Sweet Love 


実は抱き寄せたことはない、抱きつかれはしても。
腕を絡められても、ほぼノーリアクションだったはず。
何を言われても、ポーカーフェイスに努めた。
例えば、「好きだよ」なんて告白めいた台詞なんかに。
見つめられれば、視線は外した。なるだけ自然に。
オレからはなんのアプローチもしたりはしなかった。
しかしそれらは・・・やはり卑怯なことだっただろうか。

ほのかはというと、自然に振舞っているように見えた。
オレの知っている媚とは無縁の他愛ない仕草だと思えた。
実際無邪気な様子からは、オレに何を求めてもいないと感じられた。
気軽になんでも口にして、怖いもの知らずなほど遠慮なしに。
傷つくことを怖れない、その裏表無い言動をこっそりと尊敬した。
じっと人の目を見つめることも、不躾でありながら不愉快にさせない。
何もかもが、オレと正反対。ずっとそう思い、怖れていた。

ほんとうは・・・オマエだってオレと同じなんだと気付かなかった。

目を反らしていたからか、護ってやりたいなんて・・思いたくなくて。
心配していたからだ、そんなに無防備で大丈夫かとほんとうはいつも。
この腕に抱き寄せて安心しろとも言えず、警戒しろとはもっと言えない。
なんてバカなんだろう、オレは。隠せていると思い上がっていたんだ。
こっそりと見つめていたことも、そのままでずっといてほしかったことも。
兄貴を慕うことに妬いたり、その他からも独占したい想いを抱いていたこと。
どうしても大人になってしまうなら、この目の前でと切望していたことさえも。


普段嘘なんか吐かないオマエが吐いた嘘は、オレにしかわからないものだった。

「なっつんホントはほのかのことすきでしょ!?」
「うぬぼれんな、アホ。」
「うぬう・・ひっかからないなぁ・・すきなくせに。」
「それはオマエが、じゃないのかよ?」
「違うもん。なっつんがほのかのことすきなんだよ!」
「よく言うぜ。オマエみたいなガキ、誰が・・・」

いつもの冗談めいた会話だった。だがそのとき、ほのかは嘘を吐いていた。
無理していたんだろう、元々芝居もできないほど正直な奴だったのに・・
気付いてやれなかった。その大きな瞳からぽつりと涙が零れ落ちるまで。
はっと我に返って涙を拭いていたが、その前に見せた表情はオレの身体を抉った。
どこか深いところを、致命傷と感じるくらいの深い、痛みだった。

「・・・オマエ・・・」
「なっつんの頑固者。絶対ぜったいそうなんだから。」

ほのかは負けん気を見せてそう言ったものの、顔を伏せてしまった。
涙を堪えきれなくなったのだ。腕を押し付けて誤魔化そうとしていた。
もしかしたら、自分に言い聞かせていたのだろうか?ずっと・・・

「なに・・泣いてんだ。」
「泣いてないよっ!ちょびっと汗が出たから拭いてるだけさ。」

いつもなら、意地を張るほのかをからかったり宥めたりしていた。
そのとき初めて、オレは自分から手を伸ばした。ほのかはびくりと驚いた。
押し付けるほど強くないが、ほのかの軽い抵抗を封じるほどの強さはあった。
抱き寄せてみたいと思っていた身体はあたたかくて、随分想像と違った。
予想よりも軽く小さくて、頼りなげだった。態度はいつもでかいクセして。
それでも温かさは現実味を覚えさせ、これが妄想ではないことを物語った。
ほのかは顔を上げようとしたのだが、すぐにやめて俯いてしまった。
顔を見られたくなかったのかもしれない。泣いたことが一目瞭然だろう。
なるだけ顔を反らしてオレから遠ざけるようにしてから、呟いた。

「・・泣いてないから、離してよ。」
「なんで嘘吐くんだよ?」
「嘘なんか吐いてないもん。」
「それも嘘じゃねぇか。」
「なっつんのクセに生意気な。離してったら!どうしちゃったのさ!?」
「どうもしねぇ。こうしたかったから、したんだ。」
「そっ、それがおかしいじゃないか。いつもと違うよ。」
「オマエだってそうだろ、泣いたりして。」
「だから泣いてないよ!」

ほのかはオレの胸に手を当ててぐいと押してきた。
本人はかなり抵抗したつもりでも、演技するのも難しいほどの力だ。
逆に少し強く抱きしめると、ほのかは小さな悲鳴を上げた。

「やだ、なっつん。どうして!?離してって言ってるのに。」
「・・オレが悪かったから、いつものオマエに戻ってくれよ。」
「なにそれ?ほのかはいつもとおんなじだよ。」
「じゃあなんで我慢したりすんだ。オマエは泣きたいときは遠慮なく泣くだろ?!」
「悲しくなんかないもの。なっつんが素直じゃないから呆れただけだよっ!」
「オレが素直になったら、オマエも正直に言うのか?」
「え?!・・何を・・?」
「だから、オレがすきだと言ったら、オマエも言うかときいてるんだ。」
「・・・・どうして・・?嘘吐いたら嫌だよ・・」
「オマエがいつも言ってるのは正しいんだよ、間違ってない。」
「嘘だ。そんなのうそっ!嘘吐くの許さないんだから!」
「オレが嘘ばっか吐いてたからか?・・それは・・謝る。」
「う・・うそだ・・変だよ。なっつんじゃないみたい・・」
「っ・・じゃあどうすりゃいんだよ!?」
「ほのかなんかすきなわけないもん。ガキだっていつも言ってるじゃないかっ!」
「そう言ってないとヤバイだろ!?うっかり・・その・・」

