマエ、熱あるか?おい、顔見せろ。なにしがみついてんだよ?」
「んー・・充電してるの。ちょっと待って。」
「何を充電すんだ?なぁ、暑いか?こっち向けって。」
「んもう、待ってって言ってるのにー!」

ほのかがオレに顔を向けたら思いのほか近くて、驚いて二人して固まった。
顔が赤い気がして益々心配になった。額に掛かる前髪をどけると手を当てた。
しかし意外にも熱は伝わってこない。ほのかは「熱ないと思うよ?」と呟いた。
「そうみたいだな。気のせいなら良かった。」
「お昼寝してたから体温上がったんじゃない?」
「あぁ、オマエ子供みたいだな。それならわかる。」
「何その嬉しげな顔。ほのかが子供だとウレシイっての!?」
「・・嬉しいとかじゃなくて・・」
「言っておくけどね、ほのか大人になってもなっちの傍にいるからね!?」
「え?」
「そんな置いてけぼりされそうな顔するんじゃありませんよ、まったく。」
「誰がそんな顔してんだ!んなこと思ってないぞ!?」
「そうかいそうかい。あ、思い出した!」
「は?何を!?」
「さっき。えっと・・ゆっくり、とか言わなかった?」
「そっそれって夢だと言ってたじゃねぇか。」
「そうだっけ。まぁいいや、ほのかはまいぺーすでいくから。」
「・・・それはいいな。」
「あれ?素直。イイ子だからご褒美!」

ほのかがオレの頬にキスをした。柔らかいがしっかりと確かな熱を感じた。
それは心地良くて、夢も現実も飛び越えてオレを安心させてくれた。

「・・・Take your time. そう、ゆっくりでいい。」

今度は誤魔化さずに直接伝えた。するとほのかが目を丸くした。

「最初なんて言ったの?わかんなかった。」
「言った。同じことだ。」
「ゆっくり?」
「オマエのペースでって意味だよ。」
「なっちが合せてくれるの?」
「その方が・・のんびりできそうだ。」
「それはいい考えだね!のんびりいこうよ、なっち。」
「ああ、そうするか。」

オレはほのかを引き留めたかったんだと気付いた。だから・・・
初めの呟きはそんな弱気が言わせた科白だ。できたらこのまま夢にしてほしい。
二回目に伝えた言葉はそうじゃない。勇気をくれたほのかに焦るなと自分へのエール。
きっとオマエに合せていれば、オレは自然に強くなれる。そんな気がした。
ご褒美のお返しをしたほのかがまた赤い頬を見せてくれたが、今度は暑いせいじゃなく、
ほんの少し大人になってきたオマエの女らしい部分。少しずつ大切に受けとめたい。







恋愛未満の夏ほのっていいですよねv