「彼の処方箋」 


「なんか元気ないね?なっつん。」
「誰がなっつんだ!」
「や、だってこんなとこでぽつんと寂しそうにしてるからさ?」
「おめぇの顔見てっとむかつくからとっとと消え失せろ。」
「前から聞いてみようと思ってたんだけど・・」
「聞えてねぇのかよ・・さっさと行・」
「僕とほのかって、結構似てるだろ?顔とか。」
「はぁ?・・ずうずうしいとこはそっくりだな。」
「ほのかの顔見てもむかついたりするの?」
「・・・アイツはもう慣れたっていうか・・」
「ふーん・・むかつかないんだ。」
「・・・何が言いたい?」
「妹はいつだって君のこと『なっつん』て呼ぶじゃないか。」
「・・・アイツが言い出したんだ・・迷惑な話だぜ。」
「そんでも君が妹にそのことを注意してるとこなんて見たこと無いし。」
「アイツ言っても聞かねーんだよ!」
「けど結局はさ、ほのかだけに許してるっとことかな?」
「ばっ・・!なっ何言ってんだ?」

僕の友人、谷本夏くんは顔を一気に紅潮させるとぷいとそっぽ向いた。
普段クールに振舞っていても、彼は実のところとてもわかりやすい人だ。
本人に言うと怒るだろうと予想済みなので仲間内では暗黙の了解となっている。
皆が彼のことを『わりと単純で可愛い』などと評しているとバレたら・・ちょっと反応が怖い。
そのことはさておき、彼がこのところ元気がないのは事実で、新白の面々も気付いている。
友人としては彼を元気付けてやりたいところ、それで勇気を出して声を掛けてみたってわけだ。

「違うの?」
「ち・違うに決まってるだろ!馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!」
「ふぅ〜ん・・でも妹ってば君にほんっと懐いてるよねぇ?!」
「・・おまえの妹が人懐こ過ぎるんだろ・・」
「家でも毎日のように君の話題らしくて、母さんもつられて『なっつん』と呼んでるんだよ。」
「・・・止めさせろよ。」
「そんなこと言っても、今一緒に住んでないしねぇ。」
「結局何が言いたいんだよ、てめぇ。」
「あ、そうだった。元気出してもらおうと思ってさ、君に。」
「?・・オレは別にいつもどおりだろ。」
「ほのかね、明日帰ってくるってさ。母さんから聞いたんだ。」
「そ、そんなことなんでわざわざ教えてんだよ。」
「あいつ修学旅行なんだ、僕も昨夜聞いたんだけど。ま、そんなわけだから。」
「だから、なんだってんだよ?!」
「良かったね。帰ったら即君のとこへ行くと言ってたそうだよ。」
「そんなどうでもいい情報をなんでオレに振るんだ?!」
「ここんとこ元気ないなって心配してたんだよ。・・寂しかったんだねぇ、なっつん。」
「あ〜の〜な〜!」
「や、僕は友人としてだね・・」
「・・死ねっ!」

彼が紅潮した顔を誤魔化すように手刀を投げかけてくるのをなんとかかわす。
照れなくてもいいのに、怒ってる風でも結構嬉しそうで見てて恥ずかしいくらいだ。
しかしこのまま照れ隠しの攻撃に晒されるのも勘弁して欲しいので僕は逃げることにした。
追跡はたいしたことないとわかっている、なんせここは学校だから。
この人気のない屋上から校内に移動してしまえば、彼は手を出せない。
彼は学校ではすこぶる『優等生』だからね〜!

「待てよ!」
「げっ、追いかけてきた!」

計算外にも彼は僕を追いかけてきたので、少々マズイなと感じた。
もしや「親友」を演じつつ痛い目に合わす、という裏技で来たか〜!?
良かれと思ってした行動だったのに、なんという結末・・予想はしたけど。
それもこれも友人として彼を思えばこそだったんだけどなぁ。

「ちょっと待ってよ、夏くん!お土産、お土産買って来るってよ?楽しみだねぇ!!」
「そんなもの期待してないよ?心外だなぁ・・」
「おわっあぶなっ!・・えぇ〜?無事に帰って顔見せるだけでいいとか?ふひゅー!」
「やだなぁ、何馬鹿なこと言ってんのさ?」
「あははははは・・・・・;”笑ってても怖いんですけど!”」

ついつい彼が面白くてからかいすぎたかもしれない。僕の馬鹿・・・
からかうと言っても嘘は言っちゃいないんだけどね?
追跡から逃れようと新白連合の部室へ逃げ込むが彼はしつこく追って来た。

「わー、もう助けて!ゴメンゴメン、もう言わないからさー!?」
「このヤロォ・・・そこが死に場所か?じっとしてろ、このボケ!」

僕が必死で彼の攻撃を避けようと努力しているというのに、新白の面々は寧ろ喜んでいた。

「やぁ、後輩君たち。谷本君元気出たようだねぇ、良かった良かった!」
「すげえな。効果覿面ってやつだな?!」
「兼一君の妹が修学旅行から帰ってくるんだろ?」
「ああ、そうなんだってな。」

