Switch の裏側  


「ときに谷本よ、ほのかとはどこまでいってんの?」

お天気の話題でもあるまいに、と夏は顔には出さないで思う。
”大きなお世話だ”とも考えたが、それも口にすることはなかった。

「・・目的は何だ。注進か?」
「誰の命でもないさ、好奇心だよ単なる。」

悪びれない悪友の様子に有無を求めず軽く拳をお見舞いした。
逃げに関しては天才的な男もまるっきり不意を突かれて沈む。

「う・・腕を上げたな・・・!谷本・・!!」

寝そべりながらもあくまで上から目線で親指を突きたてる新島だった。

”馬鹿め。逃げもパターン化してるってんだよ!”

悪友を殴ることでいくらか清々しつつも夏はふっと小さく息を吐く。
いつの間にかすっかり女らしい体つきになった相棒の姿を思い起こす。
スタンスは変わってしまった。昔と比べて180度の転換を見せている。
手の掛かる子供の部分を残しつつというのがほのからしいと言える。
つまり彼の好ましい無邪気さを失わず、且つ彼好みの女に育ったのだ。
気付いたときにはすっかり罠に落ちていた。惚れて身動き取れない状況。

”あんなガキに・・俺も大概どうなんだって趣味してるぜ!?”

心の中でまで彼は素直ではなかった。要するにベタ惚れだという意である。
どこまでだっていけるものならスタンバイOKだが、相手がほのかだ。
そこらの女より手強いのは承知の上で付き合い始めた。だから止むを得ない。

”いつだってどうにでもできる環境がマズイっちゃマズイよな・・”

しかし彼も嫌われたくない一心で耐えている。惚れた方が負けとはかくやだ。
ほのかは傍にいるだけでも甘い匂いで誘い、無意識に彼への想いを披露する。
それのどれ一つとっても可愛い。おまえその可愛さどうにかしろ!などと
彼お得意の無表情の裏から何度突っ込みを入れたか数え切れないのだった。

”たまにはアイツも弱味見せるとか・・・ないよな、あいつに限って”

ついつい欲求不満が祟ってありもしない妄想に耽る。それも若さである。
しかし根が真面目な夏は出来うる努力は惜しまない。ほのかに対しても
あれほどひねていた頃からすると嘘のように彼は真摯に向き合っている。

”しょうがねぇし焦るこたぁない。ああ見えて頑固者だからな。”

夏はすっかり鼻の下の長いことを考えていた。表情こそは変わっていないが。
ほのかのことを特別に感じて、欲して、どうにかなりそうだったところを
救ったのは他ならぬほのかだ。夏のことが好きだと自ら飛び込んできてくれたのだった。
内心デレまくっても仕方がないだろう。夏自身が一番信じられないほどに嬉しかったのだ。
いくらでも我慢くらいすると彼は思った。他の女で代用が利かないことだけは確かなのだ。
彼は帰宅するなり修行モードに切り替えた。ほのかが来る前に発散しておかねばならない。
不埒なことを昼間から考えてる場合ではない。一度でも失敗すれば・・想像もしたくない。

彼なりに気持ちを切り替えてはみたものの、その日ほのかは様子がおかしかった。
日頃悩まない、落ち込まない、そんな彼女が妙に沈んでいると感じたからだ。
何かあったのかと推察するが、言いたくないなら知らない振りの方がいいだろう。
夏は単純なほのかが少しでも笑顔になれるよう、三時の間食を勧めた。
ところが思ったより深刻な悩みらしい。ほのかはヤツ当たりのごとき荒れ模様だ。
日頃へたれな己を援けてくれる彼女だ。今度は自分がなんとかしてやらねばと思う。
思う、のだがどうすればいいのかわからずにほのかの泣き出しそうな表情に動揺を強くした。
インターバルを取って離れ、戻ってみるとほのかはテーブルにつっぷしていた。
一体何がほのかをこんなに落ち込ませたのかと思うと怒りが湧いてくる。
誰か他人が原因ならばそいつを殴り殺すくらいわけないくらいに夏はむかついた。
まさかほのかの落ち込みの原因が自らにあるとはそのときはまだ理解していない。

居間に戻ったことは気付いているはずなのにほのかは顔を上げずに伏せたままだった。
取り合えずトレイを端に置き、ほのかになるだけ穏やかに話しかけてみた。

「・・おまえの好物だぞ。宿題はもういいから食えよ。」
「・・・ありがと。なっちー・・・」
「珍しく落ち込んでるな。」
「あぁ・・やっぱり?たまにはあるよ、誰だって。ね?」
「そうだな。俺は・・居ていいのか?」
「ちょっと!追い返す気なのかい!?」

