「ただそれだけで」(後) 


ほのかは曇りのない澄んだ瞳に期待を含ませて夏を見ていた。
座っていたほのかに夏が覆いかぶさるように顔を近付けても
僅かにも怖れることなく笑顔を浮かべ、ぱっと目蓋を下ろす。
ずしりと重い罪の意識が夏に圧し掛かる。ふっくらとした頬に
伸ばした手でそこに掛かる髪を退かせると、夏は耳へと唇を寄せた。

目を閉じたままだが、ほのかはびくっと肩を震わせる反応をした。
ゆっくりと目蓋を上げた。夏の唇は構わずにほのかの耳を滑る。

「ほっ・ほのか耳は・・」と漏らし、くすぐったそうに逃げようとする。
「知ってる。」ぼそりと夏は返答し、今度は耳朶を歯は立てずに咥える。

それまでは抵抗らしい抵抗もなかったほのかだが、これには慌てた。
両の腕で夏を押し戻す。当然だがほのかの力なぞ夏をどうこうできない。

「ヤダ、耳はほのかくすぐったいの。やめてよ、なっち!」
「・・・じゃあ何処ならいいんだ?」
「え!?えと・・何がしたいの、なっち・・?」
「何処でもいい。触れてもいい場所言え。」

夏の顔はほのかの真正面。今にも触れそうな距離だった。
最初に期待していた唇以外に触れたいということかと見当付けるが、
そう言われても果たしてどこならいいのか、特定の仕方も解らない。
夏は返答を待っているらしく、黙ってほのかをじっと見詰めている。
無言のプレッシャーに圧されてほのかは頑張ってどこかないかと探した。

「あの・・手は?」と思いついて言ってみた。よく手を繋ぐこともあり、
そこならばそれほど抵抗はないかもしれないとほのかは判断したのだ。
夏は黙ったままほのかの片手を取ると、小さな指を一本一本舐め始めた。

「っひゃっ・!!」ほのかは驚いて息を呑む。反射的に手を引くが夏は離さない。
ぎゅっと目をきつく閉じ、ほのかはソファの上で小さな体を一層小さく縮ませた。
身を竦めたとき、両脚が閉じないことに気付いた。夏の片膝が割り込んでいる。
何時の間にそうなったのか覚えていない。ソファの背もたれと夏に挟まれていて、
ほのかにはどこにも逃げ場がなかった。その上更に夏の上半身が迫ってきたので
最早身動きも難しい。辛うじて動く首を上げて夏に非難の視線を送るが無視された。

体が熱い。呼吸が乱れてくる。ほのかは気が動転してか、言葉も無い。
必死に耐えた時間はそれ程長くも無かったが、解放されるとほっとして涙が滲んだ。

”どうしちゃったんだろう?!”ほのかは涙でぼやけた夏を眺めて思う。

「・・なっち・・ね、イヤならこんなことしなくていいじゃないか・・」
「・・イヤがってるのはオマエだろ?イヤだとは聞こえなかったがな!」

至近距離から鋭い目線と声が跳ね返った。普通なら怖がる程の迫力だったが
対峙しているのは他ならぬほのかだ。怯むどころかきっと睨み返して言葉を繋ぐ。

「だって、ちっとも嬉しそうにも楽しそうにも見えなかったよ?なんで!?」
「理由なんか・・好きな女に触りたくない男がいるかってんだよ。」
「ウソだもん!なっち辛そうな顔してたっ!」声が荒ぶると目尻から涙が飛び散った。

「・・なっちはぁ・・言わないから・・わかんない!」
「・・・・・」
「・・・イヤそうな顔してこんなことされたら傷つくんだからね・・ほのかだって。」

ほのかはとうとう涙を滝のように降らせ泣き出した。その悲しげな顔が切なくて
夏の胸が抉られるような痛みを覚える。それは罪の意識を感じたときの比ではなかった。
居た堪れなくなってほとんど無意識にほのかを抱きしめた。初めは僅かに抵抗があったが、
ほのかは両腕を夏の背中に回し抱き返した。呼応して夏の腕に力が篭ると苦しい息が漏れる。
はっとして抱きしめていた力を弛めた。ほのかの涙はなんとか堰き止ったようだった。