何を言っても今は信じてもらえそうになくて、オレはほのかに顔を近づけた。
ほのかが間近でオレの意図に気付き、「いやっ!」と思い切り顔を背けた。

「う、嘘吐いてたのはほのかだよ。ずっとからかってて欲しかったの。」
「・・・え?」
「子ども扱いされてるのも嫌じゃなかった。どんななっつんだって・・」
「どんななっつんもすきだもの。・・気付いて欲しくなかった、ほのかのこと。」
「気付くって何にだよ?」
「ホントはやな子だって。なっつんに優しくされたくってわがまま言って・・」
「ガキだって言われても仕方ないって思ってるよ。ずっと甘やかされてたいの。」
「んなこと・・いいじゃねぇかよ?」
「ほのかずるくてやきもちやきで、わがままで子供なんだよ、それでもいいの?」
「・・・いいもわるいも・・もうすきになっちまったし・・」
「なっ・・なっつんてば、おかしいよ、やっぱり。」
「んだよ?何がおかしいって!?」
「すきになって欲しいから『すきでしょ!?』って言ってたんだよ?ほのか・・」
「・・・だからなんだってんだ。どこもおかしくないじゃねぇか。」
「お、おかしいよ!どこが・・どこがすきなのさ、ほのかの。」
「・・・どこって・・・全部?」
「うそ!!!」
「オマエだってオレのことどんなでもすきだと言ったじゃねぇかよ!?」
「・・それは・・そう・・だけど・・」
「一緒じゃねーかよ。なんか問題あるのかよ?!」
「・・・あれ・・・?・・なんか・・わかんなくなっちゃった。」
「あーもーめんどくせぇな!つまりなんだ、今までのままがいいってことなのか?」
「えっと・・それもそうなんだけど・・それじゃなんか足りないっていうか・・・」
「それじゃあそこんとこも同じじゃねぇかよ。人を慌てさせやがって・・!」
「なっつんだって。急に抱き寄せたりするんだもん!焦るよっ!!」
「突然泣き出すからだろ、オマエが!」
「だからって!」
「なんだよ!?」

気がつくと、オレとほのかは向かい合って口げんか(?)みたいになっていた。
しかしお互いにゆるく抱き合ったままなので、なんとなく気恥ずかしさが漂った。
それで一度手を離すと、ほのかも倣って、お互いに何故かほっと息を吐いた。
するとおかしくなったのか、ほのかが腹をくの字に曲げて笑い始めた。
それを見てオレはようやく安堵の溜息を落とし、やれやれと肩の力を抜いた。

「泣いたり笑ったり忙しい奴だぜ・・」
「偉そうに。なっつんだってすごくおろおろしてたじゃないか。」
「オマエのせいだろ・・まぁ・・オレのせいでもあるんだろうが・・」
「・・・なっつん、もう一回抱っこして。」
「ああっ!?嫌なんじゃないのかよ!?」
「いやじゃないから言ってるの。」
「ややこしい奴だな、まったく・・」
「お互い様だよ。」
「・・・フン・・」

「ねぇ、ほのかずっとわがままでもいい?」
「何を今更カワイ子ぶってんだよ。」
「むっ・・わかったよ。なっつんの変わり者。」
「なんでそんなこと言われなきゃなんねーんだ!」
「だって・・オマエみたいなの誰が・・っていつも言うじゃないか。」
「それは・・オマエみたいなのは、オレ以外に相手にならないだろって・・意味だよ、ばぁか!」
「・・ばかばかって・・なんだい・・」
「だからお互い様なんだろ!?」
「う、ウン・・そうか。そうだね・・?!」

ほのかは頬を桃色に染めて、肯いた。それを見て「珍しく可愛いな?」と言ってみた。
「めっ珍しい!?失礼な・・いつだって可愛いんだからね!」と言い返すほのかは益々赤い。
「ああ・・まぁな。」態とそう言ってやるとオレをぐっと睨み付けた。そこはマジで可愛いと思う。
「・・・なんか、悔しいじょ!?なんとかしてよ!」
「なんとかって?キスでもして欲しいのか?」
「ちっ違うよっ!それなっつんがしたいんでしょっ!」
「まぁな。オマエもしたいと言ってんじゃないのか、それ。」
「べーだ!もうその手には乗らないよ。フンだ!」

真っ赤になって反抗するほのかを抱きしめて、軽く頬に触れる。
こんな甘ったるい幸せを手にしてしまっていいのだろうか。信じ難いが事実だ。
手放したくなくて、その温もりを確かめるように手繰り寄せるとそこにはほのかの手。
二人して少し遠回りをした帰り道、そんな気がした。これからも傍にいる。けれど
これまでとは違う。確かめるのは意外に簡単だったのだ。オマエに倣って勇気を出そう。
感謝を込めて見つめると、ほのかは笑ってくれた。もう他には何も要らないと思えた。








眩暈がします、あまりの糖度に。(笑)