「ただいま&おかえり」 


初めはいつになく予定が捗るなと思った。
シンと静まり返った居間をぼんやりと眺める。
見慣れた場所に見慣れたヤツが居ない。
ただそれだけなのに違う場所のような気がする。

”アイツ・・来ないのか・・”

いつもと変わりなく別れた昨日。
「また明日ねー!」と手を振っていた。
久しぶりに静かに過ごせるなと思いながら、
妙な脱力感でやる気の出ない自分に首を振った。

2日目は少しむかついてきた。

”・・あのガキ・・もう二度と来るな!”

来るなと言ったのはオレなのにそんな風に毒づく。
何に腹を立てているのかわからない自分に苛ついた。

3日目になると風邪でも引いたのか?と勘ぐった。
しかし元気そうで少しも具合の悪そうな様子ではなかったと思い直す。
同じクラスのアイツの馬鹿兄キに尋ねてみようかとも思ったが、
その馬鹿は内弟子になってから親元に居ないのだったと止めにした。

”まさか他の誰かに纏わりついてんじゃねぇのか?”

ふとそう思うと余計にむかむかと胸ヤケのような気分がした。
人懐こいアイツの笑い顔を思うとありそうだなと思えた。

”大体警戒心がないし、アイツは・・・・あれでも一応女なのに”

今度は妙に胸騒ぎがしてしまってとうとう兄キに尋ねてしまった。
何も知らないらしい答えに”役に立たねぇ奴だ”と思っただけだった。

”それにしても・・・ツマラねぇな・・”

最近どうにもヤル気の出ない自分に溜息が零れた。
一人でぼんやり屋上から空を眺めていたらあの馬鹿兄がやって来た。
一番見たくない顔だったが、オレにくだらないことを話しかけてくる。

「ほのか、明日帰って来るってさ。良かったね!?」

そういえば修学旅行の話を本人からうんざりするほど聞かされていたのを失念していた。
オレは一体このところ何をアレコレ考えていたんだろうと自身の愚かさに愕然とする。
悔し紛れにうっとうしいことばかり言う馬鹿兄キをぶん殴ってやろうと思った。
逃げても追いかけたが、そのせいで余計腹の立つ結果を招いた。
「元気出て良かったねぇ!」などと能天気な声を掛ける馬鹿コンビに遭遇したのだ。
オレがこのところ元気がなかったなどと言い出し、それがまるでアイツ不在のせいだと・・
・・・そんな風に思われていたことやら何やらで・・・オレはぶち切れそうだった。

結局、授業再開でオレは怒りやらの持って行き場を中断されてしまった。

”くそっ・・あのバカガキ、帰ってきたら・・どうしてやろう!?”

振り回されていたこの数日はなんだったんだと思いながらふと外を見ると青空が映る。
そして目にした青空に、悔しいことにまたアイツの笑顔を思い浮かべてしまう。

”いつもいつも・・あんなバカみたいな顔して笑いやがって・・!”

きっと帰ってきた途端邪魔されるであろう自分の予定をどうするかと考える。
アイツが居なかった分捗るはずだった仕事は実のところほとんど消化されていない。
これはマズイ、とオレは追い立てられるようにやる気を取り戻した。

”アイツも・・仕事を早く済ませることに役立っているのか?”とふと思う。

しかしなんだかそれも悔しいので頭を振って否定し、予定の立て直しを急いだ。




「なっつ〜ん!たっだいまーっ!!」

ほのかは思ったとおり、ハイテンションで帰って来た。
オレは予想通りと軽く受け流す体勢を整えていた・・・のだが、
まさかオレに飛びついて来るとまでは予想していなくて仰け反った。

「うわっ!なんだよ、おまっ・・帰った途端に!」
「逢いたかったじょーっ!もうなっつん不足で死にそうだったのだ、許してくれー!」
「なんだよ、それ・・・」
「う〜・・懐かしい匂いだじょ。元気してたかい?ほのか楽しかったよ。そんでね・・」
「ちょっ・・落ち着け。それにいつまで人に抱きついてんだ!土産話なら・・」
「ウン、そうだね、まずは落ち着いてなっつんを満喫しようっと!」
「オレを!?どういう意味だそりゃ!?」
「うー・・・なっつんなっつんなっつーん・・・」
「おっおまっ何やってんだ!?猫か、オマエは。コラヤメロ、くすぐってぇ!」
「いいじゃないか、久しぶりなんだもん。なっつんの傍はやっぱイイよ!」
「ばっ・・バカ言ってんじゃねぇ!」

オレは顔が熱くなるのがわかったが止められなかった。あまりの甘えられっぷりに慌てた。
離そうとしてもしっかりと抱きついて離れようとしないほのかに手が行き場を求めて彷徨う。

