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「おまえさぁ・・いつも夏くんとどんなことしてんの?」

ほのかの敬愛する兄兼一は妹に常日頃の思いを口にしてみた。
対する妹はきょとんとし、あどけなさの抜けない顔で口篭る。

「・・色々。お兄ちゃんは美羽と修行以外なんかするの?」
「美羽さんと二人きりだと僕はどうにも落ち着かなくてね」

まるで乙女のように頬を赤らめて兄がそんな惚気を語りだす。
ほのかは相変わらず兄想いであったため、胸を痛くしたりする。

”お兄ちゃんってば今時信じられない純情ぶり。可愛いなぁ”

想い人との距離を縮められずにいる兄を気遣いつつほっとする。
何故ならほのかの初恋のヒトは兄兼一であったからだ。そして
自分が強度のブラコンであったことも知っている。失恋も然りだ。
恋愛にぶきっちょなところは己にも多少心当たりがあって余計沈む。

”うまくいくといいねって口に出せないあたりまだまだだね”

兄への想いを卒業したつもりだがまだ僅かでもこうして気落ちする。
しかしそんな深刻なブラコンからほのかを救ってくれた男は・・・
彼女の愛する兄とは似ても似つかない正反対のタイプだった。

”なっちだって可愛いっちゃ可愛いとこあるんだけどねぇ・・”

素直で正直な兄とは違い、なっちこと谷本夏は本音をほとんど漏らさない。
何せ出逢った当初は人間どころか世の中の何もかもが憎いと言い放つ程の
ひねくれっぷりでほのかは内心呆れたものだ。今は随分改善されたのだが。

”なんでまたあんなヒトを好きになっちゃったんだろうねぇ・・ほのかったら”

一度こうと決めるとしつこいのは兄もほのかも共通している。
とんでもなく自分より先を行く女を護る為に兄は諦めることなく頑張って
自分もまた、あのどうしようもないひねくれて面倒な男を愛している。
ただ時には兄のような真直ぐな情を示す者が羨ましいと感じてしまう。

”なっちもこうしてたまにデレてくれたらいいのにな・・ケチんぼめ!”

そんな風にないもの強請りと知りつつ、時々ぼやきたくなるのだった。

兄の惚気でメランコリックになったほのかが夏に会いに行くと修行中だった。
終わるまでは仕方無いとほのかは真面目にも宿題なぞを取り出してみる。
家庭教師も兼ねている夏にどうせ後でチェックされるとわかっているから。
妙に真面目で頑固なんだから!とほのかは少々責めモードになっている。
ほのかは夏がものすごく遠慮しいで心配症だとわかっているから許しているが
はっきり言って欲求不満なのだ。彼女らしい扱いに憧れている今日この頃だ。
勉強にも身が入らず、ぼけっとしているとその真面目な男が居間に入ってきた。

「宿題をするならするでとっとと片付けろ。何ぼんやりしてんだよ。」
「ウワぁ・・キタよ、このイイ子ぶり。休憩してたんだよ、きゅうけい!」
「早くしろ。オヤツ用意してきてやるから。」
「はいはい。わかったよーっ!っだ。」

かなり可愛くない対応だと自覚はある。けれど夏だってどうかと思う。
仮にも好きな女の子が家に来ているのに甘さの欠片もない昔ながらの態度。
ほのかがいくら強靭な精神の持ち主だとしても、不安に思わないことはない。
本当に愛されているのか?彼は家族(妹の代わり)を求めているだけなのか?
違うと言ってもらったが、自信が揺らぐ。素直でなくてもちゃんと確かめた。
はず、なのだが・・・ヒトの心などうつろうものだ。間違うことだってままある。
夏が台所へ消えた間、結局もやもやとして宿題は終わらせることができなかった。

「ダメだ!今日は調子よくない。明日にする・・」

ほのかは色んなことを投げ出すと、広げたノートの上につっぷしてしまった。
そんなときにタイミングがいいのか悪いのか夏が入ってくる。良い香りがした。
オヤツはいつもに増して魅力的な芳香で鼻腔をくすぐったがそのまま伏せていた。
すると夏もほのかがいつもよりかなり元気がないことに気付いたようだった。
お茶を脇に置くと、ほのかに優しい声音で尋ねる。