ほのかはがばっと勢い良く顔を上げ、驚いて半歩下がってしまう。
見ると今にも大きな瞳からは透明な液体が溢れ出そうな悲しい顔だった
夏の胸の奥がぎりっと深い痛みを覚える。ほのかの悲しむ訳が知りたい。
自分に打ち明けて欲しいと願いを込めて夏はほのかをじっと見詰めてみた。
ところがほのかの喧しいほど達者な口は理由を打ち明けるどころかきゅっと結ばれた。
傷ついた顔をして帰り支度を始めたのだ。夏は焦った。自分の行動の誤りに気付いたが
時既に遅し。ほのかは夏に見切りを付けたように何も言わないまま出て行こうとしている。
間違いなら正せる、しかし見切られたのなら難しい。しかしこのまま行かせるのも無理だ。
夏はほのかを強引に引き寄せた。抵抗されていつもなら放すところを抱き締める。

「ここでいいなら居てもいいが・・遅くなると心配掛けるだろう・・?」
「どうしてそう卑屈なのさ、”いてもいい”んじゃヤダ!居て欲しいって言ってよ!」

ほのかはとうとう堪えきれずに泣き出した。だがやっと夏はほのかの想いを垣間見た。

”俺!?俺に・・知らぬ間に傷つけた俺に・・拗ねて甘えて見せてくれてたのか・・?”

見捨てられるかもしれないなどと情けない夏の想いとほのかとでは掛け離れていたと気付く。
気丈で自分よりずっと誇り高いほのかが弱みを見せてくれていたのだと思うと夏は感動する。

「・・帰る!離せっ!」

こんなときに不届きだと思ったし、ほのかは怒るだろうと予想は付いた。それでも
夏は堪らなくなってほのかの顔を無理矢理上向かせ、かなり乱暴なキスをした。
ほのかが硬直し、涙が零れたのにも気付いたが、止めなかった。止められなかったのだ。
いくらほのかだって落ち込むことくらいあるだろう、しかしそれはもしかしたら・・
自惚れかもしれないとも思うが、ほのかが求めてくれていたのかと夏は口付けながら感じた。
夏にしがみ付くように腕を絡めるほのかに愛しさと確信が募る。もしかしなくて当りなのかと。
長い間抱き締めていた。キスもこんなに長いのは初めてで互いの体が熱くわなないている。
このまま離したくないと思う。しかしほのかの吐息と震える肩になんとか体を解放した。

「・・なっち・・」
「帰るなよ」
「遅い!」
「すまん」
「知ってるんだから、なっちはねぇ・・ほのかがいないとダメでしょ!?」
「うん・・けどおまえはそうじゃねぇだろ?」
「・・自信ないの?」
「ない。」
「情けない!」
「うん・・」
「なんでなっちみたいなヒト好きになっちゃったんだ、ほのかは。」
「俺が必死で引きとめたからだ。」
「いつ引き留めたよ!?さっきは」
「言葉にはしてないが・・いつだって引き止めてた。」
「なんですか、それは!?素直じゃない!」
「・・うん。けどおまえじゃないとダメだ」
「正直に言えたから、許してあげるしかないね・・・」
「・・すんません・・」
「偶にはほのかのことすきすきって見せてくれたらいいのに。」
「いつも思ってるだけじゃ・・イカンのだな。」
「イカンよ、全然ダメ。偶にでいいから、ね?」
「じゃあ・・帰るな。」
「うん、まだいるから」
「じゃなくて帰るなよ、明日まで」
「へ・・・・?」
「って言ったらダメなんだろ?!」
「あ・・びっくりした!冗談か!」
「いや本気。ダメなら・・せめて」
「!?!!!!?」


少し大胆なやり方だったかもしれない。ほのかはパニくって声も出ない有様だ。
しかしながら体はちっとも嫌がっていない。夏は調子に乗ってしまったのだった。
結局最後までは至らなかったが、ほのかに真っ赤な顔でお説教を食らうこと1時間弱。

「ばかばかばか!えっち!いきなり押し倒すヒトがありますか!?」
「・・・イヤがってなかったじゃねぇかよ・・・っていうかかなりよろこ」
「知らないっ!腰が抜けたじゃないかぁ!?帰れないよう〜!!?」
「なら泊まってくか?」

それはほのかがあまりにも可愛いのでつい言ってみた言葉だったのだが、
ほのかに殴られる羽目に陥った。夏は怒らせてしまったことで項垂れてはいた。
しかしほのかと同じく嬉しそうな表情だったことは誤魔化しようのない事実だ。







すいっち押された夏くんサイド。アホらしくなってしまった・・!
どこまでもいった場合を想定していた方には申し訳ありません。^^;
でもしっかり胸元に幾つかの印くらいは付けてますよ、きっと。(笑)