好きな色は 


 「あお!」「キイロ!」「ミドリ!」「ピンク!」

 一つに絞れと友人は困った顔をした。キライな色は
ないのかと質問が代わると「ない」とほのかは答えた。


 「なっちは?好きな色って何色?」
 「・・知るか、んなこと考えたことねえ。」
 「あ、そう。じゃあ青は?すき?」
 「なんなんだよ、一体何に必要な情報だ。」
 「う〜ん・・なんだろ?おんなじだとウレシイから?」

 ほのかは首を傾げて笑い夏は絶句した。意味がわからない。
 女はそういう理解に苦しむ質問をよくするものだとは知る。
学校などでは適当に(つまり回答に一貫性はない)並べるが、
その女という大まかな区分に一応含まれてはいるほのかの問いは
一層困惑を深めるものが多い。夏はその度に眉間に皺を刻み込む。

 「なっちはあ、青じゃないかとにらんでおったじょ。」
 「どうしてだ。特に青い服なんぞ選んじゃいねえぞ。」
 「お目目の色がそうだからだじょ。それに”夏だもん。」
 「夏の色が青だとは限定されてないだろう。」
 「しゅわしゅわのソーダの色ってなっちっぽいであろ?」
 「・・夏とソーダの関連もイマイチだが・・まあいい。」
 「うむ、だからね、ちみはサワヤカ〜な感じがするから。」
 「おまえには俺が”爽やか”に見えるってのか。ほ〜お!」

どうしてそこでむっとするのかとほのかは再び首を傾げた。そして
どうも会話が噛み合っていないらしいことにやっと気付いたようだ。

 「お空の色も海の色も綺麗だし、青がいいよ、青にしたら?」
 「俺の好きな色をおまえが決める道理に納得がいかねえ。」
 「むつかしい子だねこの子は。ちみがいいならいいじゃん。」
 「勝手に決めんな。俺はそんなことはどうだっていい。」
 「そうかあ、あ・ちなみにねえ、ほのか”夏色”が好きなんだ。」
 「はあっ!??」
 「一つに絞れって友達が言うからひっくるめて夏っぽい色がすきーって」

そう答えたとほのかは言い、夏の困惑は途惑いを追加することになった。

 「・・・俺とは関係ない話だ。」
 「?・・なっちも好きだじょ?」
 「み・脈絡のねえこと言うな。」
 「すねたのかと思って。なっちが好きと言うべきであったかい?」
 「うるせえ!またそういうくだらねえことを・・」
 「あーさてはちみ・・言われ慣れてるって自慢かい!やだね〜!」
 「慣れてはねえよ・・ごちゃごちゃと訳わかんねえこと言うな。」

イライラとした様子に少し黙ったほのかだが頭の中で反芻していた。

 「サワヤカがイヤなの?ソーダはおいしいもんねえ。」
 「まだその話にこだわってんのか!?」
 「たしかにちみはじめーっとしたとこもあるけどね。」
 「ヒトをなめくじみたいに言うな。」
 「けどやっぱりしゅわしゅわなソーダ色だよ、ちみ。」
 「・・・おまえソーダ好きだったな。」
 「うん、季節の『夏』も雲も風も大好き!なっちもね。」
 「だから俺をくっつけるな!なんでも一くくりにしやがって。」
 「しょうがないなあ、じゃあなっちが一番。ならどうだい?!」
 「嘘を吐くな。おまえは兄貴が一番なんだろうが。」
 「お兄ちゃん・・は・・そうだなあ・・一番・・」

 「・・俺は二番。それでいい。もう黙れ。」

夏の言葉は苦いものを無理に飲み込んだようでほのかは驚く。
兄と夏を比べることはあまりないが、順番を訊かれて困った。
色に順位がつけ難かったように、二人に一、二、と振るのも躊躇われた。
そこで改めて考え直す。何が好きかという質問は「何が一番に好きか?」
ということの省略なのか。それで友人は困った顔になったのかもしれない。
そして夏は誰かの次、とランク決めをされることに怒ったとも考えられる。
そもそもほのかの中には順位はない。ランク付けをする習慣もなかった。

 「ぜんぶ好きは・・好きじゃないってことなのかなあ・・?」

一所懸命に考えて呟きが漏れた。夏は横を向いていたがその声を聞いた。
自分は何に対して苛立ったのか。二番に甘んじていることか、それとも
あっけらかんと”好き”を口にするほのかの幼さへの失望だったのか。

