「太陽の恋人」 


プールとか人目の多い場所は嫌だから仕方なくだった。
例によってほのかに押し切られた結果、海へ連れて来た。
谷本の保有地だから、当然のことながら人気はない。
まぁここなら着込む必要もないかと上着を脱いだ。

「なっつ〜ん、お待たせー!」

暢気なほのかの声に振り向いて、持っていたパーカを落とした。

「おやっ、服が落ちたよ?なっつん。早く泳ぎに行こっ!」

いつものようにオレの腕を掴むと、目の前の浜辺へと向かう気満々だ。
オレは気を取り直すと、持っていたパーカをほのかに被せた。

「ばふっ!な、ナニすんのさ!?なっつん?」
「うるせぇっ!それ着てろ、つか他の水着ないのか!?」
「はい?・・これしか今日は持ってきてないけど・・?」
「だったら今日はずっとそれ着てろ!」
「えぇっ!?なんで!?暑いよ、こんなの着てたら!それに泳げないじゃん!?」
「ボートにでも乗っけてやるから諦めろ!今日は泳ぐの中止だ。」
「なっ・・それじゃあなんのために来たのさ!?泳ぎたいから来たんだよっ!?」
「どうしてもって言うんなら・・そうだ、Tシャツかなんか無いのか?上に着る・・」
「この水着のなにがいけないんだい!?シンプルなワンピじゃんか?」
「そっそんな薄っぺらくて白いの・・透けたりしねぇのか・・?」
「へ?・・さぁ?・・安かったから・・もしかしたら透けるかも・・」
「んなもの、着てないのと一緒だ!着るな!!」
「そんなバカなことあるもんかー!白いのなんて誰でも着るじょ!?」
「他は誰が着てもいいが、オマエはダメだ。とにかく・・他だったらなんでもいいから。」
「なっつんの言ってる意味がよくわかんない!どうしてっ!?」
「・・・わからなくていい。勘弁してくれよ、頼むから!」

オレの必死の説得にほのかは怪訝な顔で全く意に介していない。
それはそれでありがたかった。説明なんか死んでもしたくねぇ・・!

「何でも買ってやる、氷でもアイスでも。そうだ、水着買いに行くか?」
「・・これオニューなんだけど・・そんなに変かなぁ・・?」
「変じゃねぇけど・・その・・人目を引くっつうか・・・;」
「?・・ほのか残念ながらムチプリにはまだ達してないと思うけど。」
「風林寺あたりなら・・別に何着てても一緒だ。けどオマエはその・・未発達だから余計に・・」
「むっ!ナニそれ・・感じ悪いじょ〜!!」
「うー・・どう言やいいんだ・・・」

”余計にエロイ”とは言えず、オレは頭を抱えてしまった。
すると、その隙にほのかはさっと飛び出し浜辺へと走って行ってしまった。

「あっ!コラっ!!待て、ほのか!」
「ベロベロベーッだ!」

走りながら器用にオレの被せた上着を脱ぎ捨てて行きやがった。
そんなものはどうでもいいが、掴まえるには海は目の前過ぎた。
ほんの一足の差でほのかは海に飛び込んでしまったのだった。
なんでこんな海辺の目の前に別荘なんて建てたんだ・・・(言っておくがオレじゃない)
オレの谷本保有の不動産もビーチをも、恨めしい気持ちで眺めた。

「ひゃーっ!つめたーいv」

ほのかはそんなオレのことはお構いなしにご機嫌にちゃぷちゃぷ遊んでいる。
泳いでいるうちはまだいいが、上がって来るときを思うと気が気じゃない。
なるべく見ないように拾ったパーカーの砂を払い、再び被せる気合いを込めた。

「なっつんも泳ごうよー!」

ほのかが水を掛けつつオレを誘ったが、浪打際で待機し動かない。

「ツマンナイよ、なっつんってばぁ!遊ぼうよう!!」
「もうこうなったら好きに泳いでろ。オレはここに居るから。」
「・・そんなこと言うならもーっと沖に出ちゃおうかな〜?」
「・・・一人で沖に行くのは止めとけ。」
「じゃあなっつんも!ね?・・お願いだよう〜!」
「・・・」

一人で泳いで行かれては心配だったので、仕方なくオレも海に入ることにした。
意外と泳げるようだったが、突然足でも攣ったのかほのかが溺れた。
準備もなしにいきなり飛び込んだりするからだと腹立たしく思ったがすぐに引き上げた。