「!なんでおまえらがそんなこと知ってるんだ、馬鹿コンビ!?」
「新島くんが言ってたからね〜v」
「皆知ってるぜ。おまえがここんとこ元気なかったことなら・・」

彼に捕まりかけていた僕の目の前で彼がビシッと音立てて固まる。
「ちょっと待て・・・オレがどうだって・・?」

怒りの矛先が反れて武田先輩の方へ移ったのことに僕はほっとした。

「君がどんどん元気なくなってくからどうしたんだろうって言ってたんだよね〜!」
「ああ。そしたら新島が教えてくれてよ。しょうがねぇよ、学校行事なんだしなぁ?」
「オ、オレはいつもと別に変ってねぇ・・・」
「まぁまぁそんなに照れなくてもいいじゃな〜い?」
「!!おまえら全員・・・ぶっころ・・す!」
「わー、待った待った、おっ!ホラ授業始まるよ、予鈴だよ〜?」
「知るかっ」
「き、君は優等生なんだろう〜?!兼一くんっパスっ!」
「じゃっ、先輩お先ですっ!」
「わっズルイぞ?!宇喜田ー!助けてくれー!!」
「谷本、離してやってくれ。俺たち留年組みは遅刻もマズイんだよ!」
「・・事実だけど、そう真面目に言われると傷つくじゃな〜い?・・」
「ちっ・・後で覚えてろよ・・」
「いやはや・・助かった。宇喜田、ありがとうv」

僕はさっさと皆を置いて連合の部室を後にした。やれやれだ。
しかし教室目前で後ろから異様な気を感じて恐る恐る振り向くと・・
「あ、あれ?早いね、夏くんてば。」
「酷いなぁ、置いていくなんて。・・後で覚えてろよ?」
「いや、できれば忘れたい・・な〜・・;」

どうして友達を気遣ってあげたのにこんなに冷や汗かかなきゃならないんだ。
彼は自覚がなかったことや、皆に知られていたこともショックだったんだな。
しかし授業が始まってしまえばこっちのものだ。彼はやはり大人しくなった。
彼は窓際の後ろから二番目、つまり一番後ろの僕の目の前に座っている。
だからここは彼の様子が丸分かりな席で、女子の争奪戦もあったりした。
結局彼の周囲は女の子は座らないということで全女子は渋々納得したりして。
まぁそんなことは余談だけれど、とにかくここに座っていると彼のことが良く見える。
それで彼がここのところ元気がないことに僕が最初に気付いたのだった。
何故かっていうと彼はよく窓の外を眺めるのだ、寂しそうな目をしながら。
ほんのわずかな間のこととはいえ、詰まらなそうに頬杖をついたりすることもある。
それと僕の顔をたまに睨んだりしつつもチラチラ見てることにも気付いた。
何か聞きたいのかと思って尋ねてみると「・・おまえの妹具合でも悪いのか?」と訊かれた。
「・・いや、そんなことは聞いてないけど?」僕も修学旅行のことを知らなくてそう答えた。
「ふん、そうか・・」とだけ素っ気なく答えたけれど、それでなんとなくわかったんだ。
いつも妹が入り浸って迷惑だとか言っていたくせに、急に来なくなって心配してたらしい。
「ほのか、君のところに行ってないの?そういえば梁山泊にも最近来ないなぁ・・?」
「・・・別に来ないのは静かで助かるぜ。もし会ったらそう言っとけ。」
「う、うん。いつもすまないね、面倒見てもらって。」
「・・・ふん・・」

家に電話して事情がわかったのと、新島が入手した情報から皆に知れることになった。
まぁ帰って来るのはもう明日だし、言わなくてもいいかとも思ったんだけど・・・
やっぱり言って良かったなと僕は彼の横顔を見てそう思い直した。
今までのような寂しそうな目をしてなかったからね、彼はホントにわかりやすい人だ。
僕はちょっと想像してみた。もし彼が患者ならカルテには”ほのか不足”って書かれるんだ。
そして処方箋にも”ほのか”とすれば何にでも効きそうな気がする。想像しながら笑みが零れた。
窓の外は快晴で心地良い風も吹いていた。彼の目も優しそうにその空に向けられていた。
早く帰って来い、ほのか。おまえのこと待ってる人が居るからな。
僕はしばらく見ていない妹の笑顔を思い浮かべ、心の中で呟いた。
きっと彼もこの青空のようなあいつの笑顔を思い浮かべているんだろうなと思いながら。







えっとほのかの出てない夏ほのです。(2回目ですね)兼一視点でお送りしました〜v
『夏ほの処方箋』という萌え言葉から連想して考えたお話でございます。
でもってこれは「ただいま」&「おかえり」という話に続きます。おほほ・・☆
楽しいネタをいただけて大喜びの管理人であります。ドコたんvありがとう〜!(^^)