 「どっちも好きだし困るなあ!」

 ほのかの悩む姿に夏は改めて問う。自分がほのかを好きなのかどうか。
妹は大切だった。好き嫌いなど寄せ付けないものだ。ではほのかは何か。
どういう存在で、どう答えて欲しいのか。一番と言って欲しかったか?
ゆっくりと振り向いた夏はほのかに向き直り、彼女なりの回答を待った。

 「ほのかお兄ちゃんもなっちも好き。どっちが一番かわかんない。」

お手上げの体でほのかは言った。そして付け加えるように夏に訴える。

 「でもなっちは二番じゃないよ!うん、なんかそれは違うんだ!」
 「一番でも二番でもないなら一体なんなんだ。」
 「だからあ・・どっちでもないんだよ、そうでしょ!?」
 「正答が無いというのがおまえの答えなんだな。」
 「??・・なんかそーいうものかな?」
 「まあ、いいんじゃねえの、それで。」

夏なりの妥協をほのかは受け止めた。そしてもう考えるのはやめて
夏をオセロに誘う。少し考えた後、彼はゲーム盤に無言で腰掛けた。
表であって裏でもない。オセロの駒を手に夏は思う。この世の全てに
固定された答えや名があるのではない。それは認める。無いからこそ
共通性を人々は探すのだろう。解釈を講じる手掛かりと成すために。

 「・・・おまえは『夏色』が好きな色ってか・・」
 「ん?うん、そうだよ。」
 「兄貴がおまえの好きな色は嫌いだと言ったら?」
 「そんなこと言わないよ。言ってもキライになれないし。」
 「そうだな。俺は・・俺の好きな色・・考えてみたが・・」
 「あ、見つかったの?!どんな色が好き?」

 「特に好きな色はない。ただおまえも好きなソーダ水の色は悪くない。」
 「わあ!いっしょだ!なっちはおいしそうな色が好きってことだね!?」
 「そうじゃない。変化する色合いが好きだ。空色もそういう意味なら。」
 「ふぅん・・変わるのがいいのか。」
 「おまえのコロコロ変わる表情とかな。」
 「ほのかが好きなの?」
 「そうは言ってねえ。」
 「いま言ったじゃん。」
 「表情っつったんだ。」
 「その前に”おまえの”って言った。」
 「!?・・・そ、それは・・」
 「誰でもいいのじゃないんでしょ!」
 「う・ま・待て。・・イヤしかし、」
 「じゃあなっちはこれから『ほのか色』って言えばいいよ。」
 「そんなこと言えるかよ!阿呆!!」
 「あほじゃないもん。ちみが言ったんじゃないか、なっち!」
 「うぐ・・あっおい、待てそこ・・」
 「ハイ、ほのかの逆転だね。」

オセロの盤上の黒と白の割合は入れ替わった。残りの桝目からすると
夏の敗北で、それを悟った夏は盤上を確かめた後椅子に背を投げた。

 「・・っきしょう!俺の負けだ。」
 「態度がよくないじょ。負け方も大事なのだ。」

言われて苦々しい顔付きではあったが夏は居住まいを正す。そして棋士の
ように頭を下げ「負けました」宣言するとほのかの口角がにんまり上がる。

 「感想戦するかね?」
 「・・いい、わかってる。」
 「ちみって動揺するとうっかりミスするよね。気をつけ給え。」
 「おまえのその憎たらしい顔も好きだぜ、ほのか。」
 「わー、そんなにくにくしい告白も悪くないのだ。」
 「口の減らん奴だぜ。」
 「減ったら大変なのだ。」
 「口数は減らせるんだよ、ほのかちゃん。」
 「うえっやなこったなのだじょ、王子サマ。」
 「おまえ俺のこと絶対馬鹿にしてるよな。」
 「なんのなんの。大好きだじょ、なっちい。」
 「そんな憎々しい顔で言われてもねえ・・?」
 「いだだだっ!?ひっぱんないでようーっ!」

頬を指先で引き伸ばされてほのかは悲鳴を上げる。夏はその歪んだ
ほのかの顔を見て笑う。彼らの言う好き嫌いは本気のものではない。
よくそうやって遊んだり一緒に過ごすうちで交わされる他愛無いもの。
お互いにそのことは承知している。気の置けない者同士の証でもあった。

 後日、夏は学校で「好きな色はなんですか?」と尋ねられ
あまり考え込まずににっこりと王子サマな笑顔を浮かべて答えた。

 「お日様みたいなあたたかい色が好きかな。」

心の中でこっそり”ほのか色”とは言えないからなと思いながら。








無自覚ななつほのも好物です!(もぐ・・)