「・・おまえの好物だぞ。宿題はもういいから食えよ。」
「・・・ありがと。なっちー・・・」
「珍しく落ち込んでるな。」
「あぁ・・やっぱり?たまにはあるよ、誰だって。ね?」
「そうだな。俺は・・居ていいのか?」
「ちょっと!追い返す気なのかい!?」

ほのかはがばっと勢い良く顔を上げる。夏は複雑な顔をしてほのかを見た。
自信のない今放り出されたら、寂しさでもっと手に負えないことになりそうで
持ち前の元気はどこへやら、ほのかは縋るような目で夏を見つめ返す。
ここで彼女を励ましてやらねば男ではない、と普通は思う場面なのだが、夏は
普段の感情を強く出さない表情を貼り付けたまま黙ってほのかを見るだけだ。
ずきりとほのかの胸が音を立てた。傷ついた。傷つくのは我侭だろうかと思う。
どうやって慰めてやればいいのか夏はわからないんだろうといつもなら考える。
そんな不器用な夏を自分が支えたり、慰めたりしていたはずなのに、今の自分は
夏にならば愛されて当たり前と思いあがっていたのかもしれないと感じていた。

「ここでいいなら居てもいいが・・遅くなると心配掛けるだろう・・?」
「どうしてそう卑屈なのさ、”いてもいい”んじゃヤダ!居て欲しいって言ってよ!」

ほのかは大声で叫んだが、語尾は涙交じりに震えていた。
彼から必要とされていると思いあがっていたのかと居た堪れなくなり、
ほのかは立ち上がると机の宿題をかき集めて仕舞い、帰ろうとドアへ急いだ。
しかしソファを離れる段で引き止められた。さすがに夏にも察しがついたのだ。

「・・帰る!離せっ!」

夏の腕にほのかは噛み付いてやろうと思った。悔し紛れの八つ当たりだ。
けれどそれは叶わなかった。夏に抱きすくめられて口付けされたからだ。
そんな慰めが欲しかったのではないと思うと腹が立つ。涙が一粒零れ落ちた。
それなのに嬉しかったからだ。腹が立ったのも事実。けれど引き留められて嬉しい。
ぼろぼろと涙が後から後から溢れた。しかしそれに構わずほのかは夏に縋った。
深くなった口付けに拙いながらも応える。夏の腕もそれに合わせて強くなっていった。
長い口付けの後、涙は止まっていた。ぼんやりとしたほのかを夏が覗き込んでいる。
夏は子供のような顔だった。置いていかれそうになった小さな子供に見える。

「・・なっち・・」
「帰るなよ」
「遅い!」
「すまん」
「知ってるんだから、なっちはねぇ・・ほのかがいないとダメでしょ!?」
「うん・・けどおまえはそうじゃねぇだろ?」
「・・自信ないの?」
「ない。」
「情けない!」
「うん・・」
「なんでなっちみたいなヒト好きになっちゃったんだ、ほのかは。」
「俺が必死で引きとめたからだ。」
「いつ引き留めたよ!?さっきは」
「言葉にはしてないが・・いつだって引き止めてた。」
「なんですか、それは!?素直じゃない!」
「・・うん。けどおまえじゃないとダメだ」
「正直に言えたから、許してあげるしかないね・・・」
「・・すんません・・」
「偶にはほのかのことすきすきって見せてくれたらいいのに。」
「いつも思ってるだけじゃ・・イカンのだな。」
「イカンよ、全然ダメ。偶にでいいから、ね?」
「じゃあ・・帰るな。」
「うん、まだいるから」
「じゃなくて帰るなよ、明日まで」
「へ・・・・?」
「って言ったらダメなんだろ?!」
「あ・・びっくりした!冗談か!」
「いや本気。ダメなら・・せめて」
「!?!!!!?」


そこから先はとても言えない。押し倒されたのは確かなんだけど・・・;
そりゃあデレて欲しいって思ったし、嬉しくないとは言わないよ!けどっ
極端なんだから!なっちは!!もうもうもう・・・・ばかーーーっ!!!

ほのかは心の中で叫ぶ。声は夏に掻き消されてしまったためだ。
無意識に触れた夏のスイッチに気付くほんの少し前の頃の話。









すいっち押してみた。んですが・・・これは・・・書いてて驚いた。
どこまでいっちゃったかはお好みで想像してください。(丸投げ)
調子乗りすぎだよね、夏くん。彼がいかにむっつりかということを
証明してしまった気がします。(笑)ってか夏バージョン次書きます。