「スキということ」〜ほのかサイド〜 


好きになってみて初めてわかることが色々あると知った。
相手が自分のことをどう想っているかということもそうだ。
ほのかが自覚したのはブラコン気質の為かかなり遅い時期で
思い出すようにして理解した。”ああ、そうかすきなんだ!”

口惜しくて敵わない想いはそれまでも体験していたはずだ。
なのに負かされるのが嫌いな自分がそれを喜んでいるとか、
滅茶苦茶に嫉妬深いとわかっていたのに意外に冷静でいるなど
それまでの認識から一々逸脱しているようで新鮮な驚きの連続。

妙なことにそれまで好かれているとばかり思い込んでいたことも
ちっとも嬉しくないとわかった。つまり『気がない』と言う事実。
妹的立ち位置が楽でそこに安穏としていたのだなぁと合点もいった。
あのヒトは多分、いや間違いなく自分を恋愛『対象外』にしている。

自然零れたのは「あぁ・・・」と自虐な溜息だけだ。知っていた。
彼は兄と同学年にしてはそっち方面に殊に興味が薄いということを。
人間不信やシスコンや武道漬けの日々、要因は様々であろうが。
それでも友人と関わるようになったりと、良い変化もしていってる。
最初から年下であるのにほのかは人生の先輩のような気分もあった。
けれど惚れてしまってはどうしようもない。これからどうするかだ。

きっとどれだけアピールしても無駄、或いは逆効果だと予想がつく。
夏は見た目その他もてる要素には事欠かない。なのに女がダメなのだ。
それなら男ならどうだろうと疑うが、それもどうやら好まないらしい。
結局夏自身が自分を省みて、改善しようとしない限りは前進はしない。
その手伝いが以前なら喜んでできただろうにとほのかは落胆した。

”好きになっちゃったものはしょうがない・・けどほのか女になれるかな?”

どう考えても夏が自分に色気を持つとは想像できず、膝と頭を抱える。
寧ろどこのどいつならあの難物を落とせるのか教えてもらいたいくらいだ。
などと珍しい後ろ向きな感情に翻弄されつつ、ほのかは決意を固めた。

”いいや、一生愛してもらえなくても。好きなこと諦めなくてもいいよね。”

それからどうなったかというと、特に変わりない。表面上は実に平和。
好きだということを隠していれば夏は変わらず優しくて頼もしい相棒だ。
いっそ自分が男だったらもっと親しくなれただろうかとも思ったけれど
男女の別はおそらく大したことはないのだ。いつかは殻を壊す時は来る。
そのとき遠ざけられても離れない覚悟はした。友達でいたかったからだ。
女として必要とされなくてもいいとほのかは決めてしまったのだった。

”なんでなんてカンタンなことさ、好きだからだよ”

そうと心が落ち着くとほのかは本来悩まない性質のままに元気を取戻した。
ところが人生そううまくはいかない。ほのかは妙にもてるようになった。
困る。元々それほど恋愛体質ではないので面倒くさいとしか思えなかった。
あまり毎日言い寄られ疲れたほのかはとうとう夏に援け舟を求める羽目に陥った。


「ごめんよ、なっち・・お父さんも弱ってたけどほのかももう限界さ。」
「その社名だと相手はかなりの大物だぞ。いいのか、振っちまっても。」
「好きでもないヒトにいきなり嫁げとか言わないでよね!?約束は!?」
「・・・お前は好きでもなんでもないんだな、ソイツのこと。」
「だったらそう言ってるって。そうなら困ることないじゃん。」
「・・・いっそ指輪でも買うか?お互いに虫除けになるだろ。」
「そうだねぇ・・悲しいけどね。偽物が生まれて初めてとか。」
「・・・すまん、今のは俺が悪かった。」
「いいよいいよ、なっちに悪気がないのはちゃんとわかってるさ。」

ほのかはへらへらと笑顔で答えた。その顔を神妙に見ていた夏が考え考え尋ねる。

「ほのか」
「ん〜?」
「偽物じゃなかったら・・受け取ってくれるか?」
「へ、なにを・・!?指輪のこと言ってんの!?」
「俺みたいなので良かったら・・かなり今更だが・・」
「ちょっ・・嘘でしょ!?いやだやめてよ、同情したの!?」
「そうじゃなくて・・お前はこれから誰とだって付き合えるだろうが・・」
「誰とも付き合う気なんかないって言ったでしょ!?ほのか怒るよ!」
「聞けよ、俺は何も見合い話から逃れたくて提案してるんじゃないんだ。」
「ああ、会社とかからのプレッシャーね。そりゃいつまでも独身だから。」
「お前にそれこそ恋人の振りしてくれなんて以前言って怒らせたけどな。」
「うん・・・つまり何が言いたいの?」
「こっこれからも俺のこと・・見捨てないって言ってくれるならだな・・」
「え・・・マジメに言ってる?まさか・・・」
「ゴホッ・・う・つまりはその・・・お・俺と・・・」
「振りじゃなくって・・?いやいやいやどうしちゃったのさ、なっち!?」

ほのかは狼狽してかなり変な顔になっていた。そのほのかの肩を夏が抑える。
両手で軽く乗せているだけなのだが、武道で鍛えた上半身も腕も動かない。
ほのかは抑えられて身動きできず、否応なしに夏を見上げる格好にされた。

「遅いとうか待たせて申し訳ないが・・けどやっぱお前じゃないと俺は・」
「待っていつからそういうことに!?見ててそんなのわからなかったよ!」
「要するに俺はお前以外の女はどれも・・興味が持てない。だから俺と・」
「付き合えって!?ちょっとホントに今更だよ、なっち落ち着いて!?」