「はー、寂しかった。ねぇねぇ、なっつんも寂しかった?」
「そっそんなわけねぇだろ!?もっと長いこと行ってりゃ良かったんだよ。」
「またまた・・素直じゃないねぇ〜!?」
「誰がっ!?怒るぞっ!」
「まぁいいや。それより『おかえり』って言ってよ、なっつん。」
「はぁ?オマエんちじゃねぇぞ、ここは。」
「何処だって『ただいま』って言ったら『おかえり』って言うんだよ、挨拶の決まりでしょ?!」
「・・・まぁ・・そう・・か?」
「そうだよ。ハイ、なっつん『ただいまv』」
「う・・・お・・『おかえり』・・・」
「ウン、ただいま〜!嬉しいじょ、また逢えて。」
「大げさなヤツだな、ずっと逢ってないみたいに・・」
「結構長くなかった?ホラ毎日逢ってたから余計にそう思うのかね?」
「・・・そうだな・・オマエが居ないと静か過ぎたぜ・・」
「ホラ、やっぱり!?」
「やっぱりって何だよ、オレは別に寂しかったとは言ってねぇぞ!?」
「だって静か過ぎるってのはほのかが居た方がいいってことじゃない?」
「ずうずうしいヤツだな、そんなこと言ってねぇよ。」
「うへへ・・まぁそういうことにしといてあげる。」
「オマエ〜・・・むかつく!」
「さてと、お茶でも淹れて?お土産あるし。」
「マジむかつく・・」

ほのかの頭をぽかんと軽く小突くがその柔らかな髪の感触も久しぶりで・・焦る。
少しも気に留めない様子でカバンから色々と出し始めていたのにほっとしたというのに、
髪ごと引き寄せてしまったのは・・・あまりに気に留めない様子が悔しかったんだろうか?

「ん?なぁに?」
「なんでもねぇよ。」

うっかりと触れたほのかの髪をぐしゃっとかき混ぜて離す。何やってんだ、オレは・・
浮き立つような気分を誤魔化そうと必死になってオレはその場を後にした。

「お茶淹れてきてやるから、待ってろ!」

捨てゼリフのように言って居間のドアを閉めると、胸の動悸を抑えようと勤めた。

”おかしいだろ!?どうしたんだよ、オレは・・何を・・舞い上がってんだ?”

抱きつかれて困ったくせに、離れたら・・引き寄せようとするなんて?
無意識にした自分の行動が信じられなくて頭をオレの方がガツンと殴られたみたいだ。
深呼吸をして気を取り直し、久しぶりのお茶を淹れに台所へと向かった。

戻ってきた居間ではまだかまだかと待ち構えたほのかがお茶を飲む間も惜しんで土産話を始めた。
ほとんど聞いていなかった。内容がそう興味のないこともあったが、それよりも・・
この場所にほのかが居ることがまだどうにも現実のような気がしなくて上の空だったのだ。

「なっつんてば、聞いてる?」
「へ・・?あぁ・・しかしやっぱ居るとウルサイな。」
「だって一週間分だもん。じゃあ今度はなっつんね。なっつんは何してたの?」
「何って・・・別に・・いつも通りだ。」
「へ?・・・ほのかが居ないからアレコレしたんじゃないの?」
「・・そりゃまぁ、何もしなかったわけじゃねぇけど・・」
「ふーんそうなの?・・・浮気はしてないみたいだね?」
「う!?なんだそりゃ!?」
「普通こういうときがチャンスらしいよ?友達がそう言うからちょびっと心配したんだー!」
「浮気も何も・・・オレとオマエはそんなんじゃねぇだろ!?」
「・・・そうかぁ、やっぱり違うのかぁ!?」
「・・?」
「ほのかも友達に聞かれて困ったんだよね?付き合ってるのじゃないんだよね?ほのかたち。」
「ちっ違うだろ!?」
「ウン、まぁいいか、よくわかんないし。」

ほのかはけろっとした顔で納得したが、オレは内心焦っていた。
どうしてこんなにコイツが居ないことが不満だったかと考えていたからだ。
まさか、そんな訳ねぇよな・・・?と心の中に沸き起こった答えを打ち消した。
逢いたくて詰まらなかったことも、逢えて浮き立った気持ちも・・それは単に・・

”オマエがあんまり毎日来てたからだろ、突然来ないと変な気がしたのは!?”

寂しかったわけじゃない、断じて違う!オレはお茶を流し込むようにしてそう思おうとした。
とりあえずほのかは気にしていないようで、そのことに多少むっとしたことも事実ではあるが、
”帰って来たんだから・・まぁいい、それで”とオレは思った。
”ただいま”とオレのところへ帰って来た、そのことだけに満足しておこう。







なっつん、まだ無自覚です。これは「彼の処方箋」の続きになります。楽しかったですv
ほのかもまだ無自覚。このボケボケコンビもわりと好きだったりして。(^^)
この頃の二人は周囲の方が「え〜!?」と呆れるような関係なんですよ、きっと。