「嫌がってなんか絶対にねぇから!それは信じてくれ。」
「・・・じゃあ何で・・?ほのかがちゅーするの好き過ぎで引いたの?」
「それはこっちの台詞だ。オマエが引かねぇかって心配だったんだよ。」
「してってお願いするのほのかばっかりだったのに!?」
「オマエが悦んでりゃそれはそれで嬉しいが・・オレは・・もっとしたくて・・だな・・」
「したかったの?言わないからわかんなかった。」
「言ったらっ・・・引くかと思うだろ!?もっと触らせろ、とか!」
「なっちが・・・なるほど、引くかもだね?!」
「!むかつく・・やっぱそうだろ!」

夏はそう言って顔を背けた。珍しくあからさまに拗ねている。そんな夏を見て
ほのかは今度はふっと顔を弛め、笑い出したので夏は益々面白くない顔をする。

「あははっ・・なぁんだぁ・・なっち、好きだよっ!」

突然告白されて夏は眉を顰めた。唐突で訳がわからないといった顔だ。
機嫌でも取るつもりなのかと思ったが、ほのかの邪気のない笑顔を受けて
むすっとして眉間にも皺寄せられていた緊張を解いた。

「引いちゃうかもだけど言ってよ、なっち。ほのかガンバルから。」
「頑張ってどうする・・させないからってオマエを嫌ったりしねぇよ。」
「ほのかだってどんなにヤラシイなっちでも嫌いにはならないよ。」
「何も知らないクセして言っちまったこと後悔するぞ。」
「ほのかだってヤラシイとこあると思う・・けどなっち引く?」
「・・・・・まぁ・・確かに反応はかなり・・・アレかな・・」
「え、アレって?」
「思ってたより・・感度がよさ気っていうか・・」
「なんだそれは!?ほのかめちゃヤラシイみたいじゃないか!」
「全然問題ないぞ!?寧ろその方がありがたいというか。」
「ううううっ!よくわかんないけどものすごく恥ずかしいっ!」

真っ赤になって俯くほのかが可愛いせいで、夏も釣られて頬を染めた。
俯いたほのかは何か考えていた。そして数秒後、俯いたまま夏を見ずに

「キスのおねだりが嫌じゃなくてよかった・・ほのか心配してたんだ・・」

呟いたのは独り言のようで夏の返事を期待したものではなかった。しかし、

「・・悪かった。・・続き、するか?」

それは最初にほのかが望んでいたことだとわかり、ほのかは顔を上げた。

「うん!それからなっちが好きなとこ触っていいよ。但し一箇所!」
「どこでも?」
「よっし!どこでも来い!」
「・・・つくづく思うんだが・・男らしいな、オマエは。」
「誉めてるのかい?それ・・うれしくもなんともないよ。」
「・・スイマセン・・相当誉めてます。」
「うむ、なら許すのだ。」

ほのかはいつもの調子を取戻し、夏に普段通り飛びついた。
すると夏はソファに腰を下ろし、ほのかを膝上に抱きかかえた。

「あれ?!ちゅーしてくれるんじゃないの?」
「する。けどその前に触らせろ。」
「ななっ・・いったいどこを・・」

「っ!!?っやっ!そこダメぇっえええええっ!!」

ほのかは悲鳴を挙げ、夏の膝上から落ちそうなくらいに飛び跳ねた。
しかし後ろから夏に抱きかかえられているため、落ちることはない。
ただ、後ろから伸びた夏の手が片方の胸を全体に包んでいるので・・

「暴れたら力入るぞ?」
「イヤっ!離してえっ!!ほのか今日は・・」
「ブラしてないってのは触れと言ってるようなもんだ。」
「ちがっ!してないんじゃなくて、カップ付きのキャミしてっ・・いやあああ!」