落ち着けと叫ばれた夏はすっと深く肺に息を送り込むと吐き出し落ち着いた風だ。
反対に途惑いで多少青ざめたほのかに向って夏はゆっくりと確かに告げた。

「俺と結婚してくれ。ほのか。」

『けっこん』という単語があまりに予想を超えていたのかほのかは口を開け、
意味がわからない、と顔に描いたまま固まってしまった。一方夏はというと
言ってのけた達成感と期待感によって高揚した表情でほのかの返事を待っていた。

「・・・けっこん?・・え・・と付き合うって話じゃ・・あれ・?」
「すぐでなくていい。付き合いたいなら好きなだけ付き合う。だから頼む。」
「え・・・・えええええええええええええええ!?」

今度は夏に「落ち着け」と言われたがほのかはパニックで貧血状態だ。
ガクガクと肩が震えだしたので夏も慌てた。過呼吸でも起こしたのかと疑う。
しっかりしろと迫るがほのかは意味不明な声を漏らすだけで完全におかしい。
心配になった夏はほのかをぐっと抱き寄せた。心臓が互いに怖ろしく鳴っていた。
しばらく大騒ぎの体やら気持ちを抱えたまま、夏とほのかは時を忘れて寄り添う。
我に返ったのは夏が先だったが、ほのかが落ち着くまではと腕は離さないでいる。
時間がどれほど経ったのかわからないが、やがてほのかも腕の中で深呼吸した。

「そんなに驚くとは思わなかった。もう大丈夫か?」
「驚くに決まってるよ・・・あーびっくりした・・」
「その涙は・・嫌なのか?それとも・・」
「泣いてる?わっ・・ホントだ。うわわ」

眼の前でぼろぼろと大粒の涙がほのかの頬を滝のように滑り落ちている。
夏はしばし悩んだが涙を拭い去るべく、指を伸ばしてそっと頬に触れた。

「好きになってくれるなんて思ってなかった・・から」
「待っててくれてありがとう、ほのか。けど一応返事、くれるか?」
「する。するに決まってるよ!付き合うしけっこんもする!絶対。」
「はぁ〜・・・よかった。断られたらマジで俺は後がないからな。」
「変なの。よりどりみどりでしょ?結婚相手なんてさ。」
「お前が言うな。知ってるだろ、俺はお前以外ほぼ塊にしか見えん。」
「かたまりは酷くない?!顔の判別くらいできるでしょ!?」
「判別できたってなぁ・・俺も悩んだが・・結局お前のおかげだな。」
「?・・・ほのか何にもしてないじゃないか。」
「なんにも言わずに待っててくれただろ。ずっと俺以外見向きもせずに。」
「ありゃ!?気付いてたの?・・嫌じゃなかった?」
「最初は途惑ったがお前に好かれるのだけは嫌じゃなかった。」
「そうかぁ・・・嬉しい。なっち、ありがとう。」
「こちらこそ・・ってああっ!」
「なっなになに!?今度はっ?」
「・・・いや、こっちの話だ。すまん、驚かせた。」
「どっちの話さ。わからないよ。」
「う・・いやその・・お前指の・・サイズっていくつだよ?」
「指?さぁ・・ほのか指輪しないからわかんない。」
「そうか・・そうだよな。俺としたことが。」
「???」

夏が問い詰められて告白したことは次の通り。以前指輪を購入してしまったこと。
ほのかに土産物を選んでいるとき、隣のショップで見掛けて目に留まったという。
指のサイズがわからず、適当にこれくらいと言って買ったものの渡せずにいたらしい。
いっそのこと結婚の申し込みをしてしまおうと思ったせいでハードルが上がったのだ。

「指輪がきっかけにしてもなんでいきなり結婚しようと思ったわけ?」
「・・指輪が呼んだというか・・『あ・これはほのかのだ!』と・・」
「へぇ?!・・それで?」
「中々言い出せずにいたが俺も好きだし、他の女とか有り得ないしで」
「はぁ・・そうなの・・」
「けどお前も興味ないとか言ってたし、断られるかもと思うとこれが」
「意外にヘタレだね、なっち。」
「それこそお前ならわかってるだろ?!俺はそういうのが苦手なんだ。」
「そうだねぇ・・別にヘタレでもオクテでも好きだけれどもさ。」
「だから俺はお前じゃないと・・面倒見切れない、だろ?」
「面倒見て欲しかったのか。よっしゃ、面倒見たげる。一生離さないよ。」
「男らしいな。お前のが余程男前だぜ。」
「そお?惚れ直す?!」
「あぁ、惚れ直す。何度でも。」

ほのかはまた恋の不思議と人生の妙を学んだ。夏の変化に気付かなかったのも
少々ショックだった。誰よりも見ていると思っていたから。けれど・・・
意外でも唐突でも衝撃でもいいのだ。彼はほのかの選んだ男なのだから。
そして誰よりも自分を愛してくれる男でもあったのだと幸せと喜びを噛み締める。
結局サイズはワンサイズ大きかったので直すことになりはしたが式には間に合う。

「あぁでもこう・・恋人同士っぽくいちゃいちゃしたかったな。」
「・・・ずっとしてただろ?これからもすればいいじゃねぇか。」

もうすぐ新郎になる男の逞しい腕に手を添えて、ほのかは「そうだね」と頷く。
バージンロードを通って夏の手から指輪は渡され、ほのかもまた新婦となるのだ。











あまりいちゃついてない夏ほの。・・・のつもりですが?