「ほのか!しっかりしろ。水飲んだのか!?」
「・・・ぷぷ・・ばぁっ!」
「!?・・オマエ・・質の悪い冗談すんな!」
「えへへ・・助けてくれてありがとーv」

抱いたまま水から上がったそのときオレはうっかり水着のことなど忘れていた。
そんなつもりはないにしろ、胸元をモロに見てしまい・・・予想は・・外れて欲しかった。
材質に問題ありな水着は完全に透けていて、オマケにほのかはいつものように擦り寄ってくる。
その場でほのかを落とすわけにもいかず、一旦砂浜に上がってからなるべく見ずに降ろした。

「あれ、戻ってきちゃったね。休憩?まだほのか元気だよ。」
「オレがヤバイから休憩だ。一度戻って着替えてくれ。」
「えー!?あんなちょっとでだらしないじょ!なっつん泳ぐの苦手なの?」
「そうじゃなくてだな・・・はぁ・・やっぱその水着ダメだぞ。」
「ほえ?・・あ・・!・・!?」

さすがにほのかも自分の胸元を見て、咄嗟に両腕で隠そうとした。
ちらっと見た顔は赤くて、コイツも多少は成長したのかと保護者的な感慨を抱いた。

「こっここまで透けるとは思ってなかったじょ・・うう・・安物はイカンのぅ!」
「・・・買いに行くか?それとも諦めて他のことするか?」
「んとね・・全部!」
「・・わかった。」

オレは他に誰も居なかったことを感謝した。谷本を恨んだりして悪かった。
こんな格好のほのかを人目に晒さなくて良かったと心底ほっとしたのだ。

「それにしても・・悔しいのだ!」
「あぁ?何が?」
「・・なっつんの方が胸あるじゃん!」
「へ?」
「うわ、ナニコレ、かたーイ!ぼこぼこだー!」
「オイ・・コラ・・何してんだ・・・」
「やっぱり大きければいいってもんじゃないね、ホラほのかのがやーらかいよ?」
「なに!?」
「ねっ!?」

頭が一瞬真っ白になるってのは・・・あーいうときかもしれないな・・・
ほのかはオレの胸やら腹をぺたぺたと触って、それも注意しようとしていたが、
その次の衝撃で完璧に虚を突かれた。・・オレはまだまだだと実感した。
まさかオレの手を自分の胸に持っていくとまでは・・予想していなかった。
もちろん、こっぴどく叱りつけた。冷静さを取り戻してからの話だが。
精神疲労でくたくたになった・・・なんでこんな苦労をしなけりゃならないんだ!?

「疲れた・・・オマエみたいなヤツ・・どうすりゃいいのかわからねー・・・」
「くすん;ほのかだってなんでこんなに怒られるのかわかんないよ!」
「そういうことを・・・もうするなよ?!何度も言うが・・・」
「わかったよ・・なんだい、驚いて一瞬掴んだくせに。結構痛かったんだじょ?!」
「・・・す・すまん;」
「あのさぁ・・なっつんがほのかのカレになってくれたら別に問題ないんじゃない?」
「まだなってねぇ!・・じゃなくて・・マジで他のヤツにするなよ?!じゃねぇと・・」
「じゃないと?」
「・・・嫁に行けなくなるぞ。」
「じゃあなっつんのとこにお嫁に行く!」
「アホか!?そんな誰にでも触らせるようなヤツはっ・・」
「もう絶対誰にも触らせないよ。そんならいい?」
「・・・・まぁ・・その・・・ホントウだな!?」
「らじゃっ!!」

ほのかは微笑んでオレに敬礼しながら了解の意を示した。
オレはかなりくたくただったせいか、その笑顔ですっかり許してしまった。
お日様みたいなそんな無邪気な顔は出逢った頃のまんまだなと思った。
けど、いつからこんな誘惑みたいなことするようになったんだろう?
もしコイツを恋人なんかにしたら、毎日こんな風にへとへとになるのだろうか?
いっそのこと受けて立って、オレの日々の苦労を知らしめるべきだろうか。
きっとそんなことはさっぱり意に介しないままで、笑って居そうだけどな。
それはそれで悪くない。ほのかは晴れたこんな日のように笑っていて欲しい。
夏の空に良く似合う太陽みたいに、ずっとオレの傍で。







数年後です。夏になると、ほのかに誘惑させたくなるんですよ。
でもってあれです、すっかり降参してるといいな〜!とか思ってます。(^^)