胸をまさぐられるだけでもとんでもない感覚であるというのに、その上
夏の唇がほのかの弱い耳をまた攻める。「いっ一箇所って言ったじゃないかっ!」

「スマン、忘れてた。オマケってことで。」
「なんで急に開き直ってるのおっ!?ヤだっ・・てっ!ぁっ・・ぅ///////!!!」

ほのかの顔はもう赤くない処がない。小刻みに震える体はしっかり抱きこまれて
器用に下着代わりのキャミをずらして進入してきた掌に好きなようにされている。
息が乱れるのを必死で堪える様子に、夏がもう一度耳元でわざとらしく囁く。

「そんな顔されたら・・止まらなくなるぞ?いいのか。」
「!?・・ふ・・ぅっはなし・てっ!あっ・・あ・ぁ!」
「今からキスなんかしたらもっとヤバイかもしれねぇが・・するか?」
「もっいい!しなくてっ・・いいか・らっ・・なっちぃ〜!」

ほのかは涙交じりで訴える。その姿も充分男を煽るのだが、本人は必死なのだ。
ぱたりと突然に放された。ほのかは放心していた。荒い息で肩は上下している。

「後悔したか・・?」と夏は後ろから声を掛ける。びくりとほのかの体が揺れた。
恨みがましい目付きでゆっくりと振り返る。夏は決まり悪そうに両手を挙げた。
『降参』のポーズなのかどうか、ともかくもうしませんの意思表示であるらしい。
睨みつけるが潤んだ瞳で迫力には欠けた。しかしほのかは負けるまいと口を引き締める。

「嬉しそうな顔に免じて・・ゆるしてあげるよ!えっち!なっちのどすけべ!」
「なんか、ようやく・・認定もらえたみたいでほっとした。」
「なんの認定だよ、えっちだって思って欲しかったのかい!?」
「そんなようなもんだ。オレも男なんだとわかってもらえて良かったぜ。」
「なんだそんなこと・・バカみたい。男の子だってちゃんと知ってるのに。」
「ホントかよ!警戒心の無さは昔から少しも変わってないだろ!」
「怒るよ?・・お嫁にもらってって言ってたでしょ!?昔から。」
「・・・?」
「男の子じゃなきゃ言わないよ、そんなこと。」
「まるでいつでも襲ってよかったみたいに聞える・・」
「う〜ん・・でも思ってたより怖いかも。イヤがってもやめてくれないし・・」
「あんまり嫌がってるように見えなかったんだよ。」
「なんですと!?もおお・・」

ぷくっと頬を膨らませ、ほのかは子供っぽく怒った様子を見せた。
夏はそんなほのかの肩に力を抜いた腕を乗せてきた。「降参・・マジでもう・・」

「どうしたの?!なっち空気抜けたみたい!」
「抜けた抜けた。もう何もしません。だからしばらくこうしててくれ。」
「??・・いいけど。ヨシヨシ・・よくわかんないなぁ・・男の子って。」

くくっと夏の口から苦笑が零れた。「お互いサマだろ。」と小さく呟く。
夏の表情には何もかもしてやられていながら清々しい気持ちが現われている。

「オレは・・・やっぱオマエがいい。好きだ、ほのか。」

今度は夏からの突然の告白。ほのかは一瞬目を丸くしたが直ぐにのみこんで

「なんだい・・ほのかそれだってちゃんと知ってるよ、なっちー・・」

幸せそうに夏に向けて微笑んだ。負けず幸せそうな顔の夏と目が合う。
お互いに数センチの距離で見詰めあい、同時に目蓋を下ろす。触れるだけのキス。
それでも二人は満たされていた。ぴたりと足りなかったピースが埋まったように。
それぞれに少しずつ、違った場所を探していたのかもしれない。けれど見つかった。
また迷ったり焦ったとしても、もう不安にはならない。夏はそう確信した。







R指定・・ってよくわからないけど、大丈夫ですよね?この程度なら。
もっといやらしいことさせようかとも思ったんですが、自